全国のハンセン病療養所に人工早産や人工流産によると見られる114体の胎児の「標本」が残されていることが厚生労働省の調査で明らかになって1年。いま関係者が少しずつその重い口を開き始めている。かつて国が進めた隔離政策。患者たちは外出を厳しく制限されただけでなく出生を管理する法律によって子どもを作ることも許されなかった。三千件を越す強制堕胎が少なくとも昭和30年代まで行われたことがわかっている。子どもを奪われた悲しみ。抵抗できなかった無念。そして罪の意識。「標本」の存在は晩年を迎えた母親たちに長年しまいこんできた辛い記憶を不意に呼び起こさせる転機となった。妊娠中絶はなぜ行われたのか。中絶に関わった元医師や職員の証言と資料によってその実態と背景を明らかにするとともに、決して癒されない心の傷を負いながら生き続ける女性たちの人生を見つめる。
みんなのコメント