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2022年7月12日(火)

日本政治はどこへ 独自分析 参院選

日本政治はどこへ 独自分析 参院選

夏の政治決戦となる参議院選挙。この25年あまり、浮き沈みがありながらも与野党の第一党がしのぎを削ってきた日本政治。今回の選挙で、その構図が維持されるのかどうかが注目されています。最新の分析では、有権者の投票心理が大きく変容し、従来とは異なる野党像を求める傾向が広がっている実態も浮かび上がってきました。今回の参院選は日本政治に何をもたらそうとしているのか。政治の現在地と今後の課題を展望しました。

出演者

  • 伊藤 雅之 (NHK解説副委員長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

独自分析 参院選 日本政治はどこへ

桑子 真帆キャスター:
7月10日の参院選の投票率は52.05%。3年前より3.25ポイント上昇しました。選挙戦最終盤には、演説中に安倍元総理大臣が銃撃され、亡くなる事件が起き、改めて民主主義の重要性が認識される選挙となりました。

選挙の結果はこちらです。今回、与党は76議席を獲得し、今回争われた125議席の過半数を獲得して大勝。これに対し、今回49議席を獲得した野党のうち第一党の立憲民主党は、改選議席を6議席下回る17議席にとどまりました。一方、日本維新の会は倍増して12議席。比例代表では立憲民主党を上回りました。

私たちは選挙期間を通じて、参院選の取材・分析を進めてきました。その中で注目したのが「連合」です。労働組合の全国組織で、野党最大の支持基盤となってきました。取材から見えてきたのは連合、そして労働組合が揺れている現実でした。

野党最大の支持基盤 労働組合に"異変"

連合のトップ、芳野友子会長です。立憲民主党など、野党候補の応援で全国を回りました。

連合 芳野友子会長
「緊張感のある国会にしていくためには、野党が頑張らなければならない」

去年秋に就任した芳野会長。注目されてきたのは、自民党との距離感です。会合への出席や、幹部との会食を繰り返してきたのです。

連合と自民党の接近ともみられた、この動き。背景にあったとみられるのが、自民党の戦略の変化です。

参院選を前に決定された、自民党の運動方針。連合をはじめとする、労働組合との関係性を重視する方針を打ち出したのです。

一橋大学 中北浩爾教授
「自民党からすると、『怖い怖い』と言うんですね。『連合の組織力は侮れない』と言うんですね。地方であったとしても。『連合の組織力を落としたい』、『政治力を落としたい』、これは自民党の基本的な戦略として長年持っていたものですね。これがいよいよ現実化しつつあるというのが、最近の状況ではないでしょうか」

公示日の直前には、岸田総理大臣がトヨタ自動車を異例の訪問。賃上げなどをアピールし、国内最大規模の労働組合の取り込みを図ったとの見方が出ています。

取材者
「総理としては、どういう狙いが?」
岸田首相
「参院選に向けて、タイミングを考えたということではないと申し上げたい」

こうした動きに危機感を募らせるのが連合の副会長、安河内賢弘さんです。芳野会長と同じ団体の出身で、連合会長への就任を打診した安河内さん。しかし、自民党との接触を重ねる芳野会長の動きについて、自身のツイッターでこう発信しました。


「私の20年の歴史は自民党との闘いの歴史です。自民党との連携は私の労働運動への侮辱です」

安河内賢弘さんのTwitterより一部抜粋
連合副会長/JAM会長 安河内賢弘さん
「自民党のこれまでの政策というのは、労働者の立場に立った政策とはとてもいえない。そこと対じしてきた歴史ですので、そんなふうに捉えられるような言動は許しがたいものがある。自民党がさまざまな策略を巡らせてきているのは、おそらく事実なんだと思いますし、その対応のしかたが少しまずかった点は残念ながらあると思います」

日本の政治に、労働組合は大きな影響力を持ってきました。平成元年に全国の労働組合が集まり、結成された連合。政権交代可能な二大政党制を掲げ、自民党と対じする野党を支援し続けてきました。700万人の組合員の組織力を生かし、2009年の民主党への政権交代も後押ししました。

しかし、労働組合の組織率は年々低下。2割を切る水準にまで下がっています。そして今、その結束が内部から揺らぎ始めているのです。

連合傘下にある大手サービス企業の組合幹部が、匿名を条件に取材に応じました。新型コロナや物価高の影響で収益が落ち込んだ、この企業。労使協調で危機を乗り越えようという機運が高まっているといいます。

大手サービス企業 労組幹部
「会社の苦しさというのは、労働組合は本当によく分かっていて、内情を知れば知るほど本当に苦しいので。とてもじゃないですけど、過大な要求を会社に向けるべき局面ではない」

組合員の一部からは、野党候補を支援することを批判するメールも寄せられるようになりました。

大手サービス企業 労組幹部
「『労働組合はこの業界を潰したいのでしょうか』という少し強めの論調で」

「組合は、業界の声を代弁してくれる与党候補を支援すべきだ」とつづられていました。

大手サービス企業 労組幹部
「正直なところ、この手紙の内容を読んで私は理解できてしまいました。よく報道で『連合が自民党に接近している』という論調が出てくると思いますが、私は実は賛成なんですよ。政策の実現性に優先順位を置いたときは、『野党ではなくて与党』というのは誰が考えても当たり前な理屈だと思うんですね」

取材を進めると、組合員の意識の変化も見えてきました。

連合傘下の産業別労働組合「JAM」は、ものづくり系の中小企業などが加盟しています。およそ37万人の組合員が所属し、立憲民主党の候補を組織として支援しました。

この日、行われた対策会議。去年の衆議院選挙での若い組合員の投票行動のデータに頭を悩ませていました。

<参院選に向けた対策会議>

「若年層ほど自民党へ投票した方が多いということであります」
「野党に投票しても、自分たちの生活が良くならないって思いこんでいるところがある。諦めの境地に入っている人が非常に多いので」
「野党も批判をすることが多くなって、若い人、次世代にどうしようかってのが、どうもインパクトも薄いだろうし」

書記長を務める小嶋正弘さんは、労働者の権利を守るためには組合が一丸となって野党を支援することが必要だと考えていますが、もどかしさも感じています。

JAM北関東 小嶋正弘書記長
「労働組合の役割、目的が組合員に伝わっていないという現実を、今回の参議院選挙を通じて大きく感じているところがありまして。若い組合員に声かけしてもスマホをいじっていて話の輪に加わってもらえないとか、そういったことが労働組合が弱体化しているひとつの要因でもあると思う」

さらに、現場の労働組合では投票にすら行かない組合員の増加に危機感を強めていました。栃木県内の自動車部品メーカーの労働組合です。

労働組合 執行委員長 大杉純一さん
「投票お願いします」

組合員は200人以上。選挙戦中盤、組合の結束を高めようと投票を呼びかけていました。

取材班
「どうですか?」
大杉純一さん
「なかなかね、厳しいですよね。組合員に『投票に行こう』って言っても、なかなかね。『はい、分かりました』とは言いますけどね、実際どうなのか。いろんなところで『これは強制ですか?』って言われてしまいますので」

長年、野党を積極的に支援し、当事者として政治に関わってきた法政大学の山口二郎教授は、労働組合が後押しする野党の選挙戦術が曲がり角に来ていると感じています。

法政大学 山口二郎教授
「労働界がまとまって民主党なり、それに類する政党を支援しながら、政治の転換を図っていくという戦い方が終わった。働く市民を代表する労働組合が政党を支えていくという従来の戦略は、もう崩壊してしまいますね。そのあと出てくるのは、ガリバーとこびとたちみたいな、自民党一強で周りにぽろぽろ野党が取り巻いているという政党システムなのかなという感じがしますね。非常に残念だし、ちょっと無力感に陥りますよね」

さらに一橋大学の中北浩爾教授は、政権交代可能な政治体制が岐路にさしかかっていると指摘します。

中北浩爾教授
「政権交代の可能性が2012年から一気に減退してきたのが、この10年だと思います。その最終局面に入りつつあるということで、まさにその状態が完成して政権交代の可能性がなくなっていくのか、それともかろうじて残っていくのか。私はそういった意味では、今回の参院選は重要な選挙だと」

いま労働組合で何が起きているのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
30年、政治の取材を続けてきた伊藤雅之解説副委員長です。よろしくお願いいたします。今回の参議院選挙が政権交代の可能性がなくなっていくのか、それともかろうじて残るのか、見ていく上で重要だということでしたけど、実際選挙が終わりました。伊藤さん、どう見ていますか。

スタジオゲスト
伊藤 雅之
NHK解説副委員長

伊藤:
与党が大勝したという選挙結果からみれば、野党側が目指していた政権交代の足がかりはつかめなかったというところですよね。衆議院の解散がなければ、これから3年間国会の勢力は変わらないわけです。野党第一党の立憲民主党が議席を減らして、日本維新の会が躍進をした。当面は野党の中で主導権争いが続く状況だと思います。

桑子:
11日、連合の芳野会長が参院選を受けて、改めて会見を開きました。「非常に厳しい結果になった」と受け止めを語った上で、「立民・国民が大きな塊となり、戦いやすい形に持っていきたいという思いは変わらない」としています。

ただ、実際のところは一枚岩ではなくなっているように見えるわけですよね。今、労働組合の中で何が起きていると思いますか。

伊藤:
VTRにもありましたが、組合員の中の政治に対する意識の変化があるのではないでしょうか。日本の課題を考えてみますと、これからのデジタル化であるとか、あるいは脱炭素というのは社会の構図を大きく変える可能性があります。その中で特に民間の分野では例えば、どうやって企業が生き残っていくのか、働く人の雇用や生活を守っていけるのかということになりますと、政権交代の可能性が高くはないということになれば、政府与党のほうが頼りになる。そういう意識が出てきているのではないでしょうか。

桑子:
その意識に、自民党は入り込もうとしてるということなのでしょうか。

伊藤:
できればそうしたい。というのも、自民党は今回の選挙で勝利した。ですが、比例代表を見てみますと1議席減らしています。自民党の支持基盤、例えば郵便局業界であるとか、建設業業界、非常に強い基盤なのですが、従来の支持基盤だけでは必ずしも安泰ではない。もう少しウイングを広げたいと考えていると思うんです。

ただ、これができるのかというと簡単ではないように思います。といいますのも、今回の選挙で野党の比例代表当選者を見ますと、立憲民主党では7人のうち5人。国民民主党は3人全員が労働組合の出身で、全面的な支援を受けて当選しているわけです。組織率が低下しているとはいえ、依然としてその力の強さ、そして両党が組合の依存度が高いということが見えてきます。ですから、自民党としては脱炭素、あるいは原子力発電などといった国の政策に大きく影響される産業の組合、これに関心を抱いているのではないでしょうか。

桑子:
岸田総理大臣がトヨタを訪れたのは、この背景があるということなのでしょうか。

伊藤:
そこはちょっと分からないですが、ただ、そうした組合が支援している国民民主党は予算案にも賛成していますし、与党との間で政策協議も行っています。直ちに労働組合が自民党支持というところまではいかなくても、野党一辺倒にはならない。ちょっと抑えてくれることは自民党にとって有利になる。ですから、さまざまなアプローチを試みているのだという見方もあります。

桑子:
労働組合が変わりつつあるということは、組合員が投じる「組織票」の動向も変わっていく可能性があるということになりますよね。選挙で重要とされるのは「組織票」と、「個人後援会の票」、さらに、勝敗の鍵を握る「無党派層の票」です。この無党派層に注目しますと、かつて政治に期待をした人たちが政治をあきらめているという現実も浮かび上がってきたんです。

無党派層 政治への"あきらめ"

配達代行の仕事をしている水原剛守さん、39歳です。2009年の衆議院選挙では、民主党に投票しました。

就職氷河期のさなかに大学を卒業し、正規の仕事に就くことができなかった水原さん。派遣などの仕事を転々としてきました。当時、リーマンショックによって景気が大きく落ち込む中、政権交代に期待を託したのです。

水原剛守さん
「僕、ロスジェネ(世代)で、あのとき何かやってくれそうな(民主党)ブームだった。あまりにも(景気が)悪いから、状況変わればいいかなみたいな」

しかし、民主党政権でも、その後の自公政権でも、暮らしがよくなったとは感じられず、次第に政治への期待を失ったといいます。

水原剛守さん
「『たまに何かやってくれるとラッキー』みたいな存在、政治って。そういう意味だと、政治っていうのは期待もできないし、『やっぱり、これ自己責任じゃないか』という風潮になってきますので。これからのご時世、自分の力で生きていくしかない」

激変する有権者心理 新たな野党像は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
政治に期待できないという声は、広がりを見せています。早稲田大学の田辺俊介教授によりますと、2009年に民主党に投票した人の追跡調査を行った結果、2017年には3人に1人が投票に行かなかったり、投票先を忘れたと答えるなど、大きな「あきらめ層」を形成していると指摘しています。

一方で、有権者が野党に新たな役割を期待するようになっていることを示す、最新の調査もあります。京都府立大学の秦正樹准教授が、去年の衆議院選挙の際、4,100人を対象に行った調査です。

新しい野党があるとすれば、どんな野党に投票したいかと聞いています。このグラフは、右に行くほど望ましい、左に行くほど望ましくないことを示しています。与党への姿勢を聞いたところ、原則対抗という姿勢よりも、連立政権を組んだり、是々非々路線というのを望む傾向が見られました。

政治行動論が専門 京都府立大学 秦正樹准教授
「分析を間違えているんじゃないかと思いました。何度も何度もデータを確かめて。10年前は、批判する野党がすごく好まれていたはずなんですね。有権者は『それがあるべき姿だ』と言っていたわけです。それが10年後の今、むしろ左の人の方が常に怒っていて、『何をそんなに怒っているんだ』と、『前向きじゃない』と。『怒りは何の得も生まない』というけれども、そういうイメージが相当あるんだろう。
その反射的な反応として1つあるのは、日本維新の会、国民民主党がやっているような与党に対して反対するところは反対するけれども、(部分的には)賛成する。いわゆる是々非々路線というものが、今までなかった路線の1つとして存在する」

桑子:
今回の選挙で是々非々路線をまさに掲げる日本維新の会が議席を大きく伸ばしたわけですが、政治の現場を長年取材してきて、有権者の意識の変化というのは感じますか。

伊藤:
感じますね。大きく揺れ幅もあるんですが、今回維新の会を見てみますと、掲げたのが「しがらみのない改革」ですよね。自民党や立憲民主党などと違って、組織団体に頼らないモデルだと。そして、地方で実績を上げたと訴えたことが、無党派層に一定の広がりを見せた。これが躍進の要因だと見られるわけです。

そう考えてみますと今後の日本の政治ですが、憲法や安全保障、あるいは経済政策など、政策ごとに与野党が連携する枠組みを変えていく。場合によっては政策を限定した部分連立のような枠組みが生まれてくるかもしれません。ただ、そうしたことで協力が深まっていけば、政策を決定する過程が国民から見えにくくなります。

一方で、政権のチェックがおろそかにならないかという懸念もあるわけです。政党や政治家にとって、後援会、あるいは各種の団体や組織は重要なんですが、「政治をあきらめた」という人たちの声を吸い上げようとしているのかどうか。その努力を怠ってしまえば、政治への信頼、あるいは期待は生まれないと思います。

桑子:
そうした中で今後の政治、どんな点に注目していますか。

伊藤:
今回の選挙でも争点になりましたが、憲法や安全保障の問題、これは国の基本ですよね。そしてさらに言えば、教育や子育てへの支援をどう充実させていくか、財源をどう確保するのか、私たちのこれからを左右する大きな課題が山積していると見ていいと思うんです。

桑子:
そうした中で、私たちがどんな目線を持っていったらいいかですかね。

伊藤:
今回の投票率は確かに上がりましたが、依然として有権者の半分近くが投票に行っていないという現実は変わらないわけです。ですが、政権が遠のいたという指摘もあったのですが、投票に行かなかった人が投票に行くようになれば、選挙と政治がガラっと変わるかもしれません。ですから、今回選ばれた政党や政治家が何をしていくのか、何をしていないのか、政治は変わる可能性はあるんだという目で見ていく必要があると思います。

桑子:
今、時代の曲がり角にきているともいえる状況です。そうした中で、政治の持つ役割が特に大きくなっているのではないでしょうか。そうした動き、私たちもしっかりと見ていきたいと思います。


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