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中江有里ブックレビュー“記憶の底”見つめる4冊

  • 2023年6月5日

記憶はどんどん積み重なり、底にあるものはだんだん見えなくなってくる。
自分にとって大切な記憶は、一体どう残したらいいのか?一般的には映像や写真。
それができないときは、自分の中にある記憶をたどって、洗い出して、刻みつける。

【番組で紹介した本】

『出会いの痕跡』
著者:末盛千枝子
出版社:現代企画室

Yuri’s Point
数々の人との出会いとその不思議をつづった随筆。
彫刻家舟越保武の長女として生まれ、彫刻家・詩人の高村光太郎により「千枝子」と名付けられた著者は、最初の夫を亡くした後、二人の子を育てながらひとり出版社を立ち上げ、美智子さまの講演録の編集、出版した。
波乱に満ちた道のりで出会った名もなき人たちとの交流。芸術一家に生まれ、愛した絵本、文学によって育まれた感性から紡がれる文章に触れ、人生の滋味深さが伝わる。

『乱歩えほん 押絵と旅する男』
原作:江戸川乱歩
画と文:藤田新策
出版社:あすなろ書房

Yuri’s Point
江戸川乱歩のつづった奇妙な世界をイラストレーター藤田新策が絵本に仕立てた。
主人公は旅からの帰り道、上野行の電車の中である男に出会う。男は一枚の絵を窓の外に向けて掲げていた。やがて解き明かされる画にまつわる物語は、128年前の摩訶不思議な恋へと遡る。
藤田新策のイラストは、日常が異界へつながっていく乱歩の世界を見事に表している。
乱歩ファンだけでなく、初心者にもその魅力が伝わる絵本。

『猫にならって』
著者:佐川光晴
発行:実業之日本社

ときには猫のように生きてみる。高校生、バーの店員、獣医師…
問題を抱えた主人公たちが、のら猫との出会いをきっかけに、自分自身や家族関係を見直し、新たな自分に踏み出す8つのショートストーリー。厳しくもあたたかく「人と猫」を描く、連作短編集。

Yuri’s Point
物語は戦時中から始まって現代まで、主人公を代えながら続いていく。猫の寿命を考えれば同じ猫のはずはないが、4匹の猫は繰り返し登場する。まるで猫だけ時空を超えているかのような不思議な感覚に陥る物語。
猫という存在に支えられ、猫とともに生きる。猫を中心に見たときに、年齢や立場を超えて思いがけない出会いがあったり、自分の中にも変化が生まれる。でもそれは、自分自身が記憶しておかない限り、形に残すことのできない儚いものでもある。
必要な時に必要な人のもとに巡ってくる。神様とは言わないが、ある種の超越したものを感じた。

『サーカスの子』
著者:稲泉連
出版社:講談社

舞台の上で繰り広げられる華やかなショー。旅を日常として生きる芸人たち。子供時代をサーカスで過ごした著者が、失われた“サーカスの時代”を描く私的ノンフィクション。

Yuri’s Point
サーカスでは、動物と人間が曲芸をしたり、普段の生活では考えられない世界が繰り広げられる。しかし、中にいる人たちにとってはそれが日常で、日本全国旅をしていく。そんな“サーカスで暮らす人たち”にもそれぞれ別れのタイミングがやってくる。
世間にうまく対応して別の仕事を見つける人がいる一方で、外の世界では生きられず、家族も仕事も失い、孤独死してしまう人も。ひとりひとりの物語は、誰かがきちんと残しておかないと、記憶の中に埋もれて永遠に失われていまう。
そうならないためにも、キグレサーカスというものがあり、そこで生活していた人がいて、さらにその後の人生まで追いかけた稲泉さんの本はとても貴重なものだと感じた。

 

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6月5日に「ひるまえほっと」で放送。
NHKプラスはこちらから(放送から1週間ご視聴いただけます)


【案内人】
☆俳優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
数多くのTVドラマ、映画に出演。02年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞受賞。NHK-BS『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。
近著に『万葉と沙羅』(文藝春秋)、『残りものには、過去がある』(新潮文庫)、『水の月』(潮出版社)など。
文化庁文化審議会委員。2019年より歌手活動再開。

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