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追跡 別府ひき逃げ事件 事件の深層に迫る

  • 2024年02月02日

    記者になって初めて経験した事件

    別府市の死亡ひき逃げ事件は、私が記者になって初めて経験した事件です。NHKに入局し、大分局に配属されておよそ1か月。毎日緊張しながら警察署を駆け回り、取材のイロハを学んでいた時期でした。しかし、事件が未解決のまま、1週間、1か月、半年と時間がたつにつれ、捜査幹部の顔がふだん以上に険しくなり、ライバルの報道各社の記者の顔色も変わりました。

    けがを負った大学生は


     事件は、おととしの6月29日午後7時40分過ぎに、別府市中心部の交差点で起きました。猛スピードの軽乗用車が、バイクで信号待ちをしていた2人の大学生をはね、1人が死亡、1人がけがをしたのです。警察は八田與一容疑者が大学生たちを車ではね、そのまま現場から逃走したとして指名手配。けがを負った大学生は、事件のことを次のように振り返りました。
    「赤信号で停車するとは思えないぐらいのブゥワーンという感じの聞いたことがない音が、聞こえてきました。おかしいなと思ってバイクのミラーで後ろをぱっと見たら、ヘッドライトがすぐ近くまで迫っていて、彼(亡くなった大学生)の方を見た瞬間に、もう突っ込まれていました」。
     

    「絶対に故意にぶつかってきている。だったらあいつしかいない」

    そしてこの時、大学生の脳裏に浮かんだことがあったといいます。
    「絶対に故意にぶつかってきている。だったらあいつしかいない」
     「あいつ」というのは、事件の数分前に、現場から350メートルほど離れた商業施設で、亡くなった大学生が、面識がない男に言いがかりをつけられていたのを目撃していたというのです。
    「(亡くなった大学生に)何を話してたん?って聞いたら、『何か爆音で音楽流していたヤツがおって』みたいな。(相手のことを)ぱっと見たんでしょうね。そしたら何かいちゃもんつけてきて「なんなんですか」みたいな感じで。1~2分ぐらいの出来事で、その場は軽く流して終わったらしいんですけど…」。
     警察は、事件が起きた日に、八田容疑者がこの施設で買い物をしている様子が映った防犯カメラの映像を確認していて、言いがかりをつけてきたという相手は八田容疑者だったとみています。
     

    遺族への取材

     取材者として最もつらかったのは、ご遺族にお会いし、話を聞くことでした。大切な息子を失った方に、どんな顔で会えばよいのか、そして何と声をかければよいのか…。それでも、思いを聞いて広く世の中に伝えることが、逃亡を続ける容疑者に関する情報提供につながるのではないかと考え、取材を続けた結果、ご遺族にお会いし、連絡を取り合うようになりました。

     初めのうちは、記者とご遺族という間柄もあり、ぎこちないやり取りも多かったように思います。しかし、粘り強く事件取材を継続し、警察への情報提供を呼びかけ続ける私たちの報道を見て、ご遺族の方と少しずつ打ち解け、時に熱く、そして優しい励ましのことばをかけてくださるようになりました。そして、長い時間を経て関係を築き始めた頃から、ご遺族は私にいろいろなことを話してくれました。

     亡くなった19歳の大学生は、幼いころからサッカーに打ち込むスポーツマンだったこと。「起業家になりたい」という夢を持ち、そのための海外留学に向けて準備していたこと。誰にでも優しい性格で、数多くの友人に慕われていたこと。そして、その息子の命を突然奪われ、ことばにできないほどのいたみを抱えていること・・・。

    「必ず見つけて償ってもらいます」

     今回、私たちの番組に、容疑者に対する思いをつづった手紙を寄せてくれました。

    「どこかで私の言葉を聞いているのか。メディアやSNSなどで捜し続ける私たちを、なかなか見つけられない警察を嘲笑っているのか。君は、ずる賢く生きる方法以外に、楽しい未来への道を考えたことがなかったのか。大学にも通い勉強したのは、やりたいことや好きなことがあったからだろう。どうしても分からない。大事な人、大切に思ってくれる人が側にいたにもかかわらず、なぜあんなひどいことができたんだ。あの日の身勝手な苛立ちを私の大切な息子にぶつけた罪は、どんな理由があろうとも許さない。必ず見つけて償ってもらいます」


     ひき逃げ事件では全国で初めて「重要指名手配」に指定されている八田與一容疑者は、事件から1年7か月がたった今も逃亡を続けています。捜査本部がある別府警察署は、皆さんからの情報を求めています。

    【情報提供先はこちら】
    ■大分県別府警察署 0977-21-2131

      • NHK大分局 記者

        金 美聖

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