ことばの研究

「被災者」ではなく「被災した人」

~東日本大震災のNHK取材者アンケートから~

東日本大震災の発生直後に被災地に入ったNHKの取材者に対して、放送文化研究所はその3か月後に、取材や放送で使ったり気を配ったりしたことばや表現についてアンケートを行った。回答からは、「取材」の際には、被災者の話をしっかり聞いて相手に「共感」することを大切にし、それをことばや態度で相手に伝えるようにしていたことがわかった。その際は、「NHKの職員」ではなく「一人の人間として」被災者と向き合う姿勢を大切にしていたことがうかがえた。一方、「放送」で気をつかったことばとしては、「被災者」、「がれき」、「壊滅(的)」などのことばを使わないようにしたという回答が多く寄せられた。特に「被災者」ということばは、言語学的に見た場合、「被災した人」という表現に比べて対象をより典型的、第三者的に捉えた表現となるため、取材者はそこに被災者の“人格”が入る余地がなくなると感じ、避けたものと考えられた。取材者がこれらのことばを避けた背景には、被災者との間に生じた「共感体験」が影響していると考えられた。

(この論文は2013年3月14日に行った研究発表の再構成である。)

メディア研究部 井上裕之