災害列島 命を守る情報サイト

これまでの災害で明らかになった数々の課題や教訓。決して忘れることなく、次の災害に生かさなければ「命を守る」ことができません。防災・減災につながる重要な情報が詰まった読み物です。

地震 水害 避難 教訓

ひるむな、立ちつくすな、ためらうな。「ことばで命を守る」アナウンサーたちの10年

東日本大震災当時に放送されたニュースに関連した記事です

「東日本大震災を思い出してください!」

津波警報のときに使われるこの呼びかけを初めて実践したのが、高瀬耕造アナウンサーだった。

それは震災から1年9か月後の2012年12月7日。三陸沖を震源とするマグニチュード7.3の地震で「津波警報」が発表された。

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スタジオに駆け込んだ高瀬はキャスター席に座り、その横にベテランの武田がついた。手元のモニターには「東日本大震災を思い出してください」という呼びかけ文が表示されていた。

訓練では何度も読み上げてきたが、本番となるとためらいがあった。

(本当にこのとおり呼びかけていいのか。つらい記憶を呼び起こして傷つけたりしないか)

迷う高瀬の背中を押すように、隣の武田がその呼びかけを「読むんだ」というように指差した。武田の指も震えていたという。

(ためらいに飲み込まれちゃいけない)

高瀬は何度も強く呼びかけた。

「東日本大震災を思い出して下さい。命を守るために一刻も早く逃げてください!」

「決して立ち止まったり、引き返したりしないでください!」

放送の反響は大きかった。あるメディアは見出しで「NHKも強い口調で『避難を』」と伝えた。

「つらい記憶を呼び起こさせた」という意見もあった。一方で「切迫感が伝わり、避難行動につながった」という肯定的な見方もあった。

このときの経験が「命を守る呼びかけ」をさらに進めることになったと高瀬は振り返る。

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(高瀬アナウンサー)
「原稿で事実を正確に客観的に伝えるだけにとどまらず、キャスターの主観的な思いを込めた『呼びかけ』への変化というものを、社会が肯定的に評価してくださったと感じました。私たちにとっては大きな変化で、『ことばの力』を再確認するきっかけとなり、減災のキーの一つが『呼びかけ』なのだ、という思いを強くしました」

(この記事は後編です。前編の記事はこちらをご覧ください)
⇒ 「東日本大震災を思い出してください!」その時、ことばで命を守れるか。NHKアナウンサーたちの10年

「呼びかけ」定着のなかで生じた課題

東日本大震災の後も毎年のように大規模な災害が発生し、多くの犠牲が出た。特に目立ったのが豪雨災害だった。

(2011年~2017年までの主な豪雨災害)
2011年 紀伊半島豪雨
2012年 九州北部豪雨
2013年 伊豆大島土砂災害
2014年 広島市土砂災害
2015年 関東・東北豪雨
2016年 台風10号
2017年 九州北部豪雨

そうした大規模災害のたびに、「命を守る呼びかけ」は検証とバージョンアップが行われた。

大雨の注意点を細かく盛り込んだ「豪雨・台風・土砂災害の呼びかけ」を2014年に作成し、その後も災害の経験を踏まえて具体的な表現を盛り込んでいった。

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以前は放送の中で脇役のような扱いだった「呼びかけ」は、緊急報道の中で存在感を高め、欠かせないものになっていったが、まだ東京のスタジオから呼びかけるケースがほとんどだった。

そこに新たな課題が生じた。

「東京からだけじゃ、ことばが間に合わない」

現在ニュース7のキャスターをつとめる瀧川剛史アナウンサーがそう痛感したのは、2018年7月に起きた西日本豪雨災害だった。

当時、瀧川は正午ニュースで豪雨対応の緊急ニュースを担当した。

東海から九州地方にかけての広い範囲で記録的な大雨となり、各地で避難情報が出され、深刻な被害の映像が次々に入ってきた。

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瀧川は現地の中継映像を実況しながら防災上の注意点などを呼びかけたが、時間が経つにつれて焦りが生じた。

前年の九州北部豪雨の経験から呼びかけのさまざまな見直しを行ってきたが、今回は何か違う。

複数の県にまたがって次々に「特別警報」が発表され、被害範囲が極めて広い広域災害に対して「呼びかけが間に合わない」と痛感した。

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災害時に必要な情報や呼びかけは地域によって異なるが、広域災害ではどの地域がいま危険で、いつ何に注意すればよいのかというきめ細かい情報が、「東京から呼びかける」というスタイルでは伝えきれなかった。

「呼びかけ」の本来の役割を果たす事も難しかったと、瀧川は振り返る。

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(瀧川アナ)
「呼びかけは”先読み”して危機感を伝えるのが役割ですが、同時多発的に起きる広域災害では被害を伝えるほうが優先されて、呼びかけが十分に出来なかった。 “被害が先に行ってしまう”という感覚です。迫り来る危険をそれぞれの地域の方に伝えるには、東京から追いかけるのでは間に合わない。災害リスクのある土地の地方局からも届けなければだめだと思ったんです」

地域によっては西日本豪雨よりも前から独自に「地域版呼びかけ」の取り組みは進められてきたが、今回の教訓をもとに、「災害時には地域の局から地域住民に向けた呼びかけを」より重視していこうという方針が立てられた。

身に迫る危険を「自分事」に感じてもらうには、東京からのことばだけでは届かない。

「全国放送のアナウンサー」より「地元のテレビでよく見かけるアナウンサー」の呼びかけの方が実際の避難につながりやすい、という調査結果も後押しして、若手のアナウンサーを中心に全国の地方局で呼びかけ作りが始まった。

地域を守る呼びかけは、自分たちでつくる

「地域版呼びかけ」作りのポイントは、

① その地域の過去の災害を調査する。

② 専門家や行政とともに現地を歩いて、リスクを把握する。

③ 地域住民と避難路を歩いて、どんな呼びかけが効果的かを取材する。

④ 一連の取材情報をもとに、ことばを作りあげていく。

アナウンサーたちがこうしたフィールドワークを続ける中で、地域の実情に合わせた特色ある呼びかけが生まれていった。

① 「SNSで広めてください」岡山局の呼びかけ

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岡山放送局では西日本豪雨の直後から、倉敷市真備町の3地区の住民代表に、アナウンサーたちが聞き取りを行ってきた。

各地区で住民にアンケート調査を行って避難行動の分析をしていた代表からは、思わぬことばが聞かれた。

「逃げ遅れた人の多くは、避難するのが大げさだとか、恥ずかしいと思っていたんです」

「晴れの国」ともいわれる岡山で災害の経験が少なかったことから、こうした「恥ずかしい」という考えがあって、避難の遅れにつながったのではないか。

一方で危険が迫っているときにSNSの「私は逃げます!」という投稿から、多くの人が避難行動に移ったという事例も明らかになった。

こうした聞き取り調査をもとに矢崎智之アナウンサーたちがつくった呼びかけがこちら。

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「避難するとき、可能であればSNSで『私は逃げます』と発信するなどして、知り合いに自分が避難することを知らせて広めてください。他の人の避難を後押しすることにつながります」

「避難なんて大げさだ。面倒だ。何もなかったら恥ずかしい。迷いもあると思います。そうして迷っている間にも危険は迫ってきます。空振りを恐れず行動して下さい」

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被災者が感じていた「悔しさ」を無駄にしたくないという思いだったと、矢崎アナウンサーは話す。

(矢崎智之アナ)
「被災者の方々の『悔しい』という思いに応えたいという思いが沸き上がってきました。被災者の思いを直接聞いた自分たちが、自分たちのことばで岡山の地域住民に呼びかける意味があるのではないか。住民たちの思いに自分たちが応えるには何ができるのか、考え続けていきたいです」

② 「地名より目印の建物を」釧路局の呼びかけ

北海道では「沖合の千島海溝で巨大地震のリスクが切迫」という新たな想定が2019年に国から公表された。北海道東部の広い範囲で、20メートルを超える津波のおそれがあるという。

20メートル?!といってもそれがどのあたりまで押し寄せてくるのか。いざというときにどう呼びかければ避難行動につながるのか。

札幌局の赤松俊理アナウンサーたちは、大きな津波が想定されている釧路で地域の人たちへの取材を進めた。

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赤松は当初、浸水が想定される具体的な町名などを挙げて避難を呼びかけようと考えていた。

「津波は○○町までくる恐れがあります」など。

しかし現地の人たちの反応は「ピンとこない」だった。

「地名で呼びかけられても実感がわかない。有名な建物とかで言ってもらった方がピンとくる」

あらためてハザードマップを見ると、津波で浸水の恐れが想定されている地域には、若者からお年寄りまで多くの人が利用する大型のショッピングモールがあった。

この名前を出して「○○まで津波が押し寄せます」と呼びかけたほうがイメージしやすいのでは。

そう考えてつくったのがこちら。

「イオンモールがある昭和地区や釧路町にも押し寄せます。国道38号線、通称“鳥取大通”を越えて内陸まで押し寄せます」
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ショッピングセンターのほかにも「釧路川」など、地元の人がよく知る河川や通りの名前も盛り込んだ。

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(赤松アナ)
「避難を呼びかける自分が具体的にイメージして、確信を持って伝えられるかが重要だと実感しました。『うちのことを話してるな』と思ってもらえるかどうかが、地域局から呼びかける意義だと思います」

「どうすれば」を一緒に考え続ける 

全国のアナウンサーが現地を歩いて住民たちと語り、専門家からフィードバックを受けて作られた「地域版 命を守る呼びかけ」は、2021年春に完成した。

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全国で40以上の局が参加し、ページ総数は600ページ。

とりまとめの中心を担った井上二郎アナウンサーはこの3年間、地域局の若手アナたちが行ってきた取材や連携づくりをサポートしてきた。

特に大事なのはこの、地域局の後輩たちとともに作り出す過程だと感じている。

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(井上二郎アナ)
「呼びかけを考えることは、アナウンサーの根源的なことに根差していると思います。過去の災害を取材する、専門家や行政と連携する、そこで感じたことをふまえてことばを作る。僕たちアナウンサーが災害と向き合う瞬間をたくさんもつことが、“ことばで命を守る”という文化を、若手の中に育てていくと思っています」

「NEXT」とは?

前編・後編と読んでいただきありがとうございました。

東日本大震災後の10年間、私たちアナウンサーはあの日に感じた無力感を忘れず「ことばで命を守る」ために何ができるのかを考え続けてきました。

そして今、この10年で積み上げてきた呼びかけをさらに進化させる取り組みを、この春から新たにはじめました。

「命を守る呼びかけNEXT」というプロジェクトです。

悩みながら考えた「東日本大震災を思い出してください」などから、さらに届くことば、「津波の呼びかけ」を作ろうという試みです。

新たに分かった避難行動の実態について、リサーチを始めました。

また今後30年以内に70%の確率で起きるとされる「首都直下地震」についても、今一度、阪神・淡路大震災について検証するなど、効果的な呼びかけのあり方についてチームを編成して研究を進めています。

そのとき、どう呼びかける

災害はいつどこで起きてもおかしくありません。

危機が迫ったそのときに私たちアナウンサーが

命を守るために何を呼びかけられるのか。

ことばを失い、無力感にとらわれたあの日の思いを忘れず、「ことばで命を守る」ための取り組みを続けていきます。

(聞き手)アナウンサー 栗原望 佐藤誠太、記者 内山裕幾