第17弾

パラアーチェリー × うしおととら

座談会

麻生久美子×藤田和日郎×岡崎愛子

今回のアニ×パラでは、実在のパラアスリートの声を演じた麻生久美子さん。その収録後、アフレコに立ち会った岡崎愛子選手ご本人と原作者の藤田和日郎さんを交えた3者対談が行われました。

「アニ×パラ」とのコラボレーションについて

藤田:(最初に依頼があったとき)あまりパラアーチェリーを知らなかったので、「それ、どういうものなんだろう」と、資料を送ってもらって。岡崎選手が矢を射る写真やほかの人が口で(弓を)引いたり足で引いたりしている姿を見たら、「ちょっとこれ、俺も見てみようかな」という気持ちになりました。俺はやっぱりパラリンピック、もしくはパラアーチェリーをかっこよく見せたかったのですよ。だから、それにちょっと自分のキャラクターを一役買わせて、合体させるみたいなのは難しくはなかったですね。興が乗ったんですよね。

原作 藤田和日郎さん

麻生:すごい。どれぐらいでかき上げられたんですか?

藤田:『うしおととら』だと6時間から8時間で18ページのネームを切っていて、(今回は)34ページから35ページなんですけど、おそらくそんなにかかってないんですよね。なんせ、『うしおととら』の「白面の者」の出てくるクライマックスって一回描いたネームでありますし、岡崎選手が体温調節ができないとかを聞いてて、「ああ、そうか。夏だとつらいよな」っていうような部分があったんで、そこからイメージして、劣勢のところからだんだん調子よくなっていくところまでかけたら勝ちだなと思って。

岡崎:アーチェリーって、結構「静のスポーツ」とか言われるんですけど、実際にやるととっても過酷で、真夏とか真冬とか、2時間ぐらい試合の長さがあるんですよ。

パラアスリート 岡崎愛子さん

麻生:えー、長いですね。

岡崎:外で、雨が降ってても大会ありますし、その中でやらなきゃいけないので、体力勝負ですね。

藤田:ですよね。ずっと待ってるんですか?

岡崎:試合によっては、2時間ぐらい、ほぼスタートライン上にいますね。射って、自分で矢を取りに行かなきゃいけないんで。

麻生:えっ? 自分で取りに行くんですか?

岡崎:はい。6本射って、コンパウンドであれば50メートル、リカーブであれば70メートル先の的まで行って点数を確認して、矢を抜いてまた帰ってきて、また次のエンドっていうのを12回繰り返すんですよ。

麻生:なかなかの運動量ですね。

藤田:過酷ですよね。

麻生:私は「アニ×パラ」っていう番組を、オファーいただいたとき知らなくて。でも何よりもまず、本当に大好きで大ファンな『うしおととら』とコラボっていうのが最初にカツンときて。そんな奇跡みたいなことがあるのかと思って、もう「やりたい。やりたいです」って。

岡崎愛子役 麻生久美子さん

藤田:ありがとうございます。

麻生:(今回の脚本は)岡崎選手が出てきて、白面の者がわりとすぐ出てくるじゃないですか。やっぱりここなんだなと思って。

アニ×パラ「うしおととら」より 白面の者

アニ×パラ「うしおととら」より 白面の者

藤田:気持ちが弱くなってる状態の。

麻生:(白面の者は)大好物じゃないですか。

藤田:はい、そうですね。

麻生:岡崎選手の精神力が前に出たときの白面の者がダメージを受けるストーリーが、『うしおととら』だからこういう流れになっていて、全部しっくりきたというか。ストーリー自体が「きっとこれしかなかったんだろうな」っていうぐらい、すんなり受けとめられたというか。

藤田:よかった。それは、麻生さんが『うしおととら』がお好きで読んでくれてたからじゃなくて、普通にわかりやすかったですか?

麻生:わかりやすかったと思います、もちろん。

藤田:漫画家たるもの、わかりづらいものは描きたくないので。だから、すんなり受け入れてくれたのはうれしいな。よかったな。

アニ×パラ「うしおととら」より 蒼月潮ととら

アニ×パラ「うしおととら」より 蒼月潮ととら

麻生:岡崎選手も『うしおととら』のファンなんですか?

岡崎:正直いうと、もちろんタイトルは小学生のころから知ってたんですけど、読んだことはなくて、今回、お話いただいてすぐに全部読ませていただいて。

藤田:全部? 全部読む必要なかったのに。

岡崎:全部読みました。そうしたら、(ネームを読んだときに)すごくしっくりきたっていうんですかね、確かにアーチェリーも大会が大きくなればなるほど、矢を放つときってすごく怖いんですよ。そういう怖さとか恐怖っていうテーマも『うしおととら』には入ってますし、共通点があって、すごく合ってるなと思いましたね。

藤田:なによりのお答えです。ありがとうございます。

岡崎:ほんと、胸アツなストーリーばっかりでおもしろかったです。

岡崎選手がアニメのモデルに

岡崎:自分がアニメの中に入れるって聞いただけで夢のようなことです。しかも『うしおととら』っていう聞いたことがある大きな作品で「まさか」っていう感じでしたね。

藤田:うれしいです。

麻生:そっくりでしたよね。

アニ×パラ「うしおととら」より  岡崎愛子選手

アニ×パラ「うしおととら」より  岡崎愛子選手

藤田:すごく気合い入れてかきましたもん。実在の人がモデルの、しかもアニメをデザインなんてしたことありませんから。自分が描きづらかったら困るし、かといって、パッと出てきて主人公に見えなかったらイヤですよね。リアルに寄って普通の人っぽく描くよりも、やっぱりちょっと自分の漫画に出すヒロインとかヒーローみたいな形で描かせてもらったんですけど、会ってみたら印象はそんなに変わりませんよ。今きっと岡崎選手はオフの状態なのでやわらかい印象があるんですが、(アニメでは)試合の厳しい感じを描かせてもらったので、(岡崎選手は)ちょっとイヤだったかもしれませんけど。

藤田さんが描いた岡崎選手のキャラクターデザイン

岡崎:いえいえ。私、すごく負けず嫌いなんですよ。試合のときは「絶対負けない」っていう気持ちで挑んでいるんで、むしろそっちのほうが合ってる。

藤田:そうですか。ちょっと狂気の入った「絶対に倒してやる」みたいな(顔つきを)少年漫画で“目がぐるぐる”っていうんですけど、(試合中の岡崎選手は)時たま、ぐるぐるのときがありますもん。だけど、アスリートだったらそれはまあ当然ですわね。

岡崎:そうですね。勝負事なんで。

藤田:特に(アーチェリーは)「自分自身と戦い」の割合がデカすぎますもんね。

岡崎:アーチェリーは対戦相手がいるようでいないスポーツなんですよね。だから、自分がいい点数を取れば勝てるので、いかに練習どおりの自分を本番の大会に出せるかっていう自分との戦いですよね。

アフレコ収録の感想は

麻生:(アフレコは)難しかったです。パラアーチェリーの説明をするところがいちばん自分の中でしっくりこなくて。(監督に)「説明っぽく聞こえないように、自分の中で確認をしてるような言い方をしてほしい」っていわれて、それを表現するのが難しかったですね。

藤田:何回も取りましたもんね。(となりのブースにいた)我々は、(麻生さんの収録の様子が)耳に聞こえてましたでしょう? それで、「わあ、これ麻生さん、すごい厳しいことをやってる」と。

麻生:初めての体験というか。でもそれよりも、おふたりがいらしていたことがいちばん緊張しましたけど。

藤田:緊張しました?

麻生:ご本人を私がやらせていただいていいんだろうか、というか。

岡崎:私は「麻生さんにやっていただけるなんて」という気持ちでずっと見てました。すごくうれしいです。

麻生:本当ですか?そう言っていただいてちょっとほっとしました。

藤田:よかったですね。上手な方にやってもらった。キメのセリフ、すごかったですから。

麻生:岡崎選手の芯の強さみたいな、そういうものを声で表現できたらいいなと思って、きょうここに来たんです。

藤田:強かった、強かった。

岡崎:本当にありがとうございます。

今回の『アニ×パラ』で好きなシーン・セリフ

麻生:うーん、いろいろ好きなところがいっぱいあるんですが、「何かが無くなっても何かはある。前に向かうことはできる」(というセリフの)「できる」にすごく思いを込めたので。やっぱり前向きな言葉って発していていいですよね。

藤田:自分もそのシーン好きでした。パラアーチェリー見てたら「何でもできるな、人って」と感じるし。(自分にないものではなく)“あるもの”を気にするっていう言い方が今の人たちにいちばん勇気を与えることなんだと思うんですよね。

岡崎:そうですね。あるもので、それの最大限の力をいかに引き出すか、どういうふうに工夫してそこまでもっていくかっていうのがパラアーチェリーのひとつの魅力だと思うので。

藤田:ですよね。自分もそこを描きたかったし、気に入ってるセリフなんです。

岡崎:私も本当に、その「できる」っていうひと言から最後に矢を射るまでの“勢い”がすごく好きでしたね。アーチェリーってトーナメントだと1射射るのに30秒っていう制限時間があって、だいたい私はいつも1射20秒ぐらいで射るんですけど、ちょっと時間かかったり風を読んでたりすると時間が押しちゃって、最後「5、4、3…」と、どうしてもそこで矢を射らなきゃいけない場面が出てくるんですけど、そのときはもう、「いける」とか「できる」とか、そのときの勢いで思いっきり射るしかないと思ってるんで。

藤田:そうか。ぎりぎりに追い込まれて射るっていうときもあるんですね。

麻生:どのタイミングからカウントされるんですか?

岡崎:ブザーが鳴ってから目の前にあるタイマーのカウントが始まって、構えて引いて、狙って射るまでが30秒なんですよ。

藤田:風を読んだりしてるっておっしゃいましたけど、タイミングとかもあるんですか。

岡崎:引ききったときに風が吹いてるとやっぱりブレちゃうので、その状態で風がおさまるのちょっと待ってるんですよ。でも、風が吹いてても制限時間内で打たなきゃいけないから、そういうときは、7点でもいいから思いっきり引く、とりあえず的にのせるっていう気持ちで引いてます。

藤田:そうですよね。条件がよくなるときまで待ってはいられないというのが。

岡崎:運ですね、そこは。

藤田:ひょっとしたら、そういうのも競技としてはおもしろいのかもしれませんね。みんな平等ではないみたいなことがね。

「アニ×パラ」を通して伝えたい思い

岡崎:今回、アーチェリーの紹介として、口で矢を射る選手がいたり、足で弓を引く選手がいたりとか、いろんなスタイルの選手も紹介していただいていて。私も指が使えなくって、最初に弦を引くところがまずできずに、矢を前に飛ばすまで半年ぐらいかかったんですよ。でも、工夫を重ねることでようやく矢を前に飛ばせるようになったし、50メートルの的に当てるようにもなって。それぞれのタイミングで壁があったんですけど、そこであきらめるんじゃなくて、どうやって工夫すればその壁を超えていけるか考えていけば、結果につながるんじゃないかなと思うので、そういうところを感じていただければいいなと思いました。

藤田:すばらしいですよね。全部が根性論というのか、「肉体さえ鍛えればなんとかなる」ではなくて、(矢を放つ道具の)リリーサーとか、今の科学力でもって「そんなところに苦しむ必要はないよ」っていうものがありつつも、自分で筋肉運動したりして…。なんか、合わせ技で壁を超えていくというところが、さっきの「できるよ」っていう部分にシンクロしますよね。

岡崎:パラチェリーはいろんな道具を使うことが許されているので、結構、いろいろな障害の方が競技できるスポーツなんですよね。障害があっても健常者の大会にも出られるし。

麻生:そうなんですか。

岡崎:はい。だから、私が健常者の大会に出ることもできるんで、結構フラットな競技だなと思います。

藤田:パラアーチェリーという自分自身がちょっと知らなかったものを見て、調べて「こういう競技大会があるんだ」という新鮮な驚きをそのままアニメにできたのはうれしかったですね。久しぶりに『うしおととら』のシチュエーションを描いたんですけど、どちらかというと岡崎さんのような、壁を超えていった選手がいるパラアーチェリーへの自分の驚きを優先して、(『うしおととら』は)みんなに見てもらういちばん最初の引き出しの取っ手みたいになればいいなと思ったので、何のストレスもなく描けました。パラアーチェリーを知った喜びで、アニメを、ネームを作ったようなもんですね。

麻生:私も、パラアーチェリーは本当に初めてで、ルールも含めて本当に驚いて。そして戦っている選手たちの精神力の強さも今回この番組を通して初めて知って、すごく興味を持ったので、いつかアーチェリー自体もやってみたり、競技を見に行ってみたりしたいなと思いました。岡崎選手のインタビューを、うちの娘とかも食い入るように見ていて、私たちも含めてですけど「アニ×パラ」を通してたくさんの人に知ってもらうことがまずいちばん大事なのかなと思いました。