「キョン」という動物を知っていますか?いま千葉県内の一部で大量発生し、問題になっています。かわいらしい見た目とは裏腹に、鳴き声や食害に悩まされている住民は少なくありません。
キョンの対策をどのように進めていくべきなのか。当事者、研究者、エンターテイナー、取材者が一緒に考えていきます!
(千葉放送局記者・坂本譲)
この記事の内容は、「NHKプラス」で11月5日(日) までご覧いただけます。
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「1ミリ革命 みんなでローカルグッド」では、地域のお困りごとや課題を深掘りし、解決するためのアイデアをNHKの取材者・当事者・専門家の皆さんとともに考えていきます。
今回のテーマは「獣害」です。
千葉放送局の坂本記者に、まず千葉県で大量発生しているという、「キョン」の生態について聞きます。
「キョン」はシカ科に属し、体長は約70cmで中型犬と同じくらいです。森林などで木の葉やドングリなどを好んで食べます。20年以上前に観光施設から脱走したものが繁殖し、街なかに出没するようになったと言われています。
県内での生息数は推計で約7万1500頭。この10年ほどで2倍に増えています。早ければ生後半年で妊娠できるという、すごい繁殖スピードなんです。
キョンによる被害は、どのようなものなのでしょうか?
キョンは主に千葉県南部に出没しますが、畑や住宅の庭などで野菜や草花が食い荒らされたり、フンの被害などが出ています。
また「ギャー!」と大きく叫ぶような声で鳴くので、睡眠が妨げられるといった声が届いています。
こちらの動画で、実際の鳴き声を聞くことができます。
実は千葉県内でも被害の実感には温度差があります。
キョンが身近にいる県南部の人たちに対し、それ以外の地域の人たちには被害を実感しにくい課題があります。
柏市・成田市でも目撃情報はありますが、イノシシ・サルと比べると農業への被害が多くないということで、都市部の住民からは「キョンが増えて何が問題なの?」という声も聞かれます。
千葉県庁でキョンの問題を担当している自然保護課の市原岳人さんです。特にどんなことにお困りですか?
千葉県としては、生息数をなんとか減らそうと、市町村と連携して捕獲に取り組んでいるところです。
しかし、繁殖スピードが非常に早いため、生息数を抑えられていない状況です。
県では、どんな対策を行っているのでしょうか?
県としては、生息域が広がってしまうと、被害を受ける地域が広がってしまうので、捕獲に力を入れていきたいと考えています。
そこで今年から、キョンを含む有害鳥獣を捕獲する人材を育てるために「有害鳥獣捕獲協力隊」の募集を始めました。
初心者のハンターに熟練ハンターが同行し、実践的な知識や技術を身につけてもらうのが目的です。
さらに、キョンの肉や革製品を、ふるさと納税の返礼品とし、取り組みのPRを始めています。
根絶を目指して取り組む上では、捕獲の一層の強化が必要です。千葉県が捕獲の対策に取り組んでいることを、広く知っていただきたいです。
キョンの捕獲を進めるにあたって、地域住民のみなさんが協力できることはありますか?
キョンは、オスが1頭だけ群れから離れて行動することが多いのですが、そのオスを捕まえることで、群れ自体が移動してくるのを防ぐことができます。
街なかでキョンを見かけた方は、すぐに自治体に連絡をいただきたいです。
外来生物問題に詳しい、国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室の五箇公一室長に話を聞きます。
五箇さん、各地にキョンなどの野生動物が出没することで、一番懸念されることは何ですか?
シカみたいな動物は、街なかに出てくると車と衝突したり、電車と衝突したりするなど、インフラへの大きな影響が出て、経済的に大きなダメージを受けるおそれがあます。
そして、私たちが最も懸念している1つが、感染症の問題です。野生動物は、言ってみれば病原体の宝庫です。中には人間に感染して重症化し、危険な病気をもたらすものもあります。
本来なら山奥にいたはずのマダニが野生動物に運ばれ、人間に感染する病気を媒介するなど、得体の知れないウイルスが身近に来ていることもリスクなんです。
キョンは、シカの仲間なので当然マダニなどを体に付けて歩きます。
さらに、キョンが増えている地域では、ヤマビルという吸血性の動物も問題になっています。本来山奧に住んでいるのを、キョンが街なかに持ってきてしまうので、住宅街でヤマビルに血を吸われてしまうといった被害も出ています。
そうなると、危険な感染症なども引き起こすことにもつながりかねません。
市原さんから県が取っている対策についてお話がありましたが、五箇さん、いま私たちが、この現状を1ミリでもよくしようとしたら、どういうことがポイントになりますか?
大事なポイントが2つあります。
1つ目は、生物多様性に対する危機感と理解です。
私たちが吸っている空気や水、食料などは、すべて生態系の機能があって初めて成立しています。その生態系を支えているのが生物多様性です。
外来種のキョンが千葉に生息することで生物多様性が劣化し、いずれ人間社会そのものに大きな影響が出てしまうという危機感を持つ必要があります。
2つ目は、革新的な防除技術の開発です。
これまでは「箱わな」「カゴわな」など、旧来型のわなを仕掛けての捕獲が主流でした。しかし、これからは対象となる生き物にだけ効く薬を開発するといった「化学的防除」や、特定の動物だけ入りやすいわなを作るなど、動物たちの習性を逆手にとった技術の開発が必要です。
せっかく予算をつけても、捕獲効率が悪ければ徒労に終わってしまいます。今後はサイエンスという部分で、防除や外来生物の管理を進めることが重要になってきます。
こうした危機感の周知や理解を進めるためには、情報をどのように発信するかがカギになってくると思います。
環境系エンターテイナーのWoWキツネザルさんは、この野生生物の問題を広く知ってもらうために、SNSやイベントに力を入れて活動されてるんですよね。
そうです。SNSというのは、老若男女いろんな方々がスマホを通してアクセスできる重要な情報源です。
ショート動画などを使って、ライトに楽しく、難しくて重要なことを届けようとしています。
また、知識だけではなく、体験をすることで行動変容につなげようと、体験型のイベントなどを企画したりしてます。
気づきのきっかけになるとか、今まで普通にしていたことに違和感を感じる、「くさび」のようなコンテンツを意識しています。
キョンの問題でいうと、実際に被害を受けていない人たちが問題意識を持つことは難しいと思います。
千葉県では、SNSなどで発信はしているのでしょうか?
新しく始めた「捕獲協力隊」の事業などについては、X(旧Twitter)やホームページなどで広報を行っています。
看板というのは立てるだけではダメで、どこに立てるかが重要です。看板を人に見られるようにする工夫やアイデアが必要だと思います。
協力隊の事業にしても、もっと「かっこよく」できるんじゃないかなと思うんですよね。
何かアイデアはありますか?
例えば、ハンターの「ご当地ヒーロー」とか、どうでしょうか。
対象となる動物はキョンだけではなく、ほかの地域にも仲間がいて、外来種の駆除というより、健全な生物多様性、豊かな自然を守るためのヒーローみたいな。
キョンなどの外来種を悪として描くのではなく、実は人間たちが変わらないと解決しないストーリーがあったりすれば、子どもたちにも興味を持ってもらえるのではないでしょうか。
市原さんがわざわざピンクのTシャツまで着て頑張ってるんだから、そのままヒーローとして…。
被り物してしまえば、中身が誰か分からないから大丈夫!
周知にあたってはインフルエンサーの方と、千葉県がコラボするというのも1つの手かなと思ったのですが、いかがでしょうか?
千葉県の問題や、有害鳥獣の状況を広く知っていただきたいと思っていますので、持ち帰って検討したいと思います。
危機はもうすぐそこまで来ています。気がついた時には、手遅れになるかもしれません。このことをいかに分かりやすく伝えるかは本当に大事なことで、伝えるプロというものも必要になります。
千葉県も、相当なお金と労力をかけてキョンの問題に取り組んでいます。その取り組みをしっかり支えるためにも、われわれ研究者、そしてインフルエンサーの皆さんの知識や知見をどんどん活かしていくべきだと思います。
また、きょうのような議論を通じて、どこか他人事だった外来種の問題の捉え方が少しずつでも変わっていってほしいと思います。
収録現場では、これ以外にも多くの「1ミリ革命」のアイデアが出されました。放送では、福岡でのアライグマの問題も含め、詳しくお伝えします。
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