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「全盲の精神科医」の日々を取材して ~おかゆモードとレトルトカレー~

  • 2024年3月15日

美唄の精神科クリニックで17年間診療を続けてきた、精神科医・福場将太さん(43)。徐々に視野が狭まる難病を患い、32歳の時に視力を失いました。いまは患者さんの声色に耳を傾け、診療を続けています。北海道道ではお伝えしきれなかった、福場先生の毎日をディレクター目線でご紹介します。
(NHK札幌放送局ディレクター 堀越未生) 

「NHK地域局発」で再放送決定!
『ぼくだからできること~美唄・全盲の精神科医の日々~』
2024年5月11日(土)午前5:10~ <総合・全国>
※放送後、NHKプラスで見逃し配信(1週間)

★福場先生の診療風景やこれまでの歩みについての記事はこちらから
ぼくだからできること ~美唄・全盲の精神科医の日々~

 

タイトルに「全盲の精神科医」?

タイトルを決めるのは番組作りで最も重要な、ディレクターの仕事です。
でも放送ぎりぎりまで、「全盲の精神科医」と入ったタイトルにちょっとだけ自信のない自分がいました。

その「迷い」のきっかけは、取材のとき福場先生がこんなことを話していたから。

画像説明:福場将太先生

「自己紹介するときに、精神科医の福場将太です、とは言いたくなくて。
福場将太です、仕事は精神科医です、持病は網膜色素変性症です、みたいな感じが、しっくりくるんです。」

みなさんは自己紹介をするとき、どう話しはじめますか?
私は「NHK札幌のディレクターの堀越です!」と、意識せずとももう何千回も自己紹介してきたと思います。なんの疑問も抱いたことがありませんでした。

でも、そうは言わない、という福場先生。

うまく言えないけれど、なんだかドキリとしました。
そしてそこに、福場先生をもっとよく知ることができる秘密があるような気がしました。

 

同僚が語る福場先生

福場先生がどんな人なのかもっと知りたい。同じ法人の病院で働き、福場先生と長年一緒に仕事をしてきた、同僚の澤口篤さんにお話を聞きに行くことに。

画像説明:先生の診察室を訪ねる澤口篤さん

澤口さんは精神保健福祉士として、患者さんの日々の暮らしの相談・援助を担当しています。福場先生が美唄の病院に来て以来、長期入院の患者さんの退院を目指した治療や援助に一緒に取り組んできた“戦友”です。

2人が出会った当時、福場先生はまだ20代後半で、目の病状が急速に進行している最中でした。そんな先生をそばでどう見てきて、どう接してきたのか聞かせてほしい、と思っていた私は、またここでドキリとします。

画像説明:澤口篤さん

澤口さん
「先生は、昔も今も変わらないんです。ずっと朗らかで、ギターを弾いていて。
先生と会うと、病気や障害のことを話す前に、楽しい話がはじまるんです。もしかしたら配慮がないって批判されるかもしれないけれど、目が見えている、見えていないということがあること自体を忘れてしまうというか。本当にただただ普通に接してきた、という感じで。」
 

「病気や障害について話す前に、気づいたら楽しい話をしている。」

そしてこの後、私たちロケクルーはすぐにそのことを実感することになります。

 

おかゆモードとレトルトカレー

福場先生のお部屋を訪ねたときのこと。

帰宅後の先生のルーティンは、お米を炊くこと。外食することは難しいので、基本、自炊をしています。この日のメニューはレトルトカレー。カレーを温めて、トマトを用意し、炊飯器の炊き上がる音が鳴るのを待っていました。

しかし、待てど暮らせど、50分たっても、炊飯器の音は鳴りません。

画像説明:炊飯器と福場先生

カメラマンがよく見ると、炊飯器はおかゆモードにランプが。

カメラマン「先生、おかゆモードになっていますねこれ」

福場先生「えっ、おかゆモード?そんなボタンがあるんですね。カメラがきているので緊張して間違って押してしまったかもしれないですね……。どうしましょう……」

たくさんボタンのついた家電を使うことは、視覚障害のある福場先生にとって、簡単なことではありません。最低限の必要なボタンを友人や家族に教えてもらい、その場所を記憶して使っているといいます。

私は、そこからさらに20分以上炊き上がらない炊飯器を一緒に待ちながら、見えない中で一人暮らしをする苦労は計り知れないな、と感じていました。

そのとき。

画像説明:ソファーでひらめく福場先生

福場先生「おかゆと、温めたレトルトカレー…これは、トリックに使えますね…」

「えっ…?」

福場先生「殺害現場に残された炊飯器におかゆが入っているのに、レトルトカレーが温められていたらおかしいですよね……。」

 

推理が、始まった

北海道道の放送では、得意のギターで患者さんと一緒に歌い、診療後一人で歌っていた福場先生。でも、もうひとつ、紹介しきれなかった先生のライフワークがありました。

それは、推理小説を書くこと

おかゆモードになってしまった炊飯器から、先生は推理小説の設定を考えていたのです。

画像説明:自宅の書斎で音声パソコンを使い、
オリジナル推理小説「刑事カイカン」シリーズを執筆する福場先生

福場先生
「つまり、犯人は被害者がおかゆを食べる予定だと知らない人物……。メインのトリックにはきっと使えないですけどね、サブのトリックとしてはいいんじゃないですかね!これは!」

先生があまりに楽しそうだから、つられて私も、カメラマンも音声マンもみんなでしばらく笑っていました。

見えない中で暮らす苦労に勝手に思いを馳せて同情していた自分と、トリックの着想を得てニコニコ楽しそうな福場先生。

私はここでまた、ドキリとさせられたのです。

 

「全盲の精神科医」への違和感の正体は

はじめに福場先生にお会いしたのは、知人から美唄に「全盲の精神科医」がいる、ということを教えてもらったことがきっかけでした。

でも実際に福場先生と話していると、その「全盲の精神科医」のことを忘れてしまう。ついついこちらも楽しくなっている。

目のことで、辛いこと、悔しいこと、これからも全くなくなることはないし、いまでも不安はありますよ、と福場先生は話します。

それでも先生自身が、日常に起きることをただただ全力で楽しもうとしている。そのエネルギーが、「全盲の精神科医」の肩書を大きく超えて、こちらに伝わってくるからだと気づかされました。

画像説明:自宅の一角には大好きなドラえもんが置かれている

画像説明:友人の佐藤さんとスパカツランチ

結局、悩んだあげくタイトルには全盲の精神科医、と入れました。
視覚障害のある当事者の方、当事者の方の周囲の方、精神科の医療に関心がある方に、少しでも番組を届けるきっかけになれば、という思いもありました。

でも、タイトルだけでは伝わりきらない、全盲で、精神科医で、ギターが得意で、激辛カレーと近所のレストランのスパカツが大好きな、福場先生の日々。
番組でぜひご覧いただきたいです。

「NHK地域局発」で再放送決定!
『ぼくだからできること~美唄・全盲の精神科医の日々~』
2024年5月11日(土)午前5:10~ <総合・全国>
※放送後、NHKプラスで見逃し配信(1週間)

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