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彼らは「マイスター」!新潟発、障害者の“力”を伝えたい

 

パソコンを手際よく解体していく、知的障害などがある人たち。
彼らは、「マイスターさん」と呼ばれていました。
「マイスター」は、ドイツ語で「巨匠」を意味します。
なぜ彼らは「マイスター」と呼ばれるのか。
取材すると、このことばには、共生社会を目指す人たちの思いが込められていました。
(新潟放送局 記者 鈴椋子)

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マイスターになって息子は変わった

新潟県に住む「マイスター」の1人、白井諒輔さん。
知的障害があり人とのコミュニケーションが少し苦手ですが、高い集中力をもっています。

白井さんが働いているのは、障害で企業に雇用されるのが難しい人たちが働く「就労継続支援B型事業所」。

白井さんは、特別支援学校を卒業したあと、この施設でおよそ7年間働いています。
ここで脇目も振らず取り組んでいるのは、パソコンの解体。パソコンの部品をリサイクルするための作業です。
1日10台を目標に、日々、解体作業に取り組んでいます。

白井さんのノート

こちらは白井さんが日々の作業を書き留めるノート。その日、解体できたパソコンなどの台数を記録しています。
この仕事を始めて「マイスター」と呼ばれるようになって、自分で目標を立てるようになったといいます。

白井諒輔さん
「解体が楽しい。電動ドライバーが楽しい。1日10台を目標にしています」

 

両親は、仕事に集中して取り組み「マイスター」と呼ばれるようになってから、白井さんに段々と変化が見られるようになったといいます。

白井さんの父親
「帰ってくると、『きょうも頑張った』という報告があって、おかえりの代わりがそのことばなんですよね。自分がやっていることの内容が把握できていて、その報告も具体的に数量で言ってくることがあって、とても進歩しているんだなって、親としても驚くことが多いで  
     すね」

これまで自己主張することが苦手だった諒輔さん。
自分から、やりたいことを口に出して主張することは、ほとんどありませんでした。
しかし、ことしに入り出かけたい場所や欲しいものを伝えられるようになってきたと言います。

お城が好きな白井さん

記者
「休みの日に行きたいところはありますか?」
白井さん
「九州。佐賀県のお城に行きたい」

白井さんの父親
「春先に、こうした希望を話すようになって驚きました。仕事が充実していて、息抜きを楽しみたいということなのかなと。連れて行くと本当にうれしそうな顔をします。仕事も懸命に頑張る中で、休みの日もわくわくしながら待つ。そういうことがわかってきたのかなと思います」

「マイスター」という称号が誇りに

知的障害者が働く就労支援施設では、そこで働く人たちを「利用者さん」と呼ぶこともあります。
一方、新潟市の一部の施設では、白井さんのように「マイスターさん」と呼ばれます。
白井さんの両親は、この呼び方が本人たちの誇りになり、自信を持って働けていることが変化につながっているのではないかと感じています。

白井諒輔さんと両親

白井さんの父親
「『利用者さん』ではなくて『マイスター』さんだと『職人さん』、『稼げる人』になると思います。そういう称号で呼んでもらって、本人たちもその道のエキスパートになるんだっていう意識ができるんじゃないかと思います。すごく自信につながるんじゃないかな。人に認められる、褒められるということは重要なことですよね」

パソコンの解体リサイクルで『工賃』アップに

知的障害者などがパソコンを解体してリサイクルにつなげる取り組みは、もともと13年前に新潟市内の施設で始まりました。
企業などから不要になったパソコンを回収・解体して、パーツを分別してリサイクルします。

基板

解体して取り出すのは、「基板」と呼ばれるパーツです。
ここには「レアメタル」という家電製品に欠かせない金属類が組み込まれていて、企業に買い取ってもらい利益を出す仕組みです。
複数の工具で細かい部分まで解体するため一定の技術が必要ですが、1日30台解体できるベテランもいるといいます。

このリサイクルの狙いのひとつは、施設で働く人たちの報酬にあたる「工賃」のアップにつなげることでした。障害で企業に雇用されるのが難しい人たちが働く「就労継続支援B型事業所」の「工賃」は、全国平均で月額1万6000円ほどと、低い水準となっていることが課題です。
一方、このリサイクルではレアメタルを高価で買い取ってもらえる分、工賃に反映させることができます。施設の中には、工賃を月額平均で3万8000円ほどにまでアップさせることができた所もあるといいます。

「障害者の“力”を伝えたい」

寺口さんと「マイスター」

この取り組みの発起人は、新潟市の障害者施設の理事長を務める寺口能弘さん。
事業の立ち上げ当初は、企業からの協力を得るのに苦労したといいます。
しかし、説明を重ねながら実際に作業現場を見てもらい、協力してくれる企業を増やしてきました。
こうした取り組みを進めてきた背景には、「工賃」のアップ以外にも、強い思いがあります。

寺口能弘さん
「障害のある方や障害者施設は、どうしても寄付を受けるとか、支援を受け取る側に長くいた歴史があります。でも、地域社会に貢献できる力を持っている人たちもたくさんいます。障害者施設はそれをもっとアピールしていかなければならない。この事業を通じて障害のある人が地域社会に出て行き、働ける力を持っているということを皆さんに知ってもらう、そこが一番重要だと思っています」

「マイスター」の人たちはパソコンを解体するだけでなく、企業に直接出向いて回収を行うほか、時には出張解体を依頼されることもあります。そこでは家族や事業所の職員以外の人たちとの出会いがあります。寺口さんはそうした社会とのつながりを持てる点も重要だと考えています。

「マイスター」という呼び名にリスペクトを込めて…

「マイスター」という呼び名も、解体作業に真摯に打ち込む姿を見て、寺口さんが呼び始め広がっていきました。寺口さん自身も「マイスター」たちの力に感心させられることもあったといいます。

寺口能弘さん
「毎日仕事に取り組んでいる姿勢が、本当に職人と呼ぶのにふさわしいと思っています。どんなメーカーのどんな機種のパソコンが入ってきてもそれを見ただけで、自分たちの力で解体分別ができるっていうのはまさしく職人だと実感しているので。感謝しかないですよね。真摯に取り組む姿勢も明るさも、逆に職員の方が助けられている部分もありますし、本当にリスペクトしかないと思っています」

障害のある人たちの力を、もっと社会に知ってほしい。
それが、共生社会を推進し、施設で働く人たちの生活により大きな変化をもたらす鍵になると、寺口さんは考えています。

寺口能弘さん
「平均工賃の1万6000円では、好きなものを買ったり食べたりするのは難しいですから。今、この事業では月額5万円の工賃を目指しています。共生社会への歩みは早くないのかもしれませんが、障害のある人たちがどんな人たちなのか、こんな仕事もできる、というのを社会の人たちに知ってもらう機会を増やすことが一番だと思っています」

全国で増える「マイスター」

新潟発の「マイスター」がパソコンのリサイクルの中核を担うこの取り組みは徐々に全国的な広がりを見せ、今では21道府県、67施設が参加しています。

兵庫県西宮市の就労支援施設

兵庫県西宮市にある施設は、ことしの4月からこの取り組みに参加しました。
「工賃」の向上にとどまらない魅力を感じたのが、参加の決め手になったといいます。

この施設が力を入れているのが「営業活動」。
兵庫県内の企業などをまわり、パソコンの提供をお願いします。

「営業」に行くマイスター

この営業活動に「マイスター」も同行。
細かい説明は職員が行いますが、マイスターも自分で依頼します。

マイスター
「パソコンの解体頑張るので、これからもお願いします」
企業担当者
「こちらも助かっています。これからもよろしくお願いします」

取り組みに参加して半年余りがたち、協力してくれる企業は10社ほどにまで増えました。

さらにマイスターたちにもある変化が見られるようになりました。

施設の担当者
「普段の活動だと施設のなかで仕事が完結してしまい、行事以外で地域の方と接する機会がなかなかありませんでした。こうして一般企業を訪ねることで、社会とのつながりを実感していただけるような機会になると思っています。『マイスター』さんたちも、社会との関わりをもつことで、服装を気にしたり、あいさつとかも丁寧にされたり、すごく成長されたなと感じているところです」

取材後記 「とにかく知ってほしい」両親の思い

「とにかく知ってほしい」。
「マイスター」の1人、白井諒輔さんの両親が取材中、何度も口にした言葉です。

白井さんのお父さんは、「諒輔のような子たちは、どうしても人より時間がかかることもたくさんあるんですけど、日々成長は止まっていません。知的障害のある子たちでも働ける、やれることがあるというのは、ほとんどの方が知らないのが実情だと思います。この事業を通して、回収に行った先などで、ちゃんとやれるんだということを示して歩くのは大事なことだと思います。当然、親が先にいなくなりますので、お互いにどうか助け合って一緒に生きていってほしいです」と話していました。

「マイスター」たちは、少しのサポートがあれば、輝ける力を持っています。
社会の一人ひとりがそうした認識を深めることが、共生社会を進めるヒントになる。
「マイスター」たちの姿が、そのことを物語っていると、取材を通じて感じました。
 

 

 

  • 鈴椋子

    新潟放送局 記者

    鈴椋子

    2020年入局。大阪局での勤務を経て、ことしから新潟局。県警キャップとして事件・司法を担当するほか、福祉分野を取材。

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