初めてこのドラマのお話を頂いたとき、「私にはできない」と思いました。
兄がビートルズのファンだったこともあり、オノ・ヨーコさんのことは子どもの頃から知っていました。たいへん魅力的な人物であると同時に、いくつも矛盾を抱えたミステリアスな女性、というイメージがあったんです。「役者として、理解できない人物を演じることはできない」という不安でいっぱいでした。そこで、プロデューサーの方にお願いしてリサーチの時間を頂くことにしました。
ヨーコさんのエッセーを読んだり、写真やアーカイブ映像を見たり、朝から晩まで彼女の音楽を聴いたり・・・。ありとあらゆるもの集めて、吸収しました。ヨーコさんの心理、彼女のエッセンスのようなものを掴みたいと思ったのです。リサーチを進めるうちに、ヨーコさんという人物が、私の心の中で3D(スリーディー)に立ち上がってくるような気がしました。そして私の中の“不安”が“勇気”に変わってきました。この時点では、まだ自信などありません。ただ、「これは決して逃してはならないチャンスなんだ。挑戦してみたい!」という気持ちが沸いてきたんです。
ジョン・レノン役の俳優が、クリストファー・エクルストンだったことも、本作への参加を決心した大きな要因です。クリストファーとは、過去にBBCの連続ドラマ「ドクター・フー」で共演をしたことがありました。どんな作品に対しても真摯な姿勢でのぞむ役者さんなので、彼とだったらぜひやってみたい、と思いました。
今回、ヨーコさんを演じさせて頂く上で、私が最も大切にしたかったことは、ヨーコさんを一人の「女性」として表現するということです。これまでヨーコさんは、特にイギリスでは、誤解どころか、理解すらされてこなかった方だと思うんです。だからこそ、ヨーコさんを一人の女性として、一人の人間として、きちんと表現したかった。
リサーチの過程で見つけた、一枚の写真があります。それは、道を歩くオノ・ヨーコさんが、通行人の誰かに髪の毛を引っ張られている白黒写真でした。それを見たとき、たいへん悲しく感じたのと同時に、私なりに、深い共感を覚えたんです。というのも、私も幼い頃からいわゆる「アウトサイダー(よそ者)」で、人に理解されない辛さというのを味わってきました。生まれは名古屋なのですが、3歳半のとき、父の転勤に伴いアメリカのニュージャージー州へ移りました。10歳で日本に帰国したのですが、そこで待っていたのはいじめでした。当時はまだ、帰国子女が珍しい時代でしたから。「私は心も体も日本人だし、日本のことがこんなにも好きなのに、なぜ?」という思いがありました。その後、12歳のときに、今度はイギリスのロンドンへ転勤。そこでもやはり「よそ者」を経験しました。だから、ヨーコさんとは時代も環境も違いますが、ほんの少しだけヨーコさんのお気持ちが分かるような気がします。
それから、役作りの上で意外にも役に立ったのは「かつら」です。あの長い黒髪のかつらを被った瞬間、「あっ、ヨーコさんってこういう人だったんだ」と腑に落ちるものがありました。ヨーコさんは、とても恥ずかしがり屋な方だと思うんです。
あの長い髪の毛が、彼女にとってのベール、あるいは防具のような役割を果たしていたのではないかと思うんです。当時のインタビューを読むと、自分は強い人間ではない、弱いところもある、といった内容のことをおっしゃっているですが、それは真実だと思います。あの髪の毛によって、自分自身を守ろうとしていたのではないか?かつらを被った瞬間に、そんなことを感じ取りました。
もちろん、演じている私もとても辛かったです。でも、ご本人はもっともっと辛かっただろうと思います。ヨーコさんが素晴らしいのは、どんなに辛い思いをなさっても、決して反発をしてこなかったということ。もちろん、芸術家として作品を通して反対を表現することはあったと思います。でも、どんなにバッシングを受けても、メディアや大衆に対して面と向かって反撃はなさらなかった。私から見て、とても美しく、真の意味で勇ましい方だと思います。
ヨーコさんのことを考えると、「和(わ・なごみ)」という漢字が思い浮かぶんです。まだお会いしたことはありませんが、常に「和」の心を持っておられる方なのではと思います。平和運動を続けてこられた方です。それに、幼い頃から海外生活を送ってこられたのに、仕草や英語の発音までも、どこか日本的なんですね。日本人としての「和」のアイデンティティを大切になさっているからかも知れません。
オノ・ヨーコさんに対して、ネガティブな見方しかしてこなかった人たちに、新しい視点、新しい解釈を提供したい。そんな思いで役作りに励みました。
本作に出演させて頂いて初めて分かったことですが、ジョン・レノンという人はとても素直で、純情な人。その純粋さを、ありのまま表現することをためらわない、勇気のある人だったと思います。そこはヨーコさんも共通している部分ですね。
一方、ドラマに描かれているように、深い悩みや葛藤、コンプレックスを抱えた人物でもありました。こう言ったら失礼かも知れませんが、ヨーコさんはさぞかし大変だっただろうな、とお察しします(笑)。
ジョンを演じたクリストファーは、「人には欠点があるからこそ、親しみを覚えるものだ」と言っています。完璧な人より、欠点のある人の方が、より人間味を感じられます。ユニークな過去があるからこそ、面白い、というか。ジョンはまさに、そういう魅力的な人物だったと思います。
実際、リハーサルと撮影期間を通して、毎晩遅くまで話し合いをしながら、共に役作りに取り組むことができました。「決して“ものまね”にはしたくないよね」とか、英語のアクセントについて話し合ったり。
ジョンという役柄は、クリストファーだからこそ演じられたと思います。彼は、役を恐れず、人物の心の深い闇にもぽんっと飛び込んでいくことのできる、勇気ある役者です。本作では、実年齢よりだいぶ若い年齢のジョン(注:クリストファーは出演当時45歳)を演じていますが、そういった困難にも果敢に挑むことのできる強さがあります。同じ役者として尊敬していますし、再び一緒にお仕事ができたことをとても光栄に思います。
まだ未定なのですが、現在、日本とアメリカで舞台の企画が進行中です。テレビドラマも好きなのですが、年に1本くらいは舞台に立ちたいと思っています。
日本、アメリカ、イギリスの3か国で育ったためか、私の中に3つの「タンク(水槽)」があるんですね。一つの国にどっぷり浸かっていると、次第にそのタンクが満杯になってきて、別の国へ行って仕事をしたくなるんです。それぞれのタンクが、常に均衡を保っていられれば一番良いのですが。
BBCのドラマ「秘密警察トーチウッド(原題:Torchwood)」でレギュラーを務めた後、ウエスト・エンドのミュージカル「アベニューQ」に出演しました。イギリスのタンクが満杯になったので、アメリカへ行って、違う空気を吸ってきました。
次の目標は、やはり、日本でいいお芝居をすることですね。