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“解放される日が恐ろしい”【東部イジューム副市長・ボロディミルさん】

ブチャ、マリウポリ…軍事的に重要な戦略拠点とされる街は、ロシア軍によって集中的に攻撃されてきました。東部のイジュームもその1つです。ウクライナ第2の都市ハルキウから東部ドンバス地域に向かう幹線道路沿いにあり、軍事侵攻がはじまってすぐ制圧されたのです。イジュームで副市長を務めてきたボロディミル・マツォーキンさんは、街が早く解放されてほしいと祈る一方で、他の街で行われたような残虐な行為が行われていないか危機感を抱いています。

“軍人がいない街をロシア軍は破壊した”

4万5千人ほどが暮らしていた小さな街イジュームは、東部ドンバス地域の“玄関口”です。
ボロディミルさんは6年にわたって副市長を務め、住民の生活向上のために力を尽くしてきました。
今は街を離れ、外から人道支援に携わっています。
軍事的な施設などなく、民間人しか暮らしていなかったイジュームの街をロシア軍は次々と破壊していったといいます。

ボロディミルさん

「2月24日に戦争が始まってすぐ、私たちの街はロシア軍に占領されウクライナから切り離されました。街にはこれまでウクライナ軍の部隊がいたことはありませんし、軍事基地もありません。軍人を目にするのは休暇を取って家族のもとに戻ってくる時くらいでした」

ボロディミルさんが送ってくれた写真には、黒焦げになった住宅や空爆によって地面にあいた大きな穴が映されていました。

攻撃によって、街の中心部は80%が破壊されたとみられています。

“残虐行為がないことを神に祈る”

ロシア軍によって街が制圧されて数週間がたつと、イジュームからは避難することも、外からアクセスすることも一切できない状況に陥りました。

〈国際報道2022 4月20日放送より〉
ボロディミルさん

「街にはまだ1万3千人~1万5千人が取り残されています。電気も水もガスも通信も暖房もない状況が1か月半以上続き、人々は川の水を生活用水に使っています。3月半ば以降は人道支援物資を届けることもできなくなり、生きるか死ぬかの危機的な状況に置かれています。私たちの手元には食料や薬など支援物資は豊富にあり明日にも届けたいのですが、物資を積み込んだ車列は銃撃を受けるのです。避難民を乗せたバスが攻撃され、犠牲者が出たこともありました」

物資さえ届けられない閉ざされた世界で、人々がどんな目にあっているのか。
ボロディミルさんは現状に強い無力感を覚えるとともに、他の街で明らかになったような悲惨な事態が起こっていないことを祈っています。

〈国際報道2022 4月20日放送より〉
ボロディミルさん

「街の中心部では遺体が2週間にわたって放置されたままです。攻撃の被害を受けた病院にも次々と遺体が運び込まれ、無造作に積み上げられています。
私は街が解放される日を待ち望んでいる一方で、その日が来ることを恐れてもいます。ブチャやイルピンなどで起きたような残虐な行為がないことを神に祈っています。私は人々に何の助けも差し伸べることもできません。悲しみで眠ることもできないのです」

ボロディミルさんはもともとロシア語を母語とする家庭に生まれ育ち、ソビエト時代には軍人としてロシアのアムール州で勤務したこともあるといいます。
しかし今となっては、ロシア語を耳にするのも嫌になったと語ります。
軍事侵攻がもたらしたロシアへの嫌悪感は、人々の心の奥深くまで突き刺さっています。

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