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愛媛県西条市で行商を続ける99歳

  • 2023年12月15日

愛媛県西条市を中心に行商で魚を売っている99歳のおじいちゃんがいます。
最近はめっきり見かけなくなった行商。
いったいどんな風に売っているのか、会いに行ってきました。

(NHK松山放送局 品川夏葵)

特集の内容はNHKプラスで配信中の12月19日(火)放送の「ひめポン!」(NHKGTV午後6時10分~)でご覧いただけます。

画像をクリックすると見逃し配信が見られます!見逃し配信は12/26(火) 午後6:59 まで

行商の朝は早い

来るように言われた時間は朝5時。
家の外で待っていると、「寒いのによう来ましたね!」と大きな声で挨拶して出てきました。

聞けば毎朝2時には起きて朝ご飯を食べてから時代劇などのドラマを見ているんだそうです。
なので寝起きの私とは違って元気いっぱいだったわけです。
何やら最近のマイブームは中国ドラマなんだとか。

さっそく愛車の軽トラに乗って市場に向けて出発です。
通い慣れた道を安定した運転で進んでいきす。
更新の度に教習所で高齢者講習を受けていますが、いつも教官に元気の秘訣を聞かれるんだそうです。

市場に着く前に道中にある水産会社で魚を保存するための氷を調達します。
取材したのは12月。
朝の冷え込みが厳しくなってきていましたが、武智さんは素手で氷を扱っていました。

水産会社で魚を少し仕入れたあと、朝6時ごろに市場に到着。
ここで車の中でうたた寝して休憩です。

鮮度の良い魚を競り落とす“勝負士”

競りが始まる7時前にトラックを降りて、市場に並んだ魚を品定めし始めます。
いつもは穏やかな雰囲気の武智さんですが、一転鋭い目つきに。
“勝負”に入ったのだと実感しました。

競りが始まると、武智さんは一回りも二回りも年の離れた人たちに混じって、手ぶりで次々と魚を競り落としていきます。
何を合図にやり取りしているのか、速すぎて私には認識できませんでしたが、あとで聞くと値段を提示していたんだそうです。

どんな魚を持っていけば喜んでもらえるのか、常連客の好みに合った魚を選んでいるんだそうです。
武智さんは売りやすいサイズにするため、その場ですぐに魚をさばきます。
画像の写真は大きなブリ。

太い骨もありますが、ゴンッという鈍い音を立てながら力強く包丁を振り下ろして頭を落としていました。

常連客は〇人!?

7時30分。
魚を荷台に積んでお客さんのもとへ向かいます。
その日の仕入れ状況によって訪問する常連客を決めるんだそうです。
訪問先の場所もすべて覚えています。
地図もナビも見ずに細い道もズンズン迷わず進んでいきます。

何人くらい常連さんがいるのか。
何度か尋ねてみたんですが、ある時は30人と言ったり、別の時は50人と言ってみたりと、数が一定しません。
それでも家族構成や好みはすべて頭の中に入っているそうです。

武智保さん
「お客さんは生活を養ってくれてるようなもので、お金があっての我々じゃから。お客さんは神様みたいなもんよ。ほやけん、このお客さんはこの魚、あのお客さんはこの魚いうんは頭の中入っとって、それをちゃんと仕入れて待っているお客さんに届けなあかん」

“ジャストミート”なセールス

本当に常連客の好みを知り尽くしているのか―。
販売の様子を観察することにしました。

1軒目の得意先に到着すると、なんと武智さん、ドアを勝手に開けて中をのぞき込みます。
「おはようございまーす!」
大きな声で中に呼びかけると、少し間を空けて眠そうな顔をした男性がでてきました。
それもそのはず。
まだ朝7時40分ですから!

でもさすが常連さん。
嫌な顔もせず、慣れた感じで大きなアジをまるごと1匹購入すると、そのまま家へと戻っていきました。
所要時間はわずか1分。
選ぶのに迷った様子もありません。
そんなにドンピシャで欲しいものがあるわけがない。
もしかするとあらかじめ頼んでおいたのかもしれません。

もう少し観察してみることにします。
次の家でも扉をドンドン。
さらに車に戻ってプップッとクラクションも。
都会育ちの私からすると、朝っぱらから考えられません。
誰かが怒って出てくるのではとハラハラしました。

でも、武智さんの場合は違います。
それを合図に次から次へと軽トラの周りに常連さんがニコニコしながら集まってきます。

武智さん、1人の男性が近づいてきたら、開口一番…

「おいオヤジ、ブリ買え」

なんて強引なセールストークでしょう。
“オヤジ”と呼ばれた男性もさすがに苦笑い。
でも結局、家族の分を買っていきました。

なぜ、そんなにすんなり買ってもらえるのか。
少しだけヒントになりそうな場面がありました。

トラックの周りで武智さんが常連客と話していた時です。
1人の女性が「サバは無いの?」と武智さんに聞きました。
あいにくその日はサバの持ち合わせはありませんでしたが、武智さんは“やっぱり”といった表情を浮かべます。
そして「あした持ってくるわ」とひと言。
客のニーズがインプットされた瞬間だと感じました。

武智さんは人生の先輩

ちょっとぶっきらぼうだけど、いたずらっぽく笑う笑顔がチャーミングな武智さん。
そんな人柄も人気の秘密かもしれません。

最近になって武智さんの常連になったという居酒屋の店主は、「待っている人のために毎朝魚を仕入れて運んできてくれる。人生の先輩として見習いたい」と話してくれました。

がんの妻を支えて

99歳になっても元気で魚を売ってまわる武智さんですが、仕事を続けているのには、ある理由があります。
妻のまきこさんの存在です。

まきこさんは今、がんを患っていて自宅で療養中です。
ベッドから離れられないまきこさんの代わりに、武智さんが料理や洗濯などの家事をこなしています。

行商から帰るとすぐに台所に立ち、昼ご飯の支度に取り掛かります。
そして焼酎を添えてベッドの脇まで食事を運んで2人で食べます。

まきこさんは医師から「持っても2月まで」と宣告されたそうですが、武智さんの支えもあって、こうして2人で過ごすことができています。

そんな武智さんについて、まきこさんは笑顔でこう語ります。

まきこさん
「じいちゃんは所帯したことなかろう。家事なんて何にもしたことないのにな、私が病気になったから家事するようになった。ほやから、なんにもしきらん。だから、こんなしてくれるだけでも偉いよな。ありがたい」

武智さんも、まきこさんについて。

「もう好きも嫌いもないいままでずっとおったけん。やたらべっぴんでもなかろう(笑)
だけどもう一生面倒みなあかん。最後までみんとあかんわな、私が生きとる間は」

武智さんに、改めて行商について聞きました。

「生活のために仕事を続けていかないけんけんというのもあるけれど、仕事が好きやけん今まで続いてるんじゃなかろうか思うんよ。仕事はなんちゃ苦にならんね。仕事がよいよ楽しいし、ほんでお客さんの所いってええ魚を買ってもらうのがまた好きなんよ。行商をやめようと思ったことは一切ない。魚の行商になってよいよよかったわい。張り切って仕事できる。ほやけん今からでもずっと、できる範囲いきます」

特集の内容はNHKプラスでも(配信終了後は下の動画で)ご覧下さい。

取材を終えて

武智さんは、行商に出ると毎回妻のまきこさんにプレゼントを買ってくるそうです。花だったり果物だったり、日によってさまざまだそうですが、まきこさんが好きなものを選んでくるんだとか。まきこさんは「もういいのにねぇ」と言いながら、その話をとても嬉しそうに聞いていました。
最近は漁獲量が減り、儲けが殆どでない日もあるそうです。病気のまきこさんを支えながらで大変そうですが、ささやかで幸せそうに過ごす2人の姿が印象的でした。

  • 品川夏葵

    品川夏葵

    2023年入局のディレクター。 趣味はスキューバダイビングで、愛媛の海制覇を目指している。

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