ページの本文へ

NHK北海道WEB

  1. NHK北海道
  2. NHK北海道WEB
  3. 北海道道
  4. 「没後15年 氷室冴子をリレーする」

「没後15年 氷室冴子をリレーする」

  • 2023年6月22日

 第5回 「風が立った。さあ、生きよう」 ~作家・佐原ひかり~

ことし6月で、亡くなってから15年になる、岩見沢出身の作家・氷室冴子さん。 かつて読者だった作家や友人、編集者のインタビューリレーから、氷室冴子さんの作品が放つ力と、人生をたどります。第5回は、作家の佐原ひかりさんです。
※取材の様子は、6/23(金)午後7:30から「北海道道」で放送します(NHKプラスで全国からご覧いただけます)

佐原ひかり(さはら・ひかり)さん
1992年、兵庫県うまれ。2019年、『きみのゆくえに愛を手を 』で、第2回氷室冴子青春文学賞を受賞し、改題した『ブラザーズ・ブラジャー』でデビュー。主な著作に『ペーパー・リリイ』『人間みたいに生きている』


―佐原さんは、デビューのきっかけが氷室冴子青春文学賞で、そのご縁みたいなものは、お感じになられますか?
佐原ひかりさん(以下、佐原)「ご縁ですか(笑)」

―ご自身が作家としてデビューされるにあたって、氷室さんの名前を冠した賞がきっかけだった、そういうつながりみたいなものを、ご自身でどう捉えていらっしゃるかなと思いまして。
佐原「ああ、そうですね。私はもともと少女小説がすごい好きで、書くとしたら、たぶんそういうものだろうなって思ってたんですけども、一人の少女の心の動きとか体の感覚を克明に書くジャンルが、新人賞だとどこに出していいか分からないっていうものがあって、そのときに氷室冴子さんの名前がついた賞を見つけて、「あ、ここがもしかしたら私が書きたいと思ってる賞なのかもしれない」と思って、応募させていただきましたね」

―心と体と、いま伺いましたけど、そういったものを書きたい欲求といいますか、創作の核みたいなものがご自身の中にあったということでしょうか?
佐原「そうですね、うんうんうん。何か、私自身が、自分が少女だったときにそういった小説にすごく助けてもらったので、できればそういうものを、自分が受け継いだものを自分なりに書いて、次の子たちに渡したいみたいな気持ちがあったので、少女小説はすごく私の中で大事なものではありますね」

―氷室さんの作品との出会いについて、教えていただけるでしょうか?
佐原「私の場合はリアルタイム世代ではないといったら、何をもってリアルタイムかということになるんですけど、主には、もう図書館とかでの出会いになってくるんですね。小学生から中学生の頃にかけて、図書館の文庫棚にコバルト(文庫)さんとかがいっぱい入ってたので、片っ端から読んでたときに、『なんて素敵にジャパネスク』と『多恵子ガール』と、あと『銀の海 金の大地』に出会ったのを覚えてます」

―確かに同時代では、もう…
佐原「ないですね」

―ちょっと上の世代の人がすごく親しんでいたものって一番古く見えて、少し時代が違うと流行も違うし、距離ができてしまうものかなと思うんですけど、佐原さんは全然そんなことなかったですか?
佐原「読んでみたら、「何で、こんなに心の奥に隠してるはずのことを全部書いてあるんだろう」みたいな気持ちになりましたね(笑)。私、小中学生の頃、優等生をやってまして(笑)、先生に対してもいい顔をして、周りの友達にもいい顔をしてみたいな感じだったんですけど、氷室さんの作品の中に出てくる子たちって、怒りっぽいとか、嫉妬心を持ってるとか、自分のことちょっと惨めだなと思ったりとか、情けないなとか、そういう気持ちも全部書かれてて。そういうふうに思ってもいいんだなっていうのを、いい子じゃなくていいんだっていうのを、氷室さんの小説で味わえて。そういうのって、もう世代とか、あんまり関係ないのかなっていうふうに思います」

―優等生という枠を突き破ることは、やっぱり難しいものだったのでしょうか?
佐原「うーん、やっぱり、いい子でいたいみたいな気持ちがあって、誰かに嫉妬してるとか、誰かのことむかつくって思う気持ちをあんまり見せたくなかったんですけど、実際に自分の心の中にはあるし、でもそれはいけないことだと思ってて、出してはいけないと思ってたんです。童話とかに出てくる少女って、結構いい子が多いんですね(笑)。なんですけど、少女小説の中の女の子たちは、その辺が生き生きしているというか、自分の感情をごまかしてないところがすごく好きだなと思いましたね」

―ありがとうございます。ちょっと待ってくださいね。だいぶ、風が出てきて。
佐原「「風が強く吹いている 」(笑)。ザワザワ」

インタビューは、佐原さんのお住まいがある京都で行った


―少女小説というジャンルにとらわれず、きっとたくさんのものを読まれてきたと思うんですけど、氷室さんの作品に、ほかにない特別さがあったとしたら、どんなものだったでしょうか?
佐原「生きる力みたいなのがめちゃくちゃ桁外れに強い(笑)。全体的に、生命力みたいなものがすごく強いと思ってます。それぞれの場面で浮き上がってくる感情に細やかに丁寧に寄り添ってるんですけど、感情の鮮烈さはすごく読んでて感じるし、あとは身体感覚の表現に、ごまかしがない。心にも体にもごまかしがないものを書いてて、それが、登場人物たちの力強さ、物語自体の強さみたいなところになるとすごく感じます。読んでたら、元気が出るっていうとすごい単純な言い方になるんですけど、何か、「うん、生きよう」みたいな(笑)、気持ちになれるところが、私は氷室さんの作品すごい好きなところですね」

―そういうものは、時代に制約されるものじゃないですね?
佐原「うん、ないと思いますね。あとは、氷室さんの作品は、風通しがすごくよくって。もちろん小説の中でつらいことがあって、苦しいことがあって、もだもだしてっていうのはすごくリアルに書かれてるんですけど、あんまりこう、べったりし過ぎてないというか。ふって抜ける瞬間が絶対にあるし、何か文章自体もそこまでべたついてない、爽やかなものが多いので、私、そのバランスがすごい好きですね」

―事前取材で、氷室さんの作品について、「内に閉じていかず、上からでも人ごとでもない」って仰っていたんですけど、この言葉の意味を、教えていただいてもよいでしょうか?
佐原「風通しのよさみたいなのに通ずると思うんですけど、自分でぐちゃぐちゃに考え込んで考え込んで、どんどん内に籠もっていって駄目になるんじゃなくって、最後に、ふって開くようなものが結構氷室さんの作品は多くって。でも、「私も頑張ってるから、あなたも頑張りなさい」みたいな感じでもないんですよね。どちらかっていうと、入り込んでる自分自身も一緒にこう、ふって連れてってくれるような。上から「頑張りなさい」とか、背中をこう、バーンと押すような感じじゃなくって、小説の中の主人公たちと一緒に外に開いていけるような感覚が私は読んでてすごくありますね」

―もしかしたら、そういうものってちょっと現実にはないものだったりするんですかね?
佐原「ああ、確かにそうですね。現実ってずっと連綿と続いてるようなものなので、1回、開いて終わり、ではないんですけど、「そういう生き方もあるよね」っていうのは、やっぱり小説を読まないと自分では手に入れられない感覚だとは思いますね」

佐原さんのデビュー作『ブラザーズ・ブラジャー』


―氷室さんの作品のなかで、心に残っている小説のあらすじと一節を少し教えていただくことはできるでしょうか?
佐原「はい(笑)。えっと、じゃあまず、『銀の海 金の大地』ですね。サブタイトルに「古代転生ファンタジー」っていうふうに書かれてまして。で、実は未完なんですね。まだ転生まで いけてないんですけど、おそらく古代奈良を舞台にして、主人公の女の子、真秀(まほ)っていう子が、自分の生まれとか、いろいろな理由が重なって、なかなか輪に入れない、はじかれて生まれてはじかれて育って、自分の運命を最初は呪ってはいるんですけど、そこから切り開いていくようなお話です。すごい、ざっくりにはなってしまうんですけど(笑)」

―すみません、かなり乱暴な質問で。
佐原「(笑)。難しいですね。ファンタジーはファンタジーではあるんですけど。この6巻がすごい、真秀が心身ともに成長するような巻で、シーンとしては、武器を与えられて、猟犬とかと戦いながら命からがら生き残って、で、その後に波美王(はみおう)っていう人と会話するシーンがあるんですけれども、その波美王っていう人が真秀に武器を与えて、で、真秀がその武器で戦ってるところも実はこっそり見てた人なんですね。で、その人が真秀にいうセリフがあります。

「見ていた。みごとだった。俺の目は、夜闇(よるやみ)も見る。血を浴びたおまえは、はじめて獲物をしとめた狼(おおかみ)のように誇りかだった」

っていう褒め言葉を言うんですけど、その後に、こう続きます。

「忘れるな、真秀。ヒトはだれでも、われという名の領土をもっている。そこには王と奴婢(ぬひ)が共棲み(ともずみ)している。みじめに生きるのも、誇りかに生きるのも、心ひとつだ。いのちある者はかならず死ぬ。だったら王として生き、王として死ね」

で、その後に、

「そうだ、おまえは美知主(みちのうし)のものでもない。佐保彦(さほひこ)のものでもない。御影(みかげ)や真澄(ますみ)のものでもない。おまえは、おまえのものだ。おまえは真秀という名の王国の、ただひとりの王だ。王なら、その領土をいのちがけで守れ。けっして、人にあけ渡すな。だれの支配も許すな。王にふさわしいことをしろ」

っていうふうに声をかけられるシーンがあって、私は、ここすごく好きですね。それまで、真秀の所有権をめぐって、自分の意志じゃないところで争いに巻き込まれていた後のくだりで、誰かに自分の人生とか自分の考え方とか、そして自分の体を支配されるなって呼びかけられるシーンなんですね。読んでいたのがちょうど10代前半ぐらいだったので、いろいろ大人に対して思うこともあったんですよ(笑)。学校とか行って、先生とか親とかにいろいろ思うこともあったんですけど、「そうだよね、私という名の王国っていうものを大事にしないといけないな」っていうのは、ここを読んですごく思った記憶がありますね」

―(朗読していただき)本当にありがとうございます。
佐原「はい(笑)」

―大人には分からないこともあるし、その頃だから通じることってやっぱあるような気がしますね?
佐原「そうですね。これは本当、10代のときに読めてよかったです、私は。大人になって読み返しても面白いとはもちろん思うんですけど、10代の頃に読むと、すごい自分の味方だなっていうふうに思います。自分の、人には言えないようなことでも分かって書いてくれているとか。大人になっても 、こういう言葉に感銘も受けるんですけど、自分ごととして読んでいたのは確実に10代のときのほうだなと思います」

―その10代の時間って、何が特別だったのでしょうか。なぜ、そのときに読むことが特別だったのか、ご自身の経験も含めて、話せる範囲でちょっと教えていただけたら?
佐原「ああ(笑)、いや、何かね、「みんな、嘘つきだな」って思ってました(笑)。「大人はみんな嘘つきだわ」って。「あれをするな」とか「責任感を持て」とかって言うけど、「それって本当?」みたいなことをずっと思ってて。たぶん言葉で表すなら欺瞞っていう概念なんですけど(笑)、「欺瞞だらけだな」っていうふうに。みんな口当たりのいいこととかをしゃべってるけど、「それって本当に本心から思って言ってる?」とか、「生徒に言うことを聞かせるためだけに言ってるんじゃない?」みたいな(笑)。そういうときに氷室冴子さんの本読むと、ごまかしがないんですよね、全部。ぎくっとするくらい、奥の奥の本当のところまで全部書いてあって、それこそ『多恵子ガール』にも、学校の先生にアンケートを取らされて、「いま好きな人がいるかどうか」みたいな。で、無記名で出したはずなのに職員室に呼ばれて、「おまえ好きな人いるらしいな」みたいなことを言われるシーンがあって、そこで、「大人って礼儀知らずだわ」って言うシーンがあって(笑)。「お、そうそう、そうなんですよ」みたいな(笑)、「本当にそう」っていうのがありましたね」

佐原さんがあげてくださった、心に残る氷室作品 
印象深い一節を朗読していただいた


―もう一冊あげてくださった『多恵子ガール』にも、印象深いシーンや描写が、おありでしょうか?
佐原「はい。『多恵子ガール』は、すごくざっくり言っちゃうと、なぎさ君っていう子と多恵子っていう子の関係性を、男の子視点、女の子視点で書き分けているもので、物語の4分の3ぐらいまでは、ずっと多恵子が自分のどろどろした感情に向き合って、そういう自分を嫌いで認めたくなくって…っていうものなんですけど、なぎさ君に自分のみっともないところとか嫉妬心を伝えて、「もう会わない」って宣言するシーンがあって、私はそれがすごく好きなんです。

 あたしは頭(かぶり)を振って笑った。
「中学二年の時ね、競技会でなぎさくんが女の子のほうに走ってくの見たでしょ。家に帰ったら、治療中の奥歯の仮クラウン、ずれてたの」
「なんだ、それ」
「すごく悔(くや)しくて、歯くいしばってたもんだからさ。あはは」
 なぎさくんはあっけにとられたように、絶句した。
 あきれたでしょ。
 そういう嫉妬深い子なんだ、あたしって。

こう、何ていうんですかね、自分の好きな人にいいところだけ見せたくって、でも隠したくって、もだもだしてた多恵子が、このときに自分がものすごく嫉妬してたんだと、しかも、治療中の奥歯の仮クラウンが悔しくて取れるぐらい嫉妬してたことを、そのままなぎさ君に伝えるっていうシーンで。氷室先生の身体感覚の表現の鮮やかさみたいなのもあるし、もうよっぽど歯食いしばってたんだなっていうのが読んでて伝わるようなシーンなので、すごく私好きですね」

―切実さがそのまま伝わってくる。
佐原「そうなんです。これを伝えてから、多恵子はこう一歩抜けるというか、肩の力が抜けるような女の子になっていってですね、何ていうんですかね、その…抜けるとしかちょっと言いようがないんですけれども。羽化するような感じのきっかけのシーンかなと私は思ってます」

―ありがとうございます。
佐原「はい(笑)」

―違う角度からの質問をさせてください。佐原さんは、氷室さんとはもちろん全く異なる作家さんでいらっしゃるわけですが、氷室さんの作品や存在から継承されていることが、もしあるとお感じになっているなら 、どんなところでしょうか?
佐原「それで言うなら、ユーモアを忘れないっていう点ですかね。氷室さんの作品の文体自体もそうなんですけど、あんまりべったりし過ぎないっていう、どこか軽やかさのあるようなものを書かれているところが私はすごい好きで。そっくりそのまま、まねするとかではもちろんないんですけど、何かそういう昔から伝わってきた、少女小説のいい部分っていうのはなくさずに、次の世代の人たちにも継いでいけるような意識はあって、そういう意味で、ユーモアを忘れない、つらい、苦しいだけで終わらせないっていうのは継承はしたいなと思ってます」

―『ペーパー・リリイ』の最後でどんでん返しで笑ってしまったことを、思い出しました。
佐原「ああ、本当ですか(笑)」

―こういう質問を差し上げるのは、自分でもどうかなと思うんですけど、佐原さんにとって小説を書くっていうのはどういうふうな作業なのでしょうか?
佐原「(笑)。そんな「アナザースカイ」みたいな」

―(笑)
佐原「急に来ましたね(笑)。小説を書くことですか。んー…」

―やめましょうか(笑)
佐原「(笑)。難しいですね、何だろう、まあ、確かによく聞かれることではあるんですけど、どう答えてたかな、いつも(笑)」

―以前、ご自身の役割について、役割という言葉が正しいかどうか分からないですけど、「中継ぎみたいなものだと思ってるんです」と仰っていました。それは、どういう意味合いなのか、改めて、教えていただけるでしょうか?
佐原「よく創作活動は、「ゼロからイチ」みたいなことを言われるんですけど、絶対そうではなくて、自分が今まで読んできたものとか、やっぱりよかったなとかいうものの蓄積の中から、また何かつくり出していくのがたぶん小説を書くっていうこと…、創作活動全般がそうなのかなと思うんです。私も子供の頃からすごい本を読んできましたし、本に助けられてもきたので、自分の中にいっぱいたまったものを今度は次の世代の人たちに渡せる人でありたいとは思うので、そういった意味で中継ぎという意識があります」

―「ゼロからイチ」とは違う感覚になるんですね?
佐原「そうですね。「ゼロからイチ」では、たぶんないと思いますね」

―中継ぎって、野球用語ですが、どういう試合で投げている感覚なのでしょうか?
佐原「(笑)。どういう試合なんだろう。もちろん新しいものを書きたいっていう気持ちはあるんですけど、味方、チームっていうことですもんね、全体の流れが。何だろう。どういう試合…(笑)」

―中継ぎという言葉がフィットする感覚が佐原さんの中におありなのだとしたら、そのフィールドで行われていることって何なのだろうと、野球に紐付けて伺ってみたくなりまして。
佐原「なるほど(笑)。そうですね、何か、なくなってほしくないものをかき集めてる感覚なので。うーん。温故知新って四字熟語あるじゃないですか。それの知新だけにならない、新しいことはよいことでもないっていうんですかね。何か、ほっといたら消えちゃうようなものがたぶんある気がして、それを自分を媒介にすることで残せたらみたいなのはありますね」

ご自身の仕事を、佐原さんは「中継ぎ」だと表現する


―氷室さんがエッセイで記されていた言葉が、印象に残っていらっしゃるんですよね?
佐原「氷室さんが、「風立ちぬ、いざ、生きめやも」の原文の意味である、「風が立った、起こった、さあ、生きよう」っていうのにすごく心動かされたとエッセイに記されていて。それは私が、氷室さんの作品を読んでるときに感じるものなんですね。氷室さんの作品は、決して上から「頑張りなさい」とか、「生きなさい」とかではなくて、「さあ、今から行くわよ」っていうような、隣に立ってくれるような作品なので。「風立ちぬ、風が起こった、さあ、生きよう」っていうところを氷室さんはすごい好きって仰ってるんですけど、私はそれを氷室さんの作品から感じているので、ストンと腹落ちした記憶があります」

―上からではなく、後ろから強く押すでもなく、隣に立ってくれるっていうその感覚みたいなものって、どうやって培われたものなんだと思われます?
佐原「(笑)。どうやって培われたんでしょうね、私が知りたいですよ、それ。でも、ちょっと回答がずれるかもしれないんですけど、私、(氷室冴子青春文学賞の)授賞式で北海道に行ったとき、ちょうど冬の、もう雪がめちゃくちゃ積もってる時期だったんですね。それを車窓とかから見ながら、「あ、ここで育った人にはちょっと勝てないな」みたいなのをすごく思った覚えがあって。自分の意思とか個人の力ではどうにもならないことがある環境で、雪とかもそうなんですけど、育ってきて、それを受け入れてきている人たちが書くものには勝てないなと、すごく強く思った印象があって、氷室さんの作品もそういうままならなさをそのまま書くところがあるので、「氷室さん、ここで育った人なんだな」っていうのはすごく思いましたね」

―佐原さんの作品は、10代の女性が主人公であることが多いですが、年代だけじゃなくて、うまく生きられない人を描いているように思います。そういった生き方に関心がおありだということでしょうか?
佐原「そうですね。社会化されているものではなく、そうではない人たちのために書きたいっていう気持ちがありますね、うんうんうん。自分の意思で社会化しない人もいるだろうし、本当はもっと社会化されないといけないんだけどできない人もいるし、うまくできないみたいな人たちの側に立つものは書きたいとは思ってます」

佐原さんは、デビュー後も、日中に仕事をしながら執筆活動を続けている


―ちょっとイタい質問をさせてください…青春って何だと思いますか?

佐原「(笑)。青春って何ですかね。氷室冴子青春文学賞の、青春って何かっていうところが分からなくて困ってる人が多いと思うんですけど(笑)。うーん、別に年齢のことではないですし。何かの変化ですかね。それが別にいい変化であっても悪い変化であってもいいと思うんですけど、何かしらが変わる時期が、青春と結びついているのかなと私は思います」

―何かしらの根本的な変化ってことですか?
佐原「変化、うんうんうんうん。別に成長ではないんですね。青春って、成長とどうしても紐付けられることが多いと思うんですけど、それはあくまで変化の中の一つの現象であって、この青春っていわれるようなときは、一番、自分自身に向き合わなきゃいけない時期でもあるのかなとは思ってて。心が一番揺らぐときなので、そこで起こったことに対して、やっぱり自分自身もどこかしら変化はすると思うので、成長とかではないと思うんですけど」

―ふわふわした質問をして、すみませんでした。
佐原「いやいやいやいや。でも、一言でそれを言えたら、小説を書いてないということはあると思います。そもそも一言で何かを言い表せる人間だったら、それこそ「青春とは何ですか」も、一言ですぱっと言える人は小説書いてないと思って(笑)。たぶん、それが分からないから書いてる、何万字、何十万字をかけて書いて、「何か、これじゃないですかね」っていう差し出し方をしてるのが、たぶん小説なのかなとは思います」

―一言で片づけられることは、ほぼないですよね。
佐原「そうなんですよね。言葉にできないものを何とか言葉にして、で、言葉にできない感情を渡すみたいな感じですよね。だから、読者さんの感想で、「何か分かんないけど面白かった」とか、「うまく感想が言えない」とかが結構私はうれしいですね。「ここのこういうのが、うまくいってるんだな」っていう感覚なので」

―氷室さんの作品から受け取られた佐原さんとのあいだには、連帯みたいな感覚があるのでしょうか?
佐原「連帯というよりは、受け継ぐというような感じです。今の自分を形づくってるものの一つに、確実に氷室冴子さんはあるので。いただいたものを、そのままじゃないですけど、形を変えて次の人に渡すっていう」

―氷室さんの作品を読んだことによる根本的な変化が、ご自身の中にあったということなんですね?
佐原「そうですね、うんうんうん。単純に面白くて好きになったっていうのはあるんですけど、でも、やっぱりいい子じゃなくていいっていうのは結構大きかったです。私の中の二大インパクトが、『秘密の花園』と氷室冴子作品ですね。主人公がいい子じゃなくていいっていうのは、読んでて驚きだった記憶があります」

―言い方がきついかもしれませんが、ちょっと野蛮なところもあったりしますね。
佐原「そうですね。すぐ平手打ちするし(笑)、それこそ『多恵子ガール』は、怒ってるとこから始まるんです。異性の先輩と交流があることをクラスメートの男子にからかわれて、「そういうのじゃないのに」っていう。氷室さんの作品って、「そういうのじゃないのに」っていうのが結構多い気はしてて、単純化されることへの反発心とか、そういうことへの抵抗が、読んでたときの私とすごくリンクするものがあった覚えがあります。「そういうのじゃないんだよ、私のこと単純化しないで」、「この感情を、雑にくくらないで」と思ってたので、「あ、私と全く同じことを思っている人がいる」っていうのは、小説を読んで思いましたね」

―ありがとうございました。

(札幌放送局ディレクター 山森 英輔)

■北海道道「没後15年 氷室冴子をリレーする」再放送
 7月1日(土)午前9:00~9:27<総合・北海道>
 【MC】鈴井 貴之・多田 萌加 【出演・語り】酒井 若菜


■「没後15年 氷室冴子をリレーする」43分拡大版
 7月9日(日)午後1:05~1:48<総合・北海道>
 【出演・語り】酒井 若菜
※放送後NHKプラスで配信  ←道外の方も全国から視聴できます!

▶「没後15年 氷室冴子をリレーする」特設サイト

ページトップに戻る