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彼女がITOAOIになった瞬間 若きアーティストの誕生

  • 2023年6月12日

私たちローカルフレンズ制作班は、数年ぶりにある女性にカメラを向けました。名前はITOAOIさん。札幌市内でコンピューターグラフィックスの個展を開く、若きアーティストです。私たちが出会った時、彼女はまだ大学一年生。「あおたん」と呼ばれ、自分の人生を生きられない苦しさに日々、涙をこぼしていました。何が彼女を変えたのでしょうか? 

道内に30組ほどいるローカルフレンズのみなさんから最新のローカル事情を聞く「ローカルフレンズニュース」。今回はITOAOIさんから届いた嬉しいニュースです。

痛みや弱さをCGで表現

札幌市にあるギャラリー「Gallery Slide」で6月3日(土)からはじまった展示会。3Dのコンピューターグラフィックスで作られたプリントアートと映像作品が展示されています。これがITOAOIさんのはじめての個展です。

「痛みだったりとか、自分のうちなる弱さだったり。本来自分の中で飼っておくべき、向き合っておくべき感情をテーマにしています。展示会での鑑賞だからこそ、一息ついてその感情を受け止めることができるのではないかと思っています」

その言葉のとおり、絵には言葉にならない感情、得体のしれない何かが表現されているように見えます。

先端技術を使って心のひだを描くITOAOIさん作風は、いま、海外のクリエーターや東京の音楽関係者など、さまざまなジャンルから注目されています。個展を開いただけでなく、作品が音楽レーベルに買われたり、グラフィックを担当した洋服が販売されたりするなど、アーティストとして確かな一歩を踏み出しています。

あおたんは何がしたいの?

さかのぼること3年前の夏の夜。
函館の大学生たちが築百年の古民家の前で語り合っていました。

ここはシェアハウス「わらじ荘」。対話を通じて、若者が自らの心と向き合える場所として、大学生の下沢杏奈さんが作ったものです。

当時、「あおたん」と呼ばれていたITOAOIさんは、この夜も泣き出してしまいます。

「ずっと親とか先生の目ばかり気にして生きてきて。すごいねって言われるためだけに頑張ってたから、自分の声を聞いてなかったなって」

「あおたん」は幼い時から絵を描くことが好きでした。でも周囲はそうした道に進むことを期待していないのではないかと察し、その気持ちを押し殺していたのです。

わらじ荘の代表・下沢杏奈さんは、若い人が自分の人生を切り開くには、次の三つが大切だと考えていました。
(1)やりたいことを表明できる場があること
(2)それを応援する仲間がいること
(3)化学反応を起こす大人がいること

下沢杏奈さんが「あおたんは何がしたいの?」と聞いた時、あおたんは、自分が何も考えていないことにはじめて気づいたといいます。

チョークを持って出かけた朝

私は絵を描きたい。

素直な気持ちを表明した「あおたん」を、まず同世代の仲間が支えました。
シェアハウスには同じ志向を持つ大学生が数名住んでいました。みんなで「デザイン部」という名前を掲げ、切磋琢磨をはじめたのです。

そこへ函館の大人たちが手を貸します。
ある日、わらじ荘に函館のホテルの喫茶スペースから、黒板にチョークでメニューを描いてほしいという依頼が入りました。「あおたん」は、その仕事に手を上げ、入念に準備をしたうえで、無事に仕事を成し遂げ、お金を受け取ります。

私たちローカルフレンズ制作班は、その日の「あおたん」に密着していましたが、チョークを持って出かける時の表情と、帰ってきた時の表情はまったく違っていました。
アーティスト ITOAOIを語るうえで、重要な転換点に立ち会わせてもらいました。

函館の包容力が世界の扉をひらいた

「安心できる場所だったからこそ、思い切り外に飛び出せたり頑張ろうと思えました」

ITOAOIさんは、函館の包容力が自分を大きく支えたと振り返ります。

そして、自分をさらけ出していいという安心感は、痛みや弱さなど、心の内面をテーマにした作品制作につながっていきます。

ITOAOIさんは、函館から札幌へ、そして東京へと活動拠点を移しながら、だんだんと3Dコンピューターグラフィックスなど先端技術を習得していきます。今では海外から作品購入の話が舞い込み、また、東京のクラブミュージックの関係者とのコラボもはじまっています。しかし一貫して、感情のひだを描く作風は変わっていません。

「以前会った人に『3DCG作っている人はたくさんいるけど、ITOAOIさんの作品は自分のアイデンティティというか、AOIさんしか作れない作家性がみえるからめっちゃすごいです』って言われたんです。自分の作りたいものをちゃんとつくっているからかなって思っています」

今でも函館わらじ荘では、若い人たちの対話が続けられています。
ITOAOIさんからの嬉しいニュースは、「自分の生き方に迷った時はきっと成長のチャンスだ」と教えてくれているような気がします。

2023年6月8日放送 ローカルフレンズニュース

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