多摩川沿い なぜ“浸水エリア”に新築が… 徹底分析しました
2019年の台風19号で浸水被害が相次いだ、多摩川沿いの東京と神奈川。避難所に人があふれるなど、人口が集中する首都圏ならではの問題が起きました。その現場を取材していて、ふと気になったことが。「ハザードマップは真っ赤なのに、新築の家やマンションが多いな…」。なぜ、リスクのある土地に家が建つのか?集められるデータを手がかりに、その原因を探ってみました。
(社会部記者 齋藤恵二郎 今村清人)
2019年台風19号関連ニュースで紹介された内容です
目次
多摩川沿いの人口データを徹底分析
人口が増え続ける東京都と神奈川県。浸水のリスクがある地域でも、人口は増えているのか。
まず、多摩川沿いの23の市と区のオープンデータを集めました。
集めたのは、洪水ハザードマップの元になる国の「想定最大規模の浸水想定」と、「町丁目」ごとの住民基本台帳の人口データ。
コンピューターのGIS=地理情報システムで可視化し、「町丁目」の地区を、浸水域とそれ以外に分けた上で、5年前からことしにかけての人口の増減を調べました。
比較できた「町丁目」のデータは、合わせて2354地区! 地図と向き合いながら、ひとつひとつ数を確認していく地道な作業です。「どんな結果が出るのだろうか…」半信半疑で、分析を進めました。
リスク高い地域でも人口が増えていた
その結果は、想像以上でした。
浸水のリスクがある「浸水域」が一部でも含まれる地区は、23の市と区の908地区。このうち、69%・実に3分の2に当たる622地区で、人口が増えていたのです。
さらに、「特に浸水のリスクが高い地域」を詳しく分析してみます。住宅の1階の屋根まで達するとされる3メートル以上の「浸水域」が含まれる地区の数は464地区。
そのうち、68%にあたる316地区で人口が増えていました。
特に意外だったのが、「浸水域を含む地域」は、「含まない地域」よりも、人口の増加率が高くなっていたことです。
「含まない地域」は、3%。これに対し、「含む地域」の5年間の人口増加率は4.2%にのぼっていました。
次の表は、3メートル以上の「浸水域」が含まれる地域のうち、人口が1割以上増えている地区の一覧です。
都心に近い東京23区だけでなく、東京の多摩地域や神奈川県でも増えていました。
地図やデータを詳しく見ると、人口が増えた地区は、近くに鉄道が通り、公園も多いなど、住むのに便利な場所が多そうです。
ただ、データだけでは、リスクの高い場所でなぜ人口が増えているのか、わかりません。そこで、実際に現地を訪ね歩いてみました。
台風19号で浸水した地域を訪ねてみると
向かったのは、川崎市高津区溝口6丁目。この地区では、台風19号の豪雨で、多摩川の支流の平瀬川が氾濫して大規模な浸水が発生し、マンションの1階にいた男性が亡くなりました。
東急田園都市線の二子新地駅に近く、利便性の高いこの地域。ハザードマップで最大7メートル近くの浸水が想定されていましたが、人口は、この5年で17%も増加していました。
地域を歩いてみると、目につくのは、真新しい住宅やマンション。男性が亡くなったマンションのすぐ近くでは、今も、新築住宅の建設工事が進められていました。
なぜ、今、人口は増えているのか。
地区の近くに40年以上住む男性に話を聞くと、この地区は、堤防などの河川改修が進む前は洪水が頻発し、畑が広がっていました。
しかし、この10年ほどで、農地が次々と宅地に変わり、多くの人が移り住むようになったといいます。
(地元の男性)
「昔はとても人が住める場所ではなく、畑や工場ばかりだったのです。しかし、最近は大きな氾濫もなく、水害の記憶はどんどんと薄れていってしまった。昔から住む私たちですらそうですから、ましてや、新しく移り住んだ人たちは知らないでしょう」
5年で10%人口が増えた地域では
人口増加地区を訪ね歩く中で、印象に残った場所があります。
東京 日野市の石田1丁目。人口はこの5年で10%増加しています。多摩モノレールや京王線の駅に近く、住宅地を歩くと、建て売りと思われる戸建て住宅が並んでいました。
気になったのは、地区に、ゴミの焼却施設があったことです。「ゴミの焼却施設の近くだと土地が安いから、人口が増えているのかな?」そう思って、この地域に詳しい不動産鑑定士の図子久雄さんに、話を聞いてみました。
しかし、図子さんは、ゴミの焼却施設は、人口の増加と関係がないといいます。かつては“迷惑施設”とされてきましたが、処理技術の向上などから、今は、住宅を選ぶ際の障害にならなくなっているというのです。
(図子さん)
「かつての“迷惑施設”はもはや“迷惑施設”ではありません。“迷惑施設”よりも、“浸水リスク”よりも、何より住宅購入の決め手となるのは利便性。つまりは駅からの近さなんです」
“山を下りる高齢者”
さらに、図子さんは、興味深いことを教えてくれました。「高齢者が山を下りる」ケースが増えているのだそうです。
高度経済成長期に山あいで開発された多摩ニュータウンなどのマンモス団地。そこで暮らしてきた高齢者が、坂が多い土地を避け、比較的平たんで体への負担が少ない、川沿いの低い土地に移り住む動きがあると話していました。
なぜ浸水エリアで宅地開発が進むのか?
取材の結果、浸水のリスクが高く、かつては宅地として避けられてきた地域も、便利なため開発が進んで、人口が増えていると言えそうです。
防災と都市開発の関係を研究している、山梨大学大学院の秦康範准教授に尋ねました。なぜ、宅地の開発が進むのでしょうか?
(秦康範准教授)
「住民、開発側、自治体、それぞれにメリットがあるからです。住民は便利な土地を買える、開発側も住宅の需要があるので儲かる、自治体は住民が増えれば税収が増える。3者にとって宅地開発はおいしい話なのです」
浸水エリアへの対策 どうすればいいのか
それでは、どうすればいいのか。秦准教授は、今後、必要な対策を2つ挙げました。
1つは、宅地の開発や建物の建設への規制です。
「浸水のリスクが高い地域では、例えば、建設を2階建て以上の住宅に限ったり、マンションでは1階を駐車場などにして、2階以上に住居を作ったりするなど、開発に防災の側面を組み合わせた規制が必要です」。
2つめが、住民への周知。
山沿いなどの「土砂災害警戒区域」に指定された地域では、法律上、不動産取引の際に説明の義務があるのに対し、洪水のリスクについては義務がありません。洪水のリスクも、積極的に知らせるべきだといいます。
「浸水エリアの宅地開発は将来のコストに」
そして、こうした浸水リスクのある土地の開発は、命のリスクだけでなく、将来的なコストにつながると指摘しました。
(秦康範准教授)
「無造作に宅地開発を進めると、災害のたびに、復旧工事が必要になる。災害が頻発する時代には、自治体の財政を圧迫する“コストばかりかかる地区”となりかねません。東京も、今後は人口が減少し、税収の減少も予測されますから、開発のあり方を考え直す必要があると思います」
「災害弱者」がリスクエリアで増加か
浸水リスクのある地域を、データ、そして現場から分析した今回の取材。印象深かったのが、新築の子育て世帯の姿と、不動産鑑定士が指摘した“山を下りる高齢者”でした。
もしかしたら、子どもや高齢者という「災害弱者」が、皮肉にも災害に弱い土地で増えているのかもしれない。どのような人が災害のリスクの高いエリアで増えているのか、今後も取材を続けたいと思います。
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