クマ襲撃事故から半年 対策進む朱鞠内湖はいま
- 2023年10月27日
5月、上川の幌加内町にある朱鞠内湖で釣り人がクマに襲われて亡くなりました。事故を受けて、地元の観光関係者は町などの協力を得てクマ対策を進めてきました。事故から半年。キャンプ場や釣りの営業再開にこぎつけたものの、安全を確保するために設けたルールで湖の様子は一変しています。現地のいまを取材しました。
(旭川放送局 上松凜助)
穏やかな湖で起きた襲撃事故
幌加内町にある国内最大の人造湖・朱鞠内湖。
イトウやワカサギ釣りが盛んで、キャンプやツーリングで訪れる人が多い、町を代表する観光地です。この穏やかな湖で5月、事故は起きました。
釣りに訪れた男性がクマに襲われて亡くなったのです。その後、現場の近くで体長1.6メートルのオスのクマ1頭が駆除されました。
事故直後、湖畔のキャンプ場や渡し船を運営するNPO法人の代表、中野信之さんがNHKの取材に応じてくれました。
NPO法人「シュマリナイ湖ワールドセンター」 中野信之 代表
「いままでクマによる事故は朱鞠内湖でも幌加内町でも聞いたことはありません。すごくショックです」
観光地を直撃した事故。キャンプ場は閉鎖され、釣りの営業も自粛に。
湖でレジャーを楽しむ人たちの姿は消えました。
二度と事故を起こさない 安全対策徹底
中野さんは、幌加内町や専門家などの協力を得てクマ対策を行い、安全を追求してきました。そのひとつが電気柵です。キャンプ場を取り囲むように1キロにわたって設けました。
また、クマの出没をいち早く把握するため、湖周辺に赤外線カメラ約50台を設置。中野さんは、毎日カメラの画像を確認しています。
取材に訪れたこの日も、カメラのひとつがクマの姿を捉えていました。なかには、連日のようにクマが写る地点もあるということです。
NPO法人「シュマリナイ湖ワールドセンター」 中野信之 代表
「ここにクマが生息しているということがはっきりと分かりますよね。そのうえで、どういう性格のクマなのか、同じ個体なのか、それとも別なのか、データをたくさん集めていって、そのなかで釣りをどう楽しんでいくか考えていかなくてはならない」
さらに、レジャーの楽しみを守るために、中野さんは釣り人に求めるクマ対策を盛り込んだ「朱鞠内湖ルール」を独自に策定しました。▼単独での行動を原則として禁止、▼クマよけのスプレーや発煙筒の携行などを義務づけています。
NPO法人「シュマリナイ湖ワールドセンター」 中野信之 代表
「われわれはここ朱鞠内湖で仕事をして、暮らしをしていかないといけません。使命感を持って安全対策を万全にしています」
事故から半年 営業再開も湖の様子は一変
クマ対策を万全にしたことで、9月までにキャンプ場と釣りの営業は再開され、10月には渡し船の運航もできるようになりました。
釣り客が徐々に戻りつつある朱鞠内湖。しかし、その様子は事故の前から一変しました。
釣り人が自由に場所を決められたポイントも、クマが陸伝いに来られない島に限定。加えて「朱鞠内湖ルール」では万が一、クマが接近してきた場合に備え、常に複数人で動き、お互いに安全を確認するように求めています。
安全を追求した結果うまれた“複数人行動”のルール。常連の釣り人からは「大自然でひとり釣りに没頭できる気楽さや楽しみが失われてしまった」という声も寄せられていると言います。
湖で自然を満喫してほしい。一方で、二度と事故があってはならない。中野さんの心境は複雑です。
NPO法人「シュマリナイ湖ワールドセンター」 中野信之 代表
「悩ましいですね。私も釣りが好きなので、ひとりで釣りをしたいという気持ちはとても分かります。さまざまなレジャーで単独で楽しむ人はけっこういますよね。どういう方法が正しいのか…難しい問題ですね」
それでも、中野さんは釣り人にクマ対策への理解を粘り強く求め、レジャーと安全の両立を目指します。
NPO法人「シュマリナイ湖ワールドセンター」 中野信之 代表
「現在は釣りを湖の島に限定して、単独行動は原則禁止としていますが、いつまでもこのままでいいとは考えていません。釣り人の協力を得たうえで、コミュニケーションをとりながら、レジャーと安全のバランスを見極めていきたいです」
取材後記
北海道の観光地の“宿命”とも言える、大自然でのレジャーの楽しさと安全との両立。中野さんをはじめ観光関係者は悩みながらも、この正解のない課題に向き合い続けています。
これから長い冬に入る朱鞠内湖。来シーズンは、事故の前のようなにぎわいが戻ってくるのでしょうか。中野さんたちのクマ対策は正念場を迎えます。
今後も現地に足を運び、“湖の今”を取材し続けます。
2023年10月27日