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只野未捺ちゃん(ただの・みな/当時9歳)しろえさん(当時41歳)弘さん(ひろし/当時67歳)
宮城県石巻市

長女の未捺さんは、石巻市の大川小学校から避難する途中に津波に巻き込まれて亡くなりました。妻のしろえさんは、大川小学校から自宅に引き返す途中に亡くなりました。父親の弘さんは、自宅か川の近くで亡くなりました。長男の哲也さん(15歳)は当時、小学校から避難する途中に津波にのまれましたが、奇跡的に助かりました。しろえさんは震災当日3月11日が誕生日でした。

震災から7年PHOTO






震災から4年PHOTO



震災から4年半PHOTO

震災から7年を迎えて

父親の英昭さんより

ママへ・・・
あの震災の日は、ママの誕生日だったね。

自分は仕事でお祝いできないから、子どもたちに誕生日パーティーの「司会」と「プログラム」を誰がするかを決めさせていたのを思い出します。
息子の哲也から、あの日の地震があってから、ママが迎えに来て自宅に忘れ物を取りに行くまでのことを聞きました。

3月14日から、大川小学校の周辺をずっと捜索していたら、ママの車を見つけました。
体育館のフレームに押しつぶされた車は、原型をとどめていませんでした。
それから2日後の3月16日、やっとママを見つけたね・・・。
生きていてくれているものと思っていたけれど・・・。車を見つけた時に覚悟はしていました。
それから3日後の3月19日に親父・・・。
さらに翌日の3月20日に未捺を見つけました・・・。
泣いた、泣いた・・・たくさん泣いた・・・。
正直、死にたかったです・・・。

でも・・・哲也は津波を被っても生き残ってくれた・・・。アイツを残しては死ねない!
あの日から、この事実「大川小学校の悲劇」にずっと関わることになり、今も哲也の協力から、悲劇を繰り返さないための活動をしています。
いつか、ママに会いに行くときには「ご苦労様」と言ってもらうために、今やれること、そして自分たちのような体験を後世に繰り返さないためのことをし続けていくつもりです・・・。
哲也のことでママに叱られるのは覚悟しているけれど、何もしないで逃げる姿はアイツには見せられないので、アイツにもまだまだ頑張ってもらうと思います。

ずっと見守っていてください。

震災から4年を迎えて

父親の英昭さんより

あの日から4度目の未捺の誕生日・・・生きていてくれたなら、13歳の誕生日を迎えるはずでした。
9歳で亡くなった娘の誕生日を2回も入院していましたね。
ダメな親父です・・・
震災の年も入院していて、9歳の誕生日を祝ってあげられなくて、ひとり病室で泣いたのを思い出します・・・

ピアノを弾いてくれていた未捺に、本当であれば、震災の3日後の3月14日のホワイトデーに約束していた電子ピアノが自宅に届くはずだったよね!
被災後に思い出して、発売元に電話をしたのを覚えています。「申し訳ありませんが・・・」と泣きながら事情を説明したなぁ・・・。

ずっと、約束が守れなくて、去年の5月に流された墓地を建て直した時に、約束のピアノを届けたよ・・・。
墓地にピアノを置くのを、お兄ちゃんも快く了解してくれたよ!
今頃、おじいさんとママに聞かせているかなぁ~。これからも、ずっとずっと未捺の誕生日はお祝いします。そっちでも3人でお祝いしてね!

(1月20日の未捺さんの誕生日の前に送っていただきました)

父親の只野英昭(ただの・ひであき)さんからのメッセージ

未捺へ・・・
あの日から、3年半が経ちました・・・
先日の9月1日はみんなで、お兄ちゃんの15歳の誕生日を祝ったよ・・・。
あの日・・・3月11日・・・。
ママの誕生日のお祝いは出来なかったけれど・・・
あれからもずっと、亡くなった家族の誕生日は、震災前のように祝ってきたよ!
震災直後は、辛くて・・・ 辛くて・・・
家族の思い出の場所には、行けないと思っていたけど・・・
忘れたくないから、哲也と一緒にいろんな思い出の場所に行っているよ!
まだまだ、思い出の場所へ行こうと思います。そして思い出をお兄ちゃんと語ってきます。
もう二度と、会えない家族を思い出すことは、悪いことじゃない。亡くなった家族は思い出してくれることを嬉しく思っているはず・・・

ホームページをご覧になった、仙台市のキャメロンさんより

偶然、ここを見つけました。
哲也くんは、よくテレビで見ていました。
私は数年前、子どもたちを受け入れする施設で働いていました。大川小さんは、いつも少人数で来てたので覚えています。
ひとりひとりを覚えてはいないけれど、一緒に楽しい時間を過ごした大川小の生徒さんが多く亡くなったことに胸を痛めていました。
2017年に入り、現状を見ようと、ようやく海側に行けるようになり、
2018年3月10日、ようやく大川小を訪れることができました。
「覚えてる?楽しい時間を、みんなで過ごしたね」
そんな気持ちであの場に立ちました。
みんなのおかげで、一瞬一瞬が・・・一瞬一瞬の出会いが、笑顔が、命が、とても大切なものだと痛感しました。
また会いたかったです。
みんなで過ごした時間、楽しかったね。キラキラした時間を忘れません。

こころフォトのページをご覧になった、東京都の中学1年生の女の子より

みなちゃんへ
こんにちは!今、みなちゃんは私と同い年の中学1年だね!
私はいじめにあい、普通の学校には通っていません。
あと、東日本大震災で、幼稚園の頃の親友を亡くしました。
※※っていうんだよ!
その事もあり、悲しみから立ち直れないため、普通の学校には通っていません。
※※は恥ずかしがりやさんだから、なかなか声をかけられないと思うけど、仲良くしてあげてください!
みなちゃん。私、みなちゃんと※※の分まで生きるからね!!!
見ててね!

※女の子と友だちのお名前は匿名にさせていただきました。

未捺さんの父親・只野英昭さんからの返信

手紙、読ませてもらいました。
きっと、みなも仲良くしていると思います。
実は、みなも恥ずかしがりやさんでしたが、きっとあなたの親友と仲良くしているはずです。
亡くなった友達・家族を想う気持ちのある、あなたなら、きっと立派な大人になれるはずです!
手紙、本当にありがとう。

こころフォトのページをご覧になった、仙台市の高橋かおりさんより

未捺ちゃん、お元気ですか?ママやおじいちゃん、お友だちと楽しく過ごしてますか?
私の娘たちが大川小学校に入学した時、毎朝一緒に学校に行ってくれたね。
時にはママとうちまで車で来たり、時にはパパが自転車に乗り一緒に来たりしたね。
パパが見送る間、何度も後ろを振り返り、パパに手をふる未捺ちゃん!可愛い笑顔がステキな未捺ちゃん!
いつまでも忘れないよ。どうもありがとう。また逢う日まで。

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