「父の生きた証に」 平和の礎 韓国人遺族の祈り



糸満市にある「平和の礎」におととし名前が刻まれた韓国人男性の遺族が、10月23日刻銘後初めて沖縄を訪れ、刻まれた名前の前で追悼の祈りをささげました。
おととし「平和の礎」に名前が刻まれたのは、昭和19年に25歳で旧日本軍の軍属として徴用され、その後、渡嘉敷島で亡くなったとされるパク・フィテさんです。




23日、娘のパク・チュナさん(76)が刻銘後初めて沖縄を訪れ、刻まれた名前の前に花束を供えました。
そして、額や手を地面につけて深くおじぎをし、父親の霊を慰めていました。

パクさんは、遺骨が見つかっていない父親の生きた証しとして、「平和の礎」への刻銘を陳情し、おととし実現しました。

パクさんは
「3歳の時に父はいなくなり、顔も覚えていません。
父がおらず苦労したことを思い出して悲しくなりましたが、
刻まれた名前を見られて嬉しい気持ちもあります」
と話していました。

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