千葉市で開かれている、浮世絵師・鳥文斎栄之(ちょうぶんさい・えいし)の展覧会。世界初の開催ということもあり、注目を集めています。今や知る人ぞ知る絵師となっている鳥文斎栄之ですが、活躍当時、喜多川歌麿と人気を二分したと言われる浮世絵師でした。
海外での人気が高く、作品の多くが国外に渡っているため、これまで国内で作品の全貌を知ることは難しいとされてきましたが、今回、アメリカのボストン美術館やイギリスの大英博物館などからも作品を借り、世界初の展覧会が実現したといいます。
担当学芸員が「これが最初で最後かも」とも話す今回の展覧会。開催の裏側を取材しました。
(千葉放送局記者・浅井優奈)
鳥文斎栄之は、今から200年あまり前の江戸時代後期に活躍した浮世絵師で、武士から絵師に転身したという異色の経歴の持ち主です。浮世絵の黄金期と言われるこの時代に、長身で清らかな独自の美人画様式を確立しました。
栄之は当時、喜多川歌麿と並んで人気がある絵師でしたが、明治時代になると多くの作品が海外に渡り、いまや国内では作品の全貌を知るのは難しいとされています。歌麿の名声の影に“隠れてしまっていた”という栄之。この人物に光を当てた展覧会が、千葉市美術館で世界で初めて開催されています。
今回の展覧会では、アメリカのボストン美術館やイギリスの大英博物館など海外から作品を借り、国内外あわせておよそ160点の錦絵や肉筆画が集まりました。初期から晩年に至るまで栄之の貴重な作品の数々を見ることができます。
こちらの「若那初模様 丁子屋 いそ山 きちじ たきじ」という作品は、中心に、豪華な衣装を身にまとった吉原の遊女が鮮やかな色合いで描かれています。
左右には「かむろ」の2人が並び、目尻に紅を入れた化粧やおそろいの帯模様などから華やかさが伝わる作品となっています。
また、こちらの「貴婦人の船遊び」という作品。隅田川を舞台に、左端には鎌倉の鶴岡八幡宮で舞ったという静御前(生没年不詳)と思われる女性が描かれています。色鮮やかで目を引く作品で、非常に状態の良いものだといいます。
また、展覧会の準備段階で新たに発見され、初公開となった作品もあります。それが「和漢美人競艶図屏風」です。国内で保管していた個人から情報提供があり、確認した結果、確かに栄之の作品だと分かりました。
中国と日本の伝説の美女が3人ずつ並んでいます。左から趙飛燕、紫式部、楊貴妃、清少納言、王昭君、小野小町とみられています。このうち左から2番目に位置する紫式部は、通常は文机に座る姿で描かれる人物ですが、この絵では立ち姿で描かれ、動きのある着物の線や色彩が美しい作品となっています。
世界初の栄之の展覧会が実現した背景には、ある学芸員の存在がありました。浮世絵の研究を続けて30年以上、千葉市美術館副館長の田辺昌子さんです。これまで浮世絵に関する数々の展覧会を開催してきた田辺さんは、残すは「鳥文斎栄之展」だという思いがあったといいます。
千葉市美術館副館長 田辺昌子さん
「栄之はもともと作品の数も少なく、さらに多くの作品が海外に渡っているという事情があって、おそらく最も展覧会を開きにくい浮世絵師の一人だと思います。そうした中で千葉市美術館は開館当初から浮世絵を一つの柱として考えてきましたし、海外の美術館とも親交を持っていたので、栄之展をやるならばここの美術館しかないなと、そういう思いでした」
準備期間はおよそ3年。開催にあたって欠かせなかったのが海外の美術館の協力でした。主要な作品の多くが海外にあるためです。
特に、栄之の世界最大のコレクションを持っているのがアメリカの「ボストン美術館」です。これは、明治時代に来日したウィリアム・スタージス・ビゲローというアメリカ人医師が、日本で多くの浮世絵を買い集め、ボストン美術館に寄贈した経緯があるからだといいます。
ビゲローは最初、大森貝塚を発見したモースと一緒に来日しました。 その頃の日本で浮世絵版画は、庶民も買えるような身近にある「安い物」で、長く保管しておくものではありませんでした。ただ、その一部は外国人などに向けて売られていて、ビゲローは何度か来日して多くの浮世絵を買っていったそうです。当時の日本人はまさか身近にある安いものが美術だとは思わなかったと思いますが、海外から来た人たちによって買われたことで、今日まで多くの作品が海外の美術館で大切に保管されているんです。
そして、新型コロナによる渡航の制限が緩和された2022年。田辺さんはもう1人の学芸員とともに、ボストン美術館と、同じく浮世絵を所蔵しているイギリスの大英博物館に足を運びました。
それぞれの美術館で1週間ずつ、膨大な数の作品を見て、展覧会の構成を考える作業を行いました。ボストン美術館の学芸員さんとは以前から親交があり、「栄之は大好きだから」ということでとても協力してくれました。
ただ、借りることができる作品数に厳しい制限があり、1点でも多く借りるための交渉にはかなり苦労しました。また、円安の影響で経費が膨らんでしまったのも大変でした。
そしてことし1月、ようやく開催にたどり着いたといいます。
「もしかしたら今回の開催が最初で最後かも」と話す田辺さん。
海外の美術館では、作品を貸し出す頻度に制限があり、ボストン美術館の場合、借りるには前後5年が空いていなければならないため、日本で作品を見ることができるのは少なくとも10年に1度になるといいます。また、これまで一度も開催されなかった経緯からも、次はいつ見られるか分からないということで、この貴重な機会にぜひ訪れて、実物の作品を間近で見てほしいと話していました。
初めて栄之の作品を見る人も多いと思いますが、素直に感じることができる美しさを持った作品が多いです。ぜひこの機会に訪れて心を癒やしてもらえたらと思います。
「サムライ、浮世絵師になる!鳥文斎栄之展」
場所:千葉市美術館
会期:1月6日~3月3日
料金:一般1500円、大学生800円、小中高生は無料