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「没後15年 氷室冴子をリレーする」

  • 2023年6月23日

第6回 自由に、好きに生きなさい ~漫画家・萩尾望都~

ことし6月で、亡くなってから15年になる、岩見沢出身の作家・氷室冴子さん。
かつて読者だった作家や友人、編集者のインタビューリレーから、氷室冴子さんの作品が放つ力と、人生をたどります。第6回は、漫画家の萩尾望都さんです。
※取材の様子は、6/23(金)午後7:30から「北海道道」で放送します(NHKプラスで全国からご覧いただけます)

萩尾望都(はぎお・もと)さん
1949年、福岡県うまれ。1969年、デビュー。SFやファンタジーなどを取り入れた壮大な作風で知られ、『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞など、受賞多数。2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章。ほかの代表作に『トーマの心臓』『半神』『銀の三角』など。現在、『ポーの一族』の新作を連載中。


―氷室さんとの交流の中で、印象に残っていらっしゃるエピソードはおありでしょうか?

萩尾望都さん(以下、萩尾)「氷室さんは本当にいつもお元気で、お話がとにかく面白い。歴史のことも詳しかったです。私たちの間では宝塚の話を頻繁にしていて、当時、氷室さんはトップスターの一路真輝さんが大好きで、「一緒に見に行きましょうよ」と言って、よく宝塚公演に伺いました。宝塚市の、「ムラ」って言うんですけど、その公演にも行かせて頂きました。すごく氷室さんうれしそうで、とても楽しかったです」

―2018年に宝塚歌劇団で初演になった『ポーの一族』を、もし氷室さんがご覧になられていたらきっと喜ばれたでしょうね?
萩尾「ああ、本当にね。『ポーの一族』は、一度、あと書きをお願いしたんですけど、すごくいいものを書いていただきました。ご本人はすごく呻吟して、何度も書き直してくださって、ありがたかったです。だから、舞台があるまで元気でいらしたら、絶対見ていただきたかったんですけど、天国で見ていただけてるかなぁ。本当に惜しかったです。ご病気で虹の橋を渡っていかれて…」

萩尾さんの代表作のひとつ「ポーの一族」


―氷室さんとは、公私ともに交流がおありだったのですね?
萩尾「ええ。氷室さんと一緒に小学館漫画賞の審査員に選ばれたことがあって、男性審査員が多い中で女性審査員が私と氷室さんだったんですけど、その審査もとても面白かったです。『NANA』が候補にあがったときに、賛否が分かれてしまったんですよ。私と氷室さんはもちろん大賛成で、素晴らしい作品なんですけど、2人いるNANAのうち、ちょっと気の弱いほうが、いろんな恋愛をしては失恋して、恋愛をしては失恋し、を繰り返すんです。それで、「こんなに次々と男をかえる女は嫌いだ」って別の審査員の方が言われてね(笑)。困ったなと思ったら、氷室さんが、「なぜ彼女が次々と恋をするのか、それは彼女が深い淋しさを抱えているからである」と、弁舌を振ってくださって。それを聞いた男性審査員が、納得してくださって、『NANA』が受賞した経緯があるんです。言いたいことはいつもきちっと相手に分かるようにお話しなさる方でした。本当に心強かったです」

―氷室さんの創作の源にあったものは何だったと、先生はご覧になっていたでしょうか?
萩尾「『なんて素敵にジャパネスク』がものすごく面白かったので、氷室さんに話したことがあるんです。「私、平安時代の女の人は、奥座敷に引っ込んでるだけだと思っていたけど、これはすごいわ。瑠璃姫があんなに活躍して」って言ったら、氷室さんが「平安時代だから書けたのよ」って。「こんな元気な女の子はね、現代に持ってきたら、逆に嫌みになっちゃうのよ。この時代だから、元気はつらつな女の子を書けたのよ」って、そういう話をなさってました。キャラクターの造形も巧みで、熱心でしたね、本当に瑠璃姫も高彬もそばにいるみたいな感じで、どんどん物語の中から立ち上がってくる。すごい筆力だと思いました」

―現代で生き生きとした女の子や、大人の女性を書く難しさは、先生も氷室さんとの対談で言及されていました。やはり、日本の社会の状況が大きいのでしょうか?
萩尾「たぶん少しずつ変わってきているんじゃないかと思いますけど、とにかくおもしが重いので、活躍する以前に体力を鍛えなきゃいけない、味方を増やさなきゃいけない。そういったことも含めて活躍の場を広げていかなければいけない。難しいなりの面白さはあると思うんですけれど、大人の女の人が元気で突っ走るだけでは、なかなかうまくいかない(笑)。やっぱりそれが大人というものなのかなぁ…。だから逆に、元気なだけで突っ走っている少女たちが本当に愛おしいという感じがします」

―先生との対談の中で、氷室さんは「媚びない」ことを大事にしていると語っていらっしゃいます。そういったご姿勢は、作品からもお感じになっていたでしょうか?
萩尾「瑠璃姫がすごく元気なので、「この小説を読んでいたら、私も、すごくおてんばな少女を主人公にした現代物の漫画を描けていたかもしれない」って氷室さんに言ったことがあります。おてんばな女の子を描くことに、自分の中でブレーキがかかっていたので。氷室さんの作品は、『海がきこえる』とか、主体性のはっきりした女の子が出てくる話が多かったから、本当に氷室さんの持っている元気さのエネルギーがそのまま出たような作品群だと思います。どれをとっても、引っ込み思案の主人公の女の子って出てきませんものね」

―自由な存在を描きたいということは、お二人の間で共有されていたのでしょうか?
萩尾「少女漫画の世界、もしくは少女小説の世界では、比較的早くから自由に動く主人公がたくさんいたんです。ですが、逆に大人の文学の世界では、あまり自由じゃない女の人が多かったものですから。私は、少女漫画や少女小説の世界は、そういった現代的な女の子がたくさん出てくるのでとても好きでした。自分が遠慮したり、押さえつけられたりしている部分が、読むことで発散できるようなところがあって」

―対談の中で、氷室さんは、「男の子は人生の主役になれていいよね」とお話しされていましたね?
萩尾「そうなんですよね。でも、だからこそ、作られる小説の中では女の子が主人公ですよね。それはやっぱり、女性を書くのがすごく好きだったからじゃないかと思うんです。「女の人が、こうなったらいいな」っていうような。ナイーブさと力強さと潔さと、全部ひっくるめて持っているようなところにすごく憧れてらしたみたいです。キャラクターの、人間としての枠を大きく大きく作っていきたいと、そんな話もされていました」

―氷室さん自身も、個として自立された方だったんですか?
萩尾「そうですね。その自立の加減で、結構周りの方々と、いろんなことがあったみたいですけど、臆せず闘っていらしたみたいでした」

―自由に生きることの難しさが、ご本人にもあったのでしょうね。
萩尾「「自由に生きる」というのは美しい言葉なんですけど、代償が伴いますからね。どこまで妥協するか、どこまで突き進むか、そういった兼ね合いも要ります。けれど、氷室さんはたぶん、小説の中では絶対妥協しない(笑)。だから、物語のキャラクターも元気で明るいんだと思います。読んでいると、本当に「頑張れ、負けるな」ってちょっと言いたくなってしまうような。それでいて強いだけじゃない、けなげさや思いやり、そういったものが全部入っています。氷室さんは本当にたくさんの作品を書かれていましたけど、『銀の海 金の大地』は輪廻転生もので、「こんなお話になるよ」、「いや、先言わないで」って話したものです(笑)。「楽しみに待つから先を言わないで」って言うんだけど、途中まで話していただいて。だけど、最初の転生が始まる前に、氷室さんがどちらかに行かれてしまって、すごい残念です」

―『銀の海 金の大地』、私も11巻まで読んでものすごく面白かったんですけど、続きをお聞きになっていらっしゃる数少ないおひとりが、萩尾先生でいらっしゃると思います。どんなことをお話しされていたのか、可能な範囲で教えていただけるでしょうか?
萩尾「4回転生するところまでは聞いたんですけど、細かい話は聞いていないんですよ。だけど、(物語に登場する)佐保がどんなところであるとか、その頃の大和王朝の成り立ちの話とか、継体天皇がどんなふうにして大和に入ったかとか、そういった話を細かくお聞きしまして、歴史の捉え方だけでもすごく面白かったです。4回の転生が、現代までつながるのかなと、すごくわくわくしたんですけれど、せめてどこかにメモが残ってないでしょうかね…。きっと、もっとたくさん書かれたと思いますし、それに時代はどんどん変わってきていますから、今、生きていらしたら、新しい話題もどんどん吸収されて、シンクロしながらお話を書かれていかれたんじゃないかと思います」

――今回、萩尾先生にこの取材をお受けいただいて、氷室さんが学生時代に評論を書かれている『トーマの心臓』の、「人は二度死ぬという まず自己の死 そしてのち友人に忘れ去られることの死」という言葉を、思い返しました。
萩尾「皆さん忘れないで読んで頂きたいですね。『なんて素敵にジャパネスク』なんて、1980年代に書かれた作品ですけど、今読んでも新鮮で面白い話です。平安時代に女の人が縦横無尽に活躍する話は少ないから、新しい見方だと思います。女の人じゃないと、ここまでは書けないんじゃないかなと思います。今みたいにインターネットがない時代にすごくたくさん本を読んでいらしたし、研究もしていらした。そしてそれを全部覚えている。それはすごいなと思います」

―氷室さんは、特別に成績がいいとか、特別に美人ではない女の子を書きたいということを対談でもおっしゃっていましたが、そういった感覚は、先生も共有されていたでしょうか?
萩尾「私たちは、小さいときから親や学校に「ちゃんとした人間になりなさい」、「いい成績をとりなさい」と教育を受けるわけですが、逆に、そうでなければ生きている価値がない、愛されないと思ってしまって、そうなれない人のコンプレックスを刺激してしまう。氷室さんは、そうじゃなくてもいいんじゃないかというスタンスで作品を書かれていますよね。むしろもっと大事なのは、誠実であることとか、面倒見のいいこととか、思いやりがあることとか。それから、無駄なこと(笑)。生きていく上でたくさんの無駄なことが大切なんだと書かれていると思います。主人公が寄り道をしたり、はっちゃけたり、変な子と知り合ったり、普通の人はこんなことしないよねという行動をして、はまり込んでいく。でもやはり物語ですから、それが後で主人公を助ける手がかりになってきたり、主人公が成長する糧になったり、励ましになったりする。読んでいると、人生で出会うものに、何一つ無駄なものはないんだなと感じます。それがたとえ苦労であっても、糧になるんじゃないかと思います」

―氷室さんは作品を通じて、読者の方に何を与えていたと思われますか?
萩尾「「自由に好きに生きなさい」っていうメッセージじゃないかと思います。主人公がいろんなことをやって、みんなに呆れられたり嫌われたり、本人も反省したり、泣いたり笑ったりするんですけど、それでも読者はその主人公を好きになる。だから、読者もそんなふうに自由に前向きに生きていいんだよっていう、そういうメッセージじゃないかなと思います」

―ありがとうございました。

(札幌放送局ディレクター 山森 英輔)

■北海道道「没後15年 氷室冴子をリレーする」再放送
 7月1日(土)午前9:00~9:27<総合・北海道>
 【MC】鈴井 貴之・多田 萌加 【出演・語り】酒井 若菜

■「没後15年 氷室冴子をリレーする」43分拡大版
 7月9日(日)午後1:05~1:48<総合・北海道>
 【出演・語り】酒井 若菜
※放送後NHKプラスで配信  ←道外の方も全国から視聴できます!

▶「没後15年 氷室冴子をリレーする」 特設サイト

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