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作家・桜木紫乃さんの新たな挑戦

  • 2023年11月6日

10月に新作『彼女たち』を刊行した、作家・桜木紫乃さん。「写真絵本」という新たなスタイルへ挑戦した背景を伺いました。
(インタビューの内容は、10/31の「おはよう北海道」で放送しました。「ほっとニュース北海道」で11/6に放送します)

桜木紫乃(さくらぎ・しの)さん
1965年、北海道生まれ。2002年、『雪虫』で第82回オール讀物新人賞。2013年、『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で第149回直木賞。2020年、『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞。ほかの主な作品に『ワン・モア』『砂上』『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』『ヒロイン』など。

―お部屋の窓からの景色が、素敵ですね。

桜木紫乃さん(以下、桜木)「ここに仕事場を建てようとしたら、目の前が公園で、シラカバが4本見えるいい場所だったんですよ。奥にはマウンドも見えて。緑と空のあんばいが大好きで、いつも見ていたいなと思って窓をつけたんです。「家は人」ってよく言いますけど、私は自分の見たいものしか見ない人なんだなってことが、この仕事場をつくって分かりました(笑)」

―目の前にベンチがありますね?

桜木「毎日、誰か彼かが座っていきます。お年を召した方もいらっしゃるし、ご夫婦で座って緑を見ていらっしゃる方もいます。春先になるとタンポポでいっぱいになるので、黄色い絨毯を眺めている方もいらっしゃいます。印象的だったのは、トランペットを吹く少年。ずっとドレミの練習していて、うれしくなって、窓を開けてずっと聴いてたんですよ。以前いらした撮影班の方が、撮影がてら座っていたこともありました。コロナに入りたての頃だったかな。あれから3年経って、マスクを外すようになって、この3年間がなかったみたいな感じになっているの、不思議ですね」

―そうですね。

桜木「何だったんだろう、あの3年って。すぽっと抜けてる。「何やってたんだろう、私」という感じ」

―コロナが何だったのかって、全体を捉え切れてない感じがします。メディアのなかにいる人間として、自分でいかがなものかと思うんですけど。

桜木「会わないことで、人間が見える3年間だったんだと思います。会わなくていい人、会いたくない人のことを、「ああ、会わなくてほっとしちゃった」と気がついちゃう時間、よくも悪くも気づきの時間だったような」

―いいことなのかどうか、ちょっと考え込んでしまいますね。

桜木「気づいて悪いことは、ないと思います。気づけないことは、人に迷惑かけるからね。気づいた後に自分でその気持ちをちゃんと納得して抱えていければいいんだと思います。気づいて、見て見ぬふりをしないで、その気持ちと付き合うって、大人の仕事だと思う」

仕事部屋の大きな窓から

―この風景を、執筆の合間にご覧になっていらっしゃるんですよね?

桜木「そうですね。向こうで公園の噴水の水が落ちる感じが、止まることのない景色ですよね。今年は暑さでシラカバの葉っぱが全部枯れてるんですよ。早いですね」

―今日の風も確かに、止まることのない…

桜木「そう。だから、定点観測って面白いなって思う。止まらないものを見てるんだなって。今はエアコンをつけているから閉めてますけど、開けていると葉っぱの音が聞こえてくるんですよね。住宅街にいるっていう感じがしなくて好きです」

―デスクの横にあるメモのことも教えていただいていいでしょうか?

桜木「花村萬月さんにいただいて、すごく大事にしている言葉です。なかなかこの言葉の意味に近づけないというか、「ああ、分かった」という瞬間はないんですけどね。本物の中庸ってなんだろうとか。私、自分の資質が何だかよく分かってないんですよね。ただ、一行もおろそかにするなということだけは分かる」

作家・花村萬月さんからの言葉

―ありがとうございます。今回は新作について伺いたいのですが、なぜこの写真絵本という企画にトライされたのか、いきさつから教えてください。

桜木「もともと文芸で一緒に組んでいた編集者が児童書に担当を移って、それでもずっと付き合いは続いてたんです。「2人でまた何かやりたいね」っていう話をしていて、「よし、絵本頑張ろう」って、2年ちょっと「たたき台」を2人でつくっていました。それが、この形になったのが今年なんです。写真と一緒に出したらどうだろうという話になって、写真家の中川正子さんにお目にかかって、そのときに「せっかく物語書く人なんだから、物語でやってはどうか」と。いつも何かに挑戦していたいなとは思っているんで、「よし、受けて立とう」みたいな気持ちで物語を書いてみたら、珍しいことに、編集者に「桜木さん、これでいきます」と言われて。滅多に一発でオーケーを出さない編集者なので、「ああ、やっぱり私は物語で伝えていくんだな」って思いました。それまでつくっていた「たたき台」は、散文詩のようなものだったんですが、この形に決まった途端に物事が目まぐるしく動き出しました」

桜木さんの新作『彼女たち』
イチコ、モネ、ケイの3人の女性の物語が
写真家・中川正子さんの写真とともに描かれる

―ふだんは、桜木さんの言葉だけで世界や人物を構築されるわけですが、写真と組合せになることのよさと難しさがあると思います。いかがでしょうか?

桜木「開いて見たときに、文章に写真が寄り過ぎると説明的になります。そのあんばいはデザイナーさんと編集者のお仕事だったんですけれども、何百枚もある写真の中からピタッとはまるものを選んでくれました。それが説明になってはいけないので大変な作業だったと思います。だから、私の名前が代表ですけれど、デザイナーさんと編集者と写真家と、4人のチームで作った本のような気がしますね」

―お写真は、「どこかではあるけれど、どこでもない場所」の印象がありました。素直には、登場人物たちの見ている情景なのかなと感じるのですが、桜木さんはどうお捉えになっていたでしょうか?

桜木「ふだんは文章で全部お伝えしようと思って、景色が見えるような文章、匂いがするような文章、そこに行った気になれるような文章を書くことを心がけているんですけれどね。写真があることで、極限まで文章は削ぎました。削ぐことができたのも、説明じゃない写真があるからですね。遠慮はなかったです。だから、写真家の中川さんも、私に遠慮はなかったと思います。遠慮があると、どこかにおもねってしまうので、いいコラボだったと思うんですよね」

―原稿用紙100枚で書けることを5枚にしたと伺いました。想像もつかない作業があったのだろうと思います。

桜木「最初から5枚で書くのと、100枚分の物語を5枚にするのって違うんです。今回は、自分の中では「100枚、100枚、100枚で、3人の物語を1冊にできる」内容があるんですけれども、それを削いで削いで、どこを残せば読者の方にお届けできるかなって…難しかったです(笑)。300枚を50枚にしたこともあるし、削ることには躊躇いがないんだけれども、どこを切り取ったら一番伝わるか、私自身に見えていないといけない。伝わるように書くって何を書くときも難しいですけど、単純に短くしたんじゃないんですよね。あと、編集者が厳しかったです(笑)。気迫を感じました。「短いから書けると思わないでくださいね、桜木さん」みたいな(笑)。言葉にはしないんですけど、あんなに怖いものはないですね。「もうちょっとできるでしょう、もうちょっとできるでしょう」って、にじり寄ってくるような怖さです」

―インタビューに立ち会ってくださっている、編集の鈴木さんにも、登場していただいたほうがいいですかね(笑)。

桜木「本当、聞いてやってくださいよ、もう」
鈴木敦子さん(以下、鈴木)「本当ですか?」
桜木「本当だよ(笑)」

桜木さんと、編集の鈴木敦子さん

―今回はチームで作られたと仰っていましたけど、その共同作業は今までにないものでしたでしょうか?

鈴木「みんな手探りでした。初めてで」
桜木「うん、全員が初めて(笑)」
鈴木「完成した文章をお預かりして、それに合う絵をつけていただいて、全体をデザインするというのが一般的な流れなのですが、今回は作り方が違いました。核になる桜木さんの文章があって、中川さんに写真を受けていただけることが決まった。この座組みが決まったところでもう一度文章を練って、というより、ほぼゼロから書き直していただきました。中川さんは、撮り下ろしたお写真とこれまでに撮影してこられたものを含む300枚以上を託してくれました。文章と写真をどう組み合わせていくか。一冊の本としてのデザインと構成のたたき台を、デザイナーさんが作ってくれます。このたたき台をもとに意見を出し合い、文章と写真をブラシュアップする。この作業を繰り返して練り上げました。全部をちょっとずつちょっとずつ作り上げていくので、最終形がどこにたどり着くのかって、明確なゴールがなかったです。皆さんがよく粘り強く付き合ってくださったなと思います」
桜木「本当だね。その道で食べている4人が集まって、誰も遠慮しないって大変なことなんですよね。それをまとめてたチームリーダーが鈴木さん」

―「気迫」と仰っていましたが?

鈴木「(笑)。気迫はないですけど…「逃げないぞ」みたいな感じですかね(笑)」
桜木「いや、あなたと仕事をするときは、逃げられないと思ってやってるんだけど」
鈴木「逃がさないとは、思ってますね(笑)」
桜木「そうそう(笑)。私がデビューしてから、最も言いづらいことをはっきり言う担当者なんです。ちゃんと言ってくれるので長続きしてるっていうのもあるんですけれども。ね、一緒に闘ってきたよね」
鈴木「そうですね」
桜木「彼女が結婚する前から付き合ってて、旦那さんよりも長い付き合いあるんで、彼女が「結婚しました、子供ができました」って大変なところを聞いたり見たりしてきました。2人が今までやってきたことの最終形がこの1冊かもしれません。今までは小説でやろうとしていたんですけど、彼女が文芸を離れたゆえに形が変わったんですが、それでも、ずっとやりかったことだったね」
鈴木「今だから作れる形だったし、2人とも「長い付き合いの作家と編集者だから楽しく作っちゃったんでしょ」っていうものには絶対にしないぞって、言葉を選びながら言って」
桜木「言葉はあまり選んでなかったと思うけど(笑)、仲よしが作った本じゃないです」

―これまでにない形をこれまでにないチームでつくることの先に何があるのか。どんなことを考えたり、会話されたりしていたのでしょうか?

桜木「彼女がよく言っていたのは、「私の小説を手に取らない人に届けたい」、でしたね」
鈴木「小説の桜木紫乃ファン以外の人にも、より魅力を知ってもらえる1冊にしたいなと考えていました。あとは、自分を重ねて読んでもらえる本にはしたいと、ずっと思っていましたね。読者の方が読んだときに、「自分の物語だ」と感じていただけるような、あるいは行間や写真に自分を乗せて読んでもらえるような。その余白をどうつくるか、文章の引き算や写真の選び方、2つの組合せのバランスを、一緒に工夫しました」
桜木「書き手の知らない苦労をしてますよね。私は文章を書いて、削いで、写真が来たら、「この写真があるなら、この助詞は要らないね」とか、詰めていく作業はすごく楽しかったです。以前2人でつくった『砂上』という小説があって、作家と編集者の関係を書いた本なんだけれども、あのときにやろうとしていたことに、この本で到達したのかな?」
鈴木「1つ成し遂げた感じはありますよね。私が所属しているのは、主に絵本を作る部署なんです。だからこそ、大人に届く絵本を一緒にできるねっていう話は、今回のプロジェクトでもしましたよね」
桜木「明確に読者を見ながら作ってくれたよね。私、読者を気にして書いたことないんです。すごい今、言っちゃいけないことを言ってるんだと思いますけど、常に自分の中の答えを出したくて文章を書いているので、1冊分原稿がまとまったときは、いつも、「あ、答えが出た」と思うんですね」

―答えですか?

桜木「うん。でも、今回は答えを預けた感じです」
鈴木「読者に委ねる」
桜木「読者に答えを預けた感じです。だからといって抜いてるわけじゃなくてね。今回のような短いものもやっぱり小説になるんでしょう。だとしたら、書いたことない小説を書いたんです」

今回の作品に登場する3人の女性のひとり、イチコさんの物語は、猫のジョンの視点で描かれた

―削ぐ作業について、助詞のお話までしてくださいましたが、何を削ぎ落としていかれたのか、教えていただくことができるでしょうか?

桜木「あ、はい。たとえば、イチコとジョンの原稿のなかに「ふたりですごした二十年、いっしょにごはんを食べているだけで、最高に幸せだったのにな。」っていう文章がありました。その「のに」を削って、「最高に幸せだったのにな」ではなく、「最高に幸せだったな」にしたんです。全然印象が違うんですよね。「のに」をつけると、時間の流れとか、悔いとかを分かっていることになっちゃうの。そこが余計なんですよ。そうやってぎりぎりまで随分変えました。「再校ゲラ」って、もうこれで何もなければ出しますよっていう段階から2回ぐらい、やったんです。1行空けるとか。小説で1行空けるというのは、場面展開として時間が流れる効果があって、実はあまり使わないようにしているんですけれど、こんなに1行空きを効果的にできたのは、この長さの文章だったからだと思います」

―読んだ方が想像できる余白をいかに提示するか、繊細な配慮をずっとされていたんですね。

桜木「猫の視点で書いたのは初めてですね。中島みゆきさんが「空と君のあいだに」を犬の視点で書いたっていうのを読んで、ああ、そうだよねって。人には見えないものが見えることもあるんだなあって。イチコさんの場合は、人の視点で書くと、悔いとかいろんな感情が出てくると思うんだけれども、猫が見たものだけでも2人の過ごしてきた時間は成立するんです。不思議ですね、文章ってね。一文字抜いたり足したりするだけで、意味合いが随分変わってくる」

自らゲラを見ながら、ディテールまで繊細に語ってくださった

―桜木さんの多様な作品群について、全ての作品を拝読できているわけでもない私のような者が言うのは、野暮どころか失礼だとも思うんですけど、桜木さんの小説を拝読していると、そうとしか生きられない人たちを肯定する信念みたいなものを感じて、胸をうたれます。これまでの作品群と、今回違う形式ですが、共通していること、共有していることというのは、おありだったでしょうか?

桜木「今、肯定という言葉を伺って、ああ、そうだよなって思いました。いつもやってることって、架空の人物を書いているのに、その人の生き方を肯定する仕事だったなと。今回もそうだったと思います。彼女たち3人ともちゃんと自分を肯定して、一つ大人になっていきますよね。それってすごく大事なことで、否定からあまりいいものは生まれないような気がする。いつも思うのは、親子の関係にしても、親の生き方を肯定できたら子供の仕事としてはまずまずで、親が子供の生き方を肯定できたら、お互いの仕事はそれで終わってるんじゃないかなと。それで『家族じまい』を書いたんですけど、肯定って大事ですよね。ずっとそれは書いてきたような気がします。どの生き方も否定しない」

―ちょっと乱暴な質問だったのに、本当にすみません。

桜木「本当に乱暴(笑)」

―すみません。

桜木「いや、大丈夫です。肯定、自分からなかなか言わなかったので。本当そうです、うん」

研ぎ澄まされた筆致と、
ユーモアにあふれてチャーミングな人柄のギャップも、桜木さんの魅力のひとつ

―今回は私だけでなく、撮影クルー3人全員で拝読しました。撮影と音声の2人からも質問させていただいていいでしょうか。

桜木「はい」

―(撮影担当)質問ではなく感想なんですけど、読んだ後、飼っている2歳の猫を思い出して、もう涙が止まらなくなっちゃって。

桜木「そうでしたか……」

―(撮影担当)この先、猫が年老いて死んだら、記憶になるんだろうなと感じると同時に、桜木さんの猫視点の文章を拝読して、「ああ、俺の猫ちゃんも同じように楽しんでくれてるのかな」みたいなことを考えたら、よりいとおしい存在に感じてしまって。

桜木「ありがとうございます。たまたまなんだと思うんだけれども、これを書いているときに、うちの北海道一の駄犬のナナが旅に出ちゃいましてね。「何でこんなときにこの原稿を書いてるんだろう」ってふっと思ったんだけれども、鬼のような編集者がね、「桜木さん、今だったんですよ」って。編集者って、ずっとそんなこと考えてるんだね。だから、一番きついときに、それを文章にしてくださいっていうのが編集者なんだろうなって(笑)。おそらく、あのときじゃないと出てこなかった1行があるんじゃないかなって思いました。しんどかったです。自分と14年も付き合ってきた犬が今日か明日かっていうときに、死んだ猫の視点で飼い主を書くって。書き手として感情とかを殺して割と何でもできるほうなんですよ。薄情なことを一つの元手にして小説書いてるのに、ジョンのところは、ちょっとしんどかったです。だから、生き物と付き合うって、そういうことなんだなって。北海道一の駄犬でしたけれど、何かこんな感じかもなあって」

―(撮影担当)そうして、もう一回読み直してみたとき、写真の見え方が変わりました。最初は、影が素敵な、透明感のある写真だなと思ってたんですが、一つ一つの写真が、一つ一つの記憶なんだなと思えてきて。

桜木「そういう感想をいただけると、写真家と一緒に作ってよかったなあって思います。きっと1回読んで、さらって置いてしまう方もいると思うんだけれども、2回、3回と読んでいくうちに写真の意味が自分の中で変わってくる読まれ方をするんだとしたら、小説だけでは得られなかった喜びというか、挑戦してよかったなと思います」

―(音声担当)私も感想なんですけれど、拝読して、現代の忙しい女性に、たとえば私の友人に読んでもらいたいなと思いました。男性も読んでほしいんですけども、育児やら仕事やらで忙しい生活の中で、心がつらかったりするときに、すごく支えになってくれる文章だなと思いました。

桜木「ああ、うれしいです。一冊の本って、人の手から手へ渡っていくのが本当なんですって。どーんと刷って、どーんと売って、それも大切なんですけどね。誰かに勧めようって思ってもらえる本は本当に幸せです。中川さんと初めてお目にかかったときに、「これ、大事な友達にプレゼントできる本にしたいんです」って言ったら、中川さんがとても賛同してくれて、「いつ出しましょうか」って、すぐ決まったの。プレゼントしやすい値段にしてくれたのはKADOKAWAさんなんだけど(笑)、いつの間にか私も自分が手渡したい人の顔が浮かぶような一冊になって、やってよかったなと。「ああ、これを彼女にプレゼントしよう」とか「彼に読んでもらおう」とか。なかなか自分の言葉で周りにつらいと言えない人が、自分のつらさを引き受けたり、周りに自分のつらいことを話したりするきっかけになる、そんな一冊になったらうれしいですね」

―我々もチームで作っているとはいえ、みんなの感想をちょっとずつお伝えするのは、ディレクターとしては職務放棄なんですけど、でもそれがいろんな人に届いていくことの一つの表れだと思ったので、こういう質問にさせていただきました。

桜木「いえいえ。ご感想をいただいたり、質問されたりすることで自分の内側がまとまっていくこともあります。正直、こうしてやろうとか、こんな人に読んでもらおうとか、そんな気持ちで毎回書いてるわけではなくて、今回もやっぱり伝わる形を追求したらこうなったんですね。「生きづらい」っていう言葉ありますよね。だけど、生きづらいっていう言葉だけで片づけられない日常をみんな生きてるので、そこを文章にすることができたら何か伝わるんじゃないかなと思いました。私、生きづらいという言葉、苦手なんです。簡単に使われ過ぎて、本当の意味が薄まっているような気がして。それを言っちゃうと、片づいちゃうでしょ。それに、生きやすい人に会ったことがない(笑)。もしかして生きやすい人っていないんじゃないかなと思ったら、何だ、これがスタンダードでスタートじゃないかと」

―「一作一作、新しいことをしないと腕がさびる」と以前、仰っていたんですけど、これまでと違うものを、世界やご自身の中に探していくというのは、必ず課していらっしゃるのでしょうか?

桜木「一冊一冊、新しい挑戦を、気づかれなくてもやってます。気づかれなくていいんです、今回はこれに挑戦しましたとかって言葉にするのも野暮なんで。でも、今回これを克服できたら、私、もう一冊出せるかもしれないとか、そういう感じで挑戦してクリアしていくことが、自分の仕事を守る方法であったりもするので」

―確立したところにとどまるしんどさもあると思いますし、毎回新しいものを探していくことも、ものすごくエネルギーが要ることだと思います。

桜木「気づきたいですよね、年を重ねた分、ちゃんと。去年できなかったことができる今年でありたいって思ってて、それを毎年毎年やって、長くなったなって思えるんで。自分の中では流した1本っていうのは一冊もないんです。全部全力投球、それだけははっきり言えます。今年は、全力投球しても届かなかったから来年頑張ろうって。私、自分が大好きなのかも。もしかしたら、もっと頑張ったらできるかもって思い続けることが大好きなのかもしれないです。自己中心野郎」

―いやいや(笑)

桜木「(笑)」

―さきほど、答えと仰っていましたけど、小説を書くのは答えを探すためという意識がおありなんでしょうか?

桜木「登場人物、視点人物が答えを欲しているから、私もその答えが欲しいから、登場人物に見つからないような場所で一緒に景色を見てます。いつも、視点人物の肩のうしろの辺りでものを見ています。彼や彼女が知らないこと、気づかないことを、私が気づいて補足しちゃ駄目なんですよ。それが私の書き方というか。だから説明を省いて省いて…うーん、うまく言えないなあ、何て言ったらいいんだろうな」

―うまく言わないでください。

桜木「(笑)」

―桜木さんのサービス精神、ホスピタリティに甘えていると承知しつつ、もう少し聞かせてください。小説を書かれるときには、視点人物が先にありきなのでしょうか?

桜木「邪魔しないようにしてます」

―邪魔しないように?

桜木「うん。小説って人にものを教えるものじゃないから。こんな人がいました、この人はこういうふうに生きましたって、こんなことを考えましたってことをお伝えするものなんで、作者が登場人物に教えてはもちろんいけないし、登場人物が読者に何かを教えてはいけない。見てください、読んでくださいっていう感じ。教えてはいけない、お伝えするものだと思ってます。だから、説明が足りないっていつも言われるんですけど(笑)、説明を省くのが小説の仕事かなと思ってて」

―着想されるときというのは、プロットから入るような方も、テーマを強く出されるような方もいらっしゃると思いますし、モチーフを先に決めることもあると思うんですけど、いかがでしょうか?

桜木「それのどれもやってない(笑)」

―あ、違うんですね?

桜木「新人の頃はプロットがちゃんとできないと書かせてもらえなかったんです。やっぱり保証がないから、最後まで書けるかどうか試されていた。それで、1年8か月かけて書いたプロットで、「さあ、ここまでできたら書いてもいいですよ」って言われたときに、そのお話に何の興味も持てなくなってて「書けません」って言ったことがありました。ありがたいことに、だんだん「プロットがなくてもいいですよ」って言ってもらえるようになったので、「じゃあ、書きません」っていう感じです。プロットもなく、次の行が分からない状態で書いてます。どこにたどり着くのか分からない。だから、毎日出勤するように原稿を書くんですよね。登場人物、視点人物の近くまで行ってから仕事が始まる」

―毎日のぞきに行くような感じですか。

桜木「そうです。気づかれないように後ろに立ってる、背後霊のように立ってて。だから、一緒に石につまずきますよ、書いていて、ちゃんと。一緒に驚くし、ああ、そうだったのかって。不思議ですよね。何かこういうことを言うと、やっぱり作家っておかしいんだって思われる」

―全く思わないです。

桜木「そうですか(笑)」

―全く思わないですし、とてつもなく苦しいときもおありなんだと思いますが、素晴らしいお仕事だなって、お聞きして思います。

桜木「ありがとうございます。登場人物が苦しんでるときは私も苦しいです。だから、おっかないのは、現実に友達が要らなくなることです」

―(笑)

桜木「私に、次々、新しい世界を見せてくれて、いろんなことを学ばせてくれて、こんなときはこういうふうになるんだよって。登場人物と付き合ってると、現実世界で人と付き合うことが億劫になる、そんな実感もかつてはあったんですけれど、もう60近くなって、書き手としてやっとバランスがよくなってきました。やっといろんなことが苦しくなくなってきました」

―これから書かれるものが本当に楽しみですね。また違う世界やリズムがありそうです。

桜木「次も挑戦だし、その次も挑戦ですね(笑)」

―ありがとうございました。

(NHK札幌放送局 ディレクター/山森英輔 撮影/齋藤秀 音声/奥村栞)

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