クローズアップ現代

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

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2018年8月10日(金)
夏季特集「あなたの情報が社会を変える」

夏季特集「あなたの情報が社会を変える」

みんなで考え、みんなで作り上げる「クローズアップ現代+」夏季特集。 介護の知恵が大集合!役立つアイデアが続々。暴力に無抵抗な教師。いま学校現場で何が?#あちこちのすずさん。企画段階から、情報を寄せてくれる当事者とともに番組を制作。放送という枠を超えて、様々な課題の解決を目指す新たな試み、「オープン・ジャーナリズム」で、日本が抱える問題を徹底的に議論する。
http://www.nhk.or.jp/gendai/feature/2/

出演者

  • カンニング竹山さん (お笑い芸人)
  • 優木まおみさん (タレント)
  • おちとよこさん (医療福祉ジャーナリスト)
  • 内田良さん (名古屋大学大学院准教授)
  • 片渕須直さん (映画監督)
  • 武田真一・鎌倉千秋・田中泉 (キャスター)

どう乗り切る“息子介護” 切実な悩みに貴重な知恵が

NHKディレクター 大野兼司
「おはよう。」

50代の男性ディレクターが自身の母親の介護を記録した、「“息子介護”の希望をさがして」。放送に先立ち、SNS上に動画を公開したところ、同じ悩みを持つ人たちから、切実な声や介護を乗り切るための貴重な知恵が集まりました。

“カギはチームプレー”

“尊重することで穏やかに”

“他人の感覚で接する”

「(親が)いることの楽しさ、存在することの幸せを感じること。」

反響は、放送後も続いています。女性からは「なぜ息子だけとりあげるのか」「嫁や娘も大変」という批判が。一方、排せつケアに悩む人からは、「目からウロコでした」という感謝の声も。当事者たちがつながって支え合う、新たな関係も生まれています。

情報を寄せた女性
「『役に立ったよ うれしかったよ』という声を聞くとうれしい。」

情報を寄せてくれた当事者とともに番組を制作し、放送という枠を超えて、さまざまな課題の解決を目指す新たな試み、「オープンジャーナリズム」。今夜は、介護や教育など、私たちが直面する大きな問題を皆さんと一緒にとことん考えます。



ゲストカンニング竹山さん (お笑い芸人)
ゲスト優木まおみさん(タレント)

武田:優木さんは、介護についてとても関心があるそうですね。

優木さん:一昨年(2016年)、祖母が90代で認知症で亡くなったときに、父母が大変そうだったのを見てきて、自分は今は当事者ではないですけれども、これがいつ起こるかというのは誰しもあることなので、すごく知っておきたいなと思います。

武田:竹山さんは、私もそうですけれども、もう本当に目前に迫っているという。

竹山さん:いずれはたぶん介護をすることになるだろうなという。今はまだないんですけれども、あと10年ぐらいたつと、そういう世代に入るので、非常に興味はありますね。何をどうやればいいんだ僕はという疑問はありますね。

武田:皆さんのご意見とともに、考えていきたいと思います。

鎌倉:改めて、なぜこの息子介護に注目するかといいますと、こちらのグラフをご覧ください。家族のうち、誰が介護を担っているのか、この15年で「嫁」が半減する一方で「息子」が増えて、「娘」に迫っているんです。

また一方で、こんな気になるデータもあります。介護中に虐待をした家族の割合を見ますと、「配偶者」や「嫁」に比べて、「息子」がかなり多いということなんです。

武田:迫りくる「息子介護」の時代。どんな問題が起きるのでしょうか。息子介護を始めたばかりの番組ディレクターが、自身の生活を見つめました。

増え続ける“息子介護” 50代ディレクターも苦戦

NHKディレクター 大野兼司
「他の人に呼びかけるからには、番組作っている僕自身も『息子介護』だから、それを話した方がいいんじゃないかと思って。何とか協力してもらえないかと。大丈夫?」

大野ともさん
「大丈夫、こんな私でよかったら。」

私の母、大野ともは今年79歳。現在、生活のあらゆる場面で介助を必要としていますが、2年前までは元気で、同居する独身の私にごはんを作り、面倒を見てくれていました。しかし、家の中でしばしば転倒するようになり、私の「息子介護」が始まりました。初めての要介護認定の結果は「要介護1」。そこから入退院を繰り返すうち、わずか8か月後には「要介護5」にまで悪化してしまったのです。

NHKディレクター 大野兼司
「予兆に気付かなかった後悔がある。あの時ああしてたらと。」

長年、番組を制作してきた私に、突然訪れた介護生活。仕事から帰ると、転倒した際に負った傷の手当てを行います。

大野ともさん
「薬塗ると、しみて、ピリピリ痛くて。」

朝、出勤までの2時間、慣れない家事と母の世話をします。まず、便秘がちな母をトイレに誘導。1日の生活リズムをここでつけます。
合間に、朝ごはんの準備に取りかかります。しかし、外食中心の生活を送ってきた中年男の私は、料理が苦手。飲み込む力が弱った母に食べやすい食事を作ることの難しさを痛感しました。要介護者の料理は、普通と全く違う、繊細な配慮が求められるのです。

NHKディレクター 大野兼司
「困るのは、自分が作った料理を食べて母親がむせちゃうと。(考えが)甘かった。なすすべがない、背中さすっても治らない。」

母の介護を始めて、要介護者の体のナイーブさを思い知らされました。

20代の同僚ディレクター
「息子さんに対して、どのような思いが?」

大野ともさん
「申し訳ない。こっちが何にも、手足できないから、気の毒だなと思いますね。」

寄せられたリアルな悩み

鎌倉:息子介護の難しさについて、寄せられた声をご紹介してまいります。

30代 男性
“母親の介護で、女性と男性という性別の差があるので、オムツをかえるとか体をふくとかがしんどかった。”

60代 男性
“介護離職をしました。介護と仕事を両立させるという働き方改革は進んでいません。上司は『不十分な戦力』という扱いでした。”

50代 女性
“男性は会社から離れたとたんにつながりが絶たれ、人生自体に大きな影響を与えることが多いと思う。実際、男性が介護している場合、疲れ切り、閉じこもりがちに見える。”

鎌倉:一方で、介護をしている女性からのこんな声もあります。

40代 女性
“息子だと介護がより大変?娘介護者も一人で仕事と介護の狭間で苦しんでいる。”

武田:本当に切実な悩みの声ですよね。一筋縄ではいかない問題です。介護の現場で、同じように模索してきた当事者や家族たちが、貴重な知恵を寄せてくれました。

“息子介護”を乗り切る 経験者が明かす知恵

母親が認知症になり、介護に直面した鹿児島の共働き夫婦からも、投稿が寄せられました。46歳の有村宣彦さん、妻の智美さん、一人娘のみはなちゃんです。子育ての真っ最中に、親の介護もすることになった宣彦さん。仕事もある妻には育児に専念してほしいと、親と同居はせず、自分1人で「通い介護」をすることを選択しました。

妻 智美さん
「大変だなと思います、正直。体を壊さないでほしいなと思うんですが。」

毎日、朝2回、夜2回の計4回通う宣彦さん。この夏には近所に引っ越しました。母親の勝代さんは、6年前にレビー小体型認知症を発症。

「すみません、朝からお邪魔しまして。よろしくお願いします。」

母 勝代さん
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」

最近は症状が進み、息子のことさえ認識できなくなってきました。そんな母に、つい感情的になったこともあります。

有村宣彦さん
「勝代さん、いいですよ。」

気持ちの暴発を防ぐため行っているのは、母親でなく、あえて他人の感覚で接することだといいます。

有村宣彦さん
「勝代さん、ごはんです。じゃあ召し上がってください。はい、いただきます。」

有村宣彦さん
「自分を産んでくれた人が、徐々にいろいろなことができなくなっていってというのは、本当に複雑ですね。ひとつひとつ悩むことばかりなので。」

さらにもう1人、認知症の親と穏やかに暮らす知恵を持つ人がいると聞き、訪ねました。アルツハイマー型認知症と診断された鈴木あさこさんと同居する、息子の日出生さん、62歳。独身で8年間介護を続けてきました。

「あさこさん、おはようございます!」

この日、2人が訪れたのは「男の介護教室」。料理や介護の技術を学ぶこの場で築いた人とのつながりが、心の余裕を保つうえで助けになると言います。

息子 鈴木日出生さん
「すごいですね、皆さんうまいですね。」

鈴木日出生さん
「ドキドキするって、その切り方。」

あえて自由にすることも、日出生さんの流儀。あさこさんの包丁さばきが危なっかしくても、止めません。

鈴木あさこさん
「うまい。」

鈴木日出生さん
「認知症の人と戦っちゃだめ。遊ばないと。」

鈴木日出生さん
「おふくろ、ご飯食べるか?」

さらに極意があります。それは、あさこさんに気軽に話しかけ、コミュニケーションを楽しむこと。

鈴木日出生さん
「番組を作るのに、鈴木さんみたいなうち、いいよねって。お母さん癒し系だから。」

鈴木あさこさん
「めんこいの。」

多少会話がずれていても責めず、ありのままの行動を尊重し、理解しようとしています。そのことで、あさこさんが穏やかになり、日々の介護も楽になるのだといいます。

鈴木あさこさん
「うめそうだこと。」

鈴木日出生さん
「これ、おいしいか?」

鈴木あさこさん
「うまい。」

「お食事、おいしかったですか?」

鈴木あさこさん
「おいしいんだね。『自分が作るから』だけどね。何でも食べるの。おいしいかって聞くと…。」

「おいしいって答えるんですね。」

鈴木あさこさん
「ああ、おいしいってね。」

鈴木日出生さん
「おふくろ、ポテトサラダうまいもんな。」

鈴木あさこさん
「うん。」

鈴木日出生さん
「いなくなることはいつかなるんだろうけど、いることの、この楽しさ。(母が)存在することの幸せを感じることを思いながら。」

経験者の知恵が次々と

ゲストおちとよこさん (医療福祉ジャーナリスト)

武田:息子介護のケース、いかがでしたか?

竹山さん:今のを見ていると、ヒントがたくさんあるなと思ったんですよね。軽く勉強したことがあるんですけど、必ず1人でやろうとしないというのをまず聞いたことがあって、地域とかそういう所とつながりを求めるというのと、あと、今おっしゃってた「戦っちゃだめ、遊ばないと」という鈴木さんの意見とか、「いることの楽しさを感じる」というのは、昔、大先輩でイラストレーターのみうらじゅんさんが、僕らが(当時の)みうらじゅんさんの年になると「介護ブームが迎えられる年になる」と言ったんですね。そういう考えでやったほうがいいというのを、10歳ぐらい上の先輩が言っていて。まさにそういうことなんだ、「戦っちゃだめ、遊ばないと」というのが1つのヒントかなとも思いましたね。

優木さん:私も父が、祖母の介護をしている様子を見て、実の子である父のほうが、ついつい認知症の祖母と「戦っちゃう」という表現が、すごく分かるような気がするんです。ちょっと言い間違いをしたら直してみたり、昔の元気でなんでもできたころのお母さん像というのが、たぶん頭をよぎるから、そういう意味で私の母が介護をわりと担っている部分が多かったんですけれども、そこに息子介護の難しさというのがあるんだろうなと思いました。

田中:今回は放送前から、誰でも参加できるインターネット上で議論が行われてきました。中心となったのが、こちらの4人の方々です。作家でジャーナリストの佐々木俊尚さん、詩人で社会学者の水無田気流さん、作家の橘玲さん、そしてネットメディア、ニューズピックスの編集者、最所あさみさんです。現在もリアルタイムで議論を続けています。皆さん、ご自宅やオフィスなどから参加してくださっています。

鎌倉:番組に寄せられている声をご紹介したいと思います。例えばこちらは最所さんの先ほどのツイートですが、“介護って、実は怪我から急にはじまったりするんだよね。心の準備ができないのもひとつの問題”というツイートもありますし、ほかにも、“こんな番組を待っていました。介護で料理を覚えました”。恐らく男性かと思われます。“とにかく食事は刻み食、ヘルパーの資格も取りました”という方もいらっしゃいました。
さらに、事前に当事者やご家族からも、こんなアドバイスを寄せていただいています。

“認知症のため、考えられない行動をしても、そこには必ず本人なりの理由がある。それを理解することで、介護負担はかなり減少します。”

“うまくいかなくなったときは、家族であってもしっかり距離を取って、いったん冷静になること。”

“昔のご近所づきあい、『互助』って大切ですね。案外、同じ悩みを抱えている人が多く、勇気づけられたり、励まし合ったりできるものです。”

武田:両親の介護を長年続けられてきた医療福祉ジャーナリストのおちさん。介護を始めて料理を覚えたという方もいらっしゃったようですが、やっぱり男性って家事が不慣れで、地域のつながりも持ちにくいと。これはどうすればいいのかなと、私などは思うんですけれども。

おちさん:本当に介護というのは、1人の人間の生活すべて、衣食住すべてを支えていくという「営み」なんですけれども、ご覧いただいたように男性の方というのは、やっぱり「男は仕事」と長い間そういう中で(過ごしてきて)、その生活の部分がすこんと抜けてしまっている方が多いんですよね。なので介護になったときに、本当にご苦労されるんですね。これからは職場ももちろんなのですが、生活の場に軸足をちょっと置いて、それで地域、ご近所にごあいさつすることからでもいいんですけど。そして、納涼の夏祭りがあったら、ちょっと顔を出すとか、おうちでちょっと料理を作ってみるとか、よくいわれるワークライフバランス、そういうことを本当に「ちょっと」意識していただくだけで、ものすごく介護が楽になると思うんですね。

竹山さん:そのとおりだと思うんですよね。ただ、例えば僕なんかは実家から離れて暮らしているもので、もし母親がそういうことになったときに、その地域とのつながりが僕は今、ないわけですよね。じゃあ、どこに行けばいいのか、ご近所に誰がお住まいなのか、どういうサービスがあるのかというのを、それを早めに知らなければいけないと思いつつも、じゃあ、今やっているのかといったら、全く何もやっていないという。いざ、そういうときがこないと、結局動かないというのは怖いなと、自分では思っていますよね。

優木さん:私も子育ての番組をやらせていただいているんですけど、先ほど出ていた悩みって、結構、子育てを始めたばかりの悩みとすごく似ている部分があると思うんですよね。情報がほしいと思うけどとか、誰かに手伝ってほしい、何か話を聞いてほしい。けれど、介護の悩みってみんな、なかなか言えない。結構隠してしまうというか、ちょっと恥ずかしいという気持ちになってしまったりとか。どうやって共有するかって、すごく難しいですね。

鎌倉:こんな声も届いています。「ケアラーズカフェ」、これは「介護者の集い」というものなんですけれども、それに参加して“助かりました。経験者の話を聞くだけでも介護のヒントになりました”ということです。
番組ディレクターは、ケアマネジャーと相談して、デイサービス、ヘルパー、訪問歯科や、訪問医療、管理栄養士などのサービスを利用していて、介護はチームで臨んで一人で抱え込まないことが大切だと実感しているそうです。

武田:ここで、VTRにも出演していただいた有村さんご夫妻に、日々の介護生活の中でどのような模索をしているのか伺いたいと思います。
認知症のお母様を介護していらっしゃる様子、本当に胸を打たれたんですけれども、あえて「他人のように接する」というところが非常に印象に残ったんです。これは、どういう思いなのでしょうか?

有村宣彦さん:「息子と母親」だと、ちょっとこう、なんだかぎくしゃくする瞬間とか、あとは母親が自分のことを「息子じゃない」と感じているなと分かったときに、あえて息子という立場を強くするよりは、「気のいいあんちゃん」みたいな感じで母親と接するほうが、母親にとってはすんなりくるんじゃないかなという気持ちで、今、させてもらっています。

武田:今回、介護に悩んでいる人と知恵を寄せてくれる人が、SNSを通してうまくつながることで、行き詰まっていた1人の介護者に希望が芽生えたケースがあります。

つながりが生んだ希望

寄せられた投稿の中に、介護の深刻な悩みを訴えるものがありました。静岡県の40代の男性です。

静岡県の男性(40代)
“一家心中します”

“朝が来れば、またつらい1日が始まる。もう、笑うことすら忘れてしまいました…”

何とか力になれないか。案じていると、放送後に別の人から投稿が届きました。

“介護サイトの運営に携わっています。少しでもお役に立てば幸いです。”

大阪の紙おむつ製造メーカーに勤める、岡崎真規子さん。介護食から排せつケアの工夫まで、役立つ情報を集めたサイトの運営をしています。

リブドゥコーポレーション 岡崎真規子さん
「50代の男性というのは、若い人に比べると、食事をつくるとか、そういうことも難しいんじゃないかと。やりなれてない方でも作りやすいかなということで、動画付きのレシピも用意しています。」

岡崎さんたちの知恵や情報を、あの男性に伝えました。最初のやりとりから1か月たった頃には…。

静岡県の男性(40代)
“介護サイト、見やすく良いです!ありがとうございます。”

SNS上に生まれた新たな場に、つながって支え合う関係が芽生え始めています。

リブドゥコーポレーション 岡崎真規子さん
「喜んでいただいたり、何かお役に立てていることを知ると、本当にふだん頑張っているかいがあるなと思います。」

武田:つながりは、介護のうえで大事なんですね。

おちさん:本当に介護で孤立してしまうと、もう内向き内向きで出口が見つからなくなってしまうんですね。そういうときに、こういう形でつながれる、ちょっとした援助で心のベクトルがものすごく変わって、希望が持ててくるんですよね。

武田:番組ディレクターは「チームで介護する」と言っていましたけれども、チームって、どう作ればいいのでしょうか?

おちさん:実は介護というのは、「情報」と「人脈」と「お金」の、この3つのうちのどれか1つだけでも持っていれば、ものすごく楽になるんですね。「お金がない」と思っていらっしゃる方は、まずは情報の貯蓄を心がけていただいて。情報というのも、地元で、地域でどんなサービスがあるんだろうかとか。先ほどの、管理栄養士さんが来てくれるなんて、おそらく知らない方が多いと思うんですよね。でも、ちょっと情報のスイッチを入れて、市町村のホームページを見たり、あるいは「地域包括支援センター」などに相談窓口があるんですけれども、そういうところをちょっと知っているだけで、ものすごく人脈がつながってくるんですね。ですから最初の一歩、情報スイッチを入れるだけで、すごく違ってくると思います。

鎌倉:実は今回のこの「息子介護」というテーマ、この言葉に対して、事前に女性を中心に厳しい声が寄せられていることはお伝えしていますけれども、例えば“嫁がして当たり前?嫁にも嫁の親がいる。男性ばかりが大変のように取り上げないでほしい”という声もありましたし、4人を中心に進められているツイッターの議論も、この点はかなり白熱していたんです。“今までいかに日本社会で、介護=嫁・妻がやるものって常識があるのか分かる。ムカつく”というツイートもありましたし、一方で“これからの常識として男性も介護をする時代の変化を的確にとらえた言葉が息子介護なのでしょうか?”とか、“独身者が増えている。あわせて考えないと”といった議論が盛り上がっているんですね。

武田:女性からの声、いかがでしょうか?

優木さん:私も最初、この「息子介護」という言葉だけを聞いたときは、すぐ思いました。女性だって介護は大変なのに、子育てだったり、家庭に関わって台所に立つみたいなことを避けてきたツケが回っているだけじゃないかと思ったんですけれども、でも、そうなってる以上しょうがない部分を、さらに「大変なんだから、そっちも頑張りなさい」って突き放してもしょうがない問題で、やっぱり向き合って、今時代が変わっていく途中だから、どうやってサービスを充実させていくかというのを考えなければと、改めて思いました。

竹山さん:介護を男性がやる、女性がやるって、もう関係ない時代だと思うんですよね。先ほども先生がおっしゃったように、地域でいろんなサービスがあるから、そこで男性・女性ということを分ける時代が、ちょっとナンセンスだなと思いますね。

優木さん:区役所とかも、男性って行ったこと(があまりなくて)、奥さんに任せているとか、そういうところにも、ふだんから女性のほうが結構通っていたりするんですよね。

おちさん:今は長寿で、親御さんは本当に長生きされる。そしてかたや子どものほうは少子化、少なくなっているので、もう男だとか女だとか(関係なく)、介護は共通のテーマ・問題なんですよね。だからそんな時代なのに、介護は女性にお願いしたいとか、女性に甘えるというのは、やっぱり時代錯誤というか、本当に怒りの気持ちはよく分かります。

竹山さん:介護のお仕事をなさっている方で男性もたくさんいらっしゃいますもんね、よく考えると。

武田:そのあたりを、先ほどの有村さんはどう役割分担されているのか、もう1回聞いてみたいと思います。有村さんの中では、智美さんと宣彦さんと、どういうふうに分担されているんですか?

有村さん:特に役割分担というのはしてません。ただ、私は、妻には妻の人生もありますし、なので、妻に何か私の母の介護で、特別これをしてほしいと思ったこともありません。できることを、お互い役割分担をしながら、共働きでもありますし、時間があるほうがやるということを、いつも心がけてやっています。

武田:明確に決めているわけではないということなんですね?

有村さん:妻も、先ほど申し上げたように仕事もありますので、早く仕事から帰って、子どもの面倒を見てくれたほうがスムーズに、子どものためにもなりますし。お互いが負担をかけないということを意識してやっています。

武田:これも一つのヒントかもしれないですね。

おちさん:すばらしいですよね。

武田:介護の問題は、それぞれ抱える事情が違いますので、一様の解決策はないかもしれませんけれども、頂いた情報は放送が終わったあともSNSなどで皆さんと共有していきたいと思います。


増える教師への暴力 実態を訴える声が続々と

福岡県の私立高校で撮影され、SNSで拡散した映像です。教師を何度も蹴りつけ、殴る生徒。授業とは関係のない動画を見ていたことを注意された直後のことでした。撮影したのは、クラスメートです。当時16歳だった生徒は、逮捕されました。

教師への暴力は、校内暴力が問題だった80年代と比べて、最近、大幅に増えています。

今、学校で何が起きているのか。インターネットで情報提供を呼びかけたところ、同じような被害に遭ったという教師からの声が、次々に寄せられました。

中学校教師 20代
“生徒を注意したら、グーで3度殴られた。”

中学校教師 30代
“唾を吐きかけられ、首を絞められた。”

さらに、小学校でも6年生の女子のグループが教師にビンタをかわるがわる食らわせているという情報も寄せられました。放課後、女性教師が小学2年生の男子児童から強度の高いバットで後頭部を殴られたケースもありました。この教師に直接話が聞きたいと取材を申し込んだところ、会うことができました。

バットで殴られた Aさん(教師・20代)
「小学2年生って、もっと今日明日の楽しいことしか考えてないと思ってたので、ただただびっくりというか。バットで殴られたときに、耳がつぶされるような感覚で、聴こえなくなっちゃったんだなというのが感覚としてあります。」

暴力事件が起きた、福岡県の高校の元教師からも、内情を話したいというメールが届きました。この男性に話を聞くと、問題の本質は、暴力を受けたあとの教師の態度に表れているといいます。教師は全く抵抗せず、何事もなかったかのように授業を再開します。暴力が起きる前から、生徒と教師の立場が逆転していたというのです。

暴力事件のあった高校の元教師 糀広大さん
「こんだけのこと起きとって、そのまんま授業が続くっていうのが、先生というのが敬意を払う対象でもなく、先生の授業にも関心がなく、先生自体にも関心がない。先生自体が『もうどうにかせにゃいかん』という思いを失っている。」

“教師は抵抗できない” 見えてきた驚きの実態

なぜ、教師は子どもの暴力に抵抗しないのか。私たちは、情報を寄せてくれた教師たちへの取材をさらに進めることにしました。
中学校に勤める30代の男性教師です。生徒から首を絞められたり蹴られたりしても、抵抗はできなかったといいます。

中学校教師(30代)
「教師たちは体罰はよくないというのを常識として知っているので、こいつ殴ってしもうたら俺の教師人生終わってしまうしとか、僕はすごく無力な状態やったなというのがあるので。」

教師の体罰に対する取締りは、ここ数年、厳しくなっています。体罰による懲戒など、教職員への処分は5年間で8,000件以上に上ります。教師たちの間では、注意や指導が体罰と受け取られかねないという不安がまん延しているといいます。

中学校教師(30代)
「もう萎縮も萎縮ですよね。殴られたとしても笑ってごまかすというか、怒ったりせずに、もうこんなん学校の先生の指導じゃないやろみたいな指導やと思いますわ。」

さらに、保護者の存在が背景にあるという投稿も寄せられました。

“校長に暴力をもみ消され、あげくの果てには私が悪いということになった。”

この情報を寄せてくれた、20代の中学校教師です。進学校に勤めていたとき、生徒から肩を殴られました。暴力を受けたあと、すぐに校長に事態を報告。そこで校長から出たのは、思いもよらぬ言葉でした。

中学校教師(20代)
「校長先生からは、『お前はそういうふうに生徒が殴ったって言って何をしたいんだ』って言われて。そのくらい当たり前なんだから乗り越えろって。『生徒はうちに通っているお客だと思え』って。『保護者が一番の神様なんだ』っていうふうに言われましたね。通わせてる保護者がお金も払っているので、保護者が不安になるようなことはしちゃいけないですとか。なので生徒自身を厳しくというか、生徒が嫌だと感じることはしちゃいけないというか。」

この教師は、それ以上声を上げることを諦めました。学校にとって、保護者の存在はどれほど大きいのか。生徒による暴力を隠したことがあるという公立中学校の校長が、インタビューに応じました。

暴力事件が起きた中学校の校長
「報告をしないという事案はあります。いい悪いは別にして、『教室の中のことは教室』で『学校の中のことは学校で』といったような考えがあるのはありますね。まあ、先生にとってはもみ消されたということかなと思いますね。」

「そのとき学校側にはどういう理屈が働くのでしょうか?」

暴力事件が起きた中学校の校長
「暴力事件が起こるということは、保護者であったり地域の方であったりの耳に入ったときに、『学校、大丈夫なんですか?』という声が当然上がってくる。地域の中で信頼される学校になっているかというのが、これが校長の評価基準になりますので、暴力を受けた先生が我慢をする、そこで問題にしなければ淡々と進んでいく可能性もある。」

一方、子どもたちは、暴力に抵抗しない教師の姿をどう見ているのか。中学生のとき、教師に暴力を振るった青年に会うことができました。休み時間に、教師から注意されたことに腹を立て、胸ぐらをつかみ押し倒したといいます。

暴力を振るった青年
「スイッチが入りましたね。自分が突き飛ばして。」

そのとき、教師は抵抗することなく、ただ、あっけにとられた表情をしていたといいます。

暴力を振るった青年
「そんときの顔は覚えてますね、いまだに。」

「先生たちが悪いことを注意しないことで感じるところは?」

暴力を振るった青年
「親にビビって注意しないで、この先生、何もしないねみたいな。弱みが見えますね、めちゃくちゃ。それをやっぱ調子に乗って、その弱みにつけ込むというか。立場が自分の方が上だと勝手に思ってしまう。」

子どもに殴られる教師 なぜ無抵抗?当事者の告白

ゲスト内田良さん (名古屋大学大学院准教授)

竹山さん:実態はこういうことになっているのをよく聞きますけれども、大人って、面倒くさくていいと思うんですよ、もっと。親も教師も地域のおじさんも。子どものときって、やっぱり、大人って面倒くさいなと思う存在じゃないといけないと思うんですよね。実はこの学校の問題って、生徒の問題ではなくて、実は僕、大人の問題じゃないかと思うときがあるんです。われわれがもっと子どもたちの中に、僕自身は子どもはいませんけれども、でも地域のおじさんとして、ぐいぐいもっと入っていって、嫌われてもいいから、そうやって大人が入ることによって、子どもたちに学ぶこともいっぱいあると思うんですね。そこを、われわれ大人がちょっと、知らぬ存ぜぬでいすぎなんじゃなかろうかと、ちょっと感じるときがありますね。

優木さん:悪いことを悪いと教えてくれる人がいないということになってしまって、昔はやっぱり体罰のほうが問題になりますよね。でも、その時代って、先生たちに敬意を払っていて、尊敬の対象であって、もちろんその時代に戻ってはいけないし、そうならないように変えてきたんだけど、じゃあそれを逆手に取って、子どものほうが暴力振るうなんてあっちゃいけないから、じゃあどうすればいいんだろう、間を取ることはできないのかというのが、難しいですね。

武田:なぜ教師は子どもの暴力に抵抗できないのか、ここからは、実際に暴力を受けたという教師、そして、学校で生徒の暴力があったという校長先生に加わっていただきたいと思います。まず、VTRでも登場していただいた、バットで殴られたというAさん。その件からもう1年以上たつそうですけれども、今も後遺症に苦しんでいるそうですね。

小学2年生にバットで殴られた 教師 Aさん:聴力が回復しなかったりですとか、頭から首にかけて痛みが取れなくて、整形外科に毎週通ったりですとか、PTSDで心療内科に通っていまして、療養のために一回、学校を辞めることになりました。

武田:今はもう、先生はなさっていない?

Aさん:してはいるんですけれども、学校ではない場所で勉強を教えたりとか、生きるすべを教えたりとかしてます。

武田:小学生とはいえ、なぜこんなことをするのか、私は信じられないんですが、どうしてそんなことをするのかというのは、今の子どもたちの様子をご覧になって、どんな感じなんでしょうか?

Aさん:子どもの背景が多様化していまして、いろんな背景を持っている子どもがいるので、しんどさを抱えたまま、暴言・暴力を出しやすくなったのかというのが一つと、これは学校に限らず、子ども業界、子どもと向き合う仕事全般にいえるんですけれども、その子どもの背景が多様化したことによって、子どもの背景を捉えて、叱らないであげよう、つらいんだから逆にあたたかく受け止めようというのが、暴言・暴力を出しやすくなっているという2点の問題点があるのかと感じます。

武田:子どもの背景が複雑になっているからという。

竹山さん:それも分かりますけれども、現代社会においてはそういうことはよくあると思うんだけれども、昔から子どもの考え方とかが進化しているかといったら、僕、実はそんなに進化していないような気がするんですよね。考え方とか、われわれが子どもだったときと、基本は変わっていないことだと思うんですよ。やっぱりだめなことはだめだと、ちゃんと教えないと、だめだと思うんですよ。

優木さん:どれだけ苦しい環境で育ったからって、人を殴っちゃいけないという普通のことは教えなきゃいけないですよね。

武田:もう一方、子どもの暴力を公表しなかったという経験がある方にも来て頂いています。中学校の元校長のBさんです。学校の中であった暴力の事案を公表しなかったということですけれども、これは地域や保護者の方からの評価みたいなものが気になるということなのでしょうか?

暴力を公表しなかった経験あり 元校長 Bさん:現実はやはり、非常に厳しい状況に置かれる場合があると思います。今、非常にSNSなどの広がりもありますし、先ほどの校長先生も言われましたが、学校の評判とか、子どもたちの評判も含めて、そういうところに非常に難しい状況に置かれる可能性があるので、選択としては非常に難しいところがあると思っております。

武田:学校が置かれる難しい状況というのは、具体的にどういうことなんですか?

Bさん:やはりその一つの事案で悪い学校と思われてしまうとか、そういうものを通して地域に風評がたっていくという部分が非常に強いのかなと思います。

武田:それは子どもたちにもやっぱり影響があると?

Bさん:そうですね。さらに保護者のほうから教育委員会にクレームの電話が入ったり、先生に対するクレーム、そういうものも非常に多くなっていく可能性があります。

武田:今は保護者のネットワークというのも、SNSで瞬時に広がりますよね。

優木さん:やっぱり学校を選ぶという際に、そういう事件があったということ(情報)が入ると「やめておこう」とか、周りで評判というか、こういうことがあったらしいよというのは、選ぶ側の保護者としては心配の一因にはなりますよね。だから学校のことを外に出さないという気持ちも分からなくはないと…。

竹山さん:でも僕は、根本が間違っているような気がするんですよ。何かといったら、地域の評判とBさんもおっしゃっていましたけれども、地域の評判とか学校の評判というのは、今まさに自分がいる「今」しか見ていないような気がするんですよね。そういう評判って何かというと、地域の評判とか学校の評判というのは僕、「人」だと思うんですよ。人を育てているところだから、それは時間がかかったあとでも、やっぱりこの学校を出た人は、こういう人材になるねということが、やっぱり評判になっていくと思うので、そこを育てなければいけないのに、今の評判とか全体像ばっかりやっているから、だから結局だめになってくると思うんですよね。人間を育てているんだということを、もうちょっと…簡単なことではないのは分かりますけれども。

武田:今の竹山さんのお話、どうお聞きになりましたか?

Bさん:十分理解できる話なんですけれども、やはり今の学校の置かれている現状と、先生方の力量も含めまして、先生たちの生徒に対する指導の在り方、生徒との信頼関係、そういうものをやはり作っていくというのは、本当におっしゃるとおりなんですけれども。なかなか現状からすると、事案を別に隠匿するとかそういう意味ではなくて、その評判というものを非常に守りに入っているといえば、そこかもしれません。そういう非常に微妙な難しいところがあるのではないかなとは思っています。

武田:実は最近、保護者が教師を評価するという新しい人事評価制度が取り入れられ始めているんです。校長が保護者にアンケートを実施します。その回答をもとに教師を評価、教師の人事権を持った教育委員会に校長が報告をするというシステムなんです。

学校現場の問題を長年研究している内田さん。こうしたシステムが浸透していくと、保護者の声が生かされる一方で、先生たちの萎縮にもつながるのではないかと思うのですが?

内田さん:開かれた学校作りという形で、保護者や地域住民の声をできるだけ取り入れましょうと、その設計そのものはいいんだけれども、それがやっぱりいろんな意見、あるいはクレームを常に受けることになってしまう。さらには世の中としても教員バッシングが強まっていく中で、先生たちが萎縮してしまうという構図がありますよね。さらには、職員室の中でも、そこを乗り越えてこそ一人前の教師だというような評価もありますので、そうすると暴力を受けたときに、それを誰にも言えないという形で、自分だけで抱えてしまうということにもなりかねないということですね。

武田:「だめなものはだめ」と教えたほうがいいのではないかという、それができなくなっているんですか?

内田さん:結局、指導力の問題に返されてしまって、本当は指導力の問題ももちろんあるかもしれません。でも、だめなものはだめだということを、ちゃんとそれを子どもに認識してもらう。もちろん先生から生徒への体罰もだめだし、生徒から先生への暴力もだめだと、それはちゃんと考えなければいけない課題だと思います。

武田:それが評価制度にすり替わるというのは、どういうことですか?

内田さん:それがつまり、評価になってしまったときに、先生の能力の問題、あるいは学校の力の問題というところに変わってしまうわけですよね。そうすると、本当は一人一人、先生たちは苦しんでいるというところに光が当たらないまま、学校を辞めていってしまう。あるいはその中で、暴力はさらに深まっていくということになるんですよね。だからそれは、ちゃんとだめなものはだめだというふうに認識するというのは、これはもう大人社会でも子ども社会でも、道徳的な問題として考えなければいけないことだと思います。

竹山さん:家庭内と学校内で、だめなことはだめだということ、これが共通になっていないということですか?だからその子どもは、家庭では何も言われないけど、学校に来たら先生に文句を言ったり悪態をついたり、「家庭じゃ何も言われないじゃん」ということになってるんですか?

内田さん:そうですね。そして、学校の外の普通の市民社会もそうですよね。そこでとにかく暴力というのはだめなものは全部だめなわけですよね。そういうときに、ちゃんとそこは学校であれ、家庭であれ、どこであってもだめなものはだめだと、暴力はだめということを、ちゃんと共通認識として持っていくことも大事だと思います。

通報は必要!?賛否の声… “暴力”解決の糸口は

田中:この問題をどうしたらいいのか、ネットでの議論で、まず教師の暴力についての対応で目立ったのは、「なぜ学校は警察を呼ばないのか」ということでした。“何かあったら通報されるでいいような気はします。自分が暴力受けたら警察呼ぶでしょうに”ですとか、“学校中に監視カメラでいい。暴力を振るったら即通報”。また“警察官を校内に常駐させる”といった意見もありました。

優木さん:現実として、これからの世の中は監視カメラみたいなものも、今どんな所でもついてきていますし、そういう意味では、外部からの侵入(を警戒する)という意味でも、学校にもつけるべきだというのもあるので、あったほうがいいのかなと思いますけれども、でも、それは自分が教員であっても生徒であっても、学校っていうものが行きづらい、楽しくない場所になってしまうなと思います。

田中:こうした声について、取材した当事者たちはこう語っていました。

暴力事件が起きた中学校の校長です。学校の中だけでは解決できないと考え、警察に通報しました。しかし、それでよかったのか、今でも悩んでいるといいます。

暴力事件が起きた中学校の校長
「学校も社会の一部であるということを考えれば、いわゆる暴力を振るったことに対しての、その罪に対しての罰といった意味で、警察への通報といったこともする。でもそうすることによって、この子の将来どうなるんだろうといった、実はそこが葛藤であって、今でも正しかったのかなという思いはずっとあります。」

これまで1,500人を超える教職員と面談を行ってきたカウンセラーは、学校だけでの取り組みには限界があり保護者の積極的な関わりが必要だと指摘します。

日本教職員メンタルヘルスカウンセラー協会 土井一博理事長
「学校の先生だけでも子どもを育てきれない部分がある。それは学校でいくらいろんな取り組みをしても、ご家庭に戻ったときに、先生に対する保護者のフォローがないと、先生の言うことだから大丈夫だよ、信じてやってごらんなさいというようなひと言があるかどうかというのが、学校側がやってることが保護者の承認を得て学校教育を展開していくことは、これからの時代は特に必要になってくるんじゃないでしょうか。」

田中:実は教師への暴力については、文部科学省も問題視しています。「暴力行為等の問題行為を起こす児童・生徒に対しては、学校としてきぜんとした指導、および適切な対応を行うことが必要であると認識している」としたうえで、警察への通報については、「犯罪行為の可能性がある場合は、学校だけで抱え込むことなく、直ちに警察に通報し、その協力を得て対応することなどを教育委員会等に周知しているところである」としています。

ただ、ネット上の議論では“公権力が介入することに抵抗がある”とか、“警察がパトロールしないといけない学校に子どもを通わせたいか?”、また“いきなり警察沙汰では生徒の更生は難しい”“第三者を入れる”、そして“なぜ通報できないのかを考えることが重要だといった意見も寄せられています。

武田:バットで殴られたAさん、警察への通報や監視カメラの設置については、どうお考えでしょうか?

Aさん:私は、警察への通報は必ずすべきだと思っています。私自身は、そのときは警察も救急車も呼んでもらえなくて非常に苦しみましたし、ここまで立ち直ることができたのは、たまたま身近に犯罪被害者の方がいて、被害者支援を受けられたというのがあったんですけれども、やはり警察に通報しないと、暴力を受けた先生も支援してもらえることもないですし、何より、さっき竹山さんがおっしゃったように、「だめなものはだめ」というのを教える機会がなくなってしまいます。私たちはあくまで子ども学の専門家であって、大学で子どものことは学んできているんですけれども、法律の専門家ではないので、やはり犯罪があったときは、そこは法律のプロである警察に委ねるべきだと、私は思います。

武田:元校長のBさんは、この警察への通報の問題をどうお考えでしょうか?

Bさん:私の基本的な考え方は、もちろん先生方のけがの内容とか、ケースによっていろいろ違う部分はあると思うんですけれども、やはり学校で起こったことは学校で解決する責任を負っていると思っております。きれいごとかもしれませんけれども、われわれが警察の力を借りるということは、学校の負けであり、教師の負けであるというふうに感じます。だからどうするかということになっていくのかと、そういうふうに考えております。

武田:難しいですね。

竹山さん:学校の負けというか、結局、何か問題が起こったときに、例えばAさんみたいにバットでもし殴られたと、これは完全な犯罪、傷害事件だと思うんです。そういうことが起こった場合は、警察も介入しないといけないと僕は思うんですけど、一番は、何かが起こったときに、学校と親と本人がしっかり話すこと、まず、そこからの指導だと思うんですよね。子どもってやっかいなもので、学校でやっている人格と、家庭でやっている人格って、分ける子どもっていっぱいいるんですね、自分もそうだったように。だからこそ家庭と一緒にがっつり話さないと、その子どもが何が悪くて、何がだめだったかというのを反省しなきゃいけないですね。でもそれをやる時間が、じゃあ今の先生たちにあるのかという。そこから改善していかないと、なかなか難しいと思いますけれども。学校だけの解決は僕は無理だと思いますよ。

武田:いいアイデアは、ツイッターで来ていますか?

田中:警察への通報については、橘さんから“警察への通報は、本当に難しい判断でしょうね。今度は通報したことを批判されることになるんですから”とツイートが来ています。

優木さん:逆に、先生が子どもをバットで殴ったとなったら、即通報で当たり前なわけですよね。子どもというのは、思考能力などがまだ成長の途中段階であるから子どもなわけで、じゃあ何歳までが子どもなんだという議論も、少年法の問題とかも一緒になってくると思うんですけれども、自分が保護者という立場に立って考えると、その子の今後ということを考えたときに、すごく難しいなって。

武田:学校、先生、保護者、それぞれ何をどうすればいいのでしょうか?

内田さん:今、学校の負けだという話もありましたが、じゃあ先生は頑張ると。実は今、先生の長時間労働と言われていますが、こんなふうにして仕事が増えてきたんですよ。ここは私たちで頑張りましょう、教員なんだからと言って、次々と、それこそあいさつや給食指導、そしていろんないじめ、不登校対応、そして今だと夏祭りの巡回などもそうですけれども、全部先生が背負ってきていて、そして先生への期待が高まるばかり。そしてそれは逆に言うと、何か失敗したときに先生がたたかれるということにもなってしまうわけですよね。学校問題って、実は教員バッシングの歴史みたいなところがあって、ずっと先生がたたかれ続ける、と同時に期待が高まっていく。これからは、学校の先生をみんなで支える、それは保護者も地域住民も、この暴力の問題もしっかり考えていくということは大事かなと思います。

武田:この教師への問題についても、引き続きツイッターや、番組ホームページへのご意見、お待ちしています。



あちこちのすずさん 庶民のリアルな戦争体験

ゲスト片渕須直さん (映画監督)

「あなたの情報が社会を変える」。続いては、「あなたの投稿が戦争の風化を防ぐ」。
先週「クローズアップ現代+」で放送した「#あちこちのすずさん」。映画「この世界の片隅に」の主人公、すずさんのように悲惨な戦争をたくましく生き抜いた庶民の手記を紹介しました。
すると、うちの親や祖父母もこんな体験をしていたという投稿が2,000件以上寄せられました。

“空襲で焼けた実家に戻ったら、お釜に水を張って入れていた米が炊けていた”

“学徒動員で製作所に動員されネジなどの部品を作りつつ、『あたしたちが作るんだもん、飛行機、飛ぶわけない…』と思っていた”

「これが私の彼氏。この人“伊予郡のダンディー”っていう名前がついておった。」

戦禍の中にあっても、私たちと同じように笑い、恋やおしゃれを楽しもうとした、普通の人たちの日常。そのリアルな体験を共有します。

田中:今回寄せられた投稿は、総数2,200件。特に20代と30代からの投稿が最も多く、全体の6割を超えました。祖父母から聞いた話を投稿しているようなんですね。

武田:映画「この世界の片隅に」の監督の、片渕須直さんに中継がつながっています。片渕さん、こんばんは。ネット上では、特に若い人たちを中心に盛り上がっているようですけれども、どういうふうにご覧になっていますか?

片渕さん:戦争が終わってから、もう73年もたってますから、いろんなものが遠いかなたに行ってしまっているのかなと思ったのですが、まだこんなふうにツイッターの「#あちこちのすずさん」って一種の合い言葉になって、まだまだご家庭の中でこういう当時のことを身近に感じられるお話が出てくるということは、いいことだなと思いますね。そこからあの戦争というのがどういうものだったのかという視点が、改めて広がっていくような気がするわけです。

田中:今回、つぶやかれた2,000件を超える投稿をビッグデータ解析しました。そして多かった言葉がこちらです。まずは“食べる”。

鎌倉:こんなつぶやきがありました。

“工場で働いていたときに、こっそり機械油を布に染み込ませて持ち帰り、それでホットケーキを焼いた。”

竹山さん:あるんでしょうね、やっぱり。人間自体はそんなに大昔から、われわれは変わっていないじゃないですか。恋愛をするとか、笑うとか、泣くとか、空腹になるとか。そのへんは何にも僕、変わらないような気がするんですよね。ただ文明の利器だけ進んじゃったりしているだけで。だから裏を返せば、だからこそ戦争というのは昔の話ではなくて、今も何も昔の人と感覚はわれわれ変わらないんだから、だからこそ今も戦争というものを始める可能性があるぞということを、われわれは学ばなければいけないと思います。それを分かってないといけないと思うんですね。

武田:片渕さんは、映画のためにいろいろな食べ物のエピソードを集められたそうですけれども、印象的な話として、どんなものがありましたか?

片渕さん:僕が調べたこともあるんですけど、今回、ツイッターで寄せられた中に、昭和20年の8月15日というのはお盆ですよね。お盆なので、玉音放送の前におはぎを食べていたという話があって、そのおはぎは全然砂糖が入っていなくて甘くなかったんだけど、でも戦争が終わったときのおはぎなので、あとから考えると、すごくおいしかったというお話があって。あと食べるということと、それまでの生活習慣ってつながっているんですよね。戦争をやる前から、ずっと前からお盆という習慣があって、それがずっと戦争中も生きていたということは、大事なことなんじゃないのかなと思いますね。

田中:「食べ物」より多く使われた言葉は、「空襲」です。戦時中、空襲がいかに人々の日常に深く入り込んでいたのかが分かります。

“夜中の空襲に、常々『ラジオだけは』と言われていた祖父は、それを抱え、家族の手を取り逃げた。朝になり、祖父の手には、ラジオと思っていた枕が握られていた。”

武田:慌ててたんでしょうね。

“空襲の夜、じいさんとばあさんは結婚したばかり。空襲警報が鳴って『どうせ死ぬんなら』と2人で丘の上の神社へ行って、空襲で燃え盛る夜景を眺めた。覚悟を決めると、全てが美しくなる。”

武田:「空襲を美しいと感じた」という声がほかにもいくつかあったんですよね。どういうことでしょうね。

優木さん:祖母が長崎の出身で原爆を体験していて、それがあったあとに姉を捜して長崎を歩いたんだよという話とかを聞いたんですが、やっぱりつらい経験かなと思って、そのときの詳細とか、楽しかった思い出って聞かないままに、祖母は亡くなってしまったんですけれども、もっと聞いておけばよかったなと、今思います。

武田:極限状態の中でどんなことを感じたかというのも、われわれには想像できないことですよね。

田中:そして、ツイートの中で最も多かった3つの言葉がこちらです。「祖母」「祖父」、そして「聞く」。優木さんのお話にもありましたけれども、“祖母や祖父からもっと戦争について聞いておきたい”というつぶやきが多かった結果だったんです。

“戦争の真っただ中を生き抜いた、私の2人の祖母と2人の祖父。生きているうちに、もっと話を聞くべきだった。この4人が一生懸命に生きてくれたから、私がおるんやもん”。そして、番組をきっかけに、亡くなった祖父母の話を母から聞いたという女性からです。“『#あちこちのすずさん』がなかったら、私は祖母が踊りが得意だったことも知らなかったし、祖父がアコーディオンが得意で、戦地で弾いていたことも知らないままだった。そして、『おばあちゃんにアコーディオンを弾いてあげたことがある?』と聞くことがもうできない悔しさ”。

武田:自分の家族のことを聞く機会でもあるんですね。

竹山さん:本当に、われわれはちゃんと立ち止まって考えないと、自分のじいちゃんとばあちゃんにも10代のころ、20代のころがあり、恋愛して結婚する時期があり、そしてそこで子どもができる、自分たちの親ができる時代がある。それは全く一緒なんですものね。それによって、同じ感覚のDNAを持っているから、自分が生まれているわけじゃないですか。特別な人たちだったら今、僕もちょっと違いますものね、普通の人間ではないわけじゃないですか。100年前の人も同じことを考えていたわけだし、200年前も、われわれと感覚は一緒なんですよね。ずっと時代はつながって、歴史がつながって、今いるということを忘れてはいけないんですよね。

武田:最後に、祖母、祖父というワードを使ったエピソードの中で、片渕監督が選んだお気に入りを紹介してもらいます。

“ばーちゃんと婚約して軍需工場に来たじーちゃんが、鉄くず盗んで、ばあちゃんに指輪作って持ち帰った。”

武田:これを選んだ理由は何でしょうか?

片渕さん:やっぱり、鉄くずを盗むのは勇気がいることなんですけれども、でもそれのおかげで、その鉄くずは兵器にならないで、幸せな結婚指輪になったんだなと。それとじーちゃん、ばーちゃんと言っていますけど、その当時は青春真っただ中だったんだなと思わせてくれるエピソードですよね。これ、ほほえましいというか、温かいというか。

武田:僕にも青春はありましたけれども、同じように青春を過ごした人たちが、その時代にたまたま戦争があったということですよね。戦争のリアルを共有し、家族の再発見にもつながる「#あちこちのすずさん」、お盆休み、皆さん実家に帰る機会もあると思いますけれども、ご家族からお話を聞いてみてはいかがでしょうか。

田中:皆さんと議論を交わしながら進めてきた今日の番組。「#教師への暴力」には、今もたくさんの投稿が寄せられています。
“組織の評判とか、そうしたものを重視するあまり、個人が尊重されず、重い負担がのしかかり、苦しむ人が出てしまう。日本の悪い性質、昨今のニュースに同じく”とか、“叱ってくれる人がいないというのは、子どもにとって一番悲しいことなんですよね”といったものもあります。

優木さん:「モンスターペアレンツ」みたいな言葉も話題になったりしますけれど、きっと本当に一部で、ほとんどの保護者の人たちは、子どもが教師にちゃんとした指導をしてもらえないということは絶対嫌だし、悪いことは悪いって、自分も教えたければ先生にも教えてほしいと思っているはずなので、一部の過激な考え方に、先生たちや学校があまり左右されないでほしいなというのは、すごく思いますよね。

武田:本当に今、学校も大変だと思うんですけれども、学校も頑張っていただきたいし、私たちもちょっと支えるという気持ちが大事ですよね。

鎌倉:そしてもう一つ、番組の前半にお伝えした「#息子介護」についても、さまざまな投稿がきています。
“親の介護をしていますが、被害妄想になって、地域とのつながりもなくなり、1人で孤立してしまいました。排せつやはいかいで、朝も夜中も関係なく苦しい”と、今まさに介護で大変な思いをされている方がこういう声を上げています。番組にはさまざまなアドバイスも来ていますので、どうか参考になさってほしいと思います。
そしてもう一つ、“子育てと同様に、介護も家庭で抱え込むことから、地域で担うという考え方にならないと、長寿が不幸になってしまう”というご意見もあります。

武田:やはり自分で抱え込まないということが、今日は一番大事だと分かりました。

竹山さん:僕らの年代でいうと、まず「知る」ということですよね、どういったものがあるのか、地域社会でどういったことがいろいろ行われているのかと、まず今、知ろうというところから始めたいと思います。

武田:どうしても、介護というと仕事も何もかも辞めて、家に入らなきゃいけないと(思ってしまう)。

竹山さん:実はそうじゃないということを、まず知らないといけないということですよね。

優木さん:介護が実際に始まる前に、父親・母親と話しておくというのも、大事なのかなと思うんですよね。どうされたいということもあると思うので。

武田:私たちは介護にどっぷりつかるのではなくて、司令塔として、いろいろな人を頼って、中心となってやっていく。そういうことが今日はよく分かりました。
(これからも)様々な課題について、共に考えていきましょう。