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「点呼が苦しい」 きつ音の僕が教壇に立つ理由

  • 2024年2月16日

「ハンデを持っていながら先生になって通用するのかとか、迷惑にならないかとか、すごい悩み、不安はありました」
 「きつ音」は、話し言葉がなめらかにでない発話障害です。きつ音がある人にとって、職業を選ぶうえでもさまざまな困難があります。中でも生徒を指導する教員はハードルが高い職業の1つです。
 北海道東部の中学校で、きつ音に向き合いながら働く教員を取材しました。
 (釧路局 記者 中山あすか) 

生徒の名前につまってしまう

中標津町立広陵中学校で音楽の教員として働く細野史孝さんには、何気ない学校生活に“壁”が立ちはだかります。「朝のチャイムとともに、生徒の出欠を確認する」という、どこの学校でも見られる風景が、細野さんにとっては大きなプレッシャーになります。

「…さ、佐藤」「……竹田」

きつ音を抱える細野さんは、唇が震えたり、次の音がつまったりしながら1人1人の名前を呼んでいきます。

きつ音の症状は、主に3種類あります。
▼「連発」…「こ、こ、ここんにちは」など、同じ音を繰り返す
▼「伸発」…「こーーーんにちは」など、音を引き延ばす
▼「難発」…「・・・・こんにちは」など、言葉がつまって間が空く

生徒たちには初回の授業できつ音について説明し、言い終わるまで待っていてほしいこと、唇が震えたり急に黙ったりしてしまっても笑わないでほしいということを伝えました。

実は、朝の会の前日、細野さんは自宅で点呼の練習をしていました。生徒33人の名簿と座席表を前に名前を呼んでいきます。つっかえやすいサ行やタ行を中心に、音のイメージやリズム、目線を向ける方向をメモしながら、全員をなめらかに呼べるまで何回も繰り返します。

細野史孝さん
「やっぱり、名前はどもらずにスムーズに言ってあげたいし、呼ばれたいだろうなっていうのは思っていて。点呼は骨の折れる作業ですね。やりたくない気持ちはありますし、逃げるというか、代替案がないかとかめちゃくちゃ探すんですけど、ないですね。シンプルに苦しいなとは思います」

電話で相手が怒ってしまうことも

卒業アルバムの製作について業者と打ち合わせ

点呼のほか、顔の見えない相手と声だけでやりとりをする「電話」も難しい業務です。電話をする際は基本的に、話したい内容の原稿を事前に作っておくことで、落ち着けるように心づもりをしています。

細野史孝さん
「急に僕が沈黙してしまったりとか、次の言葉がうまく出なかったりするときに、今どういう状況で今話がストップしているのかっていうのが相手にわからない。『もしもし』とか『どうしました?』とか言われたときも、『あ、ちょっとすいません』とかとっさに何か言えるわけでもないので、ずっとフリーズしてしまうっていうのが、難しいかなと思います。『なんですか?』みたいな、ちょっと雰囲気が悪くなったりご立腹な感じで言われたりすることもありました」

「中標津町立広陵中学校の細野です。お世話になっております」という決まり文句に慣れるまでも、長い時間をかけて、言いやすいように順番や細かい言い回しなどを模索したといいます。
電話や校内放送の呼び出し、生徒指導など、教員はきつ音のある人にとってハードルが高い業務が多くあります。

細野史孝さん
「それを知っていながら先生になるっていうことは、やっぱり、それをふまえて自分でちょっと頑張る努力というか、乗り越えるとか、準備をするのは前提なのかなとも僕は思ってはいて。ただ、それでも、どもりで息が苦しくなっちゃったりとか、精神的に苦しくなっちゃったりっていうのはあるので、そうなってまで自力で乗り越えなければいけないとは思っていません。そこは合理的配慮があればいいなと。他の人にやってもらうのが可能な業務であればやってもらうっていう」

業務については、重要でない電話を他の人に変わってもらえたり、点呼の際に事前に録音した音声を流せたりすれば助けになるとのことでした。

きつ音が就職活動の壁に

細野さんも教員を目指すにあたって悩んだり、就職活動で苦労したりしたということですが、きつ音があることで職業の選択に影響を受ける人は多いのが現状です。
きつ音のある180人あまりを対象に行われた調査(筑波大学 飯村大智助教による)では、次の回答が得られています。
▼「きつ音によって職業選択の幅が狭まった」…71%
▼「きつ音のために話すことの少ない職業を選んだ」…47%
▼「就職の妨げとなった」…66%

また、当事者が求める配慮として、
▼きつ音の正しい知識を持ってもらう、▼苦手な場面や言葉があることを理解してもらうなどが挙げられたということです。

コツを学ぶために言語聴覚士のサポートも

スムーズに話すコツを学ぶため、細野さんは2年ほど前から病院にも通っています。きつ音のある人に対してリハビリをしている施設や病院は少なく、細野さんが住む中標津町から病院のある釧路市までは車で1時間半以上かかります。

担当の言語聴覚士に近況を報告したり、一緒に発声練習をしたりしながら、自然な話し言葉の抑揚やリズムを獲得できるようアドバイスを受けます。

釧路協立病院 言語聴覚士 磯貝智さん 
「当初始めた頃に比べたらだいぶ違うんじゃないかと思ってますね。声の質っていうところが、こう、響くいい声にはなってきてるんじゃないかなと」

大好きな音楽を生徒たちに

困難がありながらも、細野さんが教壇に立つ原動力。それは、大好きな音楽を生徒たちに教え、成長を間近に見られる喜びです。

細野史孝さん
「もともと4歳からピアノをやっていたっていうのもあって。音楽の素晴らしさとか、音楽を聞いたり歌ったりすることで感じられる魅力とか、楽しさとかっていうのを、子どもたちに伝えていきたいなと」

今は、卒業式を前にした3年生の合唱の指導に力をいれています。ソプラノやアルトなどパートごとに生徒を集め、細野さんはピアノを弾きながら実際にメロディーを歌って音程を伝えます。歌っているときには、リズムや音程に乗っているためか、きつ音は出ないのだそうです。
授業の最後にクラス全体で合わせてみると、未完成ではありながらもきれいなハーモニーが音楽室に響きました。新たな門出に向けて踏み出す生徒たちの、優しい歌声です。

男子生徒
「やっぱみんなで歌って、うまく合ったときがめっちゃ気持ちいいです。細野先生は、めっちゃ生徒思いで優しいです。(きつ音については)初めは驚きましたけど、今はもうなんか慣れたというか、理解できたので、あんま気にしてないです」

女子生徒
「先生が歌を歌っているときは、全くつっかかりもなく迫力のある歌声で、全くきつ音を持っているとは感じないので、そこが不思議に思っています。私自身はきつ音という言葉を知りませんでしたが、1度つっかかったりしても最後まで生徒たちに伝えようとするところが、先生自身の壁を乗り越えようとしているっていうことが伝わってきます」

細野史孝さん
「黙っているときに、『今話そうとしているけどここ(のど)が閉まって声が出なくて黙ってる』ときもあれば、『唇がすごい震えてて、しゃべろうとしてるけど、マスクをしているから、はたから見たら何もない』みたいなときもあります。もちろん他の人は気づけないですけど、そういう状態にあるのに他の人の言葉で傷つくっていうのはすごく悔しい。だからといって、自分のことを伝えるにも伝えられない。
自分が誰にでもそれをやろうと努めているのは、『何か理由があってこうなんだろうな』というのを寛容に受け止める。まずはきつ音、自分のことだからきつ音っていうふうには思うんですけど、見えるだけの障害じゃないのもたくさんあるから、もっと見えないところまで気遣えるというか、そういう考え方がどんどん増えていけばいいなとは思います」

取材後記

目には分からない部分で悩む自分だからこそ、生徒たちの見えないところに気づいて寄り添いたいという細野さん。その普段の姿から、生徒たちも励まされたり、学んだりしているのだと取材を通して感じました。子どもたちにとって、学校の教員は最も身近な大人の一種です。多様な先生たちがそばにいることは、貴重な経験になると思います。だからこそ、周囲がきつ音やほかのさまざまな事情を抱えた当事者と対話を重ね、職場でどのようなサポートができるのかを調整することで、いろいろな先生が安心して働けるようになってほしいです。

2024年2月16日

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