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独,公共放送のインターネットサービス範囲明確化へ

~放送法改正へ大枠合意~

ドイツの各州首相は,6月12日,各州の放送制度の共通原則を定める放送州間協定の第12次改正の要点について合意した。これで公共放送のインターネットサービスの範囲を,従来より明確に規定する方針が決まった。

ドイツ公共放送のネット展開

現行法では,公共放送のインターネットサービスについて「番組に付随して,番組に関連するコンテンツを提供できる」と規定されている。また2004年には,2008年末までネット関連支出を全体の0.75%以内に抑えるとの公共放送自身による約束が,放送州間協定の付属文書に明記された。この枠内で,ARDとZDFはこれまで幅広く充実したサービスを展開してきた。

例えば,公共放送のARD は2008年5月,ZDFは2007年9月に“メディアテーク”と呼ばれるビデオオンデマンドサービスを開始した。双方とも,放送した番組の大半を,最大 13か月間,無料でストリーミング配信するものである。利用者の反響は好意的なものだったが,ほぼ同時期に番組のネット配信を始めたRTLグループや ProSiebenSat.1ら商業放送にとっては,受信料を財源とした大規模な競合サービスは脅威であり,番組分野や期間について一定の制限を設けるよう主張していた。

またARDとZDFはこの他,ニュース,生活情報,芸能,スポーツなどのポータルサイトを設け,単なる番組情報にとどまらない多くの情報サービスを提供している。こうした豊富な“読みもの”コンテンツに対しては,定期刊行物の売り上げが落ちる中,ネットでのビジネスモデルの確立が焦眉の課題となっている新聞・雑誌業界が神経を尖らせていた。

大枠合意の内容

今回,公共放送のネット活動範囲を見直す法改正へと各州政府を動かしたのは,EU域内の競争問題を所管する欧州委員会である。

欧州委は2002年に商業放送の苦情を受けて以来,EU条約に反する民業圧迫を防ぐための適切な制度改正を求めてドイツ政府と協議を重ねてきた。この結果,ドイツ政府は2007年4月,2年以内に法改正を行い,特に公共放送のネット活動の範囲を明確に規定することなどを約束した。以降,法案具体化に向けて,商業放送と新聞業界のロビー活動が一段と活発になっていた。

今回の法案の大枠合意は,各方面の利害が背反する難しい状況のなかで行われた。主要事項は以下の5点である。

(1) 放送番組のネット配信は原則7日間

放送番組は,原則的に放送後7日間のみネット配信できる。ただし,オリンピックなどスポーツのビッグイベントについては放送後24時間のみとする。

これにより,現在メディアテークで長期間提供されている番組も,原則的に7日間に短縮される。ただし報道,教養番組については,新しく導入される“公共的価値の審査”で,内容,対象,期間などのコンセプトを個別に審査し,市場へ与える影響を考慮しても提供する価値があると判断されれば,例外的に長期間の提供が許される。ドラマなど娯楽番組にもこの例外が認められるかについては,今回は判断が保留された。

(2) 番組関連の文章・画像コンテンツも7日間

文章,画像,動画・音声クリップにより制作・編集されるコンテンツについては,実際に放送された番組で扱われた内容に関わるもののみ提供可能とし,期間はその番組の放送後7日までとする。これにより原則的には,ニュース記事を含むあらゆる“読みもの”コンテンツは,7日後にネット上から削除しなくてはならなくなる。

しかしまた報道,教養コンテンツについては,公共的価値の審査でコンセプトが承認されれば,例外的に長期間提供できる。ただし「番組に関連のない新聞・雑誌類似サービス」は例外なく禁止と明記され,番組関連性の有無により,新聞社のサービスとの差別化を行う狙いが強調されている。

(3) 商業サービスの性格をもつコンテンツの禁止

出会い掲示板,価格比較サービス,宿泊・ルート検索,ゲーム,音楽のダウンロードなど,一般に商業サービスとして提供されている約20の項目を禁止事項とする。

(4) 公共的価値の審査の導入

コンテンツの長期間提供を行う場合や,新しいサービスを行う場合,事前に開かれた形でサービスのコンセプトを審査し,どのような公共的価値があるかについて説明責任を果たさなければならない。審査は3段階からなる。第一に,民主主義的,社会的,文化的ニーズという3つの観点から,サービスの公共的性格を審査する。第二に,市場関係者の意見を勘案しつつ,当該市場に及ぼす経済的な影響と公共的価値の比較考量を行う。第三に,コストの規模の適切性を検討する。審査を行うのは公共放送の内部監督機関で,市場への影響の算定は外部の専門家に委託される。

(5) 支出制限の撤廃

全支出の0.75%内という制限は撤廃する。

各方面の反応

この結果を,公共放送,商業メディアとも,ひとまず建設的な合意と受け止めたようであるが,個々の点では各々批判的である。

公共放送側は,特に7日間制限について,「時間に縛られないというネットの特性を生かせず,視聴者の不利益になる」,「BBCにもFrance Televisionsにもこれほど厳しい規制はない」など不満を表明している。また新聞業界に対して,「GoogleやYahoo! のような新しいメディア企業の支配力に対抗するため,公共放送と新聞は協力して質の高いジャーナリズムを維持しなくてはならない」と,敵対ではなく協力が必要だとアピールしている。

一方ドイツ新聞協会(BDZV)は,番組関連という文言について,「これでは結局すべてのコンテンツが提供可能になってしまう」として,基準の甘さを指摘している。また,公共価値の審査という“抜け道”を通せば,現状通りのサービス提供ができるのではないかとする見方もある。

最終法案は10月調印:不確定要素も

この後各州政府は,今回の合意点を欧州委員会と協議しなくてはならない。承認が得られれば,再度国内で関係者と詰めの協議を行い,10月最終法案調印,2009年5月発効という流れが予定されている。この間に文案が変更される可能性もある。

またここにきて,煩瑣な規制は一切やめ,公共放送の広告放送を禁止する代わりにネットではフリーハンドを与えてはどうかという大胆な提案が,大手新聞出版のAxel Springerの社長から出て,関係者に波紋を広げている。状況はまだ予断を許さない。

杉内有介