ページの本文へ

NHK福島WEB特集

  1. NHK福島
  2. 福島WEB特集
  3. 【郡山・開成山公園】レジェンド桜は、ソメイヨシノの起源!?

【郡山・開成山公園】レジェンド桜は、ソメイヨシノの起源!?

郡山市にある国内最古とされるソメイヨシノ。その秘密に最新科学で迫ります
  • 2024年04月26日

桜の名所が数多くある福島県。しかし、郡山市の開成山公園に最古とされるソメイヨシノがあることはあまり知られていません。ソメイヨシノは江戸時代後期に誕生したとされていますが、これだけ親しまれている存在ながら、起源となる木がどこのものなのか今もわかっていません。樹齢150年ともいわれる開成山公園の木が、実はソメイヨシノの起源なのではないか? その疑問を解き明かそうと、専門家の分析に密着。最先端の科学が導き出した答えは…。今回のふくしまサイエンスは、日本人が愛する桜、ソメイヨシノの起源に科学の力で迫ります。

数多くの桜の名所…最古の木も県内に?

春になると、桜をはじめ多くの花々が咲き乱れる花見山。鯉のぼりと快晴の青空、そしてピンクの淡い色の対比が印象的な釈迦堂川の桜並木。川沿いにおよそ200本の桜が咲き乱れる観音寺川…福島県内には桜の名所がたくさんあります。

福島市の名所、花見山(4月初旬撮影)
釈迦堂川の桜並木(須賀川市・4月中旬撮影)
観音寺川の桜並木(猪苗代町・4月中旬撮影)

日本人が好む花といえば桜。東北では、厳しい冬が終わりを告げ、穏やかな春が到来するという気分の高まりも相まって、特に好まれる花といっても過言ではありません。

春は多くの花見客で賑わう郡山市の開成山公園(4月中旬撮影)

そんな見ごたえのある名所が数多くある福島県ですが、郡山市に国内最古とされるソメイヨシノがあることはあまり知られていません。

現存するソメイヨシノの中で、最も古いとされる開成山公園の1本
(4月中旬撮影)

樹齢1000年を超えるとされている三春の滝桜をはじめ、県内でも樹齢の長いものも多くあるしだれ桜などと異なり、今から150年前から200年前の江戸時代後期に誕生したとされるソメイヨシノ。意外に歴史が浅い品種である一方、その起源となる木がどこのものなのかはいまだわかっておらず、わたしたちに最も身近ながら謎の多い桜でもあるのです。

三春の滝桜。樹齢1000年を超えるとされる(三春町・4月中旬撮影)

“レジェンド”の謎に挑む原木ハンター

“レジェンド”の謎に挑む、かずさDNA研究所の白澤健太さん

そんな“レジェンド”ともいえる開成山公園のソメイヨシノの謎に挑むのが、国内有数のDNA分析専門の研究機関、かずさDNA研究所の専門家、白澤健太さんです。生き物が持つすべてのDNA配列=全ゲノム解析のスペシャリストで、5年ほど前からソメイヨシノの起源の謎に迫る研究を始め、この桜の起源となる木=原木のありかを探ってきたいわば“原木ハンター”。国内で最も古いとされる開成山公園のこの木は、原木ハンターにとっては避けては通れない、格好の研究対象だというのです。分析技術の発達で、全ゲノム解析にかかる期間が大幅に短縮された今、白澤さんはこうしたいわくある木を調べることが、起源解明には重要だといいます。

最古のソメイヨシノから花を採取する白澤さん
※特別に郡山市に許可を取って採取しています

(白澤さん)
ヒトでゲノム研究が始まって20年以上がたちますが、ゲノムの全容がわかっていない生物はたくさんあります。ソメイヨシノは2019年になって初めてすべてのDNA配列が解読され、初めの1本、あるいはその古い時代の木が遺伝的にどういうものか徐々にわかるようになってきました。このソメイヨシノは、幹の太さや樹皮の様子を含めそれらしい雰囲気があって、起源の木である可能性はあると思います。楽しみですね。

この日は3本の枝から花を採取した

樹齢150年! 植えられたのは安積開拓の時代

レジェンド桜を管理する樹木医の三瓶保之さん

この“レジェンド”的な存在のソメイヨシノ、その歴史は明治初期の安積開拓の時代まで遡ります。この木を含め、開成山公園に植えられているおよそ1300本のうち、特に古い100本ほどを管理する樹木医の三瓶保之さん。7年前に、明治時代初期から行われた安積開拓の歴史を後世に伝える事業の一環で、市とともに樹齢調査を行いました。

調査を始めた当初、最古の木とは思わなかったという三瓶さん

(三瓶さん)
もともとは古い木を探して調査したわけではなくて、このソメイヨシノが安積開拓、安積疎水開削の時期に植えられたものかどうかを調べるためだけの調査だったんです。ただ、結果的に一番古い時期のものだったんじゃないかということがわかりました。わたしはこの近所の生まれなんですが、これほど古いものとは思っていませんでしたし、これが150年生きていたのだと思うと驚いていますね。

開拓を担当した会社の当時の社員たちを収めた写真(画像提供:郡山市)

まずは残されている文献調査などを行うと、当時開拓を行うために組織された会社が、難事業に立ち向かう人々の心を和ませようと、ソメイヨシノの木を植えたという記録が見つかりました。さらに調査を進めると、明治11年に東京の植木屋から180本の苗木を買い、植樹を進めたこともわかりました。

過去の開成山公園の花見のようす。大正時代とみられる(画像提供:郡山市)

そして実際の木からサンプルを採取し、年代などを測定してみることにしました。根元の部分のすでに組織が死んだところから、古い木材を取り、植えられた年代を推定する放射性炭素年代測定と呼ばれる手法を用いました。

根元に直径20センチほどの穴が空いていた

さらに、近くの川沿いに生えていた古いソメイヨシノの年輪調査などもあわせて行ったところ、このレジェンド桜は高い確率で明治11年に植えられたソメイヨシノ、つまり樹齢が150年ほどであるとわかったのです。

2017年当時の調査のようす(画像提供:郡山市)

結果は、2019年に開かれた樹木医学会にも報告されました。現在わかっている中では国内で最も古いだけでなく、樹齢が100年を超えることが珍しいソメイヨシノの中でも、とても貴重な存在だということもわかりました。

貴重な木であることを広く知ってもらおうと、木のそばには立て看板も設置

調査の成果を多くの人に伝えようと、郡山市も地元の名物桜としてPRするようになったのです。

足を止めて看板と最古の木に見入る人も多い

花の美しさゆえ? ルーツ探しのハードルに

花の美しさが人々の心を捉えるソメイヨシノ

ソメイヨシノのルーツ探しが難しいのは、なぜなのでしょうか。この品種の誕生は、今から150年前から200年ほど前の江戸時代後期。オオシマザクラとエドヒガンという、既存の桜の品種をかけ合わせて作られたとされています。今の東京・豊島区で生まれたという説もありますが、確かなことはわかっていません。

花が先に一斉に咲くのもソメイヨシノならでは
(福島市の桜堤公園・4月中旬撮影)

ソメイヨシノは葉が出るよりも先に花が咲くのが特徴の1つ。そして鮮やかな桃色をしたエドヒガンの色合いと、白いオオシマザクラの花の色を合わせた、淡く美しい花の色が特に好まれ、鑑賞用の桜としてわたしたち日本人の好みに合う特徴を持っています。当時の人々はわたしたちと同様に、この品種をたいそう気に入り、この桜の美しさを永遠に残したいと考えました。

ソメイヨシノを増やす“接ぎ木”のイメージ

しかし、同じ親から生まれたとしてもその兄弟は個性が異なるように、特徴がまったく同じとは限りません。そこで、木をそのまま増やす「接ぎ木」と呼ばれる手法で同じ特徴を持った木を複製しようと考えました。これはソメイヨシノの枝を切って、別の桜の木につぎ合わせて増やす方法です。これにより、ソメイヨシノは全国に広がり、代表的な桜となっていったのです。

一斉に満開になるのは、ソメイヨシノが遺伝的にすべて同じ木のため
(白河市・4月中旬撮影)

一方、全国のソメイヨシノは、遺伝的にはすべて起源となる最初の木と同じ特徴を持つことになります。生物学的には“クローン”といい、ヒトの兄弟でいえば一卵性双生児がこれに当たります。ソメイヨシノが気象条件など環境要因がそろうと一気に開花するのはこのためです。一斉に咲き、はかなく散っていく様はわたしたち日本人の美意識に深い影響を与えていますが、実はこの特徴こそが起源探しにとっては大きなハードルになっているのです。

近年の技術の発達で、クローンどうしのDNAの比較もしやすくなったという

(白澤さん)
クローンというのは基本的にゲノム情報が同じですから、差異を見つけるには膨大な量のすべての遺伝情報を解読し、それを比較する必要があります。したがって、とてもわずかな違いを検出するしかなく、これまでは一部のDNA分析をしただけでは区別がつけられなかったんです。しかし近年は技術の発達もあって、すべての遺伝情報=全ゲノム解析をするのも容易にできるようになり、以前に比べルーツ探しが画期的にやりやすくなってきたという事情があるんです。

鍵となった“上野の四天王”

開成山公園に先駆けて、全国の46本のソメイヨシノを分析した

ソメイヨシノの秘密をゲノム解析の面から明らかにしようと、開成山公園のレジェンド桜にたどり着く以前から、全国の木を対象に分析を進めてきた白澤さん。北は青森県から南は宮崎県まで、全国の19都府県の46本のソメイヨシノの全ゲノム解析を行いました。

全国のソメイヨシノは主に4つの種類にわかれた
(かずさDNA研究所のリリースより抜粋)

すると、全国のソメイヨシノにはDNA配列にわずかな違いがあり、主に4つの種類にわかれることがわかったのです。

原木は4つの遺伝的特徴をあわせ持っていた可能性がある

このことから、白澤さんは起源となる原木も4種類の遺伝的特徴があったのではないかと推測。そして、なんと白澤さんの推測を裏付けるかのような発見がありました。

4種類が存在する東京・上野公園(4月初旬撮影)

4種類の木が1か所に集まっている場所が見つかったのです。多くの花見客でにぎわう東京・台東区の上野公園がその場所でした。

小松宮像の周りに植えられた木が4つの種類だった

偶然にも、千葉大学のグループの調査で、上野公園にある像の周りのソメイヨシノが古い時代のものであるという報告も出されていました。これらの事実から白澤さんは、ここに植えられているソメイヨシノは、原木もしくはそれに近い木から接ぎ木されて上野公園の一角に植えられ、ここから全国に広がっていった可能性があるのではないかと考えました。これらの木は、全国のソメイヨシノのもとになった“四天王”ではないかというのです。

開成山公園の木も上野公園由来?(郡山市・4月中旬撮影)

白澤さんはいま、研究は新たな段階に入りつつあるといいます。これまでわかってきた知見をもとに今後は全国の古い木を調べることで、起源となる木に迫ることができると考えているのです。

開成山公園のレジェンド桜に対する期待は高いという

(白澤さん)
これまでの研究は、全国のソメイヨシノがどういう遺伝的特徴を持っていて、起源となる木はいったいどんな特徴なのかを把握しようというものでした。その輪郭がある程度わかってきた今は、全国の古木を調べて、原木なのか、それともそれに近い木なのかを調べる段階です。ですので、今回の開成山公園のソメイヨシノの分析結果には、かなり期待をしています。

原木なのか!? 上野の木とは“同期の桜”?

採取した花を液体窒素で冷凍し、すりつぶしてからDNAを抽出する

開成山公園のレジェンド桜の解析結果が出たと聞き、早速、千葉県木更津市にある白澤さんの研究所を訪ねました。採取した花を液体窒素で凍らせてすりつぶし、DNAを抽出。そして、およそ7億にも上るゲノム配列を解析すると、興味深い結果が得られたのです。

白澤さんから告げられた結果は、意外なものだった

(白澤さん)
残念ながら、開成山公園のソメイヨシノは、原木と考えられる特徴、つまり4種類の特徴を持っておらず、原木の可能性は否定されました。一方、上野公園の4種類のうち、1本とよく似ていることがわかりました。上野公園の木も古いとみられますから、おそらく同じ時代に上野公園の1本と開成山公園の1本が、同じ木から接ぎ木されて誕生した可能性が考えられます。150年と推定されている樹齢から考えても、開成山公園の木は原木に近い世代で、上野公園と開成山公園のソメイヨシノは、まさに“同期の桜”といえるのではないでしょうか。

開成山公園の最古とされる木に近い上野公園の1本

白澤さんの分析によると、開成山公園の最古とされるソメイヨシノは原木ではない、という結果に。一方、古いとされている上野公園の1本と非常によく似た特徴を持つことから、樹齢150年というこれまでの調査結果とは矛盾しないとのこと。原木ではないものの、かなり古い世代のソメイヨシノであることを裏付ける形となりました。

最古のソメイヨシノを大切にしたいという気持ちが強くなったという三瓶さん

結果を聞いた三瓶さん。顔をほころばせて喜んでいました。改めてこの貴重なソメイヨシノを、これからも大切に守っていかなくてはならない、という気持ちが強くなったそうです。

(三瓶さん)
90代のわたしの母もこの近所で生まれて、遠足は開成山公園だったといっています。やはりこの木は昔から太くて、根っこも上に出ていて、みんなつまずいて転んでいたなんて言っていましたので、昔からかなり大きかったんでしょうね。母が生まれるさらに前、安積開拓に携わってきた人たちが、当時から愛でてきた桜が今もあるっていうことは素晴らしいことだと思っています。この木がずっと生きていくためには、いま面倒を見ているわたしたちがきちんとしていく必要があると思っていますし、できる限り後世に残して、昔の人たちが見ていたこの桜をこのあとの人たちにもめでていってもらいたいですね。

最古のレジェンド桜は、150年がたった今でも素晴らしい花を咲かせていた

結果的に開成山公園の最古のレジェンド桜は、起源の木、原木ではありませんでした。しかし、年月を感じさせないその美しさは健在。ことしも150年の時を超えて、美しく咲き誇り、わたしたちの目を楽しませてくれました。

咲き誇るレジェンド桜(道路側から。画面左側の木)

コラム:花見のスタイルも決定づけた?

須賀川市にて(4月中旬撮影)

“世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし”――在原業平の作とされる有名な和歌です。世の中に桜という花がなければどれだけ心穏やかに過ごせるのだろうか、という心情を詠んだとされ、桜の花が咲くのを待ちわびるわたしたち日本人の心のありようを表した一首として、今も広く知られています。

ソメイヨシノ以外の桜も古くから好まれてきた
(喜多方市の日中線しだれ桜・4月中旬撮影)

ソメイヨシノのない時代にも桜にまつわる歌は多く詠まれていることから、日本人は古くから桜を好んでおり、春を告げる時期に咲く花を鑑賞する花見の風習は奈良時代のころからあったようです。しかし、花見は今のように大勢の庶民が楽しむものではなく、貴族たちが中心で、観賞していたのも中国から渡来してきた梅や桃だったとされています。

白河小峰城の前御門(白河市・4月中旬撮影)

その後、徐々に対象が日本国内の山野にも自生していた桜に移っていきました。特に大勢で桜の木の下に集まり、宴会を楽しむという今の花見のスタイルは、江戸時代に庶民に広がったとされています。平和な時代が長く続き、庭園などの整備も進んだ中で、園芸用の桜の品種改良が進み、いつしかそうした場所に植えられた桜を観賞しながら宴会を開くという形が定着。

街を彩る街路樹としても需要があった(桜堤公園・4月中旬撮影)

こうした時代の流れの中で、“真打ち”ソメイヨシノが誕生。明治時代には近代化に伴い、街路樹などの植樹も進む中、接ぎ木で安定して増やすことができ、比較的成長も早いソメイヨシノは格好の品種でした。

樹高が高く、その下に空間ができるのも好まれた特徴の1つ
(白河市の白河小峰城・4月中旬撮影)

花の美しさだけでなく、樹高が高くなるため、木の下に大勢が座れる空間ができ、花見にはうってつけだったのです。こうした特徴が、わたしたちが毎年春に行っている花見を促したという見方もあります。ソメイヨシノは、わたしたちの大切な習慣である花見を決定づけた桜といってもよいのかもしれません。

城を彩る花も日本人が好む組み合わせ
(白河小峰城・4月中旬撮影)

原木探しを続ける白澤さんが、取材の中で“開成山公園の木も全国の木も原木ではないが、生まれた当時のソメイヨシノと同じように、毎年美しく咲いている。誕生の時と変わらぬ美しさを楽しめること、それ自体がとても価値あることだ”と話していたのが印象的でした。ルーツはわからなくとも、毎年咲く花の美しさは、時代を超えてわたしたちを魅了します。来年の春が、もう待ち遠しくなってきました。

猪苗代町の観音寺川(4月中旬撮影)
  • 藤ノ木 優

    NHK福島放送局

    藤ノ木 優

    福島の桜の美しさに心打たれ、去年暮れにカメラのレンズを新調しました。福島は有名な桜の名所だけでなく、知られざる名所が多く、県内あちこち歩いて花を見て撮る楽しみがあります。春は花が散る前にどれだけ多くのシャッターが切れるか、やきもきする季節です。

ページトップに戻る