クローズアップ現代

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2017年10月11日(水)
若者と被爆者たちの“二人三脚” ~ノーベル平和賞の舞台裏~

若者と被爆者たちの“二人三脚” ~ノーベル平和賞の舞台裏~

ノーベル平和賞に、「核兵器禁止条約」採択に貢献した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」が選ばれた。100をこえる国と地域のNGOや平和団体が連携し、核兵器廃絶を目指してきた。中心メンバーは20代、30代の若者たち。世界を動かす原動力となったのが、被爆者の存在だ。被爆者の声を世界へ広め、“核兵器の非人道性”を訴えることで賛同国を増やし、「不可能」といわれていた核兵器禁止条約を採択に導いた。NHKは4年前からその活動に密着。ICANの、被爆者と二人三脚の活動に迫る。

出演者

  • 中満泉さん (国連事務次長・軍縮担当上級代表)
  • 鴨志田郷 (国際部記者)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

ノーベル平和賞の舞台裏 若者と被爆者が…

NHKが4年前から密着していたノーベル平和賞の舞台裏。わずか数人の若者たちの活動が快挙へとつながりました。

「核兵器廃絶国際キャンペーン、ICAN。」

選ばれたのは、核兵器廃絶を目指して活動してきた国際NGO「ICAN」でした。

「ここには何人いる?」

NGO代表
「3人ほどです。小さなチームで世界を動かしています。」

授賞の理由は、核兵器を禁止する条約の採択で重要な役割を果たしたこと。なぜ、経験もほとんどない若者たちが、実現困難と言われた条約採択の原動力になれたのか。その背景には、広島、長崎の被爆者との密接な連携がありました。

日本被団協 代表委員 坪井直さん
「1つ、また仲間が増えた。ICAN時代。」

北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返す中、若者と被爆者の二人三脚は核をめぐる世界の状況を変えることにつながるんでしょうか。

田中:実現が極めて難しいと言われた核兵器禁止条約。その採択に貢献し、今年(2017年)のノーベル平和賞に選ばれた、ICAN核兵器廃絶国際キャンペーン。設立から10年。本部はジュネーブにあり、世界100を超える国や地域にあるNGOなど、468団体を取りまとめています。ノーベル賞に選ばれた理由は、「かつてない危機に瀕する世界において、核兵器のない世界を実現するために新たな道筋を示し、力を与えてくれた」というものです。

そのICANの活動に、NHKは長期にわたって密着してきました。

若者たちが世界を動かした ノーベル平和賞の舞台裏

リポート:古山彰子

核兵器禁止条約に向けたICANの本格的な取り組みは4年前に始まりました。
ノルウェー政府が主催した、核兵器の非人道性を話し合う国際会議。参加したNGOの1つとして、ICANのメンバーの姿もありました。

ICAN マグナス・ラヴォルドさん
「核廃絶を目指す国際NGOですが…。」

大学を出た後、ICANの活動に参加した、マグナス・ラヴォルドさん。禁止条約に懐疑的な国が圧倒的な数を占める中、賛同する国を1つでも増やそうと、働きかけを続けていました。しかし、肝心のアメリカなどの核保有国は参加せず、条約に向けた議論はほとんど進みませんでした。

ICAN マグナス・ラヴォルドさん
「どの国もまともに発言してくれなかったのが残念です。状況が変わるように、地道に働きかけを続けなければなりません。」

当時のICANの本部を映した映像です。スイスのジュネーブに構えた事務所はわずか1部屋。ノルウェーやイタリアから集まったスタッフは20代から30代の若者たちです。

大学では、国際関係や法律、医学などを専攻。これまで他のNGOが対人地雷の禁止条約などを実現したことに触発されて、核兵器の禁止を目指すようになりました。
若者たちはインターネットやSNSを駆使。世界のNGOなどと連携し、条約に賛同する国を少しずつ増やしていました。

ICAN マグナス・ラヴォルドさん
「アフリカから31か国が支持?いい感じだね。」

被爆者の姿に心打たれ… ノーベル平和賞の舞台裏

結成当初からICANのメンバーだった、ベアトリス・フィンさんです。

ICANの活動を大きく後押ししたのは、被爆者との出会いでした。2010年に出席した国際会議で、ベアトリスさんはある被爆者の訴えを聴き、心を動かされました。

ICAN事務局長 ベアトリス・フィンさん
「そのスピーチはとてもパワフルで衝撃的でした。核兵器について考える上で、私たちの土台となっているのです。」

長崎で被爆した、谷口稜曄さんです。

当時16歳。背中に大やけどを負いながら、奇跡的に一命を取り留めました。

その後、何度も手術を繰り返し、“自分たちと同じ思いをする人を二度と生んではならない”と訴えてきました。

被爆者 谷口稜曄さん
「私は核兵器がこの世からなくなるのを見届けなければ安心して死んでいけません。核兵器廃絶の声を全世界に。」

ICAN事務局長 ベアトリス・フィンさん
「多くの人にとって核兵器はゲーム感覚に近いのです。『我々はこれだけ持っている』『あなたはそれだけ持っている』と。しかし被爆者の話は、それをリアルなものに変えてくれます。核兵器がいかに多くの人を殺すのかや、それに対する国連などの無力さについて聞けば、こんなものは違法だと、誰だって思うはずです。」

密着・ノーベル平和賞 “核なき世界”に向けて

ICANは、被爆者と二人三脚で活動を進めていきます。
2014年、メキシコで開かれた国際会議。ICANは被爆者に同行してもらい、体験を語ってもらいます。

さらに、条約に賛同する国を増やすために新たな戦略も打ち出しました。それぞれの地域で影響力を持つ国、あるいは核廃絶に強い思いを抱く国に狙いを定め、条約への賛同を呼びかけます。その国が賛同すれば、ほかの国も続くと考えたのです。その1つが太平洋の島々から成る、マーシャル諸島共和国。アメリカの核実験が繰り返し行われ、多くの人が被爆しました。一方で、アメリカに経済も国防も依存。難しい立場です。マグナスさんがマーシャル諸島の代表メンバーに働きかけます。

ICAN マグナス・ラヴォルドさん
「核兵器禁止のプロセスを作ることが大切だということは同じ意見ですよね。何か発言してもらえたら、とてもありがたいのですが。」

マーシャル諸島代表
「そうしたいと思っていますが、太平洋諸国とも相談してみます。」

マーシャル諸島が明確な賛同を表明しないまま迎えた最終日。その発言に注目が集まりました。

マーシャル諸島代表
「核兵器禁止条約は太平洋諸国の悲願です。何としても実現すべきです。」

核兵器禁止条約への機運が高まる中、ウィーンで開かれた次の会議。ついに、アメリカが代表を送り込んできました。

アメリカ代表
「わが国は、ある懸念を皆さんに伝えるためにやってきました。禁止条約の議論にも、核廃絶の工程表が決められることにも賛同できません。」

自国の主張を一方的に述べたアメリカ。それに19か国が同調しました。しかし…。

南アフリカ代表
「核廃絶を実現するには禁止するしかない。」

「すぐに禁止条約を作るべき」と主張した国は、49か国に上りました。条約採択に向けた議論を、国連の舞台で行う大きな流れが出来た瞬間でした。

ノーベル平和賞 なぜ核兵器禁止条約が

鴨志田郷(国際部記者)

田中:世界の核軍縮はこれまで、NPT核拡散防止条約という枠組みの中で行われてきました。それは、アメリカやロシアなど5か国だけに核兵器の保有を認める一方、削減の義務も課しています。しかし、それにも関わらず、5か国の削減は遅々として進まず、それどころか、新たに核開発に乗り出す国が次々と現れてきました。そこでICANは、非保有国と協力して、核兵器の開発や保有使用を一切禁じる核兵器禁止条約の制定を目指したのです。

長年、軍縮問題を取材してきた国際部の鴨志田デスク。
なぜICANは核兵器禁止条約を必要だと考えた?

鴨志田デスク:従来のNPTの枠組みでは、結局、核保有国側の都合で核軍縮がなかなか進まなくなってしまうということが明らかになってきたんです。とりわけ、最大の核保有国であるアメリカとロシアの関係がこじれてしまうと、たちまち核軍縮というのは進まなくなります。また、こうした一部の国だけが核保有を認められている現状に不満を募らせた北朝鮮のような国々が核開発に乗り出してきたという経緯もあるんです。このためICANは、非保有国と協力して、核兵器の開発保有使用を一切禁止してしまう国際的な規範を作ることで、核兵器を持ちにくい、使いにくい環境を作っていこうとしたわけです。実はこうした手法は、最近では、対人地雷禁止条約ですとか、クラスター爆弾禁止条約の制定の際にも取られてきました。

ただ、核兵器を一律に禁止するというのは容易ではなかったのでは?

鴨志田デスク:核兵器は、地雷やクラスター爆弾に比べますと、桁違いに破壊力もありまして、各国が抑止力として、安全保障政策の中枢に据えてきました。そして、NPTで核保有が認められてる国は、他でもない国連の安全保障理事会の5つの常任理事国で、まさに核兵器を保有することで、国際的に強い発言権を持ってきた国々です。ですからこうした国々は、今回の核兵器禁止条約に猛烈に反発して、各国に対して条約に参加しないよう、さまざまな圧力をかけてきました。

今年に入って、国連を舞台に条約の制定に向けた交渉が始まりました。その最終局面で、ICANが重要な役割を託したのは、1人の被爆者でした。

ノーベル平和賞の舞台裏 被爆者が世界を動かした

ICANが重要な演説を託した被爆者、サーロー節子さん、85歳。結婚して、今はカナダに住んでいます。

サーローさんが被爆したのは、13歳の時。一命を取り留めましたが、姉とまだ4歳だった甥を亡くしました。

被爆者 サーロー節子さん
「二人ともずるむけになっちゃって、火傷(やけど)で。2倍にも3倍にも膨れあがっちゃって。人間の尊厳なんか全然ない。虫けらのように扱われて、亡くなった。」

サーローさんは、長崎の被爆者、谷口稜曄さんと長年親交を深めてきました。谷口さんは、差別や後遺症に苦しみながらも、自らの体にむち打つように核廃絶を訴え続けていました。そして…。

被爆者 サーロー節子さん
「私の同級生たちも生きたまま焼かれ、亡くなったのです。」

サーローさん自身も、英語で自らの被爆体験を語ってきましたが、「核廃絶につながらないもどかしさ」を感じてきました。しかし、ICANと出会ったことで、そのネットワークと行動力に期待をかけるようになりました。

被爆者 サーロー節子さん
「被爆者だけではできなかったと思います。情熱に燃えた若い人たちがすごく勉強して、この運動に入っていらしたんですよ。それがすべて統合されて、ひとつの大きなエネルギーになったと思うんです。」

核兵器禁止条約の交渉会議初日。異例の事態が起きました。会議の直前、アメリカなど20か国余りが、議場の前で不参加を宣言したのです。そして、“核の拡散を防ぐには、現在のNPTの枠組みしかない”と訴えました。

アメリカ ヘイリー国連大使
「私たちは現実を見るべきです。北朝鮮が核兵器の禁止に同意するはずがありません。」

緊迫した空気の中で、サーローさんの演説が始まりました。

被爆者 サーロー節子さん
「私の脳裏に真っ先に浮かぶのは、まだ4歳だった甥(おい)の姿です。誰かも分からないような、真っ黒で膨れあがった溶けた肉の塊と化し、死の間際まで消え入りそうな声で『水がほしい』と言い続けていました。私にはあの子の姿が、世界中の子どもたちの姿に重なるのです。私たち被爆者は信じています。この条約は世界を変えられると。」

「みんなが心を動かされました。」

チリ代表
「伝わりました、私たちには。」

サーローさんの演説は、ICANによって、世界中の人々に向けて発信されました。
そして迎えた採決の日。

核兵器禁止条約は、122の国と地域の賛同を得て採択されました。長崎の被爆者、谷口稜曄さんは、病床でその知らせを受けました。

被爆者 谷口稜曄さん
「非常に喜ばしいことだと思います。次から次に核兵器が必要だと言って、持つ国が増えてきていますから、がんばらなきゃいけないと思います。」

その翌月、谷口さんは息を引き取りました。88歳でした。ベアトリスさんは、谷口さんたちの思いを受け継いでいく決意です。

ICAN事務局長 ベアトリス・フィンさん
「被爆者が語ってくれた話を、これからは私たちが伝えていきます。今回の受賞によって、被爆者たちの声が広まることを願っています。」

ノーベル平和賞の舞台裏 核兵器削減は進むか

ゲスト 中満泉さん(国連事務次長・軍縮担当上級代表)

田中:122の国と地域が賛成した、核兵器禁止条約。一方で、核保有国やNATO=北大西洋条約機構の国々、日本などは参加していません。アメリカは、“条約は安全保障の現実を無視している”と声明を発表。日本の国連大使は、条約採択の後、参加しない立場をこう説明していました。

日本 別所浩郎国連大使
「核のない世界を作るために、核兵器国と非核兵器国が協力して話し合う必要がある。現実的かつ実務にあった努力を、これからも続けていく。」

国際社会の対応が2つに割れる中で核兵器の削減は進むのか?

鴨志田デスク:従来のNPTに加えて、今回、核兵器禁止条約が採択されたことで、国際社会には核軍縮をめぐる2つの枠組みができたことになります。ただ、この2つの関係をどう捉えるのかというのは国によってさまざまなんですね。今回、条約に賛成した国々は、核兵器の禁止を定めた禁止条約と、廃絶を目指すNPTとは、ともに補完しあう関係にあると主張しています。これに対しまして、条約に反対している国々は、核保有国と非保有国が協力するNPTの枠組みこそが重要で、禁止条約はその精神に反していると反発しているんです。この2つの異なる枠組みのもとで、いかに各国の決裂を避けながら核軍縮を推し進めていくのか、国連は難しい対応を迫られています。

その難しいかじ取りを担う事になった国連、その軍縮部門のトップを務める、中満泉事務次長に聞きました。
核兵器禁止条約の採択に貢献したICANのノーベル平和賞受賞決定、国連としてはどう受け止めている?

中満さん:率直におめでとうございますというふうに、事務総長の方からもコメントが出ていますけれども、国連としては、この北朝鮮の危機が高まっている中での核兵器廃絶に関する運動を行ってきたICANの受賞ということで、非常にタイミング的にも大きな意義があったというふうに考えています。もう1つは、市民社会の声が、いかにいろいろな国際社会の大きな問題に関して、国際世論を形成していく、そしてそれによって物事が動いていく、そしてそれをノーベル平和賞という形で認めていただいたということで、その市民社会の声が大きなうねりになったということを認めたという点でも、国連としては非常に意義があるというふうに考えています。これを機会に核軍縮に向けた大きな追い風をつくっていく、モメンタムをつくっていくということを、国連の方、私たちの方では強く希望しています。

とはいえ、北朝鮮による核の脅威が高まっている今だからこそ、核を手放すことはできないんだという保有国の声もあるが、核軍縮を国連としてどう進めていくのか?

中満さん:北朝鮮問題は、いろいろな北朝鮮問題と、この核軍縮の問題、その関連性に関してはいろいろな見方があって、こういうふうに緊張が高まっているからこそ核兵器を手放せないという声もある一方、みんなが核を持っているからこそ、こういう危険な状況が出てくるんだという、そういった考え方も非常に強くあるわけですね。ですので私たちとしては、北朝鮮問題に関しては、これをしっかりと政治的な方法で対話でもって解決していく、そのための国連安保理の制裁決議などをしっかりと実施していく、その努力を続けていくということ。そして核問題に関しては、その北朝鮮問題の大きな背景として、核をなるべく早く廃絶していく、そこに向けて国際社会が大きな一歩、具体的な一歩二歩を進めていくと、それが必要であると、この両方を並行的にきちっと実施していかなければいけないというふうに考えています。

このICANのノーベル平和賞決定について、核兵器禁止条約に反対している日本政府は、“政府のアプローチと異なるが、核廃絶のゴールは共有している”とする、外務報道官の談話を発表しました。
唯一の戦争被爆国である日本は何ができる?

鴨志田デスク:核兵器をめぐり、日本は今、世界のどの国よりも深いジレンマに直面しています。唯一の戦争被爆国として、自ら核兵器の悲惨さを体験しながら、戦後はその原爆を投下したアメリカの核の傘の下に入って、北朝鮮の脅威を前にした現状では、政府は核抑止力に頼らざるを得ないとしています。この核廃絶の高い理想と、安全保障の厳しい現実のはざまで、日本の政府や市民がどのような議論を繰り広げていくのかは、世界の核軍縮の行方にも影響を及ぼすとして各国から注目されています。日本人である私たち一人一人が答えを探さなければいけない問題になっているんです。

広島で被爆した坪井直さんはICANの活動についてこう語っています。

被爆者 坪井直さん
“核廃絶は何世代もかかるかもしれない。しかし、決してあきらめず続けていくこと。それができるのが名もなき市民であり、そういう人たちが世界を動かす。”

私たちも、この言葉を重く受け止めたいと思います。