2021年08月30日 (月)
"あなたたちは最高だ" コロナ禍のオリンピック交流秘話
「メダルが取れなかったとしても、あなたたちは最高だ」
東京オリンピックの期間中、選手村の近くで連日、メッセージボードを掲げていた男性。
選手たちがSNSに写真を投稿し、世界中で大きな話題になりました。
コロナでさまざまな制限があるなかで生まれた選手と市民との交流。
メッセージはどのように生まれたのか。
東京出張中の私は、彼を探して話を聞くことにしました。
(大阪拠点放送局 記者 影山遥平)
■You’re still the BEST “あなたたちは最高だ”
東京オリンピックの開幕から3日後の7月26日。
SNSに投稿された1枚の写真が話題になりました。
「Good morning athletes!
Even if you don’t get a medal,
you’re still the BEST!!
So believe in yourself!」
「もしメダルが取れなかったとしても、あなたたちは最高だ。だから自分を信じて」
英語で書いた手作りのメッセージボードを掲げる男性。
写真は、選手がバスの中から撮影したものとみられます。
投稿は、選手にとどまらず世界中の人々の間で拡散。
「本当にすばらしい」
「まさにオリンピック精神だ」
「彼に金メダルを」
中には、6万回以上リツイートされ、28万回「いいね」されたものもありました。
■反対だったんです
世界中に広がったこのメッセージ。
本人がSNSで投稿していたわけではありません。
オリンピックの取材応援で東京出張に来ていた私。
ぜひ話を聞きたいと思い、写真の背景などを手がかりに取材を進めました。
すると、メッセージを掲げていたのは、江東区の57歳の男性と分かりました。
平日の会社に出勤する前や、休日の午前中にメッセージを掲げてきたそうです。
しかし、オリンピックへの思いを聞いたところ・・・。
男性
「実は今年オリンピックを開催することには反対だったんです」
意外な答えが返ってきました。
■心待ちにしていた2回目のオリンピック
1964年。前回、東京大会が開かれた年に生まれた男性。
2回目の東京オリンピックが、自分の家の近くで行われることをとても楽しみにしていました。
もちろんチケットも申し込み、水泳の飛び込みとマラソンに当選。
自転車通勤をしながら、選手村が完成に近づく様子を見るのが日課でした。
オリンピックが始まったら、選手の道案内をしたり、一緒に話をしたりすることを心待ちにしていました。
男性
「たまたま自分の家の近くでオリンピックが行われるなんて、人生においてこれ以上特別な機会は絶対にないと思いました。いろんな国の人が同じ観客席に集って、すばらしいパフォーマンスを見れば、国籍も何も関係なく、一緒に抱き合って喜び合うオリンピックを夢見ていました」
■Just give up “オリンピックあきらめて”
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、男性の考えにも変化が生じます。
ー海外からの観客受け入れ断念ー
ー無観客での開催も視野にー
ニュースでは東京オリンピック開催をめぐる状況が日に日に悪化していることが伝えられます。
「オリンピック開催は、感染が収まってからでもよいのではないか」
悩んだ末に男性は、思い切った行動に出ました。
海外勤務の経験もある男性。
開催が2か月後に迫る5月、アメリカの有力紙「ワシントン・ポスト」に英語でメールを送ったのです。
タイトルは「Just give up the Tokyo Olympic Games(東京オリンピックをあきらめて)」です。
男性が送ったメール
「なぜ今年の夏にオリンピックを開かないといけないのか、日本人はみんな知りたがっている」
「人手やお金、医療などの資源は、運動会のためではなく、新型コロナの感染拡大を抑えるために使われるべきなのは明らかだ」
IOCも国も東京都も、オリンピックにGOサインを出す中、延期した方がいいのではないかと、海外の世論に訴えかけようとしたのです。
しかし、メールの内容が、紙面に載ることはありませんでした。
男性
「コロナ禍で一般の人の多くが苦しんでいる状態で、無理に大会を開催することに納得できない思いがありました。もう1年延期して、選手や観客が自由に街なかを歩け国籍関係なく喜びを共有できる状態で開催すべきだったと思っています」
■Stay Safe “気をつけてね”
7月になり、無観客での開催が正式に決定します。
すでに海外から多くの選手が日本に到着していました。
飲食店の人をはじめ、いろんな人が苦しんでいるときに、なぜオリンピックだけが特別に開催されるのか、疑問は残ります。
しかし、来日した選手たちも自由に東京の街を歩くこともできません。
選手たちには、罪はない。
せめて、自分に何かできることはないのか。
考えた末にたどりついたのが、競技に向かう選手たちに向けて手作りの応援メッセージを掲げることでした。
開幕前日の7月22日。
男性は初めて交差点に立ちました。
「ようこそ東京へ!応援しています。頑張ってください!そして気をつけて」
メッセージボードには選手への気遣いが書かれていました。
世界中から来る選手が分かるように、簡単な単語だけを集めて文章を作ったと言います。
男性
「競技する選手が悪いわけではないし、選手のことは大歓迎ですよという思いでメッセージを掲げることにしました。インターネットで書き込みをしても、選手には伝わるか分からない。でも、選手が乗っているバスに向かって直接メッセージを見せれば、必ず選手には伝わる。ボードを掲げたら、バスの中から選手たちが笑顔を見せてくれました」
■Believe in yourself “自分を信じて”
選手たちの笑顔がうれしくて、男性はさらに踏み込んで、メッセージの文言を変えました。
「もしメダルが取れなかったとしても、あなたたちは最高だ。だから自分を信じて」
日本に来てくれた時点で、世界で最高レベルの人たちだと分かっているので、メダルが取れなかったとしても、落ち込んだり、自分の失敗のように受け取ったりしないでほしい。
選手たちからどう受け止められるか不安だったといいますが、反応は上々でした。
男性
「最初はおっかなびっくりでした。誰だか分からないおじさんが『メダルじゃないよ』とか出したら頑張ってきた選手は怒るんじゃないかと思って心配していました。そーっと出したら、選手たちが、笑顔で手を振ったり、親指を立てて賛同の意を表してくれたりしたんです」
■「ここでやるのは困ります」
メッセージを掲げることで、感染を広げてはいけない。
「密」にならないよう、選手村から離れた交差点で、平日は1人、休日は奥さんと2人でメッセージを掲げます。
バスが通るたびに帽子やメッセージボードを振って、静かなアピールを続けました。
しかし数日後、突然、警察官から声をかけられます。
警察官
「五輪への抗議ではないかという通報が来ているので、ここでやるのは困ります」
ボードを掲げている男性の姿を見た人が、抗議活動と勘違いして警察に通報したのです。
ショックを受けた男性、翌日からメッセージを掲げるのを休むことにしました。
■Arigato“ありがとう”
そんなとき、友人から1本の連絡が届きます。
「SNSで話題になっているよ!」
男性のメッセージを見かけた海外の選手などが、コメントつきで写真を次々と投稿し始めたのです。
アイルランドのラグビー選手の投稿
「Arigato ありがとう」
アイルランドの7人制ラグビー代表選手は「ありがとう」というコメントつきで、写真を投稿しました。
移動中のバスの中から、男性を見つけ撮影したというこの選手。
メッセージに励まされたと言います。
アイルランド7人制ラグビー代表 ハリー・マクナルティー選手
「メダル獲得に夢中になるのは簡単ですが、結局のところ大切なのは試合を楽しむことです。まさにメダルだけが全てではありません。日本からの応援に対して、感謝の気持ちを伝えたいと思い、『ありがとう』ということばを添えました」
男性のことは海外メディアも取り上げるようになり、予想をはるかに超えた反響がありました。
男性は再び、メッセージボードを掲げることを決めました。
男性
「バスの中から選手が私を見て、『おまえ見たことあるぞ』みたいな感じで、バスの中が騒がしくなって・・・。オリンピックの選手とのコミュニケーションなんてありえないと思っていましたけれど、やってみたらひとりひとりの選手が、私の伝えたいことを素直に受け止めてくれて、反応してくれたんです。もうとてもうれしかったです」
■We'll meet again“また会いましょう”
8月8日。
閉会式が行われ、17日間にわたる大会が終わりました。
その翌朝、男性はいつもの交差点に立っていました。
手にはもちろん、メッセージボード。
精いっぱいボードを高く掲げ、大きく手を振って選手たちを見送ります。
「ありがとう選手たち。気をつけて帰って。また世界のどこかで会いましょう」
選手たちはバスの中から笑顔で手を振ったり、写真を撮ったりして応えていました。
移動や行動が制限され、自由に外出することもできなかった今回のオリンピック。
選手たちには、男性のメッセージがとても印象に残ったようです。
ハリー・マクナルティー選手
「ファンの人たちとも交流したかったのですが、こうした状況でチーム全員が出場するためには、安全を確保することが重要でした」
「男性に対しては、優しい言葉と本当にすてきな視点をもらい感謝したいと思います。最高の大会で、本当に楽しかったです。多くの国やアスリートと経験を共有できたことは特別なことでした。思い出はいつまでも心に残っています」
選手たちを見送ったあと、男性に改めて今回のオリンピックへの思いをたずねました。
男性
「感染が拡大する中で開催したということで、ある意味、記憶に残る大会になったと思いますし、一体誰のための大会だったのか、何のための大会だったのか、世界中の人がもう一度考えることが必要だとは感じています」
「ただ、そうした中でも、国籍とか人種、宗教とか関係なく、1人の人として伝えたいことを伝えると、しっかり届くのだということは感じました。 アスリートへの感謝ですね。東京に来ていただいた選手には、いい思い出だけを持って帰ってもらいたい。そして、またぜひどこかで会いましょう」
「スポーツを通して文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、よりよい世界の実現に貢献する」
オリンピックのあるべき姿を示した「オリンピズム」の一節です。
男性が起こしたささやかな行動は、オリンピックが目指す原点を私たちに見せてくれたのかもしれません。
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