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和歌山毒カレー事件の控訴審報道ビデオは証拠不採用

和歌山市で1998年に起きた「毒物カレー事件」の控訴審で, 大阪高等検察庁は12月1日,林真須美被告が映った民放テレビ報道番組の ビデオテープを大阪高等裁判所に証拠申請した。しかし,12月17日の 控訴審第11回公判で同高裁はこの申請を却下した。

この裁判の1審では,民放テレビの録画テープが証拠として採用 されている。取り調べに対して黙秘を続ける林被告に業を煮やした 和歌山県警の捜査員が,98年4月~99年5月までに放送された民放4局 8番組のテレビインタビューの録画を約10分間に編集したビデオテープを, 和歌山地検が証拠申請し,和歌山地裁の2002年3月22日の91回公判で 証拠として認められたのである。

今回証拠申請されたビデオテープは,林被告が事件当日着ていたと される白いTシャツを「持っていなかった」と主張していることへの反証が 目的であり,テレビインタビューを本人の供述調書の代わりにしようとした 1審のケースとは趣旨が異なる。しかし,報道のために収録した映像を 裁判の証拠に転用しようとした点では同じで,そこには報道の自由に関わる 大きな問題が横たわっている。

控訴審での証拠申請に対し,大阪・和歌山の民放6社(朝日放送, 毎日放送,関西テレビ放送,読売テレビ放送,テレビ大阪,テレビ和歌山) は即日(12月1日),「番組の一部を報道目的以外に利用することは国民の 信頼を失い,知る権利・報道の自由に重大な制約になりかねない」とする 抗議声明を発表した。3日にはNHKを加えた7社が,大阪高検に対して取り下げ を求める申し入れ書を提出。6日には大阪高裁に対しても,熟慮を求める 上申書を提出した。

上記民放6社は,1審の証拠申請にも抗議声明を発表している。証拠 採用の際には日本民間放送連盟報道委員会が見解をまとめ,最高裁判所長官, 全国の高等裁判所長官,地方裁判所所長,最高検察庁検事総長,国家公安 委員長,警察庁長官,日本弁護士連合会会長あてに02年4月15日付けで 送付して,取材の自由に配慮した対応を要請した。

02年12月11日,林被告に1審死刑判決。その判決文の結語で裁判長は, 「報道機関の映像が刑事裁判で証拠となることは報道のありかたと矛盾しない」 とした。さらに,「既に放送された番組では報道機関が不服を申し立てる 機会がないので,マザーテープを証拠の対象とすることも検討されるべき」 とする,踏み込んだ意見も述べている。

これを憂慮した民放連は12月18日,「取材・報道活動は『知る権利』 に応えるためのもので,刑事司法の活動とは目的が本質的に異なる」 「未編集ビデオテープの内容は,被取材者が公表を前提としているとは 限らず,証拠採用は報道機関との信頼関係を全面的に崩壊させることに つながり,より問題が大きい」などとする報道委員長コメントを出した。

1審でこうした経緯があったため,控訴審で再度証拠採用があるか どうか注目されたが,結果的には不採用となった。しかし大阪高裁が 示した理由は,「ビデオテープがなくても被告の証言の信用性は判断 できる」というもので,報道側が再三問題視してきた「ビデオテープの 報道目的外使用の是非」そのものに対する判断ではなかった。

田中 学