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2023年8月29日(火)

コメも野菜も...“国産”に危機!?▽ある農作物を求め行列が

コメも野菜も...“国産”に危機!?▽ある農作物を求め行列が

「このままでは農業を続けられない」と、ある農家は涙を流しました。9割を輸入に頼る化学肥料がこの3年で1.7倍に高騰。6月の時点で肥料の支払いが去年分を超える農家も・・・。2022年12月に行われた調査では農業法人の半数が赤字経営に陥ったと回答しました。迫られる持続可能な農業への転換。今、世界の市場規模が14兆円を超える有機食品に注目が集まります。高温多湿の日本では難しいとされてきた有機農業、壁を乗り越える策とは?

出演者

  • 鈴木 宣弘さん (東京大学大学院教授)
  • 関根 佳恵さん (愛知学院大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

コメ・野菜がピンチ 日本の食卓どう守る

桑子 真帆キャスター:

国内の農畜産物の価格の推移を見てみますと、多くの加工食品が高騰する中で、この3年間ほぼ横ばい。しかし、生産に必要な燃料は4割、餌は5割、肥料は7割も上がっています。

それなのに農畜産物の価格は上がっていない。この大きなギャップに農家の人たちは追い詰められています。

“農家がやめていく”化学肥料の高騰で

化学肥料の高騰に悩む、染谷茂さんです。大規模農家の染谷さんは、東京ドーム40個分以上の耕作地で米や小麦などを栽培しています。

農場法人 代表取締役 染谷茂さん
「田んぼそのものは、だいたい150ヘクタールぐらい」

これは稲の生育に必要な窒素や、リン酸、カリなどを含む肥料です。年間30トン以上をまいていますが、価格が2年前の1袋およそ1,200円から2023年は3倍近く値上がりしました。

農業生産の土台となっている化学肥料。日本は、その原料のほぼ全てを海外からの輸入に頼っています。

最大の輸入先である中国が国内の食料需要の高まりを受けて肥料輸出を規制したことや、ウクライナへの軍事侵攻によって主要な輸入先だったロシアとベラルーシからの流通が減り、化学肥料の価格が高騰したのです。

染谷さんの化学肥料の支払いは2年前は1,000万円を下回っていたのが、2023年は6月時点ですでに1,300万円に上っています。

染谷茂さん
「あと少なくとも500~600万円はかかると思うんですよね。自分の給料はとっくにないですね」

さらに追い打ちをかけるのは、設備投資の負担です。

2022年、2億7,000万円かけて新設した米や小麦を長期保存するための乾燥施設。国の政策に沿って地域の耕作放棄地を引き取り、新たに生産を始めるための設備でした。

染谷茂さん
「もう耕作できないということで、うちで今度管理する」

厳しい経営状態の中、2023年から毎年1,350万円の借金の返済が20年間続きます。

肥料高騰と設備投資があいまって、経営の先行きが見えないといいます。

染谷茂さん
「このままだと本当に食料の生産、どんどん衰退していく。農家がどんどんやめていく。10年後はどうなるんだと」

化学肥料の値上がりによって、あるジレンマに苦しむ農家もいます。

家族で果樹園を営む清水喜久男さん、里美さん夫妻です。

化学肥料の値上がりによる負担が大きく、やむなく肥料の量を減らしているといいます。ところが。

里美さん
「収穫量は今の半減(それ)以下になってしまうし、最悪木が枯れて(収穫は)ゼロになってしまう可能性もあります。肥料をいっぱい食べさせんといかんとは思っています、本当は。でもできないのが実情ですね」
里美さん
「これ(1箱)で20円ぐらい(値上げ)」

化学肥料以外にも燃料や農薬、段ボールなど多くの資材が値上がりしています。

しかし、その分の価格転嫁はできていません。

里美さん
「これに関しては(市場で)10キロで、200円だったんです、210円。もう市場さんが決められた値段、せりに落とされた値段なので、経営的にはもう赤字ですね」

この集落では、資材高騰の波によって耕作放棄地がより広がるようになったといいます。

清水夫妻には県外で働いている30代の長男がいますが、将来農業を継がせる気はないといいます。

清水喜久男さん
「(農業は)安定感がなかけんですね。安定した農家なら『後を継いでしっかりやれよ』と言いたかった」
里美さん
「(農業を)させて苦しむのは長男だから、今まで私たちがしてきたような苦しみはさせたくないと思うので」

厳しい農家の経営

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、元農林水産省で農業を取り巻く経済問題に詳しい鈴木宣弘さんです。

まさに化学肥料が欠かせない農家にとっては苦しい状況になっているわけですが、2022年11月、全国の農業法人に緊急のアンケートを行ったところ、経営の状態が「赤字」と答えた割合が48.5%、「黒字」と答えた割合が36.8%でした。これをどう読み解いたらいいでしょうか。

スタジオゲスト
鈴木 宣弘さん (東京大学大学院教授)
農業を取り巻く経済問題に詳しい

鈴木さん:
調査対象の法人は、経営の売り上げが平均で3.8億円もあるんです。ですから大変大規模な経営の皆さん。それでも半分の方が赤字に陥っているということは、一般的な経営まで含めたら大変な赤字が広がっているであろうということが推察されると思います。

桑子:
そしてアンケートでは価格転嫁についても聞いています。

大規模農家でも「できていない」と答えた割合が半数を超えたということで、VTRでは「市場のせりで値段が決まってしまう」という声もありましたが、なぜ価格転嫁ができないのでしょうか。

鈴木さん:
通常の大手流通では、スーパーですね、小売部門が価格形成の起点になっている。ですので、スーパーは競争が激しく、なかなか売り値が上げられないと。それを起点にして農家さんに払う価格が逆算されてしまうということですので、残念ながらなかなか農家のコストが反映されないということが多くなってしまう。ですから、こういうふうに赤字が累積して、どんどん倒産が進んでしまうということになるわけです。

桑子:
こうした状況がいったいいつまで続くんだろうということも気になりますし、どういう影響がこの先出てくるかというのも気になるのですが。

鈴木さん:
ウクライナ侵攻もまだ先行きが不透明ですし、それから異常気象が毎年のように起こって不作が頻発していますよね。そういう中で各国は、自分の国で食料や肥料を確保しようとする動きが強まってきています。ですので、なかなか今のような価格の高騰の状況が解消するとは思えない。

ですから大事なことは、今までのように安く、いつでも海外から食料や肥料が買えるという前提は崩れたんだということを私たちは認識し、これからの状況をきちんと行動計画を立てていかないといけないということだと思います。

日本の食料自給率は38%といいますが、本当に肥料が止まったらどうなるのか、収量が半減する、それをきちんと折り込んで計算すると、それだけで自給率は実質22%です。これがわれわれの現実なんだということですね。

桑子:
こうした事態に対し、国は対策を打ち出しています。

肥料高騰 国の対策
・コスト上昇分の7割を支援
・新たな調達先の確保と補助
・たい肥や下水汚泥など未利用資源の利用
…など

肥料コスト上昇分の7割を支援する、新たな調達先の確保と、それに伴う補助。そしてたい肥や下水汚泥など未利用資源の利用推進などがあるということですが、これで十分だと見ていますか。

鈴木さん:
断片的な政策はいろいろ出てきている。しかしながらこれでも赤字が解消していないということですから、やはり赤字そのものをしっかりと解消できるような抜本的な補てん政策を考える必要があるのではないかと。
例えばアメリカでは、コロナショックで農家が赤字に陥ったとき、なんと日本円で3兆円規模の予算を投入し、農家の赤字解消に努めたんです。そのぐらいのことを各国やっています。それをやはり日本は考えないといけないと思います。

桑子:
こうした中で、改めて今注目されているのが「有機農業」です。有機農業とは、化学肥料や農薬を使用せず、環境への負荷を低減した生産方法のことを示します。

世界での有機食品の市場規模が、この20年で6倍、日本円で14兆円市場にまで拡大しています。こうして世界の新たな潮流となる中で日本でも広がり始めています。

にぎわう朝市 市場広がる有機農産物

名古屋市内で毎週開かれている朝市。野菜を出荷しているのは有機農業や自然農法などを実践する農家です。

スーパーなどと比べ値段は少し高めですが、子育て中の若い世代などにも人気です。


「スーパーに比べたらちょっと高い。でもそれだけの価値はある」

「健康のこと、環境のことを考えたら高いとは思わないので。直接生産者さんから買えるのと安全な野菜が欲しいので、すべてここで買います、野菜は」

日本国内の有機食品の市場は、この10年あまりで1,000億円近く増え、2,200億円に上っています。

オーガニックファーマーズ名古屋 代表 吉野隆子さん
「自分がつながっている農家を持つことの強みはすごくある。これだけ農家が減っている状況で、なんとか支援して育っていってもらいたいなと」

有機農業への転換 新たな挑戦始まる

こうした中、有機農業への大規模な転換を目指す動きが生まれています。

JA東とくしまではJAが中心に指導を行い、100人以上の農家が有機栽培の米作りに挑戦し、成果を上げ始めています。

有機農業に取り組む農家
「本当にできるのかなという疑問、当然あったんです。実際にやってみて収量も変わらない。草も生えない状況を実際に感覚で見て感じて、この栽培方法は画期的だなと」

この地域で取り組まれているのは「生態調和型農業」と呼ばれる有機農業です。

この方法では、まず作物を作る土壌を科学的に分析。自分の土地を知ることから始まります。窒素、リン酸、カリなどの含有量を調べ、作物の育成に必要な成分を不足している分だけ有機肥料などで補います。

例えば、これは徳島で生産されている地鶏のふんや骨などを使った有機肥料です。窒素、リン酸、カリなどの成分が含まれており、必要な分だけ田んぼに投入できます。処分に困っていた未利用資源を活用しているため、価格も比較的安定しているといいます。

生態調和型農業の畑は、棒を刺すとするすると入っていきます。実は、有機肥料を与えられた土は、微生物の活動で「団粒化」と呼ばれる現象が進みます。養分が土の中に保たれやすくなると同時に、作物の根は地中深くまで伸びるとみられています。茎も太く成長し、台風や大雨の被害にも強くなるといいます。

これは、実際に育った稲です。茎はしっかり育っていました。

収穫量も、取り組んで1年目から従来の栽培法の平均収量を上回るケースがみられました。

生態調和型農業理論の指導者 小祝政明さん
「どういう科学的な現象が起きているのかを必ず検証して、それが生き物(作物)に合っているのか合わないものなのかを必ず調べる。それができると、おいしくて多収穫で皆さんの健康と経済的にも優しい」

JAでは今後さらにこの農法を広げ、耕作面積の25%まで増やしていく計画です。

JA東とくしま 荒井義之組合長
「多くの皆さんのご理解を頂いて一挙に増えていった。点から面へ向かって着実に目標達成に向かって歩むことができる」

若い世代ならではのアイデアで有機農業を定着させている地域もあります。

ここでは、30代~40代を中心に移住者など50人以上が有機農業に携わっています。その1人、伊藤和徳さんは、大根やたまねぎなど50種類ほどの米や野菜を栽培しています。

会社員をしていた伊藤さんはもともと環境問題への関心が高く、14年前、環境の負荷が低いとされる有機農業を始めました。

若い担い手が積極的に活用するのはSNSです。日々、収穫の様子を発信し販売につなげるほか、クラウドファンディングを利用して地域の耕作放棄地を再活用する取り組みまで行っています。

伊藤和徳さん
「肥料も何も入っていない状態なので、お茶の木が本来の土だけの力で生命力あふれる感じで育ってくれる。放置されてしまっている茶畑が逆に宝に見える」

若い農家同士の連携で新たな可能性も広がっています。農家が共同で出荷し、それまで個人では契約が難しかったスーパーや学校給食の契約ができるようになるなど、新たなビジネス機会や雇用が生まれました。

11年前に移住(40代)クラフトビールの醸造に挑戦中
「やっとメンバーもそろってきてやれるようになってきた」
2022年移住した女性(20代)農業法人の正社員
「それぞれ皆さん新しいチャレンジをしてらっしゃるので、すごく自分の中でも刺激になっています」

有機農業が、地域の持続可能な未来への希望となっています。

有機農業は広がるか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは有機農業の現場に詳しい関根佳恵さんにも加わっていただきます。

日本でも今、有機農業の耕作面積を現状の0.6%から25%に拡大するという目標を掲げています(2050年までに)。実際どれぐらい実現すると思いますか。

スタジオゲスト
関根 佳恵さん (愛知学院大学教授)
有機農業の現場に詳しい

関根さん:
可能性は大変高いと思っています。実際コロナ禍を経て私たちも健康と食との関係、そして食の安全に関する意識というのは消費者の間でとても高まっています。
今VTRにありましたように、SNSなどを使って直接、消費者に販売する形も充実してきていますので、これから伸びるのではないかと思います。
ただ、欧米などと比べるとまだまだ市場規模が小さいということがありますので、逆に言うと伸びしろは大きいと思います。

桑子:
有機農業といいますと、病害虫の問題ですとか、草刈りの手間がかかるとかさまざまな課題が指摘されていますし、今見た生態調和型農業に関してもどれくらい他の地域で定着できるのか、いろいろ気になってくるのですが、そのあたりはどうでしょうか。

関根さん:
まず、日本の農業関係者の間では化学農薬、化学肥料を使わないと農業というのができないんだという意識がまだまだ根強いと感じています。実際に従来型の農業から有機農業に転換しようとした場合、土壌の微生物などの生態系が回復するまでに3年、あるいは5年ぐらいかかってしまうので、その間に収量が上がらなくて所得がなく有機農業を諦めてしまうケースも少なくないということです。
ですので、VTRにあったような移行期間の生産者を技術的に支援するであるとか、経済面からも所得の支援をいかにできるか、そういう体制作りも重要かと思います。

また、日本の課題としては有機農業を生産現場、あるいは農業教育の現場で教えることができる指導者が少ないということもありますので、その育成も課題かと思います。実際に生態調和型の農業という徳島の事例もありましたように、実は全国各地で農家の方たちが長年積み重ねてきた技術・農法というものがたくさんあります。
ですので、理想としてはその地域の気候や生態系に合った形で農家の方自身がその農法を作り上げていく、そして地域の中で物質が循環していくということを実現できるとよいと思います。

桑子:
その理想の形を作るためにも国に求められることはどういうことでしょうか。

鈴木さん:
国はAIを用いたスマート農業ようなものに期待しているきらいがあるのですが、関根さんのお話にもあったように、各地でいい農法や取り組みがあるわけですから、それをいかにみんなが学んで広げられるか、これを国が支援すると。この部分がまずいちばん重要ではないかと思います。

桑子:
有機農業広げていくために関根さんが参考になるとおっしゃっているのがフランスの取り組みで「公共調達」というものです。学校や病院などの公共施設で20%以上有機農産物を利用することをフランスでは法律で義務付けたということです。これはどんなねらいなのでしょうか。

関根さん:
これは2022年の話なのですが、公共調達で有機食材を購入することで新たな市場を作り、それによって有機農業を国や地域で広げていこうという政策手法になります。

桑子:
日本でもこういった取り組みはどうでしょうか。

関根さん:
例えば千葉県のいすみ市など全国各地の自治体で今、急速に学校給食で有機食材を使おうと。それによって地域で有機農業を育てていこうという動きが広がってきています。

桑子:
これから広がってきていると。

関根さん:
これをさらに広げていくためにも、保護者に負担を求めないような形で実現できる工夫が必要かと思います。

桑子:
フランスではこうした取り組みもあって農家の平均年齢が51.4歳ということで、高齢化、そして担い手不足に悩む日本とは差を感じるわけですが、これから日本に求められることはどういうことでしょうか。

鈴木さん:
今、日本の農業を救うことは国民の命を守る安全保障の要だということで、生産者も頑張っています。消費者も支えています。でも、いちばん要になるのは国としてどのような安全保障政策、食料自給率向上政策を今打ち出すか、このことがいちばん問われているのではないかと思います。

桑子:
リーダーシップをとって政策で後押ししていくと。

鈴木さん:
そうですね。

桑子:
お二人ありがとうございました。農業の新たな形、こんな光景も見られるようになっています。

田んぼの風景 ある生き物の姿が

地域で有機農業に取り組む、徳島県小松島市(こまつしまし)。

これは子供たちが毎年田んぼで行う「生き物調査」。近年あまり見かけなくなっていた生物の姿も。

そして、5年前からやってくるようになったのはコウノトリ。地域の風景が変わり始めています。

JAの営農指導員
「『やったぜ』という感じです。それまでいなかったコウノトリ、象徴的な鳥。これがやって来る現実は僕もびっくりしています」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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農業