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「1頭の馬が無事に競走馬になるように」~馬産地で奮闘する獣医師

  • 2024年5月14日

あの名馬、トウカイテイオーも輩出した北海道・日高地方。年間およそ6千頭が生産される日本一の馬産地です。生まれたばかりの仔馬をはじめアスリートとして日々訓練が行われる育成馬など、多くのサラブレッドが暮らしていますが、馬の病気やケガを治療し命をつなぐ繁殖に関わる診察など、獣医師の存在は欠かすことができません。「優駿のふるさとは未来へ 第5弾」は、馬産地で競走馬の健康と命を守るため、日々奮闘する獣医師の現場を取材しました。
(室蘭放送局 山本 直広)

優駿のふるさとは未来へ 第5弾
「馬の獣医師がささえる命」
【初回放送】 4月29日(月) 午後6時35分から 以降は随時放送
総合(北海道向け)
【ナレーター】Machico(声優)

番組動画はこちら(5月14日 午後4時から配信)

 

繁殖シーズン

日本一の馬産地、日高地方で種付けされる繁殖牝馬(お母さん馬)の数はおよそ年間8千頭以上。繁殖シーズンを迎える2月~6月は、繁殖牝馬の受胎精度を高める目的で馬の排卵時期を予想するため、繁殖牝馬1頭ごとにエコーを使った直腸検査等が行われます。1頭のサラブレッドを生産するためには、繁殖牝馬の適切な交配時期の特定は、欠かすことができない大切な診察となります。また、種付け後の排卵検査や妊娠鑑定など、1頭の繁殖牝馬には獣医師による複数回の診察が行われます。

 

ぞれぞれの牧場に寄り添って

獣医師の野坂拓史さん。日高軽種馬農協に所属する獣医師となって7年目になります。獣医学を学んだ大学卒業後に牛を専門とする職場に就職しましたが、小学3年生から続けている乗馬を通じて、人馬一体となり意思疎通が図れる馬の魅力が忘れられず、馬の獣医師になるために北海道へやってきました。名だたる名馬を輩出する大牧場などいくつか選択肢がある中で、野坂さんが新たな勤務先に選んだのは、規模は関係なく日高地方の牧場を広く担当する、地域に根ざした職場でした。

獣医師 野坂拓史さん
「それぞれ牧場ごとに考え方があるのですが、コミュニケーションをしっかり取りながら各牧場に寄り添ってやっていきたいと思いました。規模に関わらず各牧場に寄り添ってやっていく、自分はその方が向いているかなと」

馬の診察にあたっても、生産牧場のスタッフさんとのコミュニケーションがとても大切になるそうです。普段の馬の様子を近くでよく見ているのは牧場のスタッフさんであるからこそ、馬の状態や症状についてよく話を聞いたうえで診察にあたります。そうしたコミュニケーションが、馬についての情報を正しく伝えることにもつながると言います。

野坂拓史さん
「馬だけを診るのではなく、牧場さんによく馬の症状とかを聞いています。普段見ている牧場さんが一番症状をわかっているので」

忘れられない1頭の馬

野坂さんが治療に関わった馬の中で、忘れられない1頭のサラブレッドがいます。馬の名前はオグリマックイーン。生まれた時から四肢に異常があり、生まれて1日~2日は自力で立つこともできず3日目にやっと人の支えで立つことができるほどの厳しい状態で、競走馬としてデビューすることは難しいと思われていました。

野坂拓史さん
「難産で生まれてきたので、生まれた瞬間は一旦は良かったなという感じでしたが、立っている姿を見て『ちょっとこれは厳しいんじゃないかな』という、どこまで頑張れるかなという感じでした」

治療中のオグリマックイーン

たとえ競走馬になることが難しくても、治療して良くなってほしいという関係者の思いに応えるため、仲間の獣医師・装蹄師・牧場と協力して半年ほど治療を続けました。

野坂拓史さん
「僕一人では対処しきれなかったので先輩や後輩の獣医にも手伝ってもらいました。爪の形を矯正して後ろ足にスリッパ(補助具)を履かせるため、装蹄師さんにも試行錯誤してもらいました。やっぱり日々のケアが大切なので、牧場さんにもいろいろご協力をいただきながら、本当にいろいろな方に助言や助力をいただきながら治療していきました」

そして、関係者の懸命な治療と思いに応えるように、オグリマックイーンは生まれて2年後、無事に競走馬としてデビューを迎えることができました。

映像提供:ホッカイドウ競馬

野坂拓史さん
「治療をして手を離れても後々駄目になってしまう仔もいるので。そのあと順調に成長してくれてレースに出ると決まった時には、やっていて良かったというか、このためにこの仕事をやっているんだな、という気持ちでした」

そして野坂さんは、この経験をこれからの治療につなげていきます。

野坂拓史さん
「こういう仔が競走馬になったというのはなかなか見る機会もないですし、将来的に同じような症例を診る時に、『諦めたものではない、競走馬になる可能性はあるよ』と牧場さんにも言えるので」

 

未来を担う仔馬たちと向き合う

馬産地で生まれる仔馬たちも、すべての馬が無事に競走馬としてデビューできるわけではありません。特に仔馬は病気にかかりやすく、また放牧中に他の仔馬とじゃれあう中でケガをすることもあるといいます。

野坂拓史さん
「生まれたばかりの仔馬は弱くて、感染症などにもかかりやすいところがあります。きのうは元気だったのにきょう診たらぐったりしていて、危ない状態になっていることがよくあるんです。本当に1頭1頭を真剣に、注意深く診ていかないと安心できないというか。そういう仔馬に治療を施した後、放牧して元気に走り回っているところを見ると、やっていて良かったなと思います」

野坂さんは牧場から牧場への往診を繰り返し、多い時は1日30頭以上の馬を診察します。日々たくさんの馬と接しながら、1頭1頭の馬をこれからも大切にしていきたいと語ってくれました。

野坂拓史さん
「一人で仕事をするのではなくて牧場さんや装蹄師さんなどいろいろな人と手を組んで、1頭の馬に対して手をかけてやっていけたらと思います」

普段は温厚な野坂さんが、突発的な病気の治療で急いで現場に向かう時の表情からは『1秒でも早く馬のもとに駆けつけたい』という、強い使命感を感じました。過去に治療した馬が無事にレースを駆け抜けた姿を思い出す時には、目に涙を浮かべた野坂さん。馬へのとても深い愛情が、獣医師としての仕事を支えているのだと感じました。“1頭のサラブレッドには多くの思いが詰まっている”。その言葉の意味を、また深く知ることができた取材となりました。

 

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