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自分の意思で1票を!支援学校 “視線"で広がる可能性

障害で文字を書くことが苦手でも
  • 2024年04月16日

障害のため、文字を書くことや会話を苦手とする子どもたちに、体の一部とデジタル技術を使って、自分の意思を伝える手段にしてもらおうと取り組んでいる山梨県の支援学校があります。
子どもたち自身ができることを増やそうとするなかで、今回はその技術を“投票”に活用することができるかに注目して取材しました。(立町千明記者)


主に体に障害のある子どもたちが通う山梨県韮崎市の「あけぼの支援学校」では、授業でデジタル技術の活用に取り組んでいます。

パソコンの画面に浮かんでくるシャボン玉を割ったり、瓶を倒したりするアプリを操作するのに使っているのはー子どもたちの目、“視線”です。

“視線”でアプリを操作

学校は、山梨大学工学部の協力を得て、視線を使って学ぶ視線学習を2009年から導入しています。

視線を使うことが、障害のため、手をうまく動かせなかったり、言葉を発するのが難しかったりする子どもたちにとって、意思表示の1つの手段になればという狙いがあります。

視線学習の導入に協力している山梨大学工学部の小谷信司教授は、自分の意思でできることが増えれば、子どもたちの自信にもつながると話します。

山梨大学工学部 小谷信司教授

「両手両足が動かないと例えば絵本を読むこともできないけれど、視線を使うことで、画面上のページをめくって絵本を見ることも可能になります。そうすると保護者の方が常についていなくても自分で何かをできるという自立的な意識が芽生える」

使っている技術は、パソコンに設置されている赤外線センサーのついた機器で視線を捉えて、パソコンの画面上に目の動きを反映させるというものです。
ただ、一点を見続けたり、動くものを視線で追いかけたりすることを苦手とする子どもたちが多いため、機器を使いこなすには練習が必要です。小谷教授は練習を重ねることで、子どもたちが視線で考えや思いを伝えようとする様子が見られたと話します。

視線の練習をする小谷教授と井能さん

中学生から視線の使い方を学んでいる井能昴哉さん(17)は、脳性まひのため、手や指を使うことを苦手としていますが、この学習によってテレビを見るなど、目を使おうという意欲が高まったほか、視線で伝えようとする姿勢も見られるようになりました。

小谷教授

子どもたちは、はじめは視線を使うということを知らないので、目でパソコン上の物を動かしたり、欲しいものを選んだりすることができるんだよと教えてあげる。
保護者からは「今までは目も合わなかったのに、顔を見てくれるようになった」と喜んでもらえることもあった

そして小谷教授と学校が、今回、試みたのは“視線による投票”でした。

あけぼの支援学校の生徒会選挙

支援学校では、地元の選挙管理員会から実際の選挙で使われている記載台や投票箱を借りて生徒会選挙を実施しています。子どもたちは18歳になれば選挙権が与えられるため、投票行動に関心を持ってもらうためです。

これまでの生徒会選挙では、字を書くことが苦手な子どもには、先生が選択肢を指さして投票先を確認したうえで、投票用紙に代筆するなどサポートします。

この選挙の機会に、視線学習を応用できないかと考えたのです。
活用するのは視線を把握する機器と、小谷教授がプレゼンテーション用のソフトで作成した視線の投票ツールです。

視線を使って投票するツール

「Aさんを選ぶか、Bさんを選ぶか」。または「信任するか、しないか」を視線で選択できます。
井能さんに実際に使ってもらいました。

井能さんの視線をパソコンの画面の下に取り付けられた機器で捉え、黄色い矢印で表示します。
「会長を信任するかしないか、選んでください」という質問に対し、井能さんの視線は「信任します」を選択しました。

頭が動いてしまうことで、視線がずれることもあるため、数秒間は一点を見続けることが求められます。何回か繰り返し、井能さんの考えを投票に反映することができました。

小谷教授

視線入力機器とプリンター、それとノートパソコンが投票所にあれば、自分一人で投票ができる

この仕組み、実は候補者の名前の上の枠に丸印をつけて投票するいわゆる「記号式」と同じです。実際の選挙における投票で「記号式」を導入している自治体は、全国的にもまだ少ないですが、候補者を選択する投票の方式の1つです。今回の小谷教授のツールを使えば、手指を使うことが苦手な人でも自分の力で投票ができるというのです。

学校側はこのツールを生徒会選挙で導入するか検討しましたが、視線学習の経験に差があったことなどから今回は見送ることに。しかし、視線の活用で、できることが広がる可能性に期待を寄せています。

藤原教頭

意思表示の方法はいろいろあるけれど、その1つとして目線で何かを選択するということも、児童・生徒たちの生活をより豊かにする方法の1つだと考えているので、視線を使うツールは積極的に取り入れていきたい

井能さん

自分の考えで投票できました!

井能さんのご両親からのコメント
手を上手に使えない人々に対して、視線入力は投票の1つの手段となり、選挙への興味・関心を高める役割も担えるものになると思う

選挙権があって「選挙に行きたい、投票したい」という気持ちは多分あると思うんです。そのときに他の人の力を借りずに、自分ひとりで選挙ができるんだというのは絶対に素晴らしいこと

導入には課題は多く残りますが、誰もが等しく持つ投票の機会を生かせるように、ツールの可能性が広がることが期待されます。


立町記者

【取材後記】“重度の障害者が普通に生活できる社会を実現したい”
小谷教授を取材した際に心に響いた言葉です。駅で自分の行きたい先の切符を買ったり、コンビニで欲しいものを選んだり、視線を使えば、それが可能になるかもしれない。そうした思いで取り組まれていたのが、支援学校での視線の学習でした。
実際に学習の成果で、視線で文章の入力や楽器の演奏など、子どもたちができることが増えていました。そうしたなかで、視線で自分の意思を表現することができれば投票にも生かせるのでは?と、今回の挑戦につながりました。山梨県内では選挙での「記号式」投票の実績もなく、文字を書くことや鉛筆を持つことが苦手な人には投票そのもののハードルが高くなっていますが、こうした技術を活用すれば“できる”ということを発信し続けたいと思います。

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