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放送後記:直木賞作家・河﨑秋子さんに聞く

  • 2024年3月15日

アナウンサーの是永千恵です。3月7日放送のまるラジでは、ことし1月に直木賞を受賞した河﨑秋子さんをお招きしました。以前より河﨑さんの大ファンのわたくし。お話をうかがいながら、前のめりになりっぱなしの、ぜいたくな時間でした。朗読大好き大河内惇アナウンサーとともに、河﨑ワールドにどっぷりつかってきましたよ!  

【河﨑秋子さん】
別海町生まれ、十勝地方在住。実家は酪農家で、自身もめん羊飼育の仕事をしながら執筆活動を始める。2014年に「颶風の王(ぐふうのおう)」で三浦綾子文学賞を受賞して作家デビューし、現在は作家に専念。2024年「ともぐい」で直木賞受賞。

まるラジに出演いただくのは2022年10月以来、2回目です。直木賞受賞後、めまぐるしい日々の中、お越しいただきました。(ありがとうございます…!)最近、小中学校の同級生からお手紙をもらうなど、うれしいこともあったんだとか。

同じ道東出身で直木賞の先輩、桜木紫乃さんからもお祝いのコメントをいただきました。

桜木さん:河﨑さん、第170回直木賞、ご受賞おめでとうございます。一報が入ってうれしさと同時にほっとしました。ここからは道内在住というみこしを一緒に担いでください。よろしくお願いいたします。

河﨑さん
本当にうれしいです。桜木さんは折に触れて気遣ってくださったり、「元気かい?」と連絡をいただいたりしています。受賞後お仕事でお会いしたときは、顔を見ただけで泣いちゃいそうになりました。

―直木賞作品「ともぐい」に込めた思いとは?

「ともぐい」は、明治時代の北海道東部・白糠町を舞台に、主人公の猟師・熊爪(くまづめ)が、人間よりも獣に近い感覚でシカやクマを狩り、山の中でひとりで生きていく物語です。

番組では、この「ともぐい」がどんな物語なのかリスナーの皆さんに知ってもらうため、アナウンサー2人が(河﨑さんご本人の前で!!)朗読させていただきました。「楽しみです」と河﨑さんはおっしゃってくださいましたが、き、きんちょう…。まずは大河内アナが物語の冒頭、熊爪が山の中で撃った鹿をその場で解体している場面を朗読しました。

河﨑さん
とてもすばらしくて、聞いていておなかがすいてきました(笑)。

大河内アナ
シーンとしては目を覆いたくなるようなところだけど、思わず読み進めてしまう。どうしてここまで書けるんでしょう?

河﨑さん
実家にいた時に兄が獲った鹿を私が解体とかしていましたので、こういうものだっていうのは知っていて、それを書きました。明治時代の猟師の手記を拝見して、現代の狩猟とはまた違う、生々しい命のやりとりをされていたことをベースに、描写も含めて参考に書いています。

是永アナ
明治時代にひとりで生きる猟師を主人公にした理由はありますか?

河﨑さん
孤立させたかったっていうのはありますね。物語を作る上で、友がいない、家族がいない、共感するものがいない、言葉もない。徹底的に孤立したものを書いてみたかったというのはあります。昔の文献を読んでいると集団で狩りをしていたようで、たったひとりでクマと戦うのは現実離れしているんですが、あえてそこを切り開くことで、“人間性をむき出しにできる”と思ったからです。

白糠町を舞台にしたのは、かつて羊飼いの実習で訪れた時に、「山と沢があってクマがいて鹿がいる、物語が生まれるな」と感じたからだそうです。実際に山で見たものが、部分的に想像と融合して描かれていると言います。
そして、作品の中で圧巻なのが、主人公の熊爪が、巨大なクマ・赤毛と決闘するシーン。こちら、せん越ながらわたくし是永が朗読させていただきました!

河﨑さん
すばらしい。全身の毛穴がブワっと開いた感じがしました。
家畜を飼う仕事をしていて、銃なり小刀一本で獣に向かい合うという純粋な命のやりとりを描きたくて、こういったシーンを挟み込んでみました。

是永アナ
残酷なシーン、生々しいところ、どうやって生まれてくるものなんでしょうか?

河﨑さん
私の中にいるブラック河﨑にお伺いを立てながら(笑)。物を書く上で自分の中に蓄積していた他人の情報や視点のストック…きれいなものだけでなく、怖いものや残酷なものもふだんから持つように心がけています。そこからあえて残酷なもの、後ろ暗いものを出すことはあります。映画を見たり小説を読んだりする時も、暗いもの、自分が書かないようなものこそ選んで取り入れることもあります。

桜木紫乃さんも、「ともぐい」の中の「自分が敵と見なしたら果敢に挑んでいく本能」を特筆すべき点だとおっしゃっていました。この「本能」について河﨑さんは、人の目なんか構っていられないような、言葉さえもかなぐり落としたようなもの、と捉えているそう。物語を生み出すにあたっても、「こういった状況で人間はどう行動するのだろう?」ということを考えた末にひらめくものだと話します。

―河﨑さんが作家になった経緯とは

実家が酪農家の河﨑さん。小さいころから酪農のお手伝いもしていたそうですが、幼少期どんなお子さんだったのか、実家のお兄さんの話も交えて話を聞きました。

河﨑さん
野生児でした(笑)。周りに同級生もいない環境だったので、ひとりで棒を持って外で犬猫と走り回っていました。

大河内アナ
命が身近にあったという実感はありましたか?

河﨑さん
たくさんの動物が周りにいましたし、食べるという対象としても興味があった、食いしん坊でした(笑)。それなりに成長して、生きている鶏がどういう過程で肉になるのかみんな知らなかったのか、と気付いて、じゃあそれをどういう塩梅で物語に取り入れたら驚いてもらえるのかみたいなこともわかってきました。
今ほどインターネットもない時代でしたから、本を読む時間が本当に長かったです。「シートン動物記」や松谷みよ子さん、佐藤さとるさんの本をよく読んでいました。佐藤さとるさんの「コロボックルシリーズ」で読んで感じた“想像をする経験”が、今も心の糧になっているのではないかと思います。

作家への憧れを抱きつつも、大学卒業後に選んだ進路は、なんと羊飼い。これは、学生時代に食べた北海道産の羊肉が本当においしくて、これを自分でも作ってみたいと思ったからだそうです。(ここでも、河﨑さんの食いしん坊の一面が…!)酪農とめん羊飼育の仕事をしながら、29歳の時、執筆活動に再挑戦をします。多忙な中でも挑戦した理由は、「このままだとだらだら書かないでいるなと思って」。その時の作品が「ともぐい」の元になっていると言います。

河﨑さん
29歳の時に書いた作品は、技術とか文章力は稚拙なものではあったけれど、「書きたい」という原動力をとても感じました。この作品を再構築するにあたって、人にお見せすることを前提に文章を書くという大事さを10年分噛み締めて、その分を上乗せできたかなと思います。

―河﨑文学が目指すもの

「ともぐい」で描かれるのはクマとの戦いだけではなく、物語は途中から思わぬ方向に向かい、主人公は運命に翻弄されます。ここからは読んでからのお楽しみ…なんですが、お話できるギリギリのところを、たっぷり伺うことができました。

大河内アナ
クマとの戦いだけで終わらせなかった理由は何でしょうか?

河﨑さん
クマと戦うことは大きなテーマで、それだけで物語を一本作ることも可能でしたが、自分が読者だったらもう一歩踏み込んだものが見たいなという気持ちがありました。そこで、もっと過酷なものを含めて深掘りをしたかった。意表を突きたいという思いがありました。山や森の中では、想定もしていなかったエラーが発生することは往々にしてあるので、それを物語に取り入れたかった。何か起きた時に、どれだけ人間がうろたえるのか、もしくは変化を受け入れるのか、そこでこそ人間性が出ると思っています。

是永アナ
河﨑さんが「ともぐい」で描きたかったものとは何でしょうか?

河﨑さん
本能だけで生きられればいいけど、なかなかそうもいかないと思います。最低限でも人との関わりがあり、その中で思うこと、思い通りになることならないこと、イライラしたり思わぬ嬉しいことがあったりする。人間の“ままならなさ”ですよね。そこに舞台としての山、森を混ぜ込むことで人間の葛藤、動物としてのジレンマ、矛盾をあぶり出したいと思っています。
ありのままを書ければと思っています。社会は人間の倫理でまわっているけど、地球はそうではない。人間も含めた自然のあり方を、現実にあるものからすくい上げて物語として編み上げて、人に読んでもらいたいと思っています。

―さいごに

河﨑さんが描く作品のほとんどは北海道が舞台ですが、その理由は「地元だから、生えている植物、野生動物などの知識がベースにあるので書きやすい」からだそうです。加えて、北海道の歴史関係の資料を読み解いていくと、「新しい場所を得よう、根を張ろう」とあがいている人たちの物語、もともとあったものとの付き合い方が興味深くて、北海道を題材にすることが多いのかもしれません、とお話されていました。
今後は、今まで書いてこなかったテーマにも挑んでいきたいそうで、現在は、囚人の話や、日本海側のニシンの話などを調べて書いているそう。これからも、想像をはるかに超えた、河﨑ワールドに我々を引きずり込んでいただけそうですね。読者として、楽しみでなりません。河﨑さん、お忙しい中本当にありがとうございました!

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