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未踏峰への挑戦~カメラマンのヒマラヤ日記~

  • 2023年12月6日

高所ってしんどいんです

今回、ヒマラヤ行に同行させていただきましたカメラマンです。普段は自然番組やドキュメンタリーの撮影をしていますが、山岳撮影も得意としていて、過去に北米デナリ(標高6190m)や、南米のアタカマ砂漠周辺の山(標高約5000m)等さまざまな山岳地帯でロケをしてきました。 ですが白状します、実は私、高所には強くないんです。「未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~」NHKプラス配信中

国内の山岳地帯であれば、へっちゃらではないものの、それなりに重い荷物を運んだり、撮影の為にあれやこれやと動き回る事ができます。普段から山に登り技術を磨いたり、運動をしたりして心肺機能を高める努力はしていますので、それなりに山への準備は出来ています。

しかしながら、それは国内での話であって、酸素が十分にある場所での話。

 日本で一番高い場所は3776mの富士山です。それ以上の場所はありません。でも海外の山、特にヒマラヤ地域では富士山頂より高い位置に村があったり、その周りには、はるかに高い山々が無数にそびえていたりと、標高がまるで違います。

標高が高いとどうなるか、そうです、酸素が薄いんです。

5000m地点を歩く撮影隊 両脇にはさらに高い山々が連なる

今回、撮影隊は未踏峰登頂を目指す、現役バリバリで体力モリモリの若手登山家と一緒に行動を共にしました。彼らの登山ですから、彼らのスケジュールで毎日進み、彼らのペースでぐんぐんと元気に標高を上げていきます。

バリバリでモリモリの若者

今回彼らが目指すのは未踏峰ジャルキャヒマール6473m。私たちが撮影基地として滞在したベースキャンプでも標高4567m、なんと酸素は平地の約57%しかありません。撮影の為に通過した最高所は5106mもありました。ここまで来ると約52%になってしまいます。日本で一番高い場所は3776mの富士山ですから、どれだけ高く酸素の薄い場所なのか想像が付きますよね。 

では、みなさんは、低酸素下に身を置いた事ってありますか?

一体どうなると思います?

標高3600mに住む人たち

・・・答えは、「めっちゃしんどい!」です。
とにかく何をするにもしんどいんです。それはもう、すごく辛いのです。

一般的には標高が2500mを超えたあたりから高度障害が出てくると言われていますが、私の場合は3500mを超えたあたりから兆候が現れます。軽い頭痛と、ゆるーく誰かに首を絞められているような呼吸のしづらさを感じ始めます。

それがさらに4000mを超えてくると、「めっちゃしんどい」度が上がります。あくまで私の場合ですが、階段を2,3段昇るだけで息切れがして、数段昇っては休み、ハーハー言いながら決死の覚悟で移動しなくてはならなくなります。いつも持っている三脚も重くて運べず、撮影するにも脚に根が生えたように、その場から動けなくなります。(それでも一応プロなので、頑張って動きますが。)さらに標高を上げすぎると、眠る事も難しくなり、四六時中首を絞められているような感覚に陥ります、頭がガンガン痛み、吐き気がします。ひどい人は脳浮腫や肺水腫と言った重い障害を負ってしまう事もあるそうです。

想像できますか?見えない誰かにずーっと首を絞められているような感覚なんです。

高所では、酸素を消費しないように、とにかくゆっくりゆっくり動く事が大事なんです。

しかし撮影は止められません。今回のロケでも、うっかりやってしまった事があります。

【うっかり① 逃げるものを追いかけてしまう、カメラマンの性】
4000m地点、ヤク(ウシ科の動物)の親子が楽しそうに遊んでいたのでカメラを向けました。突然子ヤクが走り出したので、うかつにもダッシュで追いかけてしまいました。
その距離たったの30m程。走った後に「走ってしまった」と後悔しますが、時すでに遅しです。急激にひどい息苦しさを感じます、両ひざに手をついて、一生懸命に呼吸をします。しかし吸っても吸っても酸素は入ってきません。呼吸に全ての意識を集中させますが、ついには立っていられなくなり、数分間その場で倒れこんでしまいました。

ヤクの親子たち。追いかけるとひどい目にあいます。

【うっかり② 雪かきしすぎて悶える】
これは撮影中ではないのですが、ベースキャンプ4567m地点で一晩に40㎝もの大雪が降った夜、夜中に起きてテント周辺を雪かきした時でした。あまりの雪の多さにテントがつぶれそうになり、寝ぼけながらもテントの外に出ました。寒さから早くテントに戻りたくて、夢中で雪かきをしてしまいました。「あ、やってしまった」。気がつくと低酸素状態になっていました。その場にしゃがみ込み、大きく息を吸いますが、一向に苦しさはなくなりません。この時は本当にきつかったです。
夜中に一人、雪かきしすぎて、悶えるカメラマン。朝まで誰にも気づかれず。バタリ。
そんな事になったらダサすぎます。それだけは勘弁です。
その気持ちで意識を強く持ち、呼吸だけに全集中し、難を逃れました。
恐るべし、高度です。

私のテント。雪かきもゆっくりと。

さて、「私は高所に強くない」 宣言をさせてもらいましたが、正確には「高度順応に、時間がかかる」のです。

人間には不思議な機能が備わっていて、最初はしんどくても、もっと高い場所に身を置く事で、身体がだんだんとその標高に慣れていくのです。この慣れには個人差があり、私は時間がかかるのです。
毎日少しづつ到達する標高を上げ滞在する事。さらにそこから一時的に標高の高い場所に登り、降りて滞在する事。を繰り返し、その高度に身体を慣らすのですが、これを高所順応と呼びます。高所登山を行う登山家は、ほぼ全員がこの工程を繰り返します。

その為ヒマラヤなどの高所登山では目標の標高まで到達するのに、何日もかかってしまうのです。

高所順応をする撮影隊。見えているのはマナスル(8163m)

私たちは、どれくらい順応したかを測るため、パルスオキシメーターを持参していました。医療現場で使われる、動脈血酸素飽和度(SPO2)を測るものです。 身体の血液中にどれくらいの酸素が結びついているかを調べる機器です。

100%に近いほど正常で、平地で安静時なら、この数値は96-98%と言われています。90%を下回ると、呼吸不全の状態、「めっちゃ しんどい」と言う事です。そして見てください、これがサムド村の裏山4680m地点で、体操(ラジオ体操第1)をした後の私のSPO2値です。

一時的ですがSPO2が69%。

これって大丈夫なんですかと言われると、「めちゃめちゃ しんどい!」んです。
この日は負荷をかけ過ぎていますが、体が高度に慣れると数値は上がっていきます。
高度に対する耐性には個人差がものすごくあるので、平気な人は最初から元気に走り回っていたりします。その方たちを横目に、私はひたすら高所順応を繰り返す日々でした。

高所って大変そう、行きたくないと思いましたか?

眼下に見える村から歩いて3時間、順応の先に見える風景

実は、「めっちゃしんどい」んですが、「めっちゃ素晴らしい」のも高所なんです。
毎日、壮大なスケールの山々を望む村々を歩き訪ね、そこからまた高度を上げる作業を繰り返す中で、特別に美しい景色に出会えるからなんです。

360度、どこを撮っても画になる絶景ばかり。カメラマンとしては非常に贅沢な時間を過ごす事ができるのです。この記事で「しんどい」とばかり書いてしまい、申し訳ありません。

本当は、好きなんです!高所!

順応の先々で素晴らしい景色に出会う。エメラルドブルーに輝く氷河湖。

(札幌放送局カメラマン 図書 博文)

未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~
2023年12月18日(月)夜10:45~11:28<総合・全国>

【出演】野村良太、齊藤大乗、杉本龍郎、竹中雅幸
【語り】桐谷健太 【朗読】小林エレキ
※NHKプラスで見逃し配信中 (配信期間:12/25(月)午後11:28まで)


▶未踏峰への挑戦~野村良太のヒマラヤ日記~特設サイト
(スペシャルコンテンツ①も特設サイトからご覧いただけます)

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