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2023年11月15日(水)

シリーズ #働き方を考える 職場の死をなくすには ~働き方改革の”ひずみ”~

シリーズ #働き方を考える 職場の死をなくすには ~働き方改革の”ひずみ”~

過労死防止法の成立からまもなく10年。長時間労働の抑制が進む一方、いま精神障害による労災が増えています。労働時間は削減されたが業務量は変わらず、働く人が疲弊する、働き方改革の“歪み”とも言える実態が浮き彫りに。NHKでも10年前に女性記者が亡くなり、翌年、過労死と認定。その後、改革が進められてきたが、別の職員の過労死が認定されています。働き方改革の課題を解消する道について様々な現場から考えました。

出演者

  • 天笠 崇さん (精神科医)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

職場の死をなくすには 働き方改革の“ひずみ”

桑子 真帆キャスター:
11月14日、宝塚歌劇団の会見がありましたが、職場での死が大きな問題となっています。

過労死防止月間である11月。「クローズアップ現代」ではシリーズで働き方を考えていきます。1回目の今回は、今なお後を絶たない過労死。そして、働き方改革の課題について考えていきます。

過労死の問題はNHKも当事者です。10年前、31歳だった佐戸未和記者が亡くなり、翌年、労働基準監督署から過労死と認定されました。

まずは過労死を起こしてしまった組織として、この10年、遺族が抱えてきた思いと同僚たちはどう受け止めてきたのか見ていきます。

NHK記者の過労死 遺族と同僚の10年

佐戸未和記者の両親、守さんと恵美子さん。娘を亡くして10年。労災で亡くなった人たちを慰霊するための施設に未和さんの遺品や遺髪をおさめることにしました。

佐戸 守さん
「いろんな意味で、ことしはわが家にとって節目なんですよね。殉職者の1人として、未和もとうとう慰霊塔の中に入ってしまったというのが残念というか、改めて本当に悔しいですよね」

当時の首都圏放送センターで東京都政を担当していた佐戸未和記者。都議会議員選挙と参議院選挙が続いた、2013年の夏。連日、選挙情勢の取材を続け、参院選の投票日の3日後、31歳で亡くなりました。

亡くなる前の1か月間の時間外労働は、過労死ラインを大幅に上回る159時間。過労死と認定されたのです。

佐戸 守さん
「未和だって生きていれば今頃どんな生活を送っているのか、どんな人生を送っているのか」

この10年、家族は未和さんの写真と遺髪を肌身離さず持ち歩いてきました。これまで母親の恵美子さんは、みずからを責め続けてきたといいます。亡くなる少し前、弱音を漏らした未和さんを励まそうとしたときのことでした。

佐戸 恵美子さん
「『死にもの狂いで頑張ったら』。そういう慰めをしているんです。私がなんで必死に頑張れとか、死にもの狂いで頑張ったらっていう言葉を使ったんだろうって。いつも後悔しながら、未和にごめんね、ごめんね、ごめんね」

職場の死を防ぐことはできなかったのか。佐戸記者の同僚たちは考え続けてきました。

2年先輩だった中村雄一郎記者です。

佐戸記者の2年先輩 中村雄一郎記者
「会社の知り合いが亡くなるっていうのがですね、全然受け止められないというか、信じられないというか。自分も含めて、周りがそういった働き過ぎている状態に気づかなくて、助けられなかったんだなとか。もしかしたら自分が選挙関係でアドバイスをしたこともあるんですけれど、そういったひと言がどんどん追い込んでしまって、それがまた働くことにつながったりとか、そういうこともあったのかなとか」

今、沖縄局で若手の記者を率いる立場にある中村記者。過労死で、もう仲間を失うことがないように佐戸記者のことを後輩たちに伝え続けなければいけないと考えています。

中村雄一郎記者
「われわれは人の死を取材して、1人の死をとっても社会で共有して、こういう死が繰り返されないように、きちんと報道していかないといけないって言うじゃないですか。そういうことって、とても大事だと思うんですよね。そう思っている以上は、いろいろやっていかないといけないんじゃないかな」

佐戸記者の3年上の先輩だった牧本真由美記者は、当時の働き方に疑問を持てなかったことを悔いてきました。

佐戸記者の3年先輩 牧本真由美記者
「働くのが当たり前、そうだよね、いま忙しいよね、頑張り時だよねっていう発想だったので。あとあと働き方改革と言われるようになって時間が制限されるようになって、そこで初めて気づけたんですよね。自分たちが働き過ぎていたって」

佐戸記者と、仕事や結婚など将来の話をお互いにしていたという牧本記者。時とともに、過労死によって奪われたものの大きさを感じてきたといいます。

牧本真由美記者
「罪悪感というか、なんで彼女だったんだろうって感じました。佐戸が生きられなかった未来を私たちは生きているわけで、その中で佐戸がいつの日かって夢見ていたというか、当たり前に来ると思っていた未来が佐戸は失ってしまったけれども、私たちはそこを生きているわけで。それをごめんねって思います。それはもう、同僚に絶対に起きてほしくないって思っているので」

過労死と働き方改革 残された課題は

桑子 真帆キャスター:
佐戸記者の過労死の公表後、NHKは長時間労働を抑制するために労働時間に一定の制限を設け、宿泊勤務の負担を軽減するなどの取り組みを行ってきました。

NHK(報道現場)
・労働時間に一定に制限
・宿泊勤務の負担軽減
など

しかし4年前、管理職の記者が亡くなり、再び過労死が認定されました。

ああすれば、こうすればと、後悔を重ねても取り戻すことはできません。自分自身や周囲の仕事の負担にいかに気付き、職場を改善していけるのか。働き方改革は途上です。

この10年、日本社会はどのような働き方の改革を進めてきたのか、ここで振り返ります。遺族の声を受けて「過労死防止法」が成立したのが、2014年。その後、時間外労働の上限規制や休日の確保などを定めた「働き方改革関連法」によって長時間労働が抑制されてきました。

こうした中、月あたりの平均労働時間はおよそ6時間減少しました。

しかし、その一方で、うつ病など精神障害の労災認定件数が増え続け、10年前の1.6倍になっています。働く人たちの間で、いったい何が起きているのでしょうか。

働き方改革の“ひずみ” 追い詰められる人たち

今、全国の精神科には仕事が原因で心の不調を訴える人が相次いでいます。

中小企業の管理職(40代)
「管理職は融通がきくからって言いながら、残業がすごい。減るどころか増える、気持ち悪くなるという話をしたら、社長から『うつは病気じゃないから、気持ちの問題だから』」
元リフォーム会社勤務(30代)
「自分の時間もないし、睡眠時間すらとれない。5年間、体調がガタガタ」
元システムエンジニア(40代)
「(仕事)内容というか人間関係というか、相談できるところもない」

働き方改革が進んできたはずなのに、なぜ。

大手食品メーカーで働く30代の男性は、2023年9月に労災認定を受けました。上司から残業時間を減らすよう求められた結果、逆に業務が過密になり、無理な働き方につながったといいます。

大手食品メーカー 労災認定を受けた男性
「業務量を減らさずに時間だけ削るというやり方だったので、常に仕事中は時間時間時間という感じで」

男性の会社は、働き方改革の中で長時間労働の抑制に取り組んできました。営業や深夜の配送を担当していた男性。それまで月80時間までとされていた残業を60時間まで削減するよう指示されました。一方で、配送する商品の量や営業の件数など業務量は減らず、負担が増加。それまでとれていた休憩や仮眠の時間を削るしかなく、命の危険を感じるようになったといいます。

大手食品メーカー 労災認定を受けた男性
「食事もとれない。半分寝ながら運転していたこともあった。本当に事故寸前まで追い詰められていた。上司から『お前は一番帰りが遅いから、そんなやつはいらない』とか『残業が一番多い』とかそんなようなことを言われて。そこでちょっとおかしくなり始めた」

会社に何度も改善を訴えましたが、状況は変わらず、孤立感を深めていきました。

大手食品メーカー 労災認定を受けた男性
「自分が必要とされていないという言葉の意味をずっと考えていて、笑い声でも不安になったりすることもあって、その笑い声が自分に対する嘲笑なんじゃないか、そういうことまで考えてしまう」

男性は2022年、適応障害となり休職。その後、うつ病と診断されました。

大手食品メーカー 労災認定を受けた男性
「人間不信じゃないですけど、社会に戻るのが怖いような状態になっている。改革というと、いい方向にもっていくためのものだと思うけど、まったくそれは感じられなかった。賃金も減って、仕事量も増えただけのこと」

労働時間の抑制が、職場を管理する立場の人を追い詰めていることも分かってきました。

大手電機メーカーの工場に勤めていた40代の男性は、課長代理として働いていた4年前、みずから命を絶ちました。男性は、妻と3人の子どもとの時間を何よりも大事にしていました。


「これも主人が撮った。試合応援だったりとか一緒に練習したりとか、それだけが楽しみって感じ」

週末には子どもの出場するサッカーの試合を観戦。子どもたちの成長を楽しみに見守っていました。

息子
「やっぱり友達との話でお父さんの話が出ると(父親の姿が)パッと出てきたりとか。自分の進路について、やっぱり聞けたらなと思う、今」

なぜ、男性は追い詰められていったのか。

亡くなる半年前に昇進した男性は、部署を異動し、部下が1人から20人以上に増えました。管理業務が増え、連日、会議に追われていたといいます。一方で、会社は長時間労働を抑制するためとして、原則、午後8時までに退社するよう社員に指示。男性は業務が増えたことで就業時間内に仕事を終えることができず、残りは家に持ち帰っていました。いわゆる「隠れ残業」をせざるを得なかったのです。


「ほとんど日をまたぐ感じで、次の日に何時に寝たか聞くと(午前)3時4時という日も多かった。本当に終わりが見えないというのはずっと言っていた。まさか自分で死を選ぶほど追い詰められていると私は分からなくて」

「これは家に帰ってきてパソコンを起動してシャットダウンするまでの時間」

家での作業時間だけで月100時間を超えるときもありました。

仕事に使っていたパソコンのそばには遺書が残されていました。

もうつかれたよ。パパ、仕事多すぎ

その後、男性はうつ病を発症していたとして労災と認定されました。会社は


持ち帰り残業など労働時間の実態を把握するシステムを導入し、再発防止に向けた取り組みを徹底していく

大手電機メーカー

としています。働き方改革は、本当に働く人のためになってきたのか。男性の妻の思いです。


「本人も気づかないうちに深くまで病んでしまったんだと思うので、何かしてあげられたんじゃないかという思いはずっとある。(働き方改革は)あくまでも会社としてはやっているというふうにしか見えない。フレックスも入れています、残業もしません、そういうので働きやすくというのも会社のためにやっていると思う」

過労死をなくすには何が

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、30年余り職場での心の病と向き合ってこられた精神科医の天笠崇さんです。

働き方改革の中で追い詰められて過労死に至ってしまう。まさに改革の“ひずみ”が見えてきたわけですが、背景に何があると考えていますか。

スタジオゲスト
天笠 崇さん (精神科医)
長年“職場の心の病”と向き合う

天笠さん:
たくさんの患者さんの診療・診断に当たっている経験、それから産業医としての活動もしておりまして、そういった経験からしますと働き方改革というのは「とにかく労働時間を短くしていこうよ」という社会に対する強いメッセージだったと思うんです。

ですが、労働時間を減らすだけではだめで、VTRにも出たように「労働時間だけ減らして。だけど仕事の量は同じだ」とか、それはあり得ないですよね。

結果を出す、だけど従業員の心身の健康は守られる、それで労働時間も減らせるような働き方改革をしていこうというメッセージだったと思うのですが、そこがなかなか十分うまくいっていない労働者の方々や企業があるということだと思います。

桑子:
労働の現場が今どういう状況だと見ていますか。

天笠さん:
中小企業の産業医をしていることが多いのですが、若手を新しく募集してもなかなか若手が入ってこない。それから若手が入ってきても、教育担当とかが手間暇をかけて育てていくというようなところがなかなか十分にできない。そういう教育係になっている人たちも、それこそ忙しいというようなことが起きているようです。

桑子:
そもそも人手が足りないということと、その余裕がないということ。あと挙げられることでいうと、現場でどういうことが変化として挙げられますか。

天笠さん:
必ずしも働き方改革から起こってきたということでもないと思うのですが、成果主義賃金的なものが導入されたりということもあって、そうなってきますと若手のほうでもそれこそ相談するというのが「そんなことを相談しちゃっていいのかな」という気持ちもあるんでしょうけれども「こういうことを相談すると評価が低くなっちゃうんじゃないか」とか、そういったようなことにもなるんじゃないかとなって、なかなか相談をするというような雰囲気、関係というのが作られにくいような事態というのが起きているのではないかと思います。

桑子:
日本社会が進めてきた働き方改革は途上です。こうした中で2024年4月からは医師、建設、運送業にも時間外労働の上限規制が適用されることになります。こうした中で、企業にとって過労死を防ぐためにどういった視点が求められるのか。

「ビジネスと人権」ということで、これはどういう考え方でしょうか。

天笠さん:
国連が提唱し始めたことですが、「ILO=国際労働機関」も、この「ビジネスと人権」というのを近年、押し出しています。これは従業員の人権が守られ、あるいは高められるようなもの、それから一方ではビジネスを行っていく事業を経営していくということ。

一見、反対になるようなものに見えるのですが、それを両立できるようなビジネスのあり方ということをしていかないと、企業の存続自体も危うくなっちゃうよという考え方なんですね。

桑子:
具体的にどういうことができるかということで、例えば「職場ドック」というのがあるそうですが、どういうものなのでしょうか。

天笠さん:
これは一般的に言いますと従業員参加型職場環境改善というふうにもいっているのですが、人間ドックというのがあるとおり、さまざまな点から職場をいろんな項目で、人間ドックと同じようにその項目がうまく達成できているのか達成できていないのかというような点から職場を評価していくんですね。

その視点から職場を改善していこう、従業員参加型で改善していこうという取り組みのことを「職場ドック」と言っています。

桑子:
これがどんどん広がっていくといいと思いますが、私たちが仕事とどう向き合っていったらいいと思いますか。

天笠さん:
同じことの繰り返しになりますが、労働時間を短くするということだけではなく、労働時間を短くしながら職場で働けば働くほど健康になっていけるような職場作りというのを経営者、それから従業員、そして私たちのような産業精神保健スタッフ、みんなが一緒になって進めていくということが重要だと思います。

言ってしまえば従業員同士でリスペクトし合う、尊敬し合う。何かあっても「お互いさまだよね」「助け合ってやっていこう」とか、どうしたらいいか分からないということについては「チャレンジしてみようじゃないか」というような職場の雰囲気が作られるといいと思います。

桑子:
ありがとうございます。

“過労死 繰り返さないで” 遺族たちのねがい


「(夫が)いたら、もう毎週毎週、応援にも行っていただろうしビデオも撮っていただろうし。いま頑張っている子どもたちのサッカーが見せてあげられないのがつらい」
佐戸 恵美子さん
「娘を奪われた悲しみと苦しみは歳月によって和らぐことはありません」

過労死が奪った家族の日常。

“同じ思いを誰にもさせたくない”

遺族たちの願いです。

佐戸 恵美子さん
「生きていこうね」
電通で働く娘を過労自殺で亡くした 髙橋幸美さん
「覚えていないと。娘たちのことを」
佐戸 恵美子さん
「娘たちが背中を押してくれている。一緒に頑張っていこうって」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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