
【証言】300人が死亡 マリウポリ・劇場“爆撃”の深層
今回の軍事侵攻で、世界が衝撃を受けた出来事の一つがマリウポリの劇場への爆撃です。多くの市民が生き埋めとなり、300人が死亡したと見られていますが、いまだに被害の全容は明らかになっていません。あのとき、あの場所で一体、何が起きていたのか。現場に居合わせた人たちの証言から迫ります。
九死に一生 爆撃を生き抜いた男性
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オレクシーさん
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「劇場に空爆がありました。私たちは1階にいたので無事でした。しかし、このがれきの下に避難してきた人がたくさん埋まっています」
爆撃直後の劇場の内部の様子を、一人の市民が撮影していました。
マリウポリの建設会社で働いていたオレクシー・ブドニコフさん(35)は、劇場が空爆されたまさにそのとき、劇場の中にいましたが、九死に一生を得ました。

あの日、何があったのか。
マリウポリからの脱出を考えていたオレクシーさんは、劇場の周辺から市外に避難できる車があるという噂を聞きつけ、友人とともに劇場に向かいました。
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オレクシーさん
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「私たちは劇場に入りました。受付には17歳くらいの若い女性がいて、劇場の事務を任されていました。私たちは、車でマリウポリから脱出する方法を彼女に尋ねました。しかし、彼女は『それは無駄なことだ』と教えてくれました。車で市外に出た人たちは、発砲されたからです。マリウポリからの脱出は許されなかったのです」
子ども、お年寄り…多くの市民が身を寄せていた劇場
侵攻前、この劇場はマリウポリ市民にとって心のよりどころでした。オレクシーさんも公演を観に訪れたことがあるといいます。
そこには多くの人が市外へと避難したくてもできずに、とどめ置かれていました。

爆撃の直前まで劇場内にいたもう一人のマリウポリ市民に話しを聞くことができました。マリア・クドゥニャコワさんです。マリアさんは母と妹、そして近所の住人たちの計6人で劇場にたどり着きました。

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マリアさん
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「劇場の内部は電気が消えていて、懐中電灯を持って中を回りましたが、どこも人でいっぱいでした。廊下、控え室、事務室、大ホールにも人があふれ、床や舞台の上で雑魚寝してる人もいました。
地下室はすでに満杯で、1階や2階にはもう場所はありませんでした。3階は空爆があると危ないと言われましたが、やっと場所が見つかり、結局、3階に残りました」
劇場内部を市民が撮影した様子がSNSに残されていました。

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撮影者
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「ここに1000人以上が避難している。赤ちゃんや小さい子どももいて、高熱を出している子もいる。妊婦やけが人もいる。
お願いです、女性、子ども、けが人を、誰でもいいから、どうか助けてください」
そして劇場は爆撃された
劇場の3階にようやく居場所を見つけたマリアさんたち。このとき、マリアさんが気にかけていたのは、劇場の近くに住んでいたおじのことでした。連絡がとれない状態が続いていたので、「おじさんのところに行ってくるね」と母に伝え、外に出ました。
無事におじと再会し劇場に戻る途中、マリアさんは大きな爆撃音を耳にします。ただ、自分たちへの被害はなかったため、「まあいいか」と思ったといいます。
しかし、劇場に近づくにつれ、自分の考えがいかに甘かったのか、その現実を突きつけられました。

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マリアさん
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「劇場に近づいていくと、路上に何か大きな赤い物体が見えました…。劇場は新しくてきれいな赤い屋根をしていましたけど、その破片が路上に転がっているんです。『劇場の屋根がなんでこんなところに』と思って。さらに近づくと、劇場が変わり果てていて。
爆弾はどうやら中心に投下されて、グランドホールの屋根を貫通したみたいでした。つまり、真ん中が崩壊して、劇場が凹んでいる状態でした。何が起きたのかわからず止まっていると、叫び声が聞こえました。いろんな人の名前を呼ぶ声。『ママ』『パパ』『アリョーシャ』『サーシャ』と。
名前を聞いたらやっと理解できました。劇場が爆破されたのだと」
マリアさんも、母と妹の名前を叫びながら、走り回りました。
劇場の周りには、がれきの山ができていて、人々の叫び声とともに、けが人や死者が倒れているのが見えました。マリアさんが劇場の中に駆け込んだとき、まだ崩れていないエントランス部分にたくさんの人が集まっていました。
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マリアさん
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「自分は3階に上がらないといけないので、人の波を押しのけて、廊下に出ました。劇場の上の階に行く階段が2か所あって、片方は完全に崩れ落ちていて、もう片方はまだ残っていました。それで3階に駆け上がりましたが、家族もいないし荷物もないんです。
みんな『ママ、ママ』と叫んでいたので、名字を叫ばないといけないと思い、『(名字の)クトゥニャコワ』と叫びました。すると、返事が返ってきました。誰かが私の名前を呼んでいたんです。止まって、どこから呼ばれているのか耳を澄ますと、音はどうも地下から来ているようでした。そこでふと立ち止まって『いよいよ頭がおかしくなったのか』と思いました。幻聴なんじゃないか、地下から音が出るわけないじゃないか、死者からの声か、と。
それでまた叫ぶと返事が来て。壁には扉があって、その先から返事が聞こえていました。扉の先には地下へ続く階段があって、そこに妹が立っているのが見えたんです。ほこりだらけで、猫のキャリーバッグを持っていました。たたずんでただこっちを見ている。『お母さんは?』と聞くと、母も出てきて。『おとなりさんは?』と聞くと、何とかみんな無事らしい。みんなそれぞれ劇場の違う場所にいたようです」

家族や近所の人たちは、爆撃の直前に地下シェルターに逃げこんだり、近くに居た人たちに助けられたりしながら、奇跡的に生き延びたというのです。
このとき、劇場内部にいたオレクシーさんも爆撃の瞬間に立ち会っていました。

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オレクシーさん
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「いきなり爆発が起きました。粉じんが舞い上がり、窓の外が暗くなったんです。地震かと思いました。地面が揺れて、ほこりが舞い、口を開けていられず、窒息しそうで布で顔を覆いました。息をするのがやっとでした。倒れ込む人やパニックで走り出す人、倒れて押し潰される人もいました。大量のほこりで人の姿が見えませんでした。
私は上の階へと逃げ、ほこりがおさまったところで下へ降りました。そこで私が目にしたのは、血だらけの人やパニックになった人たちでした。そのときの様子を必死で撮影しました」
さらにマリアさんとオレクシーさんは、劇場から脱出しようとする人たちに向かって、ロシア軍が砲撃を加えてきたと証言しました。
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マリアさん
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「劇場の前の公園にグラード(自走多連装ロケット砲)の攻撃が始まったんです。ドフッ、ドフッと。劇場の中に逃げ込むことはできない。しかし砲撃が続く。劇場の中から人が駆け出して四方八方に散ってしまっているのが見えます。どうしたらいいだろうと戸惑いましたが、ひとまず一番人が多く逃げる方向に逃げ出しました。どこに向かっているのかもわからなかったですが、必死で逃げました」
決死の覚悟で、砲撃の中をくぐり抜け、マリウポリからも脱出できた二人。いまは安全な場所で避難生活を送っています。
マリウポリ市は、劇場への爆撃により、300人が死亡したと発表。しかし、警察や医療関係者自身が死者の確認を行うのは不可能だったため、劇場にいた人の記憶や目撃者の話などから計算した数字で、被害の正確な実態は、いまも明らかになっていません。

一方、ロシア国営のタス通信は劇場の爆撃について、「ロシアはこの日マリウポリに対して空爆はしておらず、ウクライナ側が劇場を爆破した」と報じ、ウクライナ側の主張を否定しています。
マリウポリのシンボルで、多くの人にとって憩いの場だったこの劇場は、いまロシア軍の占領下にあると見られています。