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北方領土問題を歌で広めたい 返還運動の“カケハシ”に

  • 2024年2月22日

「黒の波間に漂う中で 見上げた空に浮かぶ君の顔」

 ことし2月に高知市で披露された、「KAKEHASHI」(カケハシ)という歌の一節です。北方領土の返還に向けた一歩となる、四島との交流事業が再開された日がイメージされています。
 この歌は、高知県を拠点に活動するシンガーソングライターの森岡千晴さん(32)が中心となって作りました。北方領土から遠く離れた高知のシンガーソングライターが、歌に込めた思いを取材しました。(根室支局記者 牧直利)  

“近っ!”貝殻島を見たときに受けた衝撃

森岡さんはシンガーソングライターとして活動しながら、地域活動などを行う地元の青年団に所属しています。その中で、北方領土問題に関心を持ったきっかけがありました。
返還運動をけん引してきた根室地方には毎年、青年団を含めた全国のさまざまな団体が視察に訪れます。森岡さんも3年前、青年団の視察で初めて根室市を訪れました。北方領土は遠いものだと思っていましたが、本土最東端の納沙布岬からわずか3.7キロ先にある歯舞群島の貝殻島の灯台を見て、衝撃を受けたといいます。

「貝殻島が自分の想像より何倍も近かったことにびっくりして。それで『えっ』と思ったというか、それがきっかけでした。『あ、これはシンプルに、なんかおかしいな』という気持ちが、私の中でもちょっと芽生えて。で、おかしいだけじゃなくて、せっかくこの機会につながりができたのだから、『ちょっと取り組もう』という芽が、そこでニョキって出たように思います」

森岡さんはその後、何度も根室を訪れたり、返還運動に携わる人たちに高知に来てもらったりして、交流を深めてきました。元島民の2世とのつながりも生まれ、領土問題を身近に感じるようになりました。

北方領土問題への関心 高知では…

一方、北方領土から1500キロ以上離れた高知市で、領土問題はどのように捉えられているのでしょうか。NHKが高知市内の街頭でインタビューを行うと、次のような答えが返ってきました。

50代の女性
「話もまったく進んでいないし、政府の考えていることもはっきりしません。だから、国民もそこまで考えることはないのでは、と思ってしまいます」

20代の男性
「北方領土問題の存在はもちろん知っていますが、あまり身近に感じる話ではありません」

40代の男性
「北方領土の現状など、最低限のことは知っています。距離的な問題ではないと思いますが、日々の生活に密接したものではありませんですから、だんだん関心が薄れてきている不安はあります」

 人によって関心の度合いはさまざまでしたが、身近な問題であるとは言えないようでした。

高知でも領土問題を広めたい 歌詞に込めたこだわり

高知でも領土問題を多くの人に知ってほしいと、森岡さんは考えました。そして、青年団や音楽活動の仲間と話し合ってたどり着いたのが、歌を作って広めることでした。こうして、「KAKEHASHI」の制作が始まりました。

森岡さんたちのこだわりは、特に歌詞に込められています。

「“返還”とか“返せ”っていうワードはもう入れない。あえて入れない。あくまで北方領土問題を知らない若い人たちや、自分たちの同世代や後輩世代が聞いて 『ん?』って思ってもらうところから始めたくて、“返せ”というワードは強く出すぎるところもあるのかなと思い、なくしました。普通に聞いていてエールをもらえるというか、『諦めずに頑張ろう』と思える曲にしたかった」

一方で、「元島民の悲しむ姿はこれ以上見たくない」という思いを“NO MORE”というフレーズにひそませました。

さらに、海を越えてロシアの人たちにも聞いてもらいたいと、ロシア語の歌詞も盛り込みました。

“Для милого дружка семь вёрст не околица”

「愛する人のためなら、7キロほどの距離も決して遠くなく、むしろ近いくらいだ」という意味のロシアのことわざです。コロナ禍やウクライナ侵攻の前まで行われていた、四島に住むロシア人との交流を大切に思う気持ちが込められています。

「KAKEHASHI」

黒の波間に漂う中で
見上げた空に浮かぶ君の顔
トモニ誓ったあの日の約束
灯して繋いで明日へ(タガタメノワガサダメ)

何を言っても無限の闇に
始める力 私から あなたなら?
「会いたい」そのヒト言で
どこまでも 羽ばたいていけるだろう?

NO!NO!NO MORE!この海の向こうへ
涙枯れても あの日が呼んでいる だから
NO!NO!NO MORE!ぼくらの声は
明日へとつながる〝カケハシ″に
さぁ、雨上がりの空へ
Lu~lalala~

Для милого дружка 
семь вёрст не околица

明日は明るくない日もたくさんあるさ
いつかきっとは塞ぐ未来 だから いつも君とか繋ぐ明日
明るいかどうかは僕らしだいだ  いつだって いつだって

NO!NO!NO MORE!この海の向こうへ
涙枯れても あの日が呼んでいる だから
NO!NO!NO MORE!ぼくらの声は
明日へとつながる〝カケハシ″に 
さぁ、雨上がりの空へ
Lu~lalala~ 

返還運動をつないでいく「カケハシ」に

2月7日の「北方領土の日」を控えた3日、森岡さんは初めて「KAKEHASHI」を披露しました。返還を求める高知県民集会の会場に力強い前奏が流れ、森岡さんが歌い出します。

だんだんと力がこもっていく歌声に、会場にいる人は引き込まれていきました。そして、歌を聞き終えた人たちには、前向きなメッセージが伝わっていました。

20代の男性
「前に向かっていくというか、次につながるような雰囲気になっているのが、すごく気に入っています」

20代の女性
「サビの“NO MORE”という部分が、印象強く耳に残りました。すごく力強い歌声で、スーッと入ってきました」

森岡千晴さん
「1つでも、小さなきっかけでも生まれてほしいなという思いがあったので、そこが伝わっていったのではないか。四国や全国に向けて発信して、みんなで1つのことを共有できる、一緒に考えるようなことを、音楽を通じてできたらいいなと思っています」

森岡さんは今後、青年団のメンバーと一緒に高知県内の学校を回り、北方領土問題を広めていくことにしています。「KAKEHASHI」に合わせてよさこいを踊ったり、合唱したりして、歌を通して参加してもらうことで、少しでも自分ごとに近づけてほしいと考えています。返還運動を明日へとつなげていく「カケハシ」に。その道のりは始まったばかりです。

取材後記

「なぜ高知の人が、返還運動の歌を作るのだろう?」。森岡さんたちによる歌の制作について聞いたとき、根室に住む1人の人間としてうれしさを感じるとともに、驚きがありました。恥ずかしながら私自身、根室支局に赴任して初めて、北方領土問題に興味を持った経緯があります。遠く離れた場所にいる人が興味を持つことの難しさを分かっているからこそ、取材を通してその活動を見てみたいという思いを抱きました。
 「元島民が墓参にも自由訪問にもビザなし交流にも行けなくてかわいそうだね、ということではない。全国民1人1人の問題だということを皆さんに理解してほしい」。これは1年以上前、元島民の河田弘登志さんに話を聞いたときに、私がはっとさせられた言葉です。北方領土問題はどうしても、「元島民のこと」「根室のこと」だとされてしまいがちです。しかし、高知という離れた場所で返還運動に取り組んでいる方々がいて、広がり始めている。これほど心強いことはないと感じます。
森岡さんなど高知県の青年団の方々は、ことしも根室への訪問を予定しているということです。私もつながりを大切にしながら、取材を続けていきたいと思います。

(2月7日「NHKニュースおはよう日本」「ほっとニュースぐるっと道東!」で放送)

北海道WEB「“これではダメだ” 北方領土元島民・河田さんの危機感と願い」(2024年2月5日掲載)
北海道WEB「“堅くならず明るく広める” 返還運動にハマった中標津の高校生」(2024年2月21日掲載)
北海道WEB「北方領土と根室つなぐ『陸揚庫』 守り続ける家族」(2023年2月20日掲載)

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