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市川の梨 ひょうにも物価高騰にも負けない 栽培全国1位の千葉

  • 2022年10月21日

梨の栽培面積、収穫量、産出額ともに全国1位の千葉県。千葉県の梨といえば、地上降臨10周年が話題のふなっしーが在住する船橋市を思い浮かべる人が多いと思います。
でも実は、船橋市のお隣、市川市の方が、梨の産出額が多いのです
ことし、この市川市の梨が多大なひょう被害を受けたことを伝えたところ、大きな反響がありました。ふなっしーはいないけれど、市川の梨へのコアなファンがいることを知りました。
梨の季節はもう終わりますが、市川の梨について伝えてみたいと思います。
梨物語2022、読んでください。

(千葉放送局記者 金子ひとみ)

ひょうに襲われた

2022年6月3日。
市川の梨農家にとって、忘れられない日です。
午後4時すぎから、市内で大粒のひょうが激しく降り、順調に成長していた梨の実に無数の傷がついたからです。千葉県内全体で出た農作物被害17億4600万円のうち、8割近くの13億5000万円分が市川市内の梨被害でした。市川市柏井町にある梨農園の7代目、岡本絢吾さんに当時の状況を聞きました。

梨農家 岡本絢吾さん

「ぼう然としました。その日はもう暗くなっていたので、畑の様子を詳しく確認はできなかったんです。翌朝、明るくなって見てみたら、傷ついていない実を見つけるのが難しいぐらいにボロボロでした。
肥料としてアミノ酸を葉っぱに吸わせるなど、木を元気にさせるためにあの手この手を打ちました。プライド持って作ってるものを捨てたくなかった。弱音をはいちゃダメだ、例年と同じ品質のものを作らなくてはいけないと思って必死でした」

ひょうの梨のニュース、大反響だった

梨畑で行われた会見

2022年6月21日。
被害から18日後。農協が、傷ついた梨を山崎製パンや不二家などの食品メーカーに買い取ってもらい、ジュースやゼリー、ジャム、ドレッシングなどに加工される予定だと発表しました。

JAいちかわ 
今野博之理事長

山梨まで出向いて菓子メーカーのシャトレーゼさんにお願いに行き、受け入れてもらえることになりました。当時は農家さんの顔を見るのがつらかった。落ち込んでストレスもたまっている生産者のために何かしなくてはという思いでした。

このニュースを伝えたNHK千葉放送局のツイッターには、大きな反響が寄せられました。

「きたきたきた!!買う!!買うぞ!!任せとけよ!!」「梨ウォーター、買いたい。飲みたい」「ほすい!」「梨だーいすき、毎日3個くらいずつ食べたい」

市川市担当記者として、梨の話題に対する関心がいかに高いかということに初めて気づき、いまさらながら、市川の梨の歴史を調べてみることにしました。

市川のなしの歴史を振り返る

川上善六について紹介する市川市のホームページ

1742年(寛保2年)1月。
千葉県内の梨栽培発祥の地と言われる市川。市川の梨発展において欠かせない存在の人物が今の市川市八幡2丁目に誕生します。川上善六。28歳ごろから梨栽培に臨むも成果はなかなか上がりません。50歳前後で、八幡と同じ砂地で梨栽培の盛んな美濃・尾張の国(岐阜県と愛知県の一部)を訪ねて、栽培方法を習得。尾張藩の許しを得て、梨の枝を持ち帰りました。持ち帰る際には、大根に枝をさして水分を絶やさないようにしたと言われています。

川上善六の遺徳碑

善六は、市川に戻ったあと、境内の2000坪を借りて、梨園を開きます。数年後には立派な実をつけ、「八幡梨」として江戸の市場で高値で取り引きされたり、将軍にも献上されたりするようになりました。
善六は、梨の枝の持ち出しを許してくれた尾張藩主に、毎年献上することを忘れず、村人からは「梨祖」と仰がれたと伝わっています。
善六は1829年(文政12年)に亡くなりましたが、1915年(大正15年)には、葛飾八幡宮に遺徳碑が作られました。

(参考)市川市のウェブサイト https://www.city.ichikawa.lg.jp/pr/2200801/toku20200801.html

副読本「わたしたちの市川」
市川市教育委員会 担当者

小学3年生の社会科の授業で、子どもたちは、市川特産の梨についての調べ学習をします。梨農家さんを訪ねて、おいしい梨を作るための工夫や収穫した梨の運搬先を聞いて、自分たちでまとめます。副読本には、川上善六について紹介するコーナーもありますよ。

今や市川は、200の梨農家がある県内でも梨の一大産地。梨の直売所が密集する北部の「梨街道」には、千葉県外から買いに来る人たちも多くいます。

「あた梨ちゃん」がうけた

西船橋駅での販売

2022年8月19日。
JR西船橋駅の構内でひょう被害を受けた梨の即売会が開かれました。従来の「秀」・「優」・「良」・「並」という等級に加え、特別に「雹」(ひょう)という等級を設け、傷の浅いものを出荷できるようにしました。

わせ品種で甘さとみずみずしさが特徴の「幸水」が次々と売れていきました。

これで1000円なら安いわね。ひょうにあたっても、中身は変わらないでしょ。幸水、まだことし食べてないから楽しみよ。

通りがかりなんですけど、市川の出身で、市川の梨がおいしいのは知ってるんで買いました。

西船橋駅の駅員さんたちも特別バージョンの電光掲示板を作り、応援。

この販売会の様子を伝えたNHKのツイッターへの反応は、またしても盛り上がりました。この日のツボは、ひょう被害の梨が「あた梨(り)ちゃん」と命名されていたことでした。

「こういうアイデア大好き」「近かったら買いに行きたいな、運がつきそうです」「うまいこと考えたなあ」「わろたWWW逞しいな」

「あた梨ちゃん」の名付け親は・・・。

JAいちかわ 角掛寛仁さん

台風で落ちなかったりんごが『合格りんご』と名付けられているのを参考にして、『落ちない梨』『がんばった梨』など考えましたが、どれもいまいちでした。販促のチラシを刷る前日に『当り梨』というのを思いついたけど、ひらがなにすると『あたりなし』=当たりがない、になってしまう。漢字とにらめっこするうち、『梨』は『り』と読むことに気づき、『あた梨』(あたり)の形ができました。ちなみに『あた梨ちゃん』の前についているキャッチフレーズ、『食べればわかる』は大ファンだったアントニオ猪木さんの名言、『行けばわかるさ』を参考にしています。あ、ここはちょっと恥ずかしいですね。

箱、クッション材、肥料・・・すべてが値上がり

梱包材

2022年10月。
梨の収穫もピークを越え、あた梨ちゃんが話題になることもなくなっていたころ、梨農家は次なる試練に立ち向かっていました。物価高です。
箱は1割、緩衝材やネットは2割~3割、鉱石や硫酸アンモニウムなどの化学肥料は5割ほどあがっているということです。

梨農家 
岡本絢吾さん

すべてのものが値上がりしているような印象です。こん包材や資材のほか、草刈り機に使うガソリンも、トラクターや噴霧機の燃料となる軽油も全部上がってます。肥料は、中国の規制強化で高騰されることが予想されていましたが、ウクライナ侵攻が重なり、ひどい状況です。ことしは、県や市、JAが補助制度を作ってくれて、なんとかまかなえていますが、今後はどうなるか、心配です。

作業する岡本さん

ただ、ひょうが降ろうとも物価高の影響を受けても、岡本さんは梨作りを続けたいと言います。

岡本さん

お客さんからの『おいしい』のひとことのためにやってます。『おいしい』の笑顔を見るのがやりがいです。2022年の梨シーズンは、ひょうに高騰に大変でした。でも、『ピンチは最大のチャンス』と言うけれど、なんとか乗り越えられた。プライドを持ってこれからも作り続けます。

取材後記

私は6月3日の夕方は、市長会見が終わった後だったので、市川市役所4階の記者室にいました。午後4時すぎ、「バリバリバリ」という聞き慣れないごう音がやまないので、「これはまずいかもしれない」と思って、カメラだけを持って庁舎1階まで駆け下りて、北国の嵐の中のような街の様子や市役所に避難してきていた市民のインタビューを緊張しながら撮りました。ただ、そのときには、梨の被害が13億円にまでのぼるとはまったく想像していませんでした。
市川の梨農家さんや農協にとって、2022年の収穫シーズンは本当に大変でしたが、知恵を絞りに絞った年だったのだと思います。私は、みなさんの「市川の梨へのパッション」を知ることができたのはとても有益でした。
2023年の梨物語はどんなストーリーになるのか、ふなっしーも登場しないかな、来年が待ち遠しいです。

  • 金子ひとみ

    千葉放送局記者

    金子ひとみ

    形が好きなのは「秋月」、味が好きなのは「豊水」。直売所で買った大量の梨でジャムも作りました。最近増量したのは梨の影響が大きいと思っています。

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