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香川へ本の旅 瀬戸内海が生んだ「うみの図書館」の魅力とは

  • 2023年09月07日
香川へ本の旅 瀬戸内海が生んだ「うみの図書館」の魅力とは

穏やかで美しい瀬戸内海を望む海辺の町に、小さな私設図書館ができました。ことし5月にできたばかりの図書館ですが、全国各地から人々が訪れています。人をひきつける図書館の魅力を取材しました。

海辺にできた私設図書館

「うみの図書館」はことし5月、香川県さぬき市津田町に誕生した私設図書館です。津田町は香川県の東部に位置していて、日本の渚100選に選ばれた「津田の松原」と呼ばれる美しい海岸があることで知られています。

図書館の発起人 黒川慎一朗さん

図書館を立ち上げたのは黒川慎一朗さん(25)です。大阪の大学で建築や町づくりについて学んでいた黒川さんは、大学4年生のときに地元のさぬき市にUターンし、大学の研究を兼ねてゲストハウスの運営を行っていました。そこに長期滞在していた利用者の男性との出会いが、図書館を生むきっかけになりました。

黒川さん

東京から来た男性が「きょうは本とお弁当を持って、海辺で読書しようと思います。」と話していました。自分はこの町出身ですが、そんな海辺の過ごし方や読書のしかたをしたことがなく、海辺で波の音を聞いたり潮風を感じたりしながら読書することに都市部の人は価値を感じるのか、と気づかされました。

そうして黒川さんは、海の近くに図書館をつくることで、海辺で読書をするという過ごし方を利用客に提案することができ、その上で、町の活性化にもつながるのではないかと考えました。

本が「漂流する」仕組みとは

「うみの図書館」という名前にふさわしい図書館はどんな内容か、黒川さんは考えました。そこで着想を得たのがボトルメールです。

この図書館を拠点に、本が全国各地を「漂流」する仕組みにできないかと考えました。

黒川さん

「手紙を書いて瓶に詰めて、どこかに流れ着いて受け取った誰かがそれを読む」というイメージを具現化できたら面白いと思っていました。
ボトルメールの手紙を書く人は、本を寄贈する人。思い入れのある本をこの図書館へ寄贈することで、誰かの人生が変わるきっかけになるかもしれない。どこの誰かはわからないけど、偶然の出会いであったり、その本を必要としている人に自然と届くような波打ち際のような場所になればと思っています。

黒川さんはSNSなどを通じ、本の寄贈を呼びかけました。当初は1冊も本がない状態からのスタートでしたが、京都や名古屋など、全国各地からの郵送や持ち込みで本が集まり、現在までにおよそ3千冊の本が登録されました。
そして、本が全国を「漂う」仕組みとして、連携先を全国各地に増やし、図書館で借りた本を返却したり貸し出したりできるように考えました。現在はまだ調整中ですが、いずれは本が全国各地を転々とする一連の流れができる予定です。

図書館の一風変わったルールとは?

こうして、海の近くの古民家を改装した「うみの図書館」がオープンしました。

海に関連する本が利用客を出迎える

県外からの旅行客にじっくりとこの町での読書を楽しんでもらおうと、図書館の奥に客室を設け「泊まれる図書館」にしました。さらに、貸出も気軽にしてもらいたいと考えた末に生まれたルールが…。

2年の貸出期間。一人最大5冊まで、ゆっくりと読書に浸れます。この長期の貸出期間こそが、思いもよらない本との出会いを生むことになりました。

利用者のみなさんは…

『贅沢な恋愛』を借りました。ビビッと来たんで。ふだんはミステリーを読むことが多いんですけどこういうのも読んでみようかなって。

一般的な図書館とは違う、巡り合わせのようなものを感じる。自分の考えを変えてくれそうな本と出会えそうな予感がしています。

本ってめちゃくちゃたくさんあるけど、出会える数って知れてる。こういう場所でたまたま出会った本がその人のきっかけになる一冊になるかもしれない、そういう流れがすてきだなと思います。

1度貸し出された本がいつ返却されるか見通しが立たなくなったことで、目的の本を探して借りるのではなく、タイトルや表紙が気になった本を手に取るなど、その日にしかない本との出会いが魅力となっていました。

黒川さん

貸出期間が2年ということで、ここにある本が明日あるかはわからない。本来借りようとした本がすでに借りられていたからこそ、じゃあこっちの本にしようかなといつもと違う選択ができる。便利さではなくて、この偶然の本との出会いっていうところを楽しんでもらえる場所になれたら。

「あなたへのおすすめ」にも偶然の出会いを

黒川さんと話す 鏑木航河さん

本と人をつなげる橋渡し役となるのが、鏑木航河さん(23)です。海の近くで本に携わる仕事がしたいと、大学卒業後、群馬県から移住し、今はうみの図書館の館長として本の分類や管理などの業務を担っています。鏑木さんは本の魅力が伝わるように手書きの文章を添えるなど、利用者が手に取りやすいようなきっかけ作りにも励んでいます。

鏑木さん

私自身、本棚にこんな本があったんだと思ったときは必ず記録に残したり、すぐ借りて読んだりするようにしています。何か困ったことがあれば私に聞いてくだされば、本のおすすめなどもしています。

この日、移動式の絵本屋を営んでいるという女性が茨城県から訪れました。本棚を前に日頃からなじみのある絵本を手に取ります。
そんな中、鏑木さんは女性との会話の中で、移動式の絵本屋をしているため絵本を読むことが多く、小説などの長編はあまり読まないことを知り、一冊の短編集を薦めました。

鏑木さん

旅する絵本屋さんをされているっていうことで、題名が『旅する本』という短編が入っていて、小説ですけど、短編なので読みやすいかな、『旅する本』だけ読んでもらえたら。

受け取った女性はこの本を借りることにしました。自分と重なる部分がありそうな題材ですが、なじみのない小説です。その心境を聞くと、新たな本との出会いを楽しんでいるようでした。

本を借りた女性

自分に合った本は自分でいつも選んでいると思うんです。今回自分で選んでない本が来たということは、もしかしたら自分には合ってないのかもしれないですよね。でも、それは読んでみないとわからないので、だから面白いんだと思います。

鏑木さんは1冊の本を選ぶ体験や、2年間の本との長い付き合いも含めて思い出を築いていってほしいと考えています。

鏑木さん

「この本とこんな出合い方をしたんだ」と、文字には刻まれないかもしれないけど、思い出の一部として残っていくかなと思います。

カモメの鳴き声が聞こえる海辺で本の世界に浸る

スマホを開けば購入履歴や閲覧履歴などのデータに基づいた「あなたへのおすすめ」に簡単にアクセスできる時代だからこそ、本を1冊選ぶまでの時間や、本を開くまで面白いのかわからない不確実さが、この図書館の魅力となり、人々をひきつけています。

 

【関連リンク:NHK WORLD-JAPAN News】

  • 相良 アンナ

    高松放送局 カメラマン

    相良 アンナ

    現代短歌とエッセイが好きです。

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