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地震 避難 支援 想定

“首都直下地震” その時、どこにも住めない!?

もし、あなたの住む街を大地震が襲い、自宅が壊れてしまったとしたら…
代わりに住む家をイメージできますか。
「プレハブの仮設住宅」「賃貸のアパートやマンション」がある?
“どこにも住めなくなる”なんてありえない?

今後30年以内に70%の確率で起きるとされる首都直下地震。地震後の住まいについて取材を進めていくと、このままではそれが現実となる可能性が浮かび上がってきました。なぜなのか、そして対策はあるのでしょうか。
(社会部記者 清木まりあ)

2019年3月にニュースで放送された内容です

目次

    首都直下地震 別の住宅に住めない!?

    専修大学 佐藤慶一教授

    「今のままでは、都内だけでも仮設住宅は“18万戸”不足する…」

    都市防災が専門の専修大学 佐藤慶一教授から聞いたことばは衝撃的なものでした。例えば1つの仮設住宅に2人で入ると計算しただけでも、不足は36万人分。地震で自宅が壊れたら、多くの人が別の住宅に住むことができなくなるのです。

    佐藤教授は、学生時代にトルコで発生した大地震の被災地に行きました。自宅を失って困惑する被災者の姿を目の当たりにしたことをきっかけに、仮設住宅など災害対応の研究を続けています。佐藤教授は危機感を強めています。

    「災害が多発する日本でも同じ事が起きるのではないか。仮設住宅の大幅な不足にどう対応するか、今のうちから真剣に取り組まなければいけない」

    都市ならではの盲点?

    発生が懸念される首都直下地震。国の被害想定では、最悪の場合、都内で189万戸余りの住宅が全半壊し、「57万戸」の仮設住宅が必要になるとしています。

    国は、プレハブの仮設住宅を建設し、賃貸住宅を借り上げ仮設住宅として利用する「みなし仮設」を提供すれば多くの住まいを確保できるとしています。

    それなのになぜ18万戸も不足するのか?

    佐藤教授が行ったシミュレーションから分かったのは都市ならではの盲点でした。

    検証1 “プレハブ仮設”が建てられない

    まず「プレハブの仮設住宅」。

    東京都は、都内にある公園や運動場を中心に600か所以上の候補地をリストアップ。面積から換算すると、建設できる仮設住宅は合わせておよそ「8万戸」でした。

    都市化が進んで使える土地は限られているうえ、地震による地割れや地盤沈下などの影響で、土地がさらに少なくなってしまうおそれもあります。

    検証2 空き部屋でも“みなし仮設”に使えない

    プレハブの仮設住宅に住めなくても、マンションに空いている部屋がたくさんあるし、みなし仮設として使えば大丈夫!…と思われるかもしれません。

    確かに佐藤教授の推計では、都内に49万戸ほど空いている賃貸住宅があることが分かりました。これは平成27年度のデータを基に行った推計で、すべて利用できれば必要な数が確保できます。

    しかし、ここにも落とし穴がありました。自治体によって決められている「家賃の上限」です。「みなし仮設」として自治体が被災者に賃貸住宅を提供する場合、上限が決まっています。

    東京都が現在設定しているのは、5人以上の家族で10万円、4人以下の家族では7万5000円です。被災者がこの上限を超える分を自己負担して、賃貸住宅に入ることは認められていません。

    一方で、都内にある賃貸住宅の家賃の平均は、例えば2LDKで1か月15万円程度。家賃相場の高い都市部では、対象外になってしまう賃貸住宅がたくさんあるのです。

    佐藤教授が、これらの条件をもとにシミュレーションすると、空いている賃貸住宅が49万戸でも「みなし仮設」として利用できる賃貸住宅は31万戸にとどまりました。

    必要な戸数から提供できる戸数を引いた結果、仮設住宅が18万戸不足することがわかったのです。

    23区別で考えるとより深刻

    仮設住宅をそれぞれの区内だけで確保しようとした場合はより深刻です。

    地震の揺れや火災の被害が大きい20の区で、数千戸から数万戸の仮設住宅が不足する結果になりました。

    深刻な“仮設住宅不足”東京都がついに本格検討へ

    予想される大幅な仮設住宅不足。ついに東京都も、対策に乗り出すことになりました。防災や建築、福祉の専門家、それに自治体の担当者などが集まって検討会を立ち上げ、より多くの仮設住宅をどう確保するか、初めて議論していくことになったのです。

    その中心人物となるのが佐藤慶一教授です。仮設住宅不足を指摘した研究成果が、東京都を動かすことにつながりました。

    ▽多くの賃貸住宅を「みなし仮設」として提供する場合は、どの程度、家賃の上限を引き上げる必要があるか
    ▽限られた土地を有効活用するため、プレハブ仮設を2階建て・3階建てにできるか
    ▽仮設住宅が確保できない場合に備えた、都外への広域避難の準備
    ▽自宅を修理する補助金制度の充実など

    検討すべき項目はたくさんあると佐藤教授はいいます。

    「地震が起きてから仮設住宅の問題を考えていたら間に合わない。そのためにも今回の動きは大きな一歩。被災後の住まいの課題や在り方を洗い出し、行政としてできるものは早急な事業化につなげていきたい」

    住民の意見反映を

    仮設住宅不足解決に向けた東京都の新たな動き。自分たちの声を聞いてほしいという住民もいます。約3万9000戸の不足が指摘された足立区の住民です。

    中川地区で町内会長をつとめる、今坂昭男さん。これまで、町内会のメンバーとともに被災後の住まいについて話し合ってきました。その中で、いちばんの課題だと感じたのは“地域のつながりを保つこと”でした。

    東日本大震災でも課題になりましたが、仮設住宅に入れたとしても、住民たちが地域から離れてバラバラになってしまう可能性があります。一人暮らしのお年寄りの家を回って見守りなどができなくなることで地域のつながりが失われてしまい、孤立する人が出てしまうのではないかと不安を感じています。

    だからこそ今坂さんは、地域の住民の意見を聞いて仮設住宅を確保する場所を決めてほしいと思っています。

    今坂昭男さん

    「足立区は下町人情に厚くて、都内の中でも、地域のつながりが強いところです。それぞれの地域の住民が被災後の住まいについてどういう意向を持っているのか、行政が聞き取りして政策に反映させてほしいです」

    私たちはどうすべきか?

    大幅な仮設住宅不足。東京だけでなく、大阪や名古屋、福岡など、ほかの都市部でも抱える共通の課題です。

    “どこにも住めなくなる”ことにならないために、私たちにもできることがあると思います。まずは家族で災害後の生活について話し合ってみませんか。

    「地域にどんな災害の危険性があるの?」
    「自宅が壊れたらどこに住むの?」
    「…そもそも自宅に耐震性はあるの?」

    そうです。そもそも自宅が壊れさえしなければ、“どこにも住めなくなる”可能性は低くなります。命が奪われるリスクも減ります。大切な人の命を守るために、できることから始めてみませんか。

    清木 まりあ
    社会部記者
    清木 まりあ

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