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ここまで来た!脳科学を活かした日常生活支援

2014年12月10日(水)

“日進月歩”
今回の取材で、まず思い浮かんだ言葉です。

10月、「リハビリ・ケア新時代 脳からの挑戦」と題し、「脳科学×福祉」の可能性と課題について特集しました。今、「脳科学」の進歩で、医療や福祉の現場に大きな変化が訪れようとしています。第1回では、脳の情報を読み取って機械につなぎ、難病患者さんの意思伝達を支援しようという技術を紹介しました。その技術が、「ブレイン・マシン・インタフェース(略してBMI)」です。

9月30日放送 第1回「心の声を届けたい」

私は、BMIの取材を5年前から続けています。当時はまだ研究室レベルでした。実用化にはまだ時間がかかると感じていましたが、今や一般の生活環境で使うことを目的とした実験施設も作られ、この技術が世に出る、まさに“タマゴの殻に少しひびが入ってきた”ように思えます。今回、新しく開発された機器や技術が公開されると聞き、取材してきました。

この研究開発は、ATR=国際電気通信基礎技術研究所、NTT、島津製作所、積水ハウス、慶應義塾大学の研究グループが、総務省の委託で行っているものです。高齢者や身体に障害のある人を対象にしていて、日常的な動作やコミュニケーションの支援を目指しています。

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ATRの敷地内に2年前に建てられた実環境実験設備「BMIハウス」
 

① 脳活動を分析し、スイッチオン!

電動車いすでの生活で、上半身がある程度動く人を想定しています。例えば、テレビの電源を入れたいという意思を持ったとき、右腕をテレビの方向に差し出します。すると、その動きによる脳の血流変化を読み取り、約17秒後にスイッチがつくのです。

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日常生活を考えた時、いくつもある電気機器のリモコンを使わなくても、またリモコンの小さいボタンを押さなくても、腕をその機器に向けるだけでスイッチが入れられます(棒を持っているのは、報道用にわかりやすくするためです)

 


17秒後というのは遅い、と思われるかも知れません。研究グループは「長めに脳のデータを蓄積し、分析して正確を期す」ことを重視しています。精度は現在84%だそうです。
確かに時間差の短縮を目指すのも大事だと思います。しかし、現時点で“個人差もあり、かなり複雑な”脳情報の解析技術を上げ、まず精度をもっと上げていくことが重要だと思います。日常生活で「容易にできることを増やしていく」ことが、高齢の方や障害のある方のQOLを高めることにつながるのではないでしょうか。


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他にも、エアコンに向けて腕を上げるとスイッチがついたり、本を読むと照明がついたり、という技術が紹介されました

この技術を可能にしている“基礎部分”が、急激に進む「脳科学の進歩」と「脳情報を読み取る技術の進歩」。脳活動の変化を頭に取り付けた電極が読み取り、そのデータは、座った人が着ているジャケットと一体化した計測装置から、無線でネットワークに送信されます。この計測装置が、技術開発でどんどん小さく軽量化されています。その脳情報がクラウド上などで処理され、解析されて意図を読み取り、動作に反映させるのです。


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電極は、髪を容易にかき分け頭皮に密着しやすいように開発されました



② “不快感をとらえる”技術
高齢者や要介護者の中には、自分の気持ちをうまく伝えられなかったり、「迷惑をかけるから」と我慢してしまったりすることがあることから、家での生活で、“今どの程度不快に感じているのか”を読み取る技術も開発されました。脳波を計測し解析することにより、不快感を捉えます。例えば、車いすからベッドに移動させる場合、不快感無く持ち上げることができているかを、照明の色で確認することができます。もし不快に感じているのならば、もう一度やり直すなどの対応につなげられるのです。こちらのシステムでは、計測してから、照明の色に反映されるまでの時間は約4秒だそうです。


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照明の色を確認しながらの介助。介助する人の視線の先には…


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このような照明があります。不快度が弱いと青、強いと赤で、この黄色はその中間を意味しています


親子が違う家に住んでいる場合、こんな使い方も。親の不快感の程度を顔のイラストで、近くに住む子世帯のテレビモニターに表示。それを見て、何か対応の必要があれば親世帯の家に向かいます。


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子世帯のテレビモニター左下に、顔のイラストで親の情動を表示。このときは寝室で不快度は低い状態でした。いわば“脳を見守る技術”です


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“動作を頭に浮かべ操作”。手や足に障害がある人を想定して作ったシステム機器では、頭に取り付けたセンサーが脳波の波形を検知すると、車いすが台所の水道の蛇口の前に移動し、両腕に取り付けられた機械のアームが水を飲む腕の動きを補助します


研究グループでは、2020年頃をめどに、BMIの一部を実用化したいと考えています。
こうしたBMI技術は、脳の情報というプライバシーの管理や、どこまで利用していいかなど議論が必要で、研究グループでも考慮しながら進めています。また、今、使う人が想定され限られていますが、一般の人も利用可能な技術です。使い方によっては人間の“能力拡張”にもつながりますし、私たちの脳のシステム自体も変わっていく可能性があります。

他にも、コスト削減など実用化にはまだまだ課題がありますが、脳科学の成果が人の幸せ(=福祉)につながるように、社会に違和感なく浸透していくように、これからも見守り続けていこうと思っています。そして、こうした「科学の進歩」と、「障害のある人を受け入れる社会作り」を両輪で伝えていきたいと考えています。
 

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