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【変わる障害者雇用】第2回:企業内ジョブコーチが活躍する老舗百貨店(後編)

2014年11月20日(木)

【変わる障害者雇用】第2回:企業内ジョブコーチが活躍する老舗百貨店(前編)の続きです。

教育現場の人間が、障害者の職場を知らない
20141120_009_R.JPG老舗百貨店でジョブコーチを務める大橋恵子さんは、長年中学校で体育教師を務め、最後の5年間は知的な障害のある子どもたちの個別支援学級を担当していました。教員を辞めて、障害者が働くための力になりたいと決意したのは、その時代に出会った保護者の方から聞かされたある言葉がきっかけでした。

「ひとりの母親から“どうせこの子たちは一生我慢して生きなければならないのよ”と言われたのです。個別支援学級の子どもたちは懸命に勉強しても、進学先も就労先もきわめて限られています。その当時、高校卒業後の就職率は14%だと知りました。どうして障害ゆえに我慢して生きなければならないの? それはおかしいと思いました。でも、そのときの私は、その保護者の方にかける言葉がありませんでした。私は、障害のある子どもたちが将来働く職場のことを見たこともなければ、想像さえできませんでした。彼らが大人になって、自立して働き、生活する姿を明確にイメージしないままに教育を行っていたのです。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。働く場が少ないのであれば自分の手で作ろう、そう思いました」

写真:業務の進捗状況を一人ひとり確認する

2003年3月、永年勤続20年の表彰を機に教員を退職。そして、障害者の雇用現場にかかわる方法を探っているときに、大橋さんはジョブコーチという制度のことを知りました。「ジョブコーチとは人と人をつなぐ仕事だ」と聞かされ、“これは教員というキャリアが活かせる仕事だ”と直感したと言います。しかし、企業に就職するのは初めての経験でした。



障害者を知る人が、仕事の提案をすることが大切
20141120_0010_R.JPG「入社してみて、やはり自分たちのような教育現場や福祉現場の人間は、利益を追求するビジネス現場のことをまったくわかっていなかったと思いました。その一方で、企業の方たちも障害者のことを何もご存知ないことに驚かされました。障害者って、どんな人たちなのか、どんなことなら任せられるのか、どんなサポートをすればいいのか、具体的なイメージをもっていないのです。これでは、雇いたくても雇えない。そう感じました」

写真左:売り場のお客様の様子にも気を配る
写真右:「ありがとう」「助かります」と声をかけられるとうれしい


障害者を雇ってほしい、企業にそう言うだけでは、雇用は生まれない。障害のある人にどんな仕事を提供すればいいのか、どんな仕組みづくりをすればいいのか、障害者のことを理解している自分たちが提案していかないと。大橋さんは、障害者雇用で成功している特例子会社や同業他社である百貨店の障害雇用の現場を視察して、さまざまな職場づくりの考え方やノウハウを学びました。

「ある大手百貨店の例がすごく参考になりました。その担当者がとてもいい方で、“ノウハウを全部もっていっていいですよ”と言ってくださったのです。ふつうは同業者には教えたがらないと思いますけど、障害者雇用を広げていくには情報を交換し合って、よりよいやり方を学んでいくことが大切だというオープンな考え方で、大変ありがたかったです。
しかし、私どものワーキングチームのメンバーは、最初は2人だけですし、白紙の状態から始めたことですから、他社のやり方をそのまま使えるわけではありません。そして、ビジネスの現場では、理想ではなくて、実績が重んじられるので、試行錯誤の中で、体制づくりは一歩一歩地道に進めていきました」
ワーキングチーム発足当初、人事担当者は大橋さんの提案に耳を傾け、信頼を寄せ、チーム作りを任せてくれたと言います。さらに、社内で機会があるごとにワーキングチームのことを、話題にして、社内コンセンサスをはかってくれました。そのような社内の理解者の存在は障害者雇用を成功させるのに必要不可欠だと言います。



視察や研修を受け入れ、障害者の働き方を社会に広める

教育や福祉の現場とビジネス現場の橋渡しが必要である、と体験的に感じている大橋さんは、外部からの研修や視察を積極的に受け入れるようにしています。特別支援学校・養護学校の職員、福祉関係者、行政関係者、企業の人事担当者、保護者など、さまざまな人々がワーキングチームの働く現場を訪れます。大橋さんは、その際に、視察に来られた人たちに、社員が行っている作業を実体験してもらうようにしています。

20141120_012_R.JPG「ただ見るだけなら、10分もあれば視察は終わってしまいます。それでは、何も印象に残りません。でも、職員がやっているリボン作りや判子押しなどの仕事を、実際にやってみれば、障害者の仕事が具体的にイメージできるようになりますし、社員の能力の高さを実感できると思うのです。

教員や保護者の方はビジネスの場をすごくハードルの高いものだと思っていますので、実際の仕事を体験してもらうと、可能性を感じていただけますし、“企業はこういう仕事ができる人を積極的に求めているのです”と言うと、さらに驚かれるのです。そして、企業の方は“障害のある人でもずいぶんいろいろな仕事ができるんだ”と認識を新たにしてくださいます」

写真:ケアレスミスを防ぐためのメモは、目のつくところに



社員が業務内容を自らプレゼンテ―ション

大橋さんは、さらに視察の人たちへの業務の説明を、障害のある社員にもお願いしています。今回のハートネットTVの取材の際にも、担当する業務の内容、短期の目標、長期の目標、仕事のやりがいなどを、スライドを使いながら、ワーキングチームのメンバーが自ら話してくれました。

20141120_013_R.JPG「作業を正確にていねいに行う」「よく相手の話を聞いてから、答えるようにする」「選んだ作業には責任を持ち、最後までやり通す」「失敗しそうなときは、再確認や落ち着く時間をつくる」など、職場で日々大切にしていることを紹介していきます。

写真:海外からの視察の際には、冒頭のあいさつを英語で行う人も



日々成長し、夢をもって生きていく

 

20141120_014_R.JPG

社員が語るのは、業務のことだけではなく、プライベートな将来の夢にも及びました。

「かっこいい大先輩になりたい」「自動車の免許を取りたい」「グループホームを経由して、一人暮らしをしたい」「東日本大震災の被災地にボランティアに行きたい」「自分の体験を後輩たちに話して、後に続いてもらいたい」「いっぱい貯金をためたい」「手話をいろいろ覚えたい」「横浜DeNAベイスターズに優勝してほしい」「もっと一人旅をしたい。海外にも行きたい」
写真:スマートフォンで旅先の写真を撮った様子を語る

障害者としての過去の思いを語る人もいました。ある社員は、学校時代、自分が普通学級に通えないのが、なぜなのかわからなかったそうです。そして自分に知的な障害があることを知って、ショックを受けたと言います。しかし、この会社に来て、大橋さんから“そのままでいいんだよ”と言われて、前向きになれたと話しました。

「障害者観というのは、人それぞれだと思うのです。否定的なイメージをもっている人もいるし、肯定的なイメージをもっている人もいる。肯定的なイメージをもっている人の中にも、ただ優しく接すればいいと思っている人もいます。でも、ぜひ知ってもらいたいのは、彼らが日々成長しているということです。私たちと同じように夢をもって生きているということです。それは、仕事の面だけではなく、生活の面でもそうです。旅行をしたい、野球観戦に行きたい、手話を覚えたい、一人暮らしをしたい。東日本大震災の被災地にボランティアに行きたいとまで、言う人もいます。私たちと何も変わらないのです。自分たちが必要とされている、それが一番の生きがいであり、新しいことを経験してみたい、それが日々のやりがいや充実感になっているのだと思います」

 

20141120_015_R.JPG現在まで、この百貨店のワーキングチームの働く現場を訪れた人は、3000人を超えています。国内だけではなく海外からの視察が訪れたこともあります。厚生労働省の「平成24年度 障害者雇用職場改善好事例 最優秀賞」を受賞してからは、視察の人数はますます増えて、大橋さんに講演やシンポジウムに来てほしいと声がかかることもあります。そんなときには、ワーキングチームのメンバーにプレゼンテ―ションの手伝いをしてもらうこともあると言います。
写真:取材を終えて退出する際は、全員でていねいにお見送りいただきました。ありがとうございます!



障害者雇用の現場は、福祉的な支援を考える人間と労働力としての活用を考える人間とが出会う場所であり、違った価値観が交錯します。その橋渡しの役割をはたすのがジョブコーチです。どんな仕事を任せたらいいのか、手探りをしている企業には障害者の能力や技能についての理解を深めてもらい、職場づくりの具体的な提案を行う。福祉・教育関係者や保護者には、企業がどんな人材を求めているのかを知ってもらい、将来設計に生かしてもらう。大橋さんは、各分野の人間が個別に考えるのではなく、社会全体で情報や体験を共有し、障害者がいきいきと働く姿やライフプランを具体的にイメージできるようにすることが、雇用の質を高めていく上でますます必要になってくると言います。

ジョブコーチは、全国に約1200人、そのうち企業内ジョブコーチは180人に過ぎません(2014年4月1日現在)。企業内ジョブコーチは、企業の社員が研修を受けて、配置されるもので、ジョブコーチ支援の専任者として働くケースは必ずしも多くありません。従来の人事管理のノウハウで十分対応できるとして、形式的にジョブコーチの資格を社員に取らせるだけの企業も多いと言われています。今後はその役割をさらに明確にし、外部の支援機関との連携を強化しながら、より多くの障害者が企業に雇用されるためのキーマンとなることが期待されています。
 

【変わる障害者雇用】第2回:企業内ジョブコーチが活躍する老舗百貨店(前編)はこちらから。

 

コメント

はじめまして。とても興味深いお話でした。ありがとうございました。
私の住んでいる地域には、イオンや西武グループの百貨店はありますが、そういったところにも障害者雇用の為のジョブコーチはおりますか?また、企業外からジョブコーチになる為にはどのような事を学べばよいのでしょうか?特別な研修会や講習会、認定試験等はありますか?

投稿:まきこ 2014年11月23日(日曜日) 16時16分

大橋さんの講演を1度聞いたことがある者です。老舗百貨店に期待されるクオリティをクリアできる仕事をワーキングチームはやっているというお話が印象に残っています。ワーキングチームの方が働いている様子を見たいです。放映はされないのでしょうか。

投稿:poco 2014年11月22日(土曜日) 16時07分