ページの本文へ

滋賀WEBノート

  1. NHK大津
  2. 滋賀WEBノート
  3. 話し始めるのを待ってほしい きつ音当事者の思い

話し始めるのを待ってほしい きつ音当事者の思い

  • 2024年03月04日

「吃音(きつおん)」についてご存じですか。会話などでことばがつっかえたり、出てこなかったりする症状があり、学校生活や就職活動などでスムーズに話せないことに苦しむ人も少なくありません。

滋賀県でおととし(2022年)、みずからも子どものころから、きつ音に悩んできた滋賀県の男性が、きつ音当事者の自助グループを立ち上げました。

きつ音への理解を広げたい。活動にかける男性の願いです。

(おうみ取材ノート2023年4月28日の内容を一部変更して再掲載しています)

(大津放送局/ニュースデスク 森山睦雄)

初めての一般向け講演会

去年(2023年)4月、草津市で、きつ音の当事者や家族、それに支援にあたっている専門家など、約30人が参加してセミナーが開かれました。吃音の訪問リハビリなどにあたっている言語聴覚士が、きつ音当事者本人の意向を尊重しながら、周囲の人は合理的な配慮を考えてほしいと訴えました。

(滋賀言友会 井坂篤さん)

セミナーを開いたのは、きつ音の当事者などでつくる団体「滋賀言友会」です。
会長で草津市に住む井坂篤さんも、きつ音があります。多くの人にきつ音を理解してもらいたいと、中心となって会を立ち上げました。

(滋賀言友会 井坂篤さん)
「私が子どもの頃に比べたら、きつ音は世の中に知られるようになってきました。ただ、知られるようになったから周りの人が理解しているかというと、そうではなくて、こういう講演会を通じて、一般の方にも理解をしてもらい、どういう対応をすればいいのか考えてもらえればと思います」

きつ音とは

きつ音の症状には、
▽同じ音を繰り返してしまう「連発」
▽ひとつの音を伸ばしてしまう「伸発」
▽ことばがつまる「難発」があります。

幼児期に症状があらわれ、回復することが多いものの、学齢期以降も人口の1%ほどの人に症状があるとされています。治療法は確立されていないため、成人になっても続く場合は、完全に症状をなくすのは難しいのが実情です。

子ども時代から続く悩み

三重県出身の井坂さん。幼稚園のころにきつ音の症状が出始めました。小学校では音読がうまくできず周囲からいじめられるようになり、その後も苦しい時期が続いたといいます。

「きつ音というのをみんなが何となく分かっていて、からかわれるのがしょっちゅうでしたかね。苦痛でしたね。(中学生のころは)自分でも落ち込んで、もう死んだ方がましやとかね。そんなふうに思った時期もありました」

3年目の転機

就職活動でもきつ音に悩みながら試験を受けていたという井坂さん。面接を担当した人事課長の配慮もあって、大手家電メーカーへの就職を決めることができました。

しかし、社会人生活が始まってからも悩みは続きます。

井坂さんが入った会社では、朝礼で代表者の発声にあわせて社員がスローガンなどを唱和していました。井坂さんも前に立って最初に発声する役をあてられましたが、声が出てきません。代役を立ててもらいましたが、いたたまれず医務室に行くこともあったといいます。

家電メーカー勤務時代の井坂さん

入社3年目。部署が替わる際に、今も忘れられない出来事がありました。上司へのあいさつで自分の名前がなかなか言えず、「名前もまともに言えない者は仕事ができない。とっとと帰れ」と厳しく叱責されたのです。

「情けないやら、悔しいやら」

会社を辞めたいという気持ちもよぎりましたが、反面、絶対にこの人を見返してやろうと思ったといいます。

この出来事が転機となって、社内のプレゼンでは何度も事前に練習を重ねるなど、きつ音に向き合いながら仕事に打ち込み、定年退職まで勤めることができました。

(滋賀言友会 井坂篤さん)
「やはりいちばん大きいのは、あいさつまわりでボロクソに言われたあの経験が、いきたのではないかな思いますね。きつ音でも、とにかく仕事は人に絶対負けないというふうな気持ちで頑張れたというのはやっぱり大きいかなと思いますね。その気持ちがずっと残っていて、その後もいろいろなつらいことがありましたけど、なんとか定年までやれたと思います」

当事者が悩み打ち明けられる場所を

退職後は技術コンサルタントになった井坂さん。数年前、きつ音を苦に自殺した若者のことを知り、当事者の助けになりたいと地元の滋賀県で「言友会」を立ち上げました。

井坂さんが言友会の活動で大切にしているのが、当事者や支援にあたる人が互いに悩みなどについて語り合う時間です。去年4月のセミナーでも、参加者によるグループトークを行いました。

きつ音の当事者からは、周囲の理解が得られるのか不安だという声があがります。

「話しづらさがあるとか(周囲に)言いたいんですけど、やっぱり理解してもらえるのかというのが不安になる」

井坂さんも、自分の経験を踏まえながら、参加者の発言に寄り添います。

「(話し始めるのを)ちゃんと待っといてくれたら、いいんですけどね。それがいちばん大事なんだけど、なかなか待ってくれないので」

きつ音への理解を広げたい

言友会の活動が、きつ音に対する理解を社会に広げていくことにつながってほしい、井坂さんのいちばんの願いです。

(滋賀言友会 井坂篤さん)                                                「一般の方が理解しないことには、いくらきつ音の当事者が頑張っても難しい部分がありますので。きつ音がある人がしゃべるのをゆっくり待てる、そういう社会になっていったらいいかと思います。みなさんが温かく受け止めてくれるようになっていけばいいなと思います」

井坂さんたち滋賀言友会は、毎月1回、県内で会合を開き、一般向けの講演会を開いたり、当事者が日頃の悩みを話し合う場を設けたりしていて、引き続きホームページで参加者を募ることにしています。

取材を終えて

井坂さんが会社員時代に行っていたプレゼンの練習。本番の環境に近づけるため、職場の上司や同僚などに「聞き手」として協力してもらっていたといいます。帰宅後は家族の前でも練習を続けました。

井坂さんは当時を振り返って「職場の人たちは、自分のきつ音を完全に理解していたわけではないかもしれないが、優しく見守ったり、ことばが出てくるまで待ってくれたりした。周りの人に恵まれていた」と話していました。

私(取材者)は、これまで各地できつ音の当事者や家族、それに、診療やリハビリにあたる関係者を取材してきました。きつ音がある子どもへの配慮を求めて学校にかけあう保護者や、子どものきつ音について紹介するリーフレットを発行した当事者団体など。

共通するのは、「きつ音への理解を広めたい」という気持ちと、「きつ音があっても自分らしく生きていける世の中になってほしい」という願いでした。

外見だけでは周りの人が気がつかない障害は、きつ音だけではありません。障害があってもなくても、自分らしく生きていける社会を実現するには何が必要なのか。一人ひとりが改めて考えていくことが大切だと思った取材でした。
 

  • 森山睦雄

    NHK大津放送局 ニュースデスク

    森山睦雄

    2004年入局 科学文化部や札幌局、金沢局などを経て2022年から大津局デスク。 科学文化部や金沢局でもきつ音の当事者を取材してきました。  

ページトップに戻る