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2023年11月6日(月)

自宅や通学路で...過去最多のクマ被害

自宅や通学路で...過去最多のクマ被害

過去最多の被害となっているクマによる襲撃。最も多くのけが人が出ている秋田県では、住宅街や街なかでも突然クマに襲われる例が後を絶ちません。いったい何が起きているのか?人家に現れたクマの映像や襲撃を受けた当事者の証言、さらにクマ写真家と記録した2023年のクマの異常行動ぶりを示す映像などから、事態の真相を探ります。さらにクマの行動を独自のデータマップで分析、専門家の最新研究とともに共存のための対策を考えました。

出演者

  • 小池 伸介さん (東京農工大学 大学院教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

あなたの町にもクマが…過去最多!被害の実態

桑子 真帆キャスター:
2023年、北海道ではヒグマが、東北より南ではツキノワグマが各地で相次いで出没し、環境省が異例の注意喚起をしました。

人への被害はこれまで最も多くて1年で158人でしたが、2023年度は、すでに190人と過去最多となり、5人が亡くなっています。このうち、最も多い人への被害が出ているのが秋田県。人命最優先のクマ対策を行うという方針を打ち出しています。

クマが冬眠を始める12月まで、どう被害を防ぐかが喫緊の課題となっています。

自宅・通学路でクマ遭遇 相次ぐ市街地での被害

10月19日、秋田県北秋田市。バスを待っていた女子高校生など5人が相次いでクマに襲われました。

現場は、あたりに山や森がない商店や住宅が建ち並ぶ市の中心地です。

クマに襲われ、救急車で運ばれた湊屋啓二さんは、頭や背中に傷を負い、8日間入院しました。襲われたのは自宅の車庫の前。出かけようとシャッターを開けたときのことでした。

湊屋啓二さん
「(シャッターを)開けたら、ここにクマがいたんですよ。2メートル以内の距離だった。こうなってて目が直接合ったんで。これはもう瞬間的にやられるなって、すぐ思いましたんで、もういちもくさんに反対向いて走ったんだと思うんですよ」

とっさに逃げ出してしまった湊屋さん(※クマに遭遇したとき背中を向けて逃げるのは危険とされています)。クマに押し倒され、頭や腕を引っかかれたり、かまれたりしたといいます。

湊屋啓二さん
「倒されて顔がここ(近く)に来て、すごい興奮して『グオオ グオオ』って。もう襲われたら対処のしかたがないなって思いました」

湊屋さんを襲ったクマは、その場から逃げ去りました。

2023年、秋田県内でクマに襲われるなどしてけがをした人の数は65人(11月5日時点)。

被害のあった場所を秋田県が分析したところ、実に9割近くがクマの生活圏である山ではなく、自宅や市街地など人の生活圏で襲われていたのです。

秋田市の中心部に近い住宅街でも5人が次々と襲われるなどして、けが。クマはそのまま走り去りました。この翌日から、近くの小学校では教職員や保護者たちが子どもたちの登下校に付き添うなど対応に追われました。

保護者
「(クマが)怖いです。どこから出てくるか分からない」

なぜ山から人里へ?“異常事態”を調査

クマが人の生活圏にどれだけ迫っているのか。秋田県内でおよそ30年にわたり野生のクマを撮影してきた加藤明見さんと探りました。

写真家 加藤明見さん
「これクマですよ。足跡あるでしょ。かなり大きいですよ、これ」

クマスプレーを携えるなど安全を確保し、秋田市郊外の集落を注意深く探索していると…

目に入ったのは、収穫前の田んぼにいるクマ。後ろ足で立ち上がり、米を食べていました。私たちに気づいた様子ですが、逃げようとせず、食べ続けます。

加藤明見さん
「この距離だったらこの声は聞こえますし、(本来は)すぐ逃げる距離。ニオイも届いているはず」

調査を進めると、さらに異様な光景が広がっていました。民家の裏、わずか50メートルほどのクリ林でクマを発見。地面にはクリの殻が。

加藤明見さん
「そこにもいますよ、こっちにも」

続々とクマが集まってきます。本来、警戒心が強く、食事も単独ですることの多いクマ。それが5頭も同時に現れ、脇目も振らずクリを食べ始めたのです。

加藤明見さん
「こんなの、もう異常。夢でも見ているかと思った。それほど食べ物が少ない」

実は2023年、クマの主食であるブナの実やドングリが不作。クマは山に生えるこうした主食を絶たれたことで人里に下りて、食べものを探しているのです。

なぜ山から市街地に?驚きのルートにスポット

では、どのようにしてクマは市街地にまで下りてくるのか。人の生活圏で出没が相次ぎ、10月、クマに襲われて死者も出た富山県でみていきます。

富山県では住民に注意を呼びかけるため、クマの出没情報の地図をホームページで公開しています。

NHKは過去10年、およそ3,600件のデータを入手し、富山県自然博物園の職員でクマの生態に詳しい赤座久明さんと分析しました。

2023年のデータです。黄色の点は、クマを目撃したり、足跡やふんなどの痕跡があったりした場所を示しています。10月上旬までは山での出没が中心でした。

ところが中旬以降、平野部での出没が急増します。これに人口のデータを重ねると、人が多く住む赤いエリアのすぐそばでも出没が相次いでいることが分かります。このエリアは新興住宅地で、近くには小中学校などもあります。

富山県自然博物園 野生鳥獣共生管理員 赤座久明さん
「冬眠に備えるだけの栄養がとれない。1歩踏み出し、2歩踏み出す。ダダダッーと複数のクマが同時に平野のほうに下りていく」

山から人の生活圏に伸びている黄色の点。分析するとクマの移動ルートが浮かび上がってきました。

赤座さんが注目した1つ目のルートは川です。川に沿って点が集中しています。

出没した現場周辺を訪ねてみると…

赤座久明さん
「身を隠す場所がいっぱいあるんですよね」

川沿いに生い茂った草木。臆病で人を避ける習性のあるクマにとって、隠れながら移動しやすい場所になっていたのです。

赤座久明さん
「動物にとっては安全に移動できるルート。通路になって一気に川づたいに下流へ下りる」

さらに赤座さんが注目する2つ目のルート。川がない場所に伸びている点です。

地形データを重ねると、そこは平らな土地と崖が階段状になっている「河岸段丘」と呼ばれる地形でした。こうした場所には林があり、かつては人が日常的に利用していたといいます。

赤座久明さん
「昔は枯れ枝を取ったり、木を切ってまきにしたりと生活の場だった。人が山を離れたおかげで自分(クマ)たちが自由に動ける場所になってしまった」

人の生活圏に向かう川と、河岸段丘の2つのルート。そこから市街地の方向にも複数の点が。

これが、赤座さんが特に警鐘を鳴らすスポットです。風を防ぐなどの目的で、住宅の周りに植えられた「屋敷林」と呼ばれる木々です。

赤座久明さん
「屋敷林が1つの森になってしまって、屋敷をつたって平野部に点と点を結ぶような感じで下りる。屋敷林の茂みに日中はこもって、また同じ場所に行って食べる。クマにとっては快適なえさ場で、そういう場所になってしまった」

10月、富山県内では高齢の女性が亡くなるなどの人的被害が4件発生。現場にはいずれも近くにこうした木々がありました。

赤座久明さん
「これは食べたあとですよね。田園地帯だけではなく、踏み込んだ新興住宅地の中にもリスクとしては同じくらいある。わが身に降りかからないという保証はない」

過去最多のクマ被害 急増の理由は?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今お伝えしたように河岸段丘の林ですとか、川の草木、それから屋敷林の茂みに隠れながら私たちの生活圏にまでやってきているわけです。

きょうのゲストは、クマの生態や人とクマの関わり方について長年研究をされている小池伸介さんです。こうした中でなぜ、2023年、これだけ多くの被害が出てしまっているのでしょうか。

スタジオゲスト
小池 伸介さん (東京農工大学 大学院教授)
クマの生態・人との関わり方について長年研究

小池さん:
まず前提として、クマは人を襲おうと思って襲っているわけではなく、やはり人と会ってパニックになってしまい、結果として襲ってしまっているということなんです。

桑子:
襲いたくて襲っているわけではないという。そうした中で2023年の大きな被害ですよね。

小池さん:
大きな原因は、VTRにあったようにブナとかドングリが凶作なんですね。ただ、それだけで人里に出るわけではないんです。
どういうことかというと、2023年だけではなく、過去30年40年という長い間で人はどんどん山から撤退しています。そういった撤退した場所が、新しいクマの生息場所になり、クマの生息場所と人間が住んでる場所の距離が近くなっている。かつ、過疎化した集落だと山の手入れがうまくできないとか、耕作放棄地が増えることによって、集落と山の森の境界線が不明瞭になっている。そうした状態だと簡単にクマが集落近くまで近寄れる。さらに、集落の中には放置された柿やクリがある。こういったものに誘引されるようにして、クマは森から足を踏み出しているわけです。

桑子:
今のお話にもありましたが、もともとクマは山にいた。そこから里山の田畑が高齢化などで徐々に使われなくなり、耕作放棄地などが増えることで人の生活圏に入ってきている。さらに、ある特徴が今見え始めています。それは、人間の音に全く動じなくなったクマもいるということ。

こちらは、新潟県の里山で8年前に撮影されたクマです。車の音を聞き、敏感に反応していますが、2023年、同じエリアで撮影された映像では…

全く警戒する様子はありません。こうしたクマ、「アーバンベア」と呼ばれています。直訳すると都市のクマということになりますよね。こうしたアーバンベアも含め、日本ではクマを保護・管理の対象とすると法律で定められています。こうした中、今「保護重視」から「管理重視」にフェーズが変わっていると小池さん指摘されていますが、どういうことなのでしょうか。

小池さん:
過去にはやはり捕獲が多かったり、森林の利用が非常に過剰になって生息数が減り、幻の動物と呼ばれた時代もありました。そういったものを踏まえて捕獲しすぎないようにする管理というのが行われてきました。

桑子:
保護重視だったと。

小池さん:
ただし、分布域が広がって長期的には数が増えたということで、これからは積極的な管理を行っていかなければいけない。シカやイノシシが約10年前にそういった政策の転換をしたのと同じように、クマもそういった政策を変えていくようなフェーズを迎えたのかなと思います。

桑子:
積極的な管理をする上で、クマを大きく3つに分類しようということです。具体的にどういうことでしょうか。

小池さん:
「奥山にいるクマ」というのは、昔からクマの生息地にいるクマ。「アーバンベア」というのは、集落のすぐ裏に日常的にすんでいるようなクマ。そして市街地に出てきて人間とのあつれき、事故とか放置果樹を食べてしまうようなクマを「問題個体」といいます。

桑子:
この「問題個体」を積極的に管理していく。駆除するということになるのですが、その必要性というのはどう考えていますか。

小池さん:
今までも「問題個体」を駆除するというのは行われてきました。これはなぜかというと、やはり市街地に出てしまったら現場でいちばん大事なのは住民の安全・安心。絶対、事故を起こしてはいけないわけです。
人間の食べ物というのは麻薬みたいなものなので、こういった人間の食べ物の味を覚えてしまったクマというのは1回覚えたらまた出てくる可能性がある。そう考えるとやはり市街地に出てきてしまったクマというのは、残念ながら駆除するしかないのが現実的なところです。

桑子:
では、どうすればクマを適切に管理して被害を減らしていけるのでしょうか。

小学校では対策授業

秋田県が小学校で行っている、クマ対策授業です。

秋田県自然保護課 石塚優大さん
「本当に近くでやられるなあと思ったら、それはもう伏せて。頭とか顔を守ってください」

街なかでも、いつ、クマに遭遇するか分からない今、万が一に備えて子どもたちに具体的な対処法を伝えています。

“放置柿”を取り除く

さらに、クマを人里に寄せ付けないため、放置された柿を取り除く動きも始まっています。

放置柿を取り除く 柿木崇誌さん
「クマの被害がすごい出てきた頃からすごい連絡が来て、やってくださいという形でずーっとやっています」

周囲でクマの目撃情報が相次いでいる、こちらの集落。高齢化が進み、大量の柿が放置されていました。住民の代わりに手つかずとなっている柿を無償で収穫します。

柿は、ドライフルーツやクラフトビールに加工。ビジネスにもつなげています。

柿木崇誌さん
「クマの対策とか社会的な部分でいろいろと寄与できたらなと思っています」

人とクマとの“すみ分け”

喫緊の対策が求められる一方で、時間をかけて人とクマとのあるべき距離を見いだそうとしている地域があります。

長野県軽井沢町は、NPO法人にクマの保護管理を委託。わなで捕獲したクマに発信器を取りつけ、行動を追跡しています。

今、発信器をつけているのは38頭。

「306(スワロー)でツバメ。名前付けることでちょっとでもつながりを作って」

電波を手がかりに人の生活圏に近づきすぎていないか、一頭一頭の動きを把握していきます。クマが市街地の近くまで来ている場合には、人が活動を始める朝までに山の方へ戻す必要があります。目指すのは、人とクマとのすみ分けです。

軽井沢町では、人とクマ、それぞれのエリアの間に緩衝地帯を設けています。森の中に別荘が点在し、人もクマも出入りするエリアですが、特に接触の危険が高い日中はクマが下りてこないよう取り組んでいます。

夜明け前。緩衝地帯にいる一頭から電波を受信しました。クマは住宅地のすぐ近く、駅からわずか1キロの距離まで迫っていました。

NPO法人ピッキオ 田中純平さん
「近くには住宅地もあるような場所。まだ入ってきてはいないんですけど」

人が活動を始める時間に、このエリアに近づくのは危険だと意識づけるため、特殊な訓練を受けた犬と共に追い払いに向かいます。

田中純平さん
「最初にいたのがここ。最終的には山林のほうに逃避している」

これまでに発信器をつけて追跡してきたクマは217頭。取り組みを通じて、すみ分けの可能性がみえてきたといいます。

9年前に捕獲した、雌グマのジュンナです。

田中純平さん
「日中にもかかわらず人を怖がるわけでもなくて、通報が多発した」

ジュンナの3年間の行動記録です。当初、市街地のエリアまでたびたび入ってきていたジュンナ。人の生活圏に近づくたびに働きかけを続けました。

すると、翌年、ジュンナは行動を山側の方へと移していきます。その後もすみわけを守るような動きをし、市街地に近づくことはなくなっています。

田中純平さん
「人の怖さとか教えれば行動を変えさせることもできる」

町では、この10年余り人の暮らすエリアでの人的被害は1件も起きていません。

田中純平さん
「将来のために(人のエリアに)なぜ出ているのか、どうすれば出ないようになるのか、それぞれの地域で調べることが今、求められている」

人とクマ 理想のゾーニングとは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
人とクマとのすみ分けが大事だということでしたが、今見た長野軽井沢での取り組みは一つの理想の形といえるのでしょうか。

小池さん:
そうですね。クマがすむ場所、人が住む場所、その間に緩衝帯を設けて緩衝帯にはクマを居つかせないようにする。1頭1頭識別して出てきたら追い払うという、ある意味理想的な形ではあるのですが、これを実現するには非常にお金と手間がかかるという課題もあります。

桑子:
時間的にもかなり。

小池さん:
そうですね。長い間かかりますね。

桑子:
そうした中で、やはり私たちがすぐにできることがあるとすると、どういうことになるのでしょうか。

小池さん:
例えば、集落などでは2023年の出没を踏まえて、何が誘因だったのか、あるいはどこからクマが出てきたのかというところを突きつめて、そういった状況を消し去るということが大事です。先ほど授業の様子がありましたが、正しいクマの姿を知る。これは都市の人も含めて、正しい姿を知ることによって正しい対策ができるということで、これはすぐできることだと思います。

桑子:
私たちはクマを知らない、とまず思ったほうがいいということですね。

小池さん:
そうですね。正しい姿を知らないからこそ、どうしていいか分からないというのが現実現場で起きているということですね。

桑子:
今あった誘因物の除去、それから適切に追い払う、それからやぶを刈り取るなどのことができる。一方で、長期的に考えたときに軽井沢のような専門的な知識を持ったプロというのも育成していく必要というのはあるのでしょうか。

小池さん:
そうですね。長期的にはクマの分布してる範囲を山に押し返さなきゃいけないわけですよね。それをやるには非常に特別な技能なり知識が必要ですので、長期的にはクマ対策の専門員というものを各地域に配置していって、クマを人里近くに居つかせないようにする対策を長期的に行っていかなければなりません。

桑子:
今、このクマの被害は私たち人間側の生活の変化にも要因があるわけですよね。2023年のような大きな被害を繰り返さないために、どういうことが求められるでしょうか。

小池さん:

ドングリとか木の実がならない凶作というのは、このあと定期的に訪れるわけです。ですので、こういった誘因物や不明瞭な境があるかぎりは、これからも出てくるわけです。こういった野生動物の問題は他の自然災害と同じように考えなければいけない。

例えば、われわれは100年に一度の大雨に備えて堤防を強化するということがあるわけですよね。それと同じように数年に1回、ドングリの凶作のたびにクマが出てくる。来ないように環境を整備したり、誘因物を除去したりする。また、クマの分布を山に押し戻すということを複合的にやっていかないと、野生動物とつきあえないわけです。だから、人口縮小社会を迎えた日本は、これまでと同じような野生動物のつきあい方では、もうつきあっていけない。だから、新しいつきあい方を模索していかなければいけないということを、2023年のクマ騒動が教えてくれたと思います。

桑子:
もう一つ、アーバンベアをゆくゆくは出さないということも必要でしょうか。

小池さん:
そうですね。クマと人の距離が近すぎますので、長期的には、アーバンベアがいない状態にしないといけないということですね。

桑子:
そのために私たち人間側ができること、まだまだたくさんあります。今、真剣に考えるときに来ているのではないでしょうか。

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