日本の女性科学者の先駆け、猿橋勝子さんが亡くなった。猿橋の名が世界に知られるようになったのはビキニの水爆実験である。猿橋さん(気象研究所)が発表した海洋核汚染データに対し、水爆実験を押し進めるアメリカ政府が激怒。しかし、6ヶ月に渡る分析競争の末、結局米国側が白旗を揚げたのだ。気象研退官後の1981年に創設した「猿橋賞」は、女性科学者の地位向上の原動力となり、受賞者の中から女性物理学会会長、地震学会会長も誕生した。「猿橋さんを偲ぶ会」に出席した27人の受賞者への取材を通じ、科学界という「男社会」で生きた猿橋ら女性科学者たちの葛藤と闘いの日々を描く。
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