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地震 教訓 想定 知識

“地獄絵図”「被災ツリー」で見えた首都直下地震3つの危機

「これは、日本の“地獄絵図”に近い」

長年、災害を研究する専門家は、あるものを見てつぶやきました。今回、NHKが初めて作った、首都直下地震の“被災ツリー”です。あぶり出された被害は、2000以上。「未治療死」や「住宅難民」、それに「財政破綻」まで。作成の過程で見えてきたのは、地震からなんとか生き延びたあなたを次々と待ち受ける、3つの大きな危機でした。 (「終わりの見えない被災」取材班)

2019年放送の番組「体感 首都直下地震」で紹介された内容です

目次

    首都直下地震 考えられる被害をすべて

    10月上旬、6人の専門家がNHK放送センターに集まりました。首都直下地震の“被災ツリー”を作るためです。復興、経営システム、医療、被災者支援、心理学、それに都市防災。異なる分野の専門家たちが集まり、首都直下地震で考えられる被害を、すべて書き出してみようという、これまでにない試みです。

    書き出したのは、「過去の災害」と「最新の研究」から、専門家が起こりうると考える被害。それぞれが考えた被害を付箋に書き出し、壁に張っていきます。7時間にわたる検討の結果、壁は、被害の付箋で埋め尽くされました。首都直下地震が起きると、これだけのことが起きるのか…。取材班は、ぼう然となりました。

    首都直下地震 被災後の“3つの危機”とは

    書き出した付箋を、関連する事象ごとに結びつけて時系列に並べたのが、この “被災ツリー”です。取材を重ねた結果、被害の数は、のべ2100余り。起きる被害が多すぎて、1つの画面にしても、事象ごとの文字は見えません。これから、その分析を紹介します。

    首都直下地震の直後に発生した、住宅やインフラ、経済・産業などの被害。そこから枝分かれして、被災の状況が、次々と連鎖していきます。地震発生から1週間、1か月、1年と、時間が経つにつれて、被害が連なり、深刻化していくことがわかりました。被災ツリーの細かい項目を分析して見えてきたのは、生き延びたあとに待ち受ける3つの危機。「命の危機」「暮らしの危機」、そして「社会の危機」です。

    「命の危機」ライフラインの途絶で

    被災ツリーを、詳しく分析します。

    地震発生直後から、次々と「命の危機」に関わる項目が増えていきます。

    専門家たちが注目したのは、住宅の倒壊や火災といった、これまで想定された「死」に加え、生き延びた人たちにも、膨大な「死」のリスクがあることです。

    地震発生から1週間ごろ、「被災の連鎖」の大きな原因となるのは、停電や断水などライフラインの途絶です。

    期間:1週間~1か月 「避難生活の困難」から派生
    上図の拡大

    例えば、避難所での「水不足」。最長1か月以上にわたって続くと想定されます。

    そこから連なるのは、「脱水症」に加えて「トイレの使用困難」など。さまざまな病気のリスクにつながります。

    多くの行き着く先は、「震災関連死」。「死」のリスクが、さまざまな原因からくることがわかります。

    「未治療死」かつてない規模で

    また、生き延びた命を救う最後の砦・病院も、停電などで深刻な事態に陥ります。

    期間:地震発生~1週間 「病院被害」から派生

    停電が発生し、燃料が不足して非常電源が停止すると…。「呼吸器」や「検査機器」などあらゆる機器が使えなくなり、「未治療死」へつながります。

    この「未治療死」は、どれほどの規模で起きるのか。今回の議論も参考に、ツリー作成に参加した日本医科大学の布施明教授(救急医学)の協力で、シミュレーションしました。

    医療スタッフの不足に加えて、停電や断水といった要因を積み重ねると、「未治療死」は、地震発生から8日で7400人余りにのぼるおそれがあることがわかりました。

    この「未治療死」。首都直下地震の国の被害想定にある、死者およそ2万3000人には含まれていません。

    地震から生き延びたあとも、多くの人が亡くなるおそれがあることがわかったのです。

    布施教授は、「“関連死”といわれる状況はかなり多く起きるということは否めない。これまで経験したことのない状況が起きることは、もう覚悟しておかなければいけない」と話していました。

    「暮らしの危機」特に深刻な住宅不足

    地震発生から1か月後。しだいに、ライフラインの復旧が進んでいく時期です。

    被災ツリーの分析から、「命の危機」に次いで見えたのは、「暮らしの危機」。特に深刻なのが、「住宅不足」です。

    国の想定では、首都直下地震で全半壊する住宅は、314万戸にのぼります。自宅の被害を受けた人は、その後、どうなるのか。被災ツリーで分析します。

    期間:1か月~1年 「住宅被害」から派生

    ここで見えるのは、大量の「住宅難民」の発生。聞き慣れない言葉だと思いますが、住む場所を確保できず行き場を失う人を、今回、この言葉で表現しました。

    その要因も、多岐にわたります。大きなものの1つは、仮設住宅の不足。「プレハブ仮設の生産停止」や賃貸住宅を利用する「みなし仮設不足」などから派生します。

    「住宅難民」は、その後、どうなるのか。

    ツリーを見ると、「避難所生活の長期化」などに加え、大量の「首都圏外への疎開」も。「家族の離散」にもつながるおそれがあります。

    人口が集中する東京の被害は、かつてない「暮らしの危機」を生み出すのです。

    専修大学 佐藤慶一教授(都市防災)
    「東京があまりにも過密な状態で、災害のリスクが高い場所に、人が密集して住んでいるという、首都直下地震特有の課題だ。多くの住宅難民は行き場がなく、壊れたままの家に住み続けるような事態になる」

    「日本社会の危機」生活困窮、格差拡大、国家の衰退…

    首都直下地震から1年後以降。ここまで起きてきた「被災の連鎖」は、「日本社会の危機」につながっていきます。首都機能が被害を受けることの影響が、全国へと波及していくのです。

    被災ツリーでは、「経済・産業被害」から派生する「被害」が目立つようになります。その一部です。

    期間:1年~10年 「経済・産業被害」から派生

    「赤字国債の増発」から「財政破綻」。「復興増税の実施」「社会保障費の削減」などによる「生活困窮の拡大」「格差の拡大」など、私たちの身近な財布にも影響が及ぶおそれがあります。

    ほかにも、1年後~10年後の「被災」を見ると、「失業者の増加」「人口減少」「日本製品離れ」など、目を覆いたくなるような予測が続きます。

    「被災ツリー」には防災考えるヒントが

    ここまで“被災ツリー”分析の一端を見てきましたが、どのような意味があるのか。

    当初、取材班にツリーの作成を提案してくれた名古屋工業大学の渡辺研司教授(経営システム)は、次のように話しました。

    名古屋工業大学 渡辺研司教授(経営システム)
    「まず『被災の要素』を書き出し、その『連鎖』を分析することによって、どの時点まで戻れば、その被害を防げるかがわかる。“被災ツリー”には、被害を防ぐための『ヒント』が多く含まれているはずです」

    検討の最後、長年、国内外の災害を研究してきた兵庫県立大学の室崎益輝教授(災害復興)の言葉が印象的でした。

    兵庫県立大学 室崎益輝教授(災害復興)
    「“被災ツリー”の10年後を見ると、日本の『地獄絵図』に近いと思う。この地獄に落ちたくないのであれば、今からスタートするしかない。危機感や緊迫感を持たないと、次の首都直下地震には向き合えないということだと思います」

    「被災ツリー」を現実のものとしないために

    “被災ツリー”作成で見えてきた「最悪のシナリオ」ですが、少しでも被害を減らすために、できることは多いと思います。

    個人ができることとして、「災害関連死」や「住宅難民」については、建物の耐震化や家具の固定、水や食料の備蓄をしておくことで、避けることのできる可能性が高まります。

    長期的な「社会の危機」は、個人では変えられない問題ですが、政治が主導して、一極集中した東京のあり方を変えていくことが、必要かもしれません。

    この“被災ツリー”を現実のものとしないために。今できることを考え続けていくことが大切だと思います。

    そして、そのためのヒントを、私たちも伝えていきます。

    ▼「被災ツリー」監修
    兵庫県立大学 室崎益輝 教授(復興・火災)
    名古屋工業大学 渡辺研司 教授(経営システム)
    日本医科大学 布施明 教授(救急医学)
    危機管理教育研究所 国崎信江 代表(被災者支援)
    東北大学 阿部恒之 教授(心理学)
    専修大学 佐藤慶一 教授(都市防災)

    ▼NHKスペシャル「終わりの見えない被災」取材班
    ・社会番組部 土田正太
    ・社会部 森野周 清木まりあ
    ・首都圏放送センター 宣英理 藤井佑太


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