ページの本文へ

NHK北海道WEB

  1. NHK北海道
  2. NHK北海道WEB
  3. ほっとニュースweb
  4. 旭山動物園の人気築いた立て役者 未来の動物園に託す思いは

旭山動物園の人気築いた立て役者 未来の動物園に託す思いは

  • 2024年4月12日

旭川市を代表する観光地、旭山動物園で長年園長を務めてきた坂東元(ばんどう・げん)さんが2024年3月、退任しました。入園者の減少により閉園の危機にあった動物園で、動物本来の姿を見せる「行動展示」を考案・導入。いきいきと動く動物たちを目当てに、年間100万人以上が訪れる全国区の人気施設に生まれ変わらせました。“旭山の立て役者”坂東さんに、これまでの活動や動物園への思いについて伺いました。(NHK旭川 山中智里)

“つまらない施設”閉園の危機に直面

旭川市が運営する旭山動物園の9代目園長、坂東元さん(63)が2024年3月末、退任しました。園長の在任期間(2009年~2024年)は歴代最長の15年に及びます。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「振り返ることなく走り続けてきたように思います。“動物たちの目を後ろめたい気持ちを持たずに見られる自分でいたい”と思いながらここまで来ました。いいかげんなことをすれば、動物たちに申し訳ないじゃないですか。だから、動物の目をちゃんと見られる自分でいたいなと。なかなか経験することができない幸せなものを本当にたくさん動物からもらった気がしますね」

坂東さんは旭川市出身の獣医師で、1986年(昭和61年)に旭山動物園の飼育員として働き始めました。

それからおよそ40年。いまや旭山動物園の“顔”となった坂東さんですが、働き始めた当初は動物園のあり方に疑問を持っていました。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「当時の動物園はデパートの陳列ケースのようでした。小さい箱に入れられているようなもので、動物からすれば能力を発揮できない、何もできない、何もすることがない。ただ、ひたすら動かないで、じっとして耐える。一方的に見られる側になるので、気配を消すというか、動かなくなっていきました。そういう動物園にあまり価値を見いだせなくて、正直、興味がなかったです」

当時の動物園はレジャーの多様化もあり、年々入園者が減少していました。エキノコックスの感染で人気のゴリラが死んだ影響もあり、1996年度(平成8年度)には入園者数が26万人と過去最低にまで落ち込み、閉園の危機に直面しました。

1994年(平成6年)

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「お客さんが減っていくということは、動物の存在がどんどん否定されているということですよね。動物が寝ていると“つまらない”となって、手をたたいて起きろと言われたり、石を投げつけられたりしました。営業終了後、おりを確認すると石ころだらけで、すごく悔しくて悔しくて。でも、お客さんのせいにしてもしかたがない。お客さんがそうしたくなるような見せ方をしているという一面もあるんですよね。そのうち、動物園がなくなるといううわさも聞こえてきて、だったら、はじめから作らなければいいのにと。“これでいいのかな、動物園って何なんだろう”と考えるようになりました」

動物の魅力をありのまま伝えたい! 本来の姿を見せる「行動展示」考案

悔しさを募らせる毎日。それでも動物たちは決して“つまらない”存在ではない。そう確信する出来事がありました。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「野生動物は狭いおりに入っていても基本は野生の感性なんです。働き始めて1年目に、保護されたヒグマの子どもの飼育を任されました。子犬や子猫を拾って何日も面倒をみたら、親代わりとして向こうも頼ってくるようになりますよね。だから、この子熊も親がいなかったら生きていけないわけだから、世話をしたら自分に懐くかなと思っていたら、絶対に気を許さない。心配して見ていたらエサを食べないんです。食べなければ死ぬわけじゃないですか。これだけ野生というか、かたくなな生き方をしている生き物がいるのかと。人間的な感覚で、自分は獣医だから動物を助けてあげることが絶対善だと思ってやっているんだけど、彼らはそれを望まず、人から与えられた物は食べないと拒否する。死ぬと分かっていても、目の前にエサがあっても食べない。これは本当にスズメやカラスもみんなそうでした。本当に衝撃だった、こんなすげえ生き物たちがいるんだと」

自分が感動を覚える“すげえ生き物”の魅力をありのまま伝えたい。その思いから生まれたのが、野生に近い状態で動物本来の姿を見せる「行動展示」です。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「動物には潜在的にもっともっといろいろな感性や能力があるはずなんです。“どう見せよう”“どう見たい”ではなくて、たとえばアザラシなら1つでも2つでも3つでもアザラシらしく過ごさせてあげようという発想だったんですよね。やってくるお客さんも動物たちにとって予想できない行動をする“猫じゃらし”として、アクションを引き出すために利用する。動物の視点からまず考えてみようということで、人間を中心に考える欧米型の動物園運営と違うので、おのずから日本でも世界でも初めての展示スタイルになったと思います」

坂東さんは動物が持つ習性を引き出そうと、みずから施設をデザインしました。最初に手がけた「もうじゅう館」(1998年9月オープン)では、ヒョウがのびのびと寝る姿を見せられるよう工夫したと言います。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「ネコ科の動物は眠る時間が長いので、寝ている姿をどう見てもらおうかと頭を使いました。考えたのがお客さんの頭上への展示。ネコ科の動物たちは相対的に高いところにいると、圧倒的に優位に感じるんですよね。だから同じ寝るという行為でも縮こまって眠らないんですよ。のびのびと、本当に気持ちよさそうに寝る。お客さんも上からヒョウに見られたのに気付いて『わあ!すごい』と驚く。それを見て、初めて動物に恩返しができたと思いました」

特に思い入れがある施設は「あざらし館」(2004年6月オープン)です。アザラシの通り道として円柱型の水槽を設けました。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「横に長い空間を作ると当然、垂直に動く様子は見られません。縦型の水中トンネルという形に絞っているので、そこに入ったアザラシはおのずと垂直に体を使うことになる。動物たちが意図しているわけではないけれども、必然的に自分の持っている体の使い方をするように設計しました。初めてお客さんが入ったときに、アザラシがトンネルを通ると『わー』って一斉に歓声が上がった。あれは感動を通り越しましたね。アザラシでみんな心が動くのかと」

「行動展示」によって、動物たちのいきいきとした姿が見られると話題を呼び、「あざらし館」オープン直後の7月と8月の入園者数は東京の上野動物園を上回り、全国一に。そして、この年(2004年度)入園者数が初めて100万人を突破し、全国区の人気を誇る観光地となりました。

“動物園は世界を変えられる” 環境保全への思い未来に託す

閉園の危機にあった動物園を救った“旭山の立て役者”坂東さん。旭川市からの要請で2024年4月に「統括園長」に就任し、後進の職員に「行動展示」のノウハウを継承しています。あわせていま、力を入れている取り組みが環境保全の活動です。近年相次ぐクマの出没など動物と人間の社会とのあつれきが生じるなか、坂東さんは動物園を訪れる人たちに、野生動物をめぐる現状も伝えることで環境問題に関心を持ってもらおうと考えています。

2015年(平成27年)斜里町

その一環として、「えぞひぐま館」(2022年4月オープン)に野生生物の保護活動などを行う「知床財団」が制作したヒグマの生態や人との関係、保全活動を伝えるパネルを設置しました。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「環境をつくり変えるという発想を持つのは人間だけなんですよね。自分が変わるのではなくて、まわりを変えて世界をつくっていく。動物はその環境の中に生きるので、それがなくなったらいなくなるんですよ。それが絶滅です。環境問題を受けて、自然を再生していこうという動きがありますが、そうなったら当然、身近な生き物や自然が増える。『自然を大切に』と言いますが、人間にとって都合のいいものだけがいるわけではありません。私たちは未来に向けて、どう北海道の自然と折り合いをつけていくのかを、本当に真剣に考えなくてはならない時代だと思います」

2019年からは園内で環境保全活動の普及・啓発イベントを開催しています。環境保全団体のグッズを購入すると、そのお金が活動資金にあてられる仕組みです。坂東さんは、動物園が来園者と環境保全活動を結びつける場所になってほしいと願っています。

「行動展示」で動物のありのままの姿を見て、彼らが生きる環境を考え、ふだんの行動を省みてもらう。それこそがこれからの動物園の役割だと、坂東さんは考えています。

旭山動物園 前園長 坂東元さん
「北海道の自然環境と言っても、単なるモノではない。生き物の集合体ですよね。その代表が旭山動物園にいるんです。自然と人間社会の緩衝地帯として動物園がある。ここでは安全を確保しながらヒグマを見て、彼らが生きる自然環境を考えられる。北海道中の動物園や水族館を集めたら年間に何百万人も来ます。『いま、こんな問題が起きています』、『人間が環境破壊の原因をつくっていることがありますよ』とみんなが発信していけば、気付いて問題意識を持つ人が増えますよ。誕生があって、老いがあり、そして死がある。命の循環も含めてしっかり伝えることで、ひと事ではなく、自分事として感じてもらえる。それがほんのちょっとした行動の変容につながっていく。たぶん、きっとそれが動物園のここ10年20年存在する目的になってくると思うんですよね。動物園は世界中どこにでもあるんですよ。私は動物園から世界を変えていくことができると確信しています」

取材後記

坂東さんにインタビューをして、いちばん驚いたことは動物園で働き始めた理由です。「選択肢がなかったので、やむなく動物園に就職した」と言うのです。しかし、決して無関心だったわけではありません。“動物園とはいったい何なんだ?知識を深めたい!”と、愛車を売り、そのお金で国内はもとよりヨーロッパの動物園も見て回ったそうです。そこで気付いたのは動物たちの命や存在価値に優劣はないということ。日本では立派な施設で飼育されているパンダやコアラが、ヨーロッパではほかの動物と平等に扱われていました。「パンダやコアラがいなくたっていい。いま旭山にいる動物たちで勝負したい」。動物たちが持つそれぞれの魅力を引き出す「行動展示」の原点です。
坂東さんが最初に手がけた「もうじゅう館」はオープンから20年以上たちますが、何度訪れても飽きることはありません。“動物が主役”という坂東さんの理念が息づいているからだと思います。この理念が継承される未来の動物園の姿とは…。私はこれからも追い続けます。

2024年4月12日

関連記事
旭山動物園が「登録博物館」に 道教委が登録
旭山動物園の新園長に田村哲也さんが就任

  • 山中 智里

    旭川放送局

    山中 智里

    2022年入局 警察担当を経て2023年から旭川市政担当 岩見沢市出身

ページトップに戻る