Do!|#22 Ishida Kei
- 2023年2月27日
テレビの音声スタッフと言えば、大きくてふわふわしたガンマイクを両手で掲げて……だけではないんです! ふだん私たちが聞いているテレビの音は、いったいどうやって作られているのでしょうか? 第22回に登場するのは、技術部で音声を担当する石田職員。これまでさまざまなスポーツの音声業務を経験し、2022年の北京冬季オリンピックでは音声チーフを担当しました。「音声さん」の仕事の裏側と、知られざる苦労に迫りました。
[Photo By 出羽 遼介]
[聞き手 富浦 麻穂(NHK札幌放送局 広報)]
石田 継 -Ishida Kei-
工学部情報工学科卒。2006年入局。函館放送局⇒札幌放送局⇒報道技術センター(東京)⇒札幌放送局。
音声を中心とした番組制作技術業務を担当。趣味は息子の少年野球の試合観戦。
<目次>
1.一つ一つの音を組み合わせて、より良い音声を作り上げる
2.最高の舞台で最高の音を表現する
3.バンド活動に明け暮れた学生時代
1.一つ一つの音を組み合わせて、より良い音声を作り上げる
――音声担当ということですが、どんな番組を担当しているんですか?
以前は音楽番組の音声業務も担当していましたが、現在はスポーツ中継をメインに担当しています。
札幌局には私も含めて7人の音声担当がおり、時には道内各局に出張しながら、北海道で放送しているさまざまなスポーツの試合や「NHKのど自慢」などの音声業務を行っています。
――スポーツ中継を担当するようになったのは、ご自身の希望で?
はい。昔から海外で仕事をしてみたいという思いがあり、スポーツ中継の仕事は国際大会で海外に行けるチャンスが多いので、それで希望しました。外国語は全然話せないんですけど(笑)。
――スポーツ中継の音声業務というのは、具体的にはどんなことをするのでしょうか?
スポーツの試合では、アナウンサーの実況や解説者のコメント以外にも、競技音などさまざまな音を視聴者に届ける必要があります。
先日、札幌でスキージャンプワールドカップ(2023年1月20日~22日開催)が開催されましたが、スキージャンプの場合、助走、踏切、着地、観客の歓声、そして選手のインタビューまで含めて、試合や選手の全てを音で表現します。それが音声の仕事です。
――ジャンプ台から着地点まではかなり距離がありますが、どうやって音をとっているんですか?
スタート地点から着地点まで、マイクを何個も置いているんです。スキーに限らず、野球やサッカー、水泳などでも、競技場全体に複数のマイクを設置して音をとっています。
ただ、マイクでとった音をそのまま放送すると雑音が多いので、視聴者に聞かせたい音以外の不要な音は絞らなければなりません。その作業をミックスと呼んでいるんですが、ミックスのさじ加減で選手のプレーの成功や失敗がわかることもあります。
――例えばどういうことですか?
スキージャンプでは選手が飛ぶ瞬間の音を聞いて、解説者が「今の飛び出しの音はスキー板が引っかかっていますね」とコメントしたりすることがあります。そういう時は、ちゃんとミックスできた音をとっていて良かったなと思います。
――中継のどのくらい前から準備しているんですか?
前日や当日にマイクを設置することもあれば、ゴルフの場合はコースが広くて時間がかかるので、3~4日前から設置します。
競技によって設置するマイクの個数も違うので、どこにどのマイクを置いたか毎回必ずチェックしています。
――音声の仕事はガンマイク(※)を振るイメージがありますが、必ずしもそうではないんですね。
私の担当業務ではガンマイクを振る機会があまりなく、ここ10年くらい振ってないですね。ただ、ガンマイクにはピンマイクでは表現できない“声の自然さ”がありますし、ドラマの撮影現場などではよく使います。
※ガンマイク…ロケ番組やドラマの現場などで使われることの多い、指向性の高いマイクのこと。よく見かけるふわふわしたものはマイクではなく、風のノイズをカットするためにマイクに装着するガード。
――競技場のどこにマイクを置くかは、どうやって決めているんですか?
まずは現地に行く前に、過去の大会の映像なども参考にしながら、音の聞こえ方を想像してマイクを置く位置をプランニングします。
それから実際に現場に行って設置してみて、「もう少しこっちの方が良いかな」と微調整を繰り返しながら、理想に近づけていくという感じです。カメラにマイクが映らないように、カメラマンとも相談しながら位置を決めています。
――カメラマンとの連携も必要なんですね。
そうですね。CVA(Camera・VE(※)・Audio)の連携がとれていないと絶対に良い番組はできないので、現場でのコミュニケーションは欠かせません。映像では表現しきれないものを音声で伝えることもあれば、映像に合わせて私たちが音をつけていくということもあるので、各技術部門がお互いに補い合うことで一つの番組を作っています。
※VE…ビデオエンジニア。各種映像機器の調整・設定や、映像の明るさや色合いの調整などを行う仕事。
2.最高の舞台で最高の音を表現する
――2022年2月に行われた北京オリンピックの音声業務も担当したそうですね。
オリンピックでは、民放とNHKが「ジャパンコンソーシアム」という組織を組んで共同で放送用映像を制作するのですが、その中で音声チーフを担当しました。
――音声チーフというのは、どんな仕事をするんですか?
音声設備の設計を中心に担当しました。どの機材をどこからレンタルするかとか、ブースを作るためにどのくらいのスペースが必要かとか、大会期間中の中継業務だけでなく、必要な機材や場所の確保などをすべて考える仕事です。
コロナ禍の国際大会だったので、PCR検査の段取りや移動手段など、感染対策を考えるのも大変でした。大会の2か月前から16名程度のスタッフと北京に入り、ホテルでの隔離生活を経て業務にあたりました。
――オリンピックの仕事は、それまでも経験があったんですか?
2012年のロンドンオリンピックの時から担当しています。最初は海外で仕事がしたいと希望を出して参加して、それ以降も何度か大会に参加する中で「次のオリンピックではもっとこうしたい」というのを繰り返していくうちに、北京オリンピックで初めてチーフという一番責任ある役割を任せてもらうことができました。
――チーフとして迎えた北京オリンピックはいかがでした?
音声の仕事は失敗すればクレームが来ますが、きれいに聞こえても誰も褒めてはくれない仕事です。ミスが許されない分プレッシャーも大きかったですが、決定的な瞬間を逃さずしっかり音をとることができた時は本当に嬉しかったです。
マイク選びやミックスを少し間違えただけで割れたような音になってしまうので、それらの作業が全てうまくいって、アナウンサーの感動的な実況があって、そうやって一つの世界ができあがった時は最高でした。
――テレビの音声はきれいに聞こえることが当たり前のように感じていましたが、裏側は本当に大変なんですね。
試合が盛り上がってくるとアナウンサーも興奮して叫びながら実況するので、音声担当はそれも読んでミックスを調整しないといけません。「このアナウンサー、まだ本気出してないな」と思いながら構えておいて、「はい来た!」って(笑)。
――そんなことまで考えているんですね! 話を聞いていると、耳の良さが求められる仕事のように感じましたが、実際はどうなのでしょうか?
そんなことはなくて、耳の良さよりも経験が求められる仕事だと思います。最初のうちは先輩たちのまねをして、それでもなかなかうまくいかないので、何が足りないかを考えて、試してみて……その繰り返しです。
私たちがふだん音をミックスするときは大きいスピーカーで聞いているんですが、ご家庭にあるテレビのスピーカーはとても小さいので、実際の放送では聞こえ方が変わってくるんです。そこの調整がうまくいかないと、アナウンサーや解説者の声がはっきり聞こえなかったり、チャンネルを変えた時に他局の番組より低く聞こえるなど、視聴者から指摘されることもあります。
ご家庭のテレビで聞こえるかどうかを想像しながら音を作らないといけないので、そのあたりは経験値が必要になってきます。
――想像力も必要なんですね。
入局して音声担当になったら、まずは「このマイクはこういう音なんだ」と覚えることから始まって、それができると「あのマイクとはこう違うのか」「じゃあこのマイクとこのマイクをつなげたらこうなる」と、だんだん想像できるようになってきます。そういう意味では料理に近いかもしれません。
――料理?
料理は食材や混ぜ具合で味が変わりますよね。音声も一つ一つの音が食材みたいなもので、マイクの選定や音の混ぜ具合によって聞こえ方が変わってくるので、それぞれの音を集めていかに表現するかということが求められます。
――へぇ~。面白いですね! 同じ音をとるのでも、スポーツ中継と音楽番組とでは違ったりするんですか?
音の切り取り方は多少異なりますが、基本的には同じです。感覚としては、料理で例えるなら、音楽番組はレストランでシェフが作るイメージで、スポーツ中継は冷蔵庫にあるもので一番おいしいものを作るイメージですかね(笑)。どちらも素材を生かして良いものを作るという点では一緒です。
――それだけ音にこだわる仕事をしていると、ふだんテレビを見る時に、自分が担当していない番組の音が気になったりすることはないですか?
家でテレビを見ていると、「この音はどうやって作っているんだろう」と気になって、ついついボリュームを上げてしまいますね。家族からは「やめてよ」って嫌がられますけど(笑)。
――それはもう職業病ですね(笑)。
他にも“音声あるある”で言うと、中継中に音を聞くことに集中しすぎて、試合の内容が頭に入ってこなかったり。間近で試合を見ているのに、「あれ、この選手何位だっけ?」となることも結構あります(笑)。
3.バンド活動に明け暮れた学生時代
――そもそも音声の仕事をしたいと思うようになったのは、何かきっかけがあったんですか?
昔から音楽が好きで、大学ではバンドサークルに入っていて、卓を触る仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
――珍しい志望理由ですね(笑)。
レコーディングの時に卓を使う機会があったんですよ。それで憧れて。
――そこからどうしてNHKに?
NHKの採用説明会に参加したことがきっかけです。仕事内容の中に「音声」というワードを見つけて、それに惹かれて志望しました。
――えっ。そのワードだけで?
そうなんです。記念受験のつもりで臨んだので、面接であまり緊張せずリラックスして話せたのが結果的には良かったのかなと思います。一番最初にNHKを受験したので、結局他の会社は受けませんでした。
――それはすごいですね。面接ではどんな話をしたんですか?
お酒が大好きですという話をしました(笑)。私が入っていたバンドサークルはとにかく飲み会が多くて。お酒を飲みながらいろいろな人と話して、そこで自分を磨きました。
――バンドサークルでは何を担当していたんですか?
ギターを担当していました。全体で15人くらいのサークルで、年間6本ライブをやるんですが、ライブ会場の確保からポスター作成、スポンサー集めまで全部自分たちでやるので、とても忙しかったです。
今考えると、企画からPRまで考えながら一つのものを作り上げるという点では、番組作りと共通する部分があるかもしれません。
――音声に関する勉強などはしていたんですか?
大学の専攻はプログラミングだったので、特に音声とは関係ありませんでした。私以外の音声担当者も、入局してから初めて音声について学んだ人ばかりです。必要なスキルは研修や仕事を通じて覚えていくので、入局前に特に知識は必要ありません。
――就職活動の際は、北海道で働きたいという思いはあったのでしょうか。
ずっと北海道で生まれ育ってきたので、北海道で働きたいと思っていました。
函館局、札幌局と経験して、一度希望して東京に異動しましたが、今は東京で築いた人脈を生かしながら、自分が経験したことを北海道に還元していきたいと思っています。
――そう思うようになったのはいつ頃からですか?
北京オリンピックが終わった後に、自分の中で一区切りついて、今後は新しく何か経験したいというよりは、後輩を育成したり、今まで自分がしてきた経験を生まれ育った場所で還元していきたいと思うようになりました。その中で自分も成長していけたら嬉しいです。
――最後に、「Do!」を読んでくださっている人の中には学生の方もいますが、これから進路を考えるみなさんに何かメッセージはありますか?
勉強も大事ですが、プライベートも100%頑張ってきた人は、社会人になってから良い仕事をするなと感じます。いろいろな経験をして、さまざまな人と関わることで、引き出しも増えるので、いっぱい遊んでほしいなと思います。