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誰よりも長い異動の挨拶です。

  • 2024年3月22日

アナウンサーの是永千恵です。本日(3/22)が「ほっとニュース北海道」の最終出演日。北海道のみなさん、本当にお世話になりました。これから、誰よりも長い異動の挨拶をつづります。もしかしたら、NHK史上最も長い挨拶になるかもしれません。おそらくすべて読み上げることは不可能です。端的にまとめたメッセージは最後の5文にぎゅっと詰め込んでおりますので、途中をすっ飛ばして最後だけお読みください。とかなんとか言いながら、全部読んでくれることを期待していますからね。あっ、でも強要はしません。時間のある方だけ、お付き合いください。それでは、どうぞ。

私が異動の挨拶をブログで書くのは人生で初めてのことです。3年前、初任地の鳥取局から離任する時は、なんと当時のホームページ機能がメンテナンスのため停止しており、ブログではなく旧ツイッターで短く感謝を述べたものしか発信できませんでした。(鳥取県のみなさん、ごめんなさい…。)ですので、人生初ということもあり、気合いを入れて書こうと思っています。これから書くものは、北海道での出来事が大きく占めますが、私のアナウンサー人生は鳥取県から始まったものであり、あの頃の私を、孫のように可愛がってくれた県民の皆さんがいたからこそ、こういった思いになれていると考えています。これまで関わってくださったすべての方への感謝も込められているということを、ご承知おきいただければと思います。

…ふう。すでに600字越え。
私は北海道が好きです。3年前、赴任した瞬間から好きになりました。まず、空気がきれい。まだ冬の名残のある冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、きりっと頭がさえていく感覚が好きでした。自然も近くて、車で道路を走ればそこかしこに見たことのない動物が堂々と動き回っています。ごはんもおいしい。海鮮、ジンギスカン、スープカレー、スイーツ…(どれもこれもたまらなく好きですが、特に好きな北海道の食べ物は某小樽のかまぼこ屋さんの揚げかまぼこ!毎日食べたい。)そして優しい道民のみなさん。これが私が赴任当初に感じた北海道の好きなポイントです。本当に最高の土地。こんなところで仕事ができて幸せだわ、と強く強く感じていました。

ですが、振り返るとそれは、「観光客としての好き」だったのかもしれません。
3年間北海道で勤務をして、特にこの1年は「ほっとニュース北海道」を担当し、この土地で起きているあらゆる事件や事故、災害をお伝えしてきました。北海道でニュースキャスターを務めて率直に思うのは、「この土地でしか起こり得ない恐怖がある」ということ。冬の間、外でウッカリ寝てしまったら…?春や秋に、無防備に山に散策に出かけてクマに遭遇してしまったら…?私が人生のほとんどを過ごしてきた四国や本州では起こり得ない恐怖が、すぐそこにあるのが北海道だと思いました。そうした恐怖と常に対じしているから、この場所に住む皆さんはここまで温かく、懐深いのかもしれない、とあくまで持論ですが、そう思ったわけです。命の危機がすぐそこにあるという経験が、人を強く優しくするのかもしれない。だからこそ、私はこの土地でたくましく生きる人たちがすき、この北海道という土地がすきだと、今は胸を張って言えると思うのです。

経験。すきな言葉です。先日「北海道まるごとラジオ」で、直木賞作家の河﨑秋子さんをゲストにお迎えしました。実は1年ほど前も私の熱望によりゲストとしてお呼びしており、その際の河﨑さんの言葉に、私は雷に打たれたように感激してしまったことがあります。
大学生の頃、作家を目指して執筆を始めたけれど、才能がないと感じてすぐに諦めてしまったと話す河﨑さん。「当時、どうして書けなかったのだと思いますか?」という私のぶしつけな質問に、「人生経験が足りなかったからですかね。それで、もっと経験を積もうと、羊飼いの仕事を志しました。」と丁寧に答えてくださいました。人生経験。河﨑さんはその人生経験を、私の想像をはるかに超える量の努力をなされて積み上げたあと、再び執筆を始め、作家デビューを果たし、ついにことし直木賞を受賞されたのです。夢を叶えるためには、理想の人間になるには、「人生経験」が必要なのか、と強烈に感じたのを昨日のことのように覚えています。

去年の初夏にも、この「経験」という言葉を強く意識した瞬間がありました。「ほっとニュース北海道」で隣に立っている、神門光太朗アナウンサーからの発言がきっかけです。私たちはいつも番組で和気あいあい、時にはボケとボケでぶつかり合いながら番組を進行しています。とくにエンディングの1分間は、神門さんがおちゃらけて、私がケラケラ笑っている、といったようなイメージが強いかと思うのですが、会話をじっくり聞いている方は気が付いているかもしれません。本当は、私が奇天烈なことを言って、神門さんがフォローしてくれているのです!神門さんの包容力には頭が上がりません。神門さんのサポートあってこその是永、ひいては神門さんの尽力あってこそのほっとニュース北海道なのです。

そんな神門さんに、番組前、あわただしい準備の時間に、ぽつりと聞いたことがあります。

「神門さんって、落ち込むことはないんですか?」

こう見えて繊細で傷つきやすく(自分で言います)意外とナイーブな性格の私は、ニュース内で読み間違いをしてしまうなどすると、その日が終わるまで永遠にそのことを考え続け、なかなか切り替えられない、みたいな悲しい心理状態に陥ります。確かその前日もそのようなことがあり、これでもかと落ち込んだ後でした。「神門さんって、落ち込むことはないんですか?」まるで神門さんには感情がないかのような、これまた失礼な質問に、神門さんは丁寧に答えてくれました。

「もちろんありますよ。でもね、年を取っていろんな経験を重ねると、その悲しさを可視化できるようになるんですよ。あの時の悲しさが10だとすると、今回のは6くらいかな。まあ6だったら大丈夫かな。なんて客観的に考えられるようになるんですよ。そうしていると、すぐ切り替えられるようになるもんです。」

なんという衝撃。経験を重ねると、落ち込んだってすぐに乗り越えられる、つまりどんどん生きるのがラクになっていくのか。確かに考えてみれば、就職活動中によくやっていた、面接で失敗したことが忘れられなくてお風呂の中で号泣してしまい、親友に電話をかけて話を聞いてもらう…なんてことは、さすがにもうしなくなりました。20歳そこそこだったあの頃から多少の人生経験を積んでいるわけで、さすがに少しは強くなっているという実感があります。そうか、もっと年を重ねれば、人生経験を積めば、今よりもっと強くたくましくなり、人生を楽しむことができるようになるのか。

ずっと年を取るのがこわいと思っていました。若い自分にしか価値がないと思っていました。ですが、人生経験が人間を強くすると知った今は違います。

「ほっとニュース北海道」には、「あなたのニュース」というコーナーがあります。視聴者の皆さんの身近に起きた出来事を写真や文字で送っていただくというもの。実は、私と神門アナウンサー、および番組の責任者が投稿を毎日見て、きょうはどの投稿にするのか話し合って決めています。その写真やメッセージを保存して、番組用に送信しているのはアナウンサーの我々の仕事です。
どの投稿も本当にほほえましく、時には爆笑させていただくものもありました。皆さんの日常をかいま見られるこの「あなたのニュース」。中でも特に忘れられない投稿があります。7月28日に放送した、ゆみ母さん(90)からの投稿です。

神門さん、是永さん、いつも楽しみに拝見しています。
この春10年以上花を咲かせなかった梅の木に、いっぱい花が咲いて、七つですが梅の実がなりました。
きのう息子が来たので、私には高くて手が届かないので、これ幸いと穫って貰いました。
昔は段ボール箱に一箱10kg以上も穫れたものですが、たった七つでもとっても嬉しくて幸せです。
もう少し熟らしてから、かぶりついて生で食べようと思っています。
生で食べる梅の実、甘酸っぱくて梅の優しい良い香りがして格別です。
初物を食べると75日寿命が延びると言いますが、これでまた少し長生きしちゃいそうです。

なんて素晴らしいニュースなんだろう、と思わず涙が出てきました。90歳のゆみ母さんの人生が、人生の経験が、深く刻まれた手のひら。そこに、梅の実がなったという喜びと、息子さんへの誇らしさを感じました。これこそが、私の目指したい手のひらではないのか、とその時思ったのです。経験は人を強くたくましく、人生を美しく豊かにし、それはこんな風に手のひらに表れる、そう思いました。経験とは、きれいなものばかりではないと思います。むしろ、険しく泥臭く、時には血まみれになりながらも歩み続けなければならない、いばらの道の連続だと思います。だけれども、たどりついた先には、ゆみ母さんのように、身近に起きた小さな出来事に幸せを感じ、家族への感謝にあふれ、それを、こんなちっぽけな若輩者に感動させられる、経験がシワとして深く刻まれた、あたたかい手のひらが待っているのだと、この時強く実感しました。

先月誕生日を迎え、29歳になりました。奇しくも河﨑秋子さんが再び執筆を始め、かつての夢に向かって歩き出した年と同じ年齢です。この29歳になった私も、本日をもって「ほっとニュース北海道」のキャスターの担当を終え、4月から「おはよう日本」を担当します。住む場所も、ニュースをお伝えする場所も変わりますが、気持ちはずっと変わりません。私の最終目標は、人生の経験をもっともっと積んで、いつか、ゆみ母さんのような手のひらを手に入れることです。昔の私と同じような、年を取るのがこわいと思っている若者に、人生を美しく豊かに歩み続けるためのヒントを教えてあげられるようになることです。
そのために、日々のニュースと、事件と事故と災害と、スポーツと経済とエトセトラ、とにかく何だろうと丁寧に向き合いたいと思っています。こんな風に人生を楽しみに思うことができるようになるなんて、なんて恵まれた3年間だったのでしょうか。

「ほっとニュース北海道」をご覧くださった皆さん、取材や放送で関わったすべての皆さん、本当にありがとうございました。これから、時には落ち込んだり、傲慢になったり、歩みたい道を見失ったり、様々なことが起きると思います。そのたびに、この土地で教えてもらったこと、得られた経験を思い出し、獅子奮迅の起爆剤にしたいと思っています。初心に立ち返って、どれも美しく豊かな人生にするための経験だと、言い聞かせたいと思います。

今私が一番かけられている言葉があります。「寝坊しない…?大丈夫?」。意外に思われるんでしょうが、こう見えて早起きは得意です。また平日の朝、お会いしましょう。本当に、ありがとうございました。

2024年4月からの「ほっとニュース北海道」は…

ほっとニュース北海道(番組HP)

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