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アルツハイマー“新薬”レカネマブ 新潟大学で臨床試験 家族は

  • 2023年07月05日

高齢化とともに患者数が増えている認知症。国内の患者は2025年には700万人に達すると推計され、患者全体の6割から7割を占めるとされるのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病は不治の病とも言われ根本的な治療薬がないことが大きな課題となってきましたが、いま新たな治療薬への期待が高まっています。最新の研究と家族の思いを取材しました。
(新潟放送局 記者 阿部智己)※記事の内容は6月の放送時点のものです

アルツハイマー病 期待の“新薬”「レカネマブ」

レカネマブ(画像提供 エーザイ)

日本の大手製薬会社「エーザイ」などが開発したアルツハイマー病の新しい治療薬「レカネマブ」。アメリカでは2023年1月、病状が深刻な患者にいち早く治療を提供するための「迅速承認」を経て、近く完全な形で承認される見込みです。国内でも審査が進められ、承認される可能性が高まっています。

新潟大学脳研究所 池内健教授

認知症の診断と治療が専門の新潟大学脳研究所の池内健教授は、「レカネマブ」はアルツハイマー病の治療薬として画期的なものだと言います。これまでのアルツハイマー病の薬が症状を緩和する「症候改善薬」であったのに対し、「レカネマブ」は病気の進行そのものを抑える効果が確認されているからです。

池内健教授
「レカネマブ」は脳の中の変化に直接作用する、今までの薬とはまったく仕組みが異なるもので非常に大きな前進だと思います。アルツハイマー病治療薬の臨床研究はこれまでなかなか成功せず、成功率が3%程度といわれているなかで研究開発を諦めずに継続し有効性のある薬につなげることができました。研究者にとっても患者の家族にとっても待ち望んでいた薬だと言えると思います。

発症の原因となるたんぱく質 約20年前から蓄積

アルツハイマー病患者の脳内のイメージ

これまでの研究でアルツハイマー病患者の脳の中では発症の20年も前から変化が起きていることがわかっています。まず、発症の20年ほど前から「アミロイドβ(ベータ)」と呼ばれるたんぱく質が増え始め、発症の10年ほど前からは「タウ」と呼ばれるたんぱく質が少しずつたまっていきます。そして、その影響で脳の神経細胞が壊れ、認知機能が低下すると考えられているのです。

アルツハイマー病を発症した患者は初期には「もの忘れ」などの症状が表れ、徐々に料理などそれまで日常的に行ってきたことが難しくなります。そして、おおむね10年ほどたつと寝たきりになるなど介助なしでの生活が困難になっていきます。

アルツハイマー病の原因物質を取り除く

レカネマブ(画像提供 エーザイ)

では、「レカネマブ」はどのようにして病気の進行を抑えるのでしょうか。この薬は病気の原因と考えられている「アミロイドβ」を取り除き、神経細胞が壊れるのを防ぐことができるとされています。臨床試験では薬の投与から1年半の時点で症状の悪化が27%抑えられ有効性が確認されたということで、薬を開発した会社は病気の進行そのものを3年程度、遅らせる効果が期待できるとしています。

池内教授は、今回の薬の開発はアルツハイマー病治療薬の開発を前進させる上で重要なものだと考えています。

池内健教授
いままで治すことが難しいと思っていたアルツハイマー病ですが、もしかすれば今後の治療薬の発展によって根本的な治療法の開発につながっていくかもしれない。今回の薬が終わりというわけではなく、第2、第3の薬が今後出てくることが期待される。「アミロイドβ」を減らすだけでなく、また別の新しいタイプの薬の開発にも弾みがつくと思います。

“新薬”の課題①薬価が高価

期待が高まる新たな治療薬。しかしその一方で課題も指摘されています。1つは非常に高価なことです。値段はアメリカで1人あたり年間2万6500ドル、日本円にして380万円あまりに設定されています(※1ドル144円換算)。

“新薬”の課題②検査体制

もう1つは検査体制です。薬の投与の対象となるのはアルツハイマー病の初期や「軽度認知障害」と呼ばれる認知症になる前の段階の患者です。検査で患者の脳内にアミロイドβがたまっていることを確認し、適切な時期に投与する必要があるため検査が重要になります。しかし県内で検査できる装置がある施設は限られていることから、池内教授は検査体制を整備していくことが必要だと指摘しています。

“新薬”の課題③効果の限界

また、薬の効果の限界という課題もあります。残念ながら、いまの段階では病気の進行を完全に止めることはできず損傷を受けた脳の機能を回復させることもできません。

こうした課題があることから、認知症の家族を介護する人たちは新しい治療薬の開発に期待しつつ、患者と家族を支える社会のあり方が重要だと指摘しています。

介護する家族の思いは

家族の介護を担う「認知症の人と家族の会 新潟県支部」金子裕美子代表

認知症の患者を介護する家族などでつくる団体の代表を長年務めてきた金子裕美子さんは、これまでに30年近く家族の介護を担ってきました。認知症の義理の父親を介護し、いまは脳梗塞で脳に損傷を受け高次脳機能障害を患う夫と、高齢で寝たきりの母親を介護しています。自身の経験をふまえて多くの家族の相談を受けてきた金子さんは、医学の進歩に期待する一方で認知症の患者や家族が過ごしやすい社会になることが重要だと考えています。

金子裕美子さん

金子裕美子さん
新しい薬が、私たちが願う、これ以上絶対に認知症の症状が進まないような薬になるのであれば、こんなにうれしいことはありません。ただ、現実はまだまだ道遠しの感があります。医学の進歩というのはすごく大事だと思いますが、私たちの生活は毎日毎日が勝負です。いつできるかわからない薬を待ち続けているだけではなく、いま私たちが認知症になっても安心して暮らせるためにはどうしたらいいか、自分の大事な人が認知症になったときどうしてあげたらいいかをもっともっと考えていくことが一番大事なことかなと思っています。

「家族性アルツハイマー病」

「認知症の人と家族の会 新潟県支部」の交流会

金子さんたちは月に1度、各地で交流会を開き、互いに悩みを聞いたり励まし合ったりする活動を続けています。自身が介護の悩みを聞いてもらい助けられた経験から、介護する人がストレスを1人で抱え込んで孤立することがないようにしたいからです。
そうして多くの家族に接してきた金子さんが特に心を痛めるケースがあります。

遺伝的要因で発症する「家族性アルツハイマー病」です。

病気の要因となる遺伝子変異が親から子へ2分の1の確率で引き継がれ、30代から60代という比較的若い世代で発症します。遺伝子変異を引き継いだ場合、ほぼ100%の確率で発症するとされます。

丸山明美さん

2023年5月に上越市で開かれた交流会には、家族性アルツハイマーを患った夫と娘を介護した経験のある丸山明美さんも参加しました。丸山さんの夫は50代で、娘は30代で発症し、2人の介護を続けました。

丸山明美さん
私の場合は、娘と夫のダブル介護をしたのが7年間ありました。そのときに夫は自分のせいで娘がそういう状態になったと自分を責めていました。そういうことがつらかったです。あと40年、50年したら、もうそんな心配ないような、アルツハイマーになっても薬があるよっていう時代が来るといいなと思います。

新たな治療法開発へ 新潟大学で新たな臨床試験

新潟大学脳研究所の池内健教授は多くの家族性アルツハイマー病の患者や家族に接してきました。そのなかで、たとえ遺伝子の変異がわかっても有効な治療法や予防法がないことにじくじたる思いを抱いてきました。

池内健教授
患者さん、あるいはご家族に十分役に立つことができなかったという思いがあります。医療者側として、患者さんやご家族が一番望んでおられることに応えることができない。もちろん治療だけが大事なわけではないんですけれども、やはり治療してほしいというのは患者さん、ご家族にとっては一番の願いだと思います。

こうした家族のために医療が果たせる役割はないか。池内教授はことし秋ごろから家族性アルツハイマー病の人やその家族を対象に臨床試験を始める計画です。臨床試験は国際的な研究の一環で16か国38の機関が参加して行われるもので、まだ発症していない人も対象になります。
「レカネマブ」とともに、もう1つの原因物質タウを取り除く効果が期待される薬を4年間投与。発症する前の段階から薬の投与を開始し、長期的な効果を見極めようとしています。早い段階でアルツハイマー病の原因となるアミロイドβやタウを取り除くことができれば、神経細胞が壊れるのを防ぐことができ、結果として発症を防ぐ予防的な効果が出ることが期待されているのです。

池内健教授
臨床試験がうまくいけば、もしかすると病気の進行を止めることができるかもしれない。これが遺伝性のアルツハイマー病で証明することができれば、遺伝性でない、高齢者を含めた一般的なアルツハイマー病に対しても効果が期待できるかもしれないと考えています。

アルツハイマー病の治療薬の開発は困難の連続で、決して簡単なものではありません。しかし「レカネマブ」の開発で治療薬の開発は大きな転換点を迎えました。新潟大学が参加する臨床試験を通してさらなる大きな前進が期待されます。一方で、高齢化に伴って高齢者の5人に1人が認知症になると言われる時代。治療薬の開発とともに、金子さんが指摘するように「認知症になっても大丈夫だ」と思える社会を作っていけるかが課題になっています。

  • 阿部智己

    新潟放送局 記者

    阿部智己

    2008年入局 福井局 札幌局 報道局科学文化部を経て新潟局に赴任。原子力取材などを担当

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